漆黒
息を切らす。先が見えない。状況の報告も足りない。何もかもが足りない中、私は城下町の一角に取り急ぎ訪れていた。
思慮の中、舞い込んだ"魔物化"の状況。魔物化自体、ここ一週間で起こり始めたことだから、まだわからないことが多いけれど。魔物のように、私たち魔族の理性がなくなってしまい、人々を襲ってしまう。また、理性がないからか、何なのか。自身の身体が壊れるまで、魔法を使うこともなく、攻撃し続けてしまう。たとえ、その人の大切な人であっても、大切な物であっても、だ。
それにはきっと、魔素が関係ある……はずの現象。でも、今まで魔素は私たち魔族に悪影響を及ぼさなかったのだから、不可解で、辻褄が合わない。ただ、起こるから対処するしかない。今はそんな状況下だからこそ。父様の治療で動けない母様の代わりとして、私が頑張らなければいけないんだ。
「姫様!こちらです!」
通達をくれた騎士と共に駆けて行けば、先ほどまでは異変のなかったであろう、ただの民家があった。建物に刻まれた傷は、まだ新しく。傷跡からして、魔法…というより、斬撃に近いかもしれない。そんな推測を手に、顎に手を当てて考えてみるが、今はそんなことをしている場合ではない、と頭を振った。
「――サラ。今の被害からして、復旧はどれくらいかかる?」
「最速で今夜中かと」
そっか、と一つだけ呟いて、空を見上げる。新月ゆえの暗闇。それから、先程までなかったはずの雲に星々は覆われてしまい、明るさなどないに等しくなってしまった。夜目が利くわけじゃないけれど、痕跡から"魔物化"してしまった人を追うことができるだろう、と推測して、息を吸う。
「全員に通達。この周囲の復興に当たりなさい」
「姫様は……?」
「わらわは大丈夫だ。そなたらも、わらわの魔法の威力を知っているだろう?」
ですが…と、現地で合流した騎士の一人が呟いた。煩わしい、とも感じるけれど、皆は私の身を案じてくれているだけなのがわかる。私としても、心配をかけるのは本意ではないし…。そこまで、悩んで。はた、と気づいた。
――ひとりの子どもがそこに倒れている、と。
は、と息を吐く。それが動揺からなのかは分からない。ただ、一つだけ確かなのは、このままにしてしまうとこの子の命が危ないということ。ただ、一つだけだ。
「っ…回復」
咄嗟にかけた回復魔法。辺りを淡い蛍光緑の光が満たしていく。それと同時に、子供の意識は浮上してきたようだった。ほっとして間もなく、その子は目を見開くと、過呼吸になりながらもぽろぽろと涙を流し始めた。まだ、不明瞭な意識の中、泣きじゃくる子供の本能に……精神に何が起こったのだろうか。"魔物化"に何か関連があるのでは?そんな、生き当たりばったりな憶測は、不幸にも的中してしまう。
「……ぼくのおとうさんがっ…!ねぇ……おねえちゃん…!たすけて……!」
子供――男の子の、悲痛な叫びを取りこぼす、なんてことはできなくて。着いてきていたサラに目配せすれば、呆れたようにため息をひとつ、吐かれた。……え、ひどくない?私、結構必死なんだけど……。
そんな弱音を内心吐きながらも、もう一度空を見上げた。もう既に、雲は流れて星々が狭間から覗いている。その中に、ひとつ。不自然なまでに黒い――漆黒がどんどんと大きくなってきていることに気づいた。……何かが近づいてきている。それを確かめる間もなく、その何かは私たちと同じ高さまで落下してきた。
「……人?」
「っ姫様!!」
サラの叫びと同時に、何か――男はこちらへと殴りかかってきていた。ひゅっ、と喉の奥から音がして。動かない足を、必死に動かそうとして。でも、間に合わないことだけが分かって。あ、これで終わりかも。なんて、嫌な予感。
せめてもと、私が治療のために抱えていた男の子をサラのもとへと魔法で転移させて。そのクールタイムまでの間に、私が移動しきれるとは限らない。代わりに、ひとつ。
「炎壁っ!」
攻撃兼、防御魔法。
どうやら、先ほどの言いぶりからして、男の子のお父さんなのだろう。その人が、"魔物化"してしまった、となると。絶望、困惑、その他諸々。様々な感情が渦巻いているのだろう。それも、対応が遅れてしまった私にも非があって。面目なくて。母様や父様なら、もっと上手くできたのだろうと、自身に落胆した。
勢い余って、炎壁に当たってしまったらしい、男のぜーぜーとした荒い息は煙となって、男の周りを取り囲んでいる。やはり、不可解が多いとなると、見当もつかなくて。とりあえず、一定の距離を保ちながら、間合いを取っていた。
「……な、なんだこれ!?」
とある、騎士がそう喚いた。何が起こったのか、と振り向けば男の周りをくるくると取り囲んでいた煙が騎士の身体を纏い、身体を勝手に動かしているようだった。
騎士の絶望顔。助けてほしい、という切望。その間に板挟みにされて、私は本体である、男の気配を把握するのを完全に見失っていた。
油断した。
たしかに、そう思った。あ、と思う間もなく、鮮血が散る予感がして目を瞑る。痛みを、視認したくないだけの防衛本能、だなんて、誰かが嗤う。とっくに、炎壁の効果なんて、切れていた。
……暫く。そろり、と痛みの来ない間から目を開けた。その場には――――勇者がいた。なぜ、と思った。一週間も音沙汰がなかったのに、だ。
「――間に合ってよかった」
そう、月明かりもない暗闇で。にこり、と笑った彼がやけに眩しく感じたのだった。
犯人は事件現場に帰ってくるって相場が決まってます。……まぁ、不自然な蛍光色見えたら誰でも帰ってきますよね?え、帰ってこない?精神強…




