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勇者の戯言





私を勇者から隠すように、と。母様は私の前に出ると、ひとつ息を吸って勇者――ユイトを見据える。さながら、身内の贔屓目を差し置いても、ユイトが女神から天啓を受け取っているようにしか見えなかった自分に嫌気が差す。『勇者』は、形骸化したとはいえ、私たち……魔族の敵なのに、と思いながら。



「ラファール国の勇者殿……貴男(あなた)方はどうしてここへ?」



「王には魔王討伐を命じられましたが……()は思うのです。…人と魔族が手を取ればこの争いは幕を閉じるのだと」



なんて綺麗事。思わず、吐きかけた毒は喉の最奥へと飲み込んだ。確かに、過去の魔王が悪いにしても。そんな理想論が叶っているのなら、とっくに和平は結ばれているはずだとすら思えてくる。馬鹿らしすぎる綺麗事なんて、と過去の私がどう考えても出てこない答えを捻出したユイトをこっそりと睨めつけた。



「なるほど。では、貴男方は我々…魔族に何を望むのですか?」



「ラファール国…ひいては世界全体からの魔物がヒトに被害を加えなくなればそれ以上の願いはありません。私の情報としては魔界からの魔素により、魔物が錬成され…ヒトを襲っているのだと聞きました」



……魔物。それは私たち魔族とは違い、理性のない生命体のことである。私たち王族の治める魔界に魔族が集まりすぎてしまったが故か。魔素と呼ばれるものがいつしか放出されるようになってしまったという。…確かに、それは私たちが悪いかもしれないけれど、売り言葉に買い言葉として、戦争を吹っかけた過去の魔族も人間も悪いよなぁ…と思ったのはいつのことだったか。



「…その通りです。私たち魔族は被害を抑えるため、この辺境の地へと居を移したのですが…まだ、被害は抑えられていなかったのですね…」



そう、母様が呟くように零したのを私は聞き逃さなかった。そもそも、魔族は和平を望むような、平和主義な種族で。人間は魔()と魔族の区別もとくに知らないのであろう。ただ、そんなことだけがユイトの言葉から掬い取れて。唇を噛んだ。



「そこで、私は思うんです。魔族と和平を結べば、魔族の住まう地も増え、魔素の生成が抑えられるのではないかと」



「…確かにそうですね。でも、それがこの子……私たち魔族の愛姫と何の関係が?」



そう、母様が問えばユイトはニヤリ、と口角を上げて口を開く。なんとなく、嫌な予感がして、手のひらに爪が食い込むのをただ気づかないふりしかできなかった。



「それは――――……()が魔族の姫様に惚れたからです。…一目惚れとかって言うんですかね…初めて見たとき――」



そこまで言ったユイトの口を、ユイトの仲間が勢いよく塞いでしまった。私は内心、よくやった!とガッツポーズ。ただ、母様の前でそんなことはやらないだけで、内心は大歓喜なのである。



「ユイト、貴方馬鹿じゃないの!?和平を結ぶにしても、私情を持ち込んじゃ駄目でしょ!?」



「…あ、そっか。ごめん、サクラ」



「私は良い…ってそこじゃなくて!」




…コントかな?


そんなことを私が半ば呆れながら見ていると。母様が私に近づいてきて。なんだろう、と思っていると母様は小さく耳打ちするようにして、私に問いかける。



「…私は、人間との和平は魔族にしては大事な一歩だと思っているわ。…でも、きっと…このままいくと貴女は政略結婚などをさせられてしまう…。母としてはアリサ…貴女の意思を尊重したいの」



「わたしは……」





…どうしたいんだろう。




「魔族のために」。そう思えば、きっと苦じゃないけれど。"アリサ"としての私は…どうしたい?これから、自らを封じ込めて一生を過ごしていくの?



ぐるぐると。答えのない問いが脳内を渦巻き続ける。たしかに、私は魔族の姫だ。いつかは、政略に使われるのは分かっていたけれど、母様は"アリサ"の幸せを切に望んでくれている。その希望に応えたい。幸せなんて、臆病な私には手を伸ばすことすらできないのなら。自ら茨の道を突き進んで、幸せを見つけた方が――――。





「勇者一行、そなた達に言付けを頼みたい」





なけなしの勇気を振り絞って、必死に声を張り上げる。私だって、目立つことは本望じゃない。でも、私一人の幸せと国民全員の幸せを天秤にかけたら、後者の方が圧倒的に重かっただけだ。





「ラファール国の王に……同盟関係を結びたい、と」





そう告げた途端、辺りの静けさがやけに際立った。誰一人とせず、言葉を発することをしない。その様子に焦りが浮かんでは消えて。母様に視線だけで助けを求めれば、母様がポロポロと雫を流しているのが見えてギョッとする。



「…アリサ。成長しましたね…」



ただ、その瞳にはたしかに、不安そうな色が浮かんでいて。私の幸せを望んでくれた母様の意思は尊重できただろうか、と覗き込む。…真意は分からないけれど…きっと、これで良いのだと自身を安堵させた。



「ほらっ!ユイト!何か言わなきゃ!」



「あ、あぁ…うん。………謹んでお受けいたします」



そんなサクラと呼ばれた少女とユイトの茶番を横目に天を仰ぐ。


勇者の戯言から始まった、この結末は私にも――きっと、神でさえ読めやしないのだと。





ユイトは破天荒でもちゃんと教養があるんです。一応。

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