乱反射する思惑
サクラお姉様の瞳が、私を逃がしてはくれない。どうにも、蛇睨みをされたように、身体が動かないことには変わらなくて。目を逸らそうとしても、動かないのだった、と思い至る始末。
「わらわは……」
ぐっ、と唇に血の味が滲むほど噛み締める。まだ、日が昇るまでは時間があって。勝手に私が感じている気まずさからか、永遠にも感じられるこの時間が苦痛でしかなくて。でも、朝日は嫌いだと突っぱねる。
「――私が……しなくてはいけないから、全部、ぜんぶ。」
ぽつり、と呟いた。もう、サクラお姉様の前で取り繕うのはやめた。私なんかに、親身になってくれる彼女に。ほんの…少しだけ縋りたくなってしまったのだ。そんな、言い訳を御託として並べて手に取って見る。何一つ、変わりのないそれは、私自身がサラや母様の優しさに縋りすぎてしまったという証明だった。
「……そっか。言いにくいこと、言ってくれてありがとう」
ふわり、とお姉様が笑んだ。煙の男が霧散してから、緊張の糸が切れた先程のように、思わず地面にへたり込む。その様子を見たサラが、ひとつため息を吐くと私に手を差し出した。
……扱いが酷くない?
そんな私怨を込めて、ありがとうと返す。どうにも、サラは私の私怨には気づいてなかったみたいだけれど。
「アリサ様は……ってこれじゃ堅苦しいね。なんて呼べばいいかな?」
こてん、とサクラお姉様は少し照れた様子で首を傾げると、先程までサラに握られていた手を、代わりとも言えるかのように、ぎゅっと握る。そのあざとさに少しくらり、と充てられながらも。ぐるぐると問われたことについてだけ、考える。
私の、呼び名。お姉様の呼び方は決めても、私への呼び名は決まっていなかったな、と思い出した。……何がいいのだろうか。私自身は育ってきた環境故か、名前に特に思い入れはない。だから……なんでも、いいななんて。口が裂けても言うべきではない。
「私も……お好きなように呼んでください」
「じゃあ……アリサちゃんでいいかな?」
そう問いかけるサクラお姉様に対して、コクリ、と頷いた。その私の様子を見たサクラお姉様は太陽の化身か……使者かな?と首を傾げてしまうほど、良い笑顔を浮かべる。多分、これをきっと人たらしって呼ぶのだと思う。
「……私ね、妹がいるんだ」
ぽつり、とサクラお姉様が零す。
「妹はね、小さな時から病弱で……私が守ってあげなきゃなんだ。勇者パーティーに立候補した理由も回復魔法を覚えるためだったりするんだ」
彼女は、突然の自分語りごめんね、と笑うけれど。私はそれに含みがある気がして仕方なかった。嫌な、気配ならばまだ良かった。含みを感じてしまったからには……踏み込むことなど、できないし……。と、頭を抱えて唇を噛む。
我ながら、臆病癖が邪魔だとここまで思ったことなど……ない。
「だからこそね、アリサちゃんは無理したらだめだよ。体を壊してしまうかもしれないし、ね?」
そんな、作り笑い。それがどうにも苦しそうで、思わず手を伸ばす。案外、冷えてしまった私の指先がぴとり、と彼女の頬に触れる。どちらも……たしかに、血潮の働きを感じられないほど、冷えていた。
「お姉様自身も無理をしているのではないですか?自身を偽って、本来は妹さんの近くにいたいはずなのに……」
「そんなことは……」
「こんなに、震えているのが……何よりの証拠ですよ…?」
そう、小さな声で指摘をした。そんなことをのたうち回る私自身も、震えているのだから人のことは言えないな、なんて片隅で思いながら二の句を待つ。先程までいたはずのサラは、"魔物化"してしまった人を眠らせるために、どこかへ行ってしまったようだった。
「……そうだね、私もアリサちゃんのこと言えないや」
朝日が、薄暗かった……この裏路地に滑り込んでくる。その眩しさよりも……朝日を乱反射した輝きを目を眩ませながら、笑みを浮かべる。
――きっと、もう。お互いのことは……大丈夫だ。
嫌いだったはずの朝日を少しだけ、好きになれそうな気がした。
こつん、と二人で手を取り合って、ユイト達の所へと戻る。無意識下で手を繋いでいた私達の様子を見て、彼らは何かを感じたようだった。何も言わないけれど、視線が暖かくて、少々居た堪れない。まるで、魔族と人間の違いなど、最初からなかったかのように微笑む彼らから、小さく目を逸らした。
「おや……サクラ達は仲良くなれたんですね」
「うん。やっぱり、女同士じゃないと分からないこともあるわけだし?」
長い剣を鞘に入れたまま、抱えている人――アランさんは私達を見て、何かを言うことをやめたようだった。多分、サクラお姉様の目尻に残る涙の跡だろうな、なんて見当をつけながら。ニコニコと笑みを浮かべて、繋いだ手を見せびらかすサクラお姉様に同調する。
「………い」
ユイトが、ぽつりと呟く。私を含めた全員、聞き取れなかったようで、顔を見合わせて首を傾げる。内心、あれ……こんなに仲良かったっけ?と自問自答しながらだけれど。
「どうしたんだ?」
立派な杖を隣に置いた人はお姉様曰く、アイクさんといったのだったか。その彼がユイトに問いかけると、ユイトはひとつ、大きく息を吸った。
「サクラだけずるくない!?俺もアリサと仲良くなりたい!!!」
馬鹿らしい、と思わず気丈に取り繕うところを踏み留まって。内心引き気味で見ていた。ユイトが声を張り上げたからか、路地に面する建物に止まっていた鳥たちがバサリ、と飛び立っていく。ただ、その様子をやけに俯瞰して眺めていた。
もはや、私もユイトの行動原理は読めません。何なんだ…こいつ……(お前が作者だろっていう)




