盟約
飛び立っていった鳥たちの羽ばたきを聞きながら、むすっと頬を膨らませている勇者を見下ろす。大人げない、と言いたいところではあるけれど、一応まだ未成年らしく、そうと毒すら吐けなかった。
「アリサって……そなた…どこでわらわの名を?」
「え、アリサの侍女?さんが言ってたし……」
またサラか……と頭を抱える。今週はおやつを一緒に食べてあげないんだから、と内心悪態をついた。そもそも、私の名前バレも全部サラのせいな気がして、仕方がない。そもそも、勇者パーティーに私が魔王ではないことをバラしたのはあの煙の男だったけれども。
「……はぁ。まぁ、よい。もう、好きなように呼べ」
「いいの!?やった!!」
そう、所謂ガッツポーズをして、先程までのむくれた様子を何処かにやってしまったユイトは飛び跳ねている。防御力を上げるために来ている鎖帷子がガシャンガシャンと音を立てていて、不憫で仕方がない。既にサクラお姉様を含めた皆は慣れてしまったのか、冷ややかな目でユイトを見ていた。……私もその境地に行けるのだろうか、となぜか不安になってきた。不安にならなくてもいいのに、だ。
「はいはい。それじゃ……怪我を治すわよ」
「あ、はぁい」
サクラお姉様の治す、という言にユイトは間の抜けた声で返事をした。サクラお姉様の回復魔法を、朝日の昇る前に受けたけれど、効果はてきめん。私もこれくらい精度を上げれたらいいなと願うほどだった。羨ましいとか、そういうのではなく。魔法に精通している母様に私が勝てないように、必然性には敵わないことを感じずにいられない。運命の強制力……というか。専門分野には勝てないと。……暗示されている気が、する。
「……それでさ。本題なんだけど…いい?」
血が乾燥して、カサついていた手はすでに治ったらしく、ユイトは座り込んだまま、私を見上げて言う。どうにも、対等……というか、距離感は離すつもりがないらしく、思わずため息を吐いてしまった。
今、何かを口にすると余計な毒まで吐いてしまいそうで、また唇を噛み締めながら、頷いた。もはや、この行為は弱い私を律するためだけの装置となってしまった。そんな自身を嘲笑う。
「国王様は、同盟関係に協力的だった。寧ろ、こちらから願いたいくらいだ、とのことだよ」
そう、ユイトは言うと口角を上げてニヤリ、と笑む。その様子に首を傾げると、サクラお姉様が私の肩をぽん、と叩いた。改善の余地は……ないらしい。ため息をつくことしかできなかった。
ユイト曰く、ラファール国の国王様は私たちの国――アメジアと同盟関係を結ぶことに協力的だったという。最初、敵対していたはずの二国が同盟を結ぶ。そうなってしまうと、諸外国がどのような反応をするのか、些か不安ではあるけれど。私自身にはどうにもできないことなのだと、吐き捨てる。それが、正しいのかなんて……わからない。
「……あ、そうでした。ユイトを探し出す前に僕たちがアリサ様の母君には伝えておきましたよ」
「アランの奴、突然俺のことを語り出してな……」
「アイクがすごいのって当たり前じゃん?一人だけ転移魔法の座標がズレたのはユイトの自業自得なわけだし」
やっぱり酷くない?と、半笑いでアランさんを小突くユイトを横目に見て呆れた笑みを零す。すでに安心しきっていて、いつボロを出すかなんて、わからない。そもそも、ユイトだけ転移魔法が失敗したのは、どうやら自業自得だったらしい。
それから、ひとつだけ……聞きたいことがあってサクラお姉様に耳打ちする。私が決断したことならば、最後まで責任を持たねば、というただの自己満足にも近いそれを私は無責任にも抱えていて。不相応だ、なんてもう一人の"私"が嗤った。どちらも、たいして相違ないのに。
「お姉様……」
「どうしたの?」
「ラファール国王様は同盟の条件に何か言われていましたか…?」
小さく問えば、サクラお姉様は気まずそうに目を逸らした。その行動が意味深に思えて、首を傾げる。何か、まずいことを言ってしまったのだろうかと悪寒に見舞われて、ぞわりとした嫌気が走る。虫唾が走る……とまではいかないけれど、感覚はそんな感じかもしれない。たぶん。
もしかしたら、と。一週間前の私が思慮していたものが頭をよぎった。まだ、答えはないけれど大抵は同盟の印を強めるため、ましては……今まで敵対していた国同士となると"人質"が必要になるのは必然で。私たっての希望で婚約者がいなくて、不相応にも姫の位をいただいてしまっている私――アリサ・ソフィラテスに白羽の矢が立つのは必然だろう。
「婚約……ですか?」
ぽつり、と呟いた言にびくり、とお姉様の肩が揺れた。どうやら、図星だったらしい。まだ会って日も浅いはずなのに、この優しい人はどこまで他人のことを考えられるのだろうか。それが、元来の性格だとは分かっていても、そう思わずにはいられない。その中でユイトはコツリ、と私の元へと歩を進めていた。気づかなかった、と毒づく前に彼は私の前に跪いて宣言する。
「なぁ…アリサ。サクラから話を聞いて知ってるかもしれないけれど、もう一度言わせて欲しい。あの日にも言ったように――――」
「ごめんなさい」
まだ、考えさせてほしいと。知らない情報だらけで、何も追いつかないと。そう伝えるまでもなく、思わず謝罪を口にしていた。
その裏で、アランさんとアイクさんの双子に窘められながらも、ステルスキルは酷くない!?と叫んでいる勇者がいたことは、混乱のあまり耳にも、目にも入っていなかったのだった。
最後までは言わせねぇよ?
ちなみにユイトに対してアランの当たりが強いのはアイクへのブラコン拗らせてるのに、アイクの転移魔法を失敗させたからです。自業自得☆




