72.キロヒ、協力は惜しまない
「キロヒちゃんが……信じてたオレを裏切った」
「黙れゼク」
翌日──学園が再開される二日前。
サーポク以外の屋根裏部屋スミウ、イヌカナが七名集合した。サーポクはまだ帰ってこない。南部からの亜霊域器の到着そのものがまだしてないらしいので、「サーポクは期限内に帰ってくるのか」と、心配しているスミウのどきどきは続いている。
それはともあれ、盛りだくさんの休暇中の情報共有を、人目を避けて学園の外でしていたところ、カーニゼクが、がくりと両ひざをついてキロヒを責めた。
休暇中にキロヒが上霊したことは、ここにいる全員が驚いた。キロヒがもし彼らの立場なら、やはり驚いていただろうからそれについては反論する気はない。裏切ったまで言われるのは心外ではあるが、速やかにシテカがその口を封じようとしてくれたので、やはり反論する気は起きなかった。
「それで、僕とシテカは精霊の内部霊密を上げて上霊をずらすことにした。ヘケテは、上霊した嬉しさからほとんど顕わし続けていたらしくて、今更隠し切れないのでそのままにするよ」
休暇中、やはりシテカとヘケテは上霊していた。彼らが目指さないはずはないので、これは想定内。あとは性格の違い。
シテカは強くなりたいと思ってはいても、それを誰かに見せたいという感情は薄い。だから上霊しても消し続けているという。
逆にヘケテは上霊して強くなったことが嬉しくて嬉しくて嬉しくて震える──だけではすまず、その喜びを周囲に強制的に分かち合おうとする性質がある。「大きい、強い、舐められないは大事だ」と、笑顔で言われて「そーですね」とキロヒは棒読みで返してしまった。男社会は大変だ。帰りの移動で見せつけまくってきたらしいので、彼はもうしょうがない。
驚いたのが、クロヤハである。キロヒが謎精霊から聞いた内部霊密の上げ方を教えてまた片手の指で足りるほどの日付しかたっていないというのに、メガネはほとんど中級と見紛う大きさになっていたのである。まだ少し大きいが、もう時間の問題だろう。
そんなクロヤハから指導を受けているシテカは、まだまだこれからだという。キロヒはこっそり「二十日くらいかかりますように」と祈ってしまった。彼の不出来を願っているのではない。そうではなく、クロヤハだけがずば抜けて才能があっただけで、二十日くらいかかるのが普通のことだ、という証明を彼にしてほしかったのである。
何はともあれ、上霊したと公開するのはヘケテだけ。目立つことは目立つだろうが、まだ何とか有能、もしくは精霊との相性がよかった、などでごまかせるのではないか。
人目をはばかる議題は、他にもあった。
「図書室の隙間がなくなっていたよ」
クロヤハの言葉に、キロヒは頷いた。ニヂロも嫌な顔をしている。
「謎の精霊が言うには、春と夏の間はつなげたくないそうです」
「どれだけ春と夏が嫌いなんだよ」
確認したキロヒの報告に、カーニゼクがツッコむ。
「まあ、冬の間に入れたのは運が良かったよね……おかげで、たくさん情報を得られたし助かることもあった」
「そうですわね、キロヒのおばあ様も無事で何よりでしたわ」
イミルルセから労わる視線を向けられて、キロヒは小さく頷いた。
「精霊って病気も治せるんだな」
「もしかしたら上は知っているのかもしれないけど……少なくても公にはされてないよ」
カーニゼクの感心した言葉を、クロヤハが難しい顔で否定する。
一般的に精霊士は医者ではなく、魔物との戦闘職だ。日常生活で精霊に手伝ってもらうとしても、水汲みや火起こしなどの生活に関するもの。クロヤハがこれまで読んできた文献の中に、精霊そのものが病を癒すというものはなかったという。
「病気を治す得意不得意は、精霊によってあるみたいです」
風寄りの精霊は「悪い風」を治せ、水寄りの精霊は「悪い水」を治せる可能性があるという風に、それぞれ得意分野が変わる。上位の精霊になればなるほど扱える範囲や力が上がるので、最低でも上級以上でなければ直接的な治癒は難しいというのが謎精霊情報である。
「人が診断して、適正のある精霊に手伝ってもらうという形になるんだろうけど……重大な新情報すぎて、正直手に余る……ん? シテカ、何?」
クロヤハのため息に、シテカが手を挙げる。
「難しいことはない。強くなればいい。特級になれば、次は幻級を目指せる。幻級になれば、何をどう発表しようが文句は言われない」
真顔で語られる内容は、キロヒを戦慄させた。怖い、と。
シテカは素で幻級を目指している。憧れとか夢とか希望とか、そういう道ではない。確実に目標としてひた走ろうとしている。
「そう、だね……どんな重要な情報でも上級精霊士ごときが言っても、握りつぶされたり他の誰かの手柄にされたり、いろいろあると思う……うん、強くなるのは悪いことじゃない」
それにクロヤハも同意する。
キロヒは考えた。確かにクロヤハには強くなってもらわなければならない。彼の従姉の件があるからだ。クロヤハが強くなり、フキルに対抗できるようになり、そしてなおかつ精霊の有用な情報を、できるだけ問題を起こさずに使うことができればいいのである。
「そうですね、協力します」
だからキロヒは、彼らの論調に積極的に同意した。協力は惜しまない。協力は。
キロヒは、これ以上強くなる必要はない。もう卒業まで安泰だ。あの「離」の訓練はもういやだと、彼女は心に強く刻み直したのだった。




