第四話:クォーツに灯る、静かなる安息
1. 嬉しさを通り越した困惑
離宮での生活は、エララにとって、もはや現実感を伴わなかった。
日当たりの良い、広々とした部屋。継母の家では、陽の光は常に彼女から遠ざけられていた。身体が沈み込むほどふかふかのベッドに、つぎはぎどころか刺繍一つない、上質な絹の夜着。朝から晩まで、温かくて栄養満点の食事が運ばれてくる。
彼女は、初めて豪華なドレスに着替えさせられた時、あまりの非現実に気を失いそうになった。
(どうして……? わたくしは、罰を受けるためにここにいるのではないの?)
高待遇は、彼女の心の防壁を揺るがした。実母が亡くなって以来、長く縁のなかった「大切にされる」という感覚。それが、何の功績もない、悪役を演じていた自分に与えられている。
嬉しさを通り越して、エララはどうしていいか分からなかった。豪華な食事を前にしても、反射的に「完食しなければ、またご飯を抜かれる」という飢餓の恐怖が蘇り、喉を通すのに時間がかかった。しかし、ダリウス殿下から派遣された侍女たちは、皆、冷たくも礼儀正しく、ただ静かに彼女の衣食住を完璧に整えるだけだった。
(この方は、わたくしを「観察対象」と呼んだ。観察対象は、完璧な状態でなければならないということかしら)
そう解釈することでしか、彼女はこの「溺愛」としか見えない状況を受け入れることができなかった。
2. ダリウスの私的な書庫
ダリウスは、エララに対して「離宮の外に出なければ、何をしても構わない」と指示していた。エララは、誰もいない離宮の広間を静かに歩き回り、やがて、彼の私的な書庫を見つけた。
そこは、彼の性格を映したように完全に整然としており、埃一つない、清潔な空間だった。本棚には、為政者としての専門書に混じって、様々な国の歴史書、地理学、外国の文化や民話に関する書物が、整然と並んでいた。
(この方は、こんなにも多様な知識を求めていらっしゃるのね)
エララは、昔から好きだった外国の地理や歴史、文化について書かれた本を見つけると、熱心に読み始めた。
(外の世界。わたくしが、この檻のような王都を離れて、いつか行ってみたいと夢見た世界……)
彼女の感情を押し殺した無表情は、ダリウスが個人的に好きな本を開いている時だけ、わずかに緩んだ。文字を追うことで、彼女の孤独な魂は、静かに安息を得ていく。
それは、彼女の「生きるための静かな希望」が、「ダリウスの個人的な趣味」という形で、偶然にも満たされる瞬間だった。
3. 観察者の、解明を超える気づき
一方、ダリウスは書斎で、弟たちからの報告書に目を通していた。
彼は、書庫で本を貪るエララの様子を、監視記録を通して把握していた。
(食欲の改善は緩やかだが、睡眠は安定した。そして、現在は僕の私的な書庫で、僕が個人的に興味を持っている領域の本に、思いを集中させている)
彼のダイヤモンドの瞳は、彼女の読書が、彼女の「無機質な外見」を保つための精神的な避難場所であることを正確に解析していた。
しかし、その解析とは別に、ダリウスは非論理的な心地よさを感じていた。
(僕の個人的な領域、誰にも見せたことのない「僕の趣味」が詰まった場所で、彼女は安らぎを得ている。彼女の魂の真実が、僕の内面と共鳴している……?)
ダリウスは、冷徹な分析を口にする代わりに、静かに机に寄りかかった。
彼は、彼女の「矛盾」を解明しようとしていた。だが、エララが彼の私的な空間で安息を得ているという事実は、解明という目的を超え、彼の孤独を、ほんのわずかだが満たし始めていることに、彼はまだ気づいていなかった。




