誰かの"幸せ"
登城、などと言えば荘厳さはあるかもしれないけれど、私からしてみれば、ただの帰宅には変わりなくて。抱える物事が多くなってしまったが故か、否か。たしかに、気が重いことには変わりない。
――婚姻により、両国の結びつきを強める。
言い方を変えてしまえば、ただの人質。そうでなければ、敵対していた国々が手を取ることは……難しい。そう考えた先の先人は愚かだったのか。はたまた、偉業を成し遂げたのか。私には図ることなど、できない。
単純に考えてしまえば、私は良い為政者にはなれる気がしない。それは、元来の性格のせいもあるだろうけれど。
「……大丈夫?」
覗き込むようにして、私と目を合わせてきたユイトに驚き、目を瞠る。驚きのあまり、何も発せず数秒。ようやく発したのは、自らを偽る肯定の意だった。
「……そっか、なら…いいんだ。どうしても、不安そうに見えちゃってね」
それは……全て貴方のせいです、とは言えず。目を、逸らす。気まずさから、無意識のうちにサクラお姉様の背後に隠れれば、サラが一つため息をついた。……もういいもん。
誰かが笑い声を上げた。その声のする方を見遣れば、アイクさんがいて。小さく、首を傾げた。
「魔王様……いや、姫様なんだったか。別に姫さんはさ、ラファールのこと深く考えなくたっていいんだ」
ふ、と彼は笑みを浮かべた。その様子を嬉しそうにニコニコと見ている。その視線に謎の熱意を感じて、少しだけ怖気づいたのは内緒の話。さすがに出会ってまだ一週間だし……だとかの言い訳は言わないけれど。
「――君は、君の好きなように、道を選べばいいんだ。このユイトのことなんか…気にしなくていいから」
母様と、同じことをアイクさんは瞳に優しさを灯して零した。優しすぎる、このぬるま湯にいつまでもいたくなってしまうけれど。私は、魔族……ひいては、世界のために。そして、あの煙を纏った男の目的を知るために。しなければいけないことは、既に分かっていた。
ユイトがアイクさんに叫ぶ異論は聞かないふりをして、一歩。また、一歩と歩み寄る。それが、実際にできているか……なんて、分からない。
「……ありがとう」
「……っ、いや…俺は別に持論を、言っただけ……だから…」
だとしても、救われる人がいることをどう伝えれば良いだろうか。言葉足らずになりがちな、私じゃ見当もつかない。ただ、やけに挙動不審になったアイクさんに首を傾げていると、ユイトに目を塞がれた。
「やめてくれる?」
「やだ。だって…!!アリサの可愛さにアイクが惚れちゃうじゃん!!アリサも嬉しそうだったし!!」
結局は、自らのためだったかと呆れて。ため息をついた先で、ユイトの手を払いのける。あ、と呟いたらしい声は完全にシャットアウトして遮断した。
ユイトのもとから離れてしまえば、もう既に城の目前。そこでは、同盟関係の進捗報告が待っている。しかも、それだけではない。"魔物化"……そして、件の男。気が滅入るけれど、仕方ない。現実はそんなに甘くはない。取り繕う仮面も、もうボロボロになってしまって。なすすべなど、なかった。
謁見の場。勇者たちと初めて邂逅し、相対した場。そして……同盟のきっかけとなった場。言い表すには事象が多すぎるここに幾度目か。いや、彼らと入るのだから二度目だ、と内心ひとりごちる。
そして、今は。あのとき相対していたはずの勇者側にいるのだから、滑稽でしかない。あの時感じていた母様の頼もしさは、今は威圧感にしか感じられず。報告を待つ女王の姿として正しいと。いつかは、私もなれるだろうか…という希望も抱えて。見据える先は闇。
「アリサ、ただいま帰還しました」
「おかえりなさい。……それから勇者一行まで…どうしたのですか?」
口頭で言う勇気が私には、あるのか。
ひとつ、息を吸う。
「ラファール国との話が、進捗したようです」
緊張の糸が一本弛む。いくら、今は私が魔王代理をしているとはいえ、まだ世を知らない若輩には変わりがない。ならば、頼れる人を頼るのは必然のことで。きっと、私は今……この中の誰よりも緊張している。
永く、永く感じた。実際はものの数分だとしても、体感はずっと長かった。ふ、と母様が息をついたのを感じて。また、一本緊張の糸が弛む。
「……よかった。同盟の条件としては、やはり婚姻でしょうか?」
そうユイトに母様は問いかけると、ユイトはコクリ、と一つ頷いた。既に彼の掌には血の跡を含めたすべてが、たしかになくなっていた。
私にこれから襲いくるのはきっと、婚礼の話。婚姻、とまでいかず、婚約者という地位で止めさえすれば、建前上は役目を果たしたことになる。それを、狙うしかない。
「そう、ですよね。……やはり、安牌はラファールの王族……でしょうか?」
「実は、我が国の第一王子は少々特殊でして――――」
上手く、聞き取れなかった。阻害魔法でもかかっているのか、と疑ってしまうほど、世界が確かにモノクロスケールで動き続けている。
それが、他国の重要秘密だから私には聞こえないようにされているのか。それとも、勇者の魔法か。疑いようはたくさんあるが故に、無詠唱で強制解除を試みて。
――失敗。
「……ということなのだけれど、アリサ…わかりますか?」
「え、あ、はい?」
「よっしゃあああああ!!!」
やけに喜ぶ勇者を、横目に。それから、どこか苦しそうな笑みを浮かべた母様に近寄って回復をかけた。恐らく、父様関連での魔力消耗による体調不良だろうけれど、気休めにはなるはずだから、と。
ひとり、安堵の息をついていた。
幸せとは儚いもの




