揺るる血海
一発、二発、三発……と星が散り続ける。
目で追えば追うほど、目眩がしてくるほどの弾速。それを魔法職二人で受け流すのは……流石に無理がある。魔力量は幸い、私自身が魔族で、魔王の血筋故に多い方ではあるけれど。でも、魔族の血が混ざっているとはいえ、基本はただのヒトであるお姉様には……この状況下は苦しすぎる。
「魔防壁……っ!」
また、一枚分――破られた分だけ、防壁を張った。少なくとも、気休め程度にしかならないけれど、完全に躱し続けるよりはずっと楽なのには変わりない。
「逃げてばっかりだといつかは底尽きるんじゃない!?ねぇ、姫様ぁ!」
心底楽しそうな笑みを浮かべ、ロゼさんは声を荒げた。どうにも、もう既にお姉様のことなど瞳にすら入っていないようだった。
月明かりなど、あるようでないに等しい。星と銘打つほどには明るく、地面を抉り続ける魔法は、月明かりなど軽く凌駕してしまっている。
「……っ!」
星のひとつが、頬を掠った。つぅ……と暖かい液体が流れ落ちるのを頬で感じながらも、それを手の甲で拭う。右腕には、鮮血がこびりついていた。
――今、考えている策は三つ。
ひとつ。このまま避け続け、お姉様を庇いながらロゼさんの消耗を狙うこと。そして…拘束魔法で拘束する。
ふたつ。通信機器での応答に希望をかける。
みっつ。……できればやりたくはないけれど、無理やり彼らに転移魔法をかけ、遠い地へと飛ばす。座標がどうせバレているのだから、やっても無駄なのは――確かだ。
「……あ……そなたらは何が目的なのだ!!」
「目的?そうですね……我々のイレギュラーであるアナタ――姫君を抹殺することとでもいたしましょうか?」
「……それはっ……予測がつかなくなるからか?」
「さぁ、どうでしょう?」
心底どうでもいいかのように…そして、おかしそうに――笑いをこらえながらルヴァは答えた。しかし、私を殺すのが目的ならば、最初からこちらに刺客を仕向ければ良いものなのに。わざわざユイトの方を足止めした理由は何なのだろうか。
もしかしたら……だけれど。これによって、私の動揺を誘うことで勝率を上げるという作戦なのかもしれない。多分、そんなことはないかもしれない。でも、可能性があるのならば、頭の隅には置いておきたいと。心配性故の意思ならば、それを尊重するべきなのか。もう、分からない。
「アリサちゃんを…殺して、何か利益があるの?」
サクラお姉様がぽつり、と魔防壁を維持しながら呟いた。私自身、意図がわからないのは確かだけれど。そんな単刀直入に尋ねてもいいのだろうか……。なんて首を傾げた。
「利益?それがないのに殺す理由なんてあるの?罪なき人を殺したところで無駄。……それくらいわかるでしょ?」
星を生成しながらも、ロゼさんは涼しい顔で答えた。正論なのに、変わりはないのだけれど。そもそも、人を殺すという事前情報がおかしいことに彼女は……気づいているのか。
私なんかが、綺麗事の御託を並べたところで、何もかわりはしないけれど。魔王という立場には――時には残酷な選択をしなければならない。それを分かっているのに、後回しにして、救えたはずの命を見捨ててしまう。そんな王には――なりたくなんて、ない。
「わらわは……殺されてもいい。だが……その考えには納得できない」
「は?」
地を這うように低い声。きっと、彼女の怒りの逆鱗に触れてしまった。弱い自分なんて、この場では……必要ない。手を、伸ばせ――!
「ロゼさん……貴女とサクラお姉様との間に何があったのか、わらわは知らない。でも、その考えに至る何かがあったのならば――それを知りたいと思う」
ひと呼吸分。ロゼさんの動きが止まった。それを見逃さないとばかりに、叫んでみる。
「拘束っ!」
気休めでもないよりはマシ。ルヴァとは違い、実体のある、彼女ならば――拘束魔法が効くかもしれない。そんな一筋の希望は、容易く打ち砕かれてしまうかもしれないけれど。それでも、やらずにはいられなかった。
「はぁ…」
ひとつ、息を吐く。それは、誰のものだったのか判断がつく前に、破裂音を轟かせて、魔法が欠如してしまった。
「……っ!?」
こんなこと、しらない。このかた初めての現象。城の図書館で読んだ魔導書にもそんなことが起こるなんて書かれていなかった。
ぐるぐると嫌な汗が出て、それをみて見ぬふりをしようとして唇を噛んだ。じわり、と滲んだ血は――今の緊迫した状況をそのまま表しているようで……また、唇を噛みしめる。
「ないても、こうどうしても……ぜんぶ、むだ。あなたには……ひめさまは、それがわからないの?」
冷えた目線とは裏腹に、ロゼさんは――置いていかれた寂しげな少女の面影を確かに残していた。分からないとも言い切れず、それでいて自らの無力さを思い出す。それは、彼女の記憶なのかアリサの記憶なのか判別できず、余分に息を吸った。
まだ、血の味は……舌に残っている。
血の縁など気にする暇もない。




