真理戦
しん、と全員が静まり返った。誰も言葉を発さない中、私は一歩、こつりと歩み寄る。
煮え切らなかった怒りは、といえば。唇を噛み締めることで、どうにか堪えていた。それが、本末転倒だとしても、一時的にどうにかなるのであれば、別にいいかなって。よぎったからだと、言い訳を並べた。
「そなたは……何が目的だ?」
魔法弾を手中に収めながらも、煙の男に問いかける。じり、とにじり寄ったからか、随分と彼は焦っているようだった。どうにも、彼自身に攻撃は通らなくても、精神攻撃ならば通るらしい。そんな憶測を、御託を並べてみた。
「姫君は変なところに御執心なんですねぇ。まぁ、いいでしょう。一つだけ、お教えしましょう」
にやり、と。それでいて、気味の悪い笑みを男は浮かべて、顎に手を添えて何かを考えるような仕草を男はとった。実際は、煙で身体ができているから完全にそうだ、と決まったわけではないのだけれど。たしかに、彼が嗤ったような気がして。また、苛立ちへと姿を変えた。
それから口元から手を離した男は、人差し指を立てて音を発する。
「全ては我らが主のためならば。ワタシたちは主のための駒であり、手でも足でさえもなれる。たとえ、それが――――世界の破滅だとしても!!」
しん、と。再び暗黙がこの場に落ちた。ただ、男の声だけが残滓として残され、拡散されていく。ただ、私は呆気にとられて、その様子を眺めているしかできないのである。我ながら、大事なところで臆病になるな、と反吐が出る。もはや、簡単に罵ってくれた方が楽なまであって。
「……意味がわからない。それが俺が思い通りに動いていているのと何が関係がある?」
「おや…。勇者殿はそこが気になりますかぁ?でもまぁ…もうワタシも魔法の効果が切れてしまうのでね。次までの宿題とでもしておきますよぉ」
ユイトの発した威圧感は、飄々とした口調で躱されてしまったらしい。けらけらと笑う男に対して、こっそり無詠唱で拘束をかけてみたけれど、何も変化はなく。無謀で終わったらしかった。
ぺこり、と本来は敵……なはずして、頭を下げて霧散していった元煙をただ、最後まで眺めていたら。突然、ガクリ、と安堵からか気を張りすぎたのか。膝から崩れ落ちてしまった。多分、これを腰が抜けるっていうんだろうな、と苦笑を浮かべた。
「ア、アリサ様!!」
「……サラ。大丈夫だから心配しないで」
そう、ただいつも通りに返したけれど。サラの瞳には、無茶するなという念が籠もっている気がした。私、そんなに信頼ないかなぁ…と頭をよぎったそれを振り切った。
そういえば、と。この場に勇者がいたことを思い出して、私はあ。と零した。それらをユイトが聞き取ったのか、不安で振り向けば。ユイトは俯いて、手のひらを血が滲むほど握りしめているらしかった。
ツン、とじわじわと鼻につく鉄の香りがどうにも慣れなくて。治療しようと、サラの肩を借りてユイトの元へと近寄った。私はずっと。助けられる者は見捨てたくないのだから。それが、王たる者の器かと問われれば、そうとは言い切れないと思う。だから、先生も私に冷めた紅茶を飲まないように、と教え込んだのだろうか。取捨選択が、できるようにと。
「…………みんな!ユイトいたぞ!」
どうやら、勇者パーティーの仲間が勇者を見つけたらしい。大通りの方から、声が反響して聞こえてくる。まだ、夜中だからだろうか。このあたりの住民の避難誘導が既に済んでいるからだろうか。人気のない場所では、障害物がないから音が通りやすい、とかいう話は本当だったみたいだ、なんて。やけに冷静な私がいることに驚いた。
それから、パーティのヒーラーをやっているという、サクラさんが私の状態を見て、
『ユイトは自業自得なんだから後ね!!』
と一喝してくれて、少し離れたところへと移動した。一喝してくれたおかげで、なんとなく…私の気も晴れた気がして。もう、サクラお姉様と呼ぼうかな…。なんて、馬鹿らしい考えが頭に浮かんだ。たとえ、それを口にしたとしても。形骸状は対抗していたのだから、まだ抵抗が残っているだろうし、怖いという感情しか浮かばないだろう、と検討して、口を噤んだ。
「別に、私は貴女が好きなように呼んでくれて構わないわよ」
「えっ!?あっ……声に出てた……!?」
「そりゃ、もうバッチリ」
あはは、と煙の男よりも快活に笑う彼女に勇気を貰って。じわじわと喜びが浮かんでくる。どうにも、私は単純らしい。それくらいは容易にわかってしまった。
それよりも、だ。サクラお姉様と二人きりになってから、魔王代理としての"アリサ"の仮面を忘れている気がして、ならない。取り繕わなければ、私の人望など、取るに足らなくて。いくら手を伸ばしても、届かない日の光すらあるのだから、私は届く月光の方がまだ……良いと思える。そもそも、今日は新月だから月光すらないのだけれど。
「あのさ……魔王様。ううん。アリサ様は、実は無理してたりしない?」
いつの間に、名前がバレたのか。隠してはいないけれど、バレた経緯が知りたくて。女同士の方がいいから、と連れられてきたサラを目をやれば、今度は彼女が目を逸らした。私の名前を零したらしい。そういえば、腰を抜かした時。サラが私の名前をそこそこ大きな声で呼んでいた気がして、頭を抱えた。
――――犯人はサラだったんかい。
「わらわは……無理など、していない」
「本当に?」
ただ、サクラお姉様のシャンパンガーネットのような吸い込まれてしまうほど綺麗な瞳が。必死になりながらも、気丈に振る舞っている私の姿だけを映し続けていた。
真理、心理、審理。とりあえず、一章(?)は多分そろそろ終わります。謎が謎を呼びすぎて、何も残ってない気がします。




