第三章 見えない敵
源蔵は、照準の中で男の姿を捉えていた。
撃てばいい。
それだけのことだった。
男は拳銃を構えている。距離はある。こちらには狙撃銃がある。
迷う理由など、どこにもなかった。
それなのに、源蔵は引き金を引かなかった。
男の銃の上に立つ、細長い照準器が気になっていた。
なぜ、あんなものを拳銃に取り付けたのか。
男は、何を考えているのか。
自分は、何を見落としているのか。
そのときだった。
源蔵の隣で、伍長の身体が大きく傾いた。
何が起きたのか、源蔵にはわからなかった。
伍長の口が、何かを言おうとするように開いた。
それから、体感で二秒。
乾いた銃声が、一つ響いた。
「伍長!」
源蔵は叫び、倒れた伍長を一瞬だけ見た。
声は返ってこなかった。
だが、いつまでも見ているわけにはいかなかった。
源蔵は三八式改狙撃銃に頬を押しつけ、再びスコープを覗いた。
土壁。
崩れた屋根。
瓦礫の山。
さっきまで男がいた場所。
いない。
源蔵はスコープをゆっくり動かした。
右。
左。
瓦礫の隙間。壁の陰。倒れた柱の向こう。
いない。
陳の姿は、どこにもなかった。
「どこへ消えた……」
自分の声が、ひどく乾いて聞こえた。
そのとき、背後で十一年式軽機関銃が火を噴いた。
ダダダダダッ。
射手は敵の姿を見ていなかった。
見えない敵に向かって、ただ撃った。
弾丸が土壁を砕き、瓦礫を跳ね上げた。乾いた土煙が立ち上り、建物の輪郭がぼやけていく。
源蔵はスコープから目を離さなかった。
見えない。
撃たれているのに、敵の姿が見えない。
そして、どこから撃たれるのかもわからない。
源蔵は初めて、自分が狩る側ではなく、狩られる側になったことを悟った。




