第三話:清廉な王子の「非論理的な怒り」
1. 理性で抑えきれない義憤
エララが持参した荷物は、舞踏会で着ていたドレスと、小さなポーチ一つだけだった。王宮の侍従長からその報告を受けたダリウスは、表情こそ崩さなかったものの、ダイヤモンドの瞳に、かつてないほどの怒りを映していた。
(何という理不尽。父である伯爵は王太子の申し出に即座に応じたにもかかわらず、その娘を、何の準備もさせずに送り出した。これは、王家に対する侮辱であると同時に、あまりにも非論理的な残虐性だ)
彼の怒りは、恋愛感情から来るものではなかった。それは、優秀な為政者たらんとする彼の核にある「公正さ」と「正義感」が、あまりにも単純な「悪意」に汚されたことに対する義憤だった。
彼の好奇心は、もはや「謎の解明」だけではなく、「この理不尽を許してはならない」という行動原理へと変わった。
2. 傍目には「完璧な溺愛」
ダリウスの行動は、極めて迅速かつ徹底的だった。
彼はすぐに王宮御用達の高級服飾店にすべての王族の権限を使って連絡を取り、エララのために一週間分のドレスから、最高の肌触りの絹の夜着までを大量にオーダーした。
「すべて、彼女の繊細できめ細やかな肌に合うよう最も上質なものを用意するように」
また、王宮料理長には、エララ専用の栄養満点の特別献立を、ダリウスの監視下で提供するよう命じた。
「彼女の体調は、僕の研究対象のコンディションに関わる。彼女が二度と飢えに怯えることがないよう、完璧に管理してほしい」
侍従たちは、エララへの異常なまでの物資の集中を見て、即座に悟った。
「王太子殿下は、あのエララ嬢に夢中だ。あれは溺愛以外の何物でもない!」
ダリウスの「公正な環境下での観察」という名目の行動は、瞬く間に「王太子殿下の激情的な溺愛」として王宮中に広まっていった。
3. 兄弟たちへの個人的な依頼
その日の夜、ダリウスは公務用の通信網ではなく、完全にプライベートな手段で三人の弟たちに連絡を取った。
「ルーファス、サイラス、アレクセイ。頼みがある」
彼は、クォーツ伯爵家でのエララの待遇について簡潔に説明した。
「僕は、公的な権力を使って個人的な復讐を行うつもりはない。だが、この理不尽は看過できない。お前たち、僕の優秀な弟たちに、クォーツ伯爵家の内情を私的に、そして徹底的に探ってきてほしい」
第四王子アレクセイは、隣で話を聞いていた婚約者リリアと顔を見合わせ、喜びの声を上げた。
「ダリウス兄上が、僕たちに個人的な頼み事だなんて! そして、その理由が女性に対する不当な仕打ちだなんて!」
アレクセイは目を潤ませ、熱弁した。
「兄上にも、ようやく愛する女性が出来たんだ。兄上の孤独も、きっとエララ嬢によってなくなるはずだ! 僕たちに任せてください! 愛する兄上のため、そしてエララ嬢のため、クォーツ家の真実、僕が暴いてみせます!」
第二王子ルーファスは、寡黙ながらも力強く頷いた。兄の燃えるような正義感は、彼の武人としての情熱を刺激した。
第三王子サイラスは、知的な策略家らしく、冷静に分析した。
「兄上が、個人的な感情で動くとは、非常に興味深い。エララ嬢は、兄上の理性の外側にある存在なのですね。……承知いたしました。情報収集の最適解を導き出しましょう」
ダリウスは、弟たちの感情的な支援を予想していなかったが、彼らの純粋な愛情に、僅かに表情を緩めた。
(僕の行動は、愛情ではない。だが、この感情的な繋がりも、時には為政者としての力になるのかもしれない)
こうして、ダリウスの「解明」は、弟たちの「愛の協力」を得て、より強固に、そして「溺愛」という名の誤解を伴いながら、次の段階へと移行した。




