狂花水月
ひゅ…と息を呑んだ。今まで、隔絶されていたアメジアとラファールを筆頭とした周辺諸国。その中で、アメジアに入国でき、白い目で見られることのない……と少し考えればわかること。それすらも考えず、ただロゼさんの話に耳を傾けていただけの私は――一体、何だったのだろうか。
「フリューリム?」
サクラお姉様が首を傾げた。突如として、出てきた謎の語り文句。それは、私にも分からないことに違いはなかった。
そんな私たちを差し置いて。ロゼさんも、ルヴァと名乗った――黒煙を操る男も、ただ静かにこちらを見据えるだけ。そんな、非現実感にぞわりとしながらも、私はローブの中に隠した通信機器を密かに操作して、彼に伝言を残そうとしたけれど。機器に触れた私の指は、たしかに――震えていた。
「まぁ、お姉ちゃんたちは知らなくていいことだよ。ルヴァ様も、主様もみーんな!」
「そうですねぇ…。ワタシが先日言ったことが変わらず、とだけ言っておきましょうか。勇者は我々の思惑通りに動いている……ただそれだけなのです」
狂ったように。彼らは笑みを浮かべた。ルヴァは前回対峙したときとは違い、煙を不定形にしているため、本当にそんな表情をしたのかは分からないけれど。でも、なぜか"嗤った"ということだけは分かってしまった。
震えながらも、私の魔力を乗せて通信機器で彼に伝言を残そうとしたけれど。魔力量を誤ってしまったからなのか……それとも、ロゼさんが第一人者だったからなのか。彼女は少し、目を見開いた。
「――姫様、無駄な悪あがきはやめたほうがいいのでは?」
そう言うと、彼女は無言で魔法弾を飛ばしてきた。避けるのに手間取って、通信機器を隠し持っていた方のローブが燃えた。その反動でコトン、と通信機器は地面を跳ねた。
あ、と思う間もなく。私が先程まで操作していたはずの通信機器はロゼさんの手の中へ。妙に冷静な頭は、転移魔法の応用か、としか思えなかったけれど。ぞわりとロゼさんの笑みに悪寒を感じて、一歩後ずさった。それが、何を意味しているのかなんて手に取るように分かってしまうほど。私は臆病には変わりないらしい。
「……救援を求めたところで無駄ですよ」
ぼそりとロゼさんは呟いたかと思えば、通信機器を破壊した。その破壊方法は彼女の容姿からは想定もできないほど、力技で。そのアンバランスさが気味が悪い。――いや、気味が悪いなんて言うのも大変失礼だけれど。
王族に支給された通信機器は、内部の情報を機密にしながらも送ることのできる特殊な品で。その分、耐久値も高めに設定されているはずなのに。彼女はそれを意にも介さず破壊できるほど。そんな力はどこで得たのかが私には皆目見当もつかない。
それが、お姉様から教えていただいた――ロゼさんの過去に関する話から勝手に私が作り上げた絵空事なのかもしれないけれど。
「もしかして……ユイトたちに奇襲を仕掛けたのも……?」
思い返すように、お姉様は口元を押さえながら零した。思わず、お姉様の方を向いてしまって、足元をすくわれる。よそ見をしていたら――確実に殺される。ただ、それだけは確かなのだと彼らは言外に忠告してくれるのだから……まだ優しいのかもしれない。
「あぁ……勇者殿はワタシが魔物を転移させましたねぇ。それが何か問題でも?」
「問題しかないじゃない…っ!私がロゼを追いかけるのを大変なのに快諾してくれたのに…その元凶は貴方達だったんだから……っ!!」
悪びれずに淡々と言葉を紡ぐルヴァ。それに対して…怒りを顕にしつつも、踏み出すことをせず。ましてや、自らの手のひらに爪が食い込むことを厭わないお姉様。この対峙について、私には何も触れられないのかもしれない。
「だから?お姉ちゃんは私に勝手に責任感じて追いかけてきただけなのに?」
ムードは険悪。ロゼさんの紅い瞳は光を既に失っていて。明るすぎる月明かりとは裏腹に濃度を増すその瞳が――不気味で仕方がない。やはり、その異常性を感じて、ひとつだけ……固唾を飲みこんだ。
「わた…しは……」
「……言い訳なんか、聞きたくない」
冷えた声が夜風に乗って滑り込んできた。何か、不穏な気配を察知して、手を伸ばそうとしても、手遅れなのは分かってしまって。また、自己嫌悪に苛まれて。結局、私は……一人じゃ何もできない、無力な存在なのだと分かっただけだった。
俯いていたロゼさんの肩は震えていて。それは怒りによるものなのかすら判断できず。ただ、風にたなびく彼女の桃色を目で追っていた。
「――お姉ちゃんなんか……だいっきらい!!」
そのシャンパンガーネットは濡れていた。彼女の頬を伝って、落ち。そして、月光を乱反射させるだけのその雫は――たしかに、彼女の涙だった。
大嫌いだと宣った彼女は、杖を振りかざして叫ぶ。
「星弾っ……!」
知らない魔法。それ故に、軌道は、彼女の心情のように。誰にも計り知れないことだけは確かだった。
姉妹喧嘩に挟まるルヴァは何がしたいのか




