73.クロヤハ、説得する
「ゼク、イミルルセにだけ特別な絡み方をするのは、やめた方がいい」
初めての長期休暇を終え、屋根裏部屋のイヌカナが四人全員揃った日の夜。
部屋の中央のテーブルで、クロヤハは個人的な私的事項を口にした。座っているのは二人だけ。
ヘケテとシテカは避難部屋に入っている。ヘケテは上霊したドッカと、心おきなく心の交流を深めていることだろう。シテカは内部霊密を上げて、見た目を小さくする訓練をしているはずだ。どちらも寝る前には戻って来るし、戻ってこなければ扉をノックする予定である。
「はぁ? 何だよそれ、オレの自由だろ?」
当然、反発が出る。予測済みである。カーニゼクは、女子の前と男子の前では少し態度が違う。イヌカナの中では負けないように虚勢を張っているせいか、何かにつけて反発する。
「そのやり方は、逆効果だよ。イミルルセが君を冷静にあしらうのは、君のその態度を警戒しているからだ……彼女は自分の美しさを恐れているんだ」
「何だよそれ。何で、『僕の方が彼女に詳しい』みたいなこと言うんだよ。お前がイミルルセちゃんの何を知ってるって言うんだ」
正論で押せる大人相手には、クロヤハの話は通じやすい。しかし同じ子供相手だと、そうはいかない。みながみな、イミルルセやキロヒのように話が分かる人ばかりではない。
むしろイヌカナの中では、クロヤハの話は通じない方だった。
純朴だが強さ至上主義のヘケテ。警戒心が強く価値基準が「生き死に」という極端なシテカ。臆病さをおしゃべりと虚勢で軽薄に装飾するカーニゼク。そして、頭でっかちゆえに正論で殴ってしまい、同年代に味方を作るのが下手なクロヤハ。
こんな四人が四人だけで語り合っても、普通の会話でもすれ違うだけだ。クロヤハも幾度も空回りし続けてきた。そこに屋根裏部屋のスミウが混ざって、多くのことが一気に回り始めた。いまはクロヤハにとっても、居心地のいい状態で、これを維持したいと思うのは彼の願いでもある。
だからこそ、カーニゼクが不用意にイミルルセに絡んでいって、最後通牒を突き付けられないように牽制する必要を感じた。それはお互いのためにならない、と。
「たとえば……ゼクが絶世の美男子だったとする」
クロヤハは少し攻め方を変えることにした。
「いや、何だよそれ。別にいまのオレも悪くないだろ? 結構イケてるだろ?」
「論点はそこじゃないよ。仮に、だよ。ゼクがもし世界一の美男子だったら、何をする?」
「え? それってオレ、モテモテ?」
「そう」
「えー、それじゃあオレは綺麗な子を両側に連れて歩くかなー」
「何で?」
「え、だって綺麗だから?」
何を聞かれているのかよく分かっていない顔。
「じゃあその子がもし綺麗じゃなくなったら?」
「……他の綺麗な子を連れて歩けばいいだろ」
「そうなんだよ……ゼク。君の言ってる綺麗な子っていうのは、替えが効くんだ。君がイミルルセに向けている目も、花とか宝石とか、そういう替えが効くものに向けている目なんだよ。だから綺麗じゃなくなったら捨てられてしまう。彼女はそれにちゃんと気づいているよ」
「ぐっ……」
自分の浅はかな発言に、カーニゼクは顔を顰めた。
「で、でも、中身はこれから知っていけばいいだろ。大体、ここまでの付き合いでさ、イミルルセちゃんが頭が良くて行儀正しくて言葉も綺麗で、良い性格の人だって分かっただろ。見た目も合わせて満点で、替えなんかきかない子だよ」
「でも、ゼクは自分がもし美男子になったら、他の綺麗な子を連れて歩くんだろう? イミルルセはその中の一人にするのか? 一緒に歩くのを断られたらあきらめるのか?」
「ぐふっ」
ばたりとカーニゼクはテーブルに突っ伏した。まずい、殴りすぎたとクロヤハは慌てた。
だから話を変えることにした。
「実は、休暇中に……イミルルセのお母さんに会ったんだよ。キロヒが手紙の配達を頼まれてたから。お母さんはどういう姿だったと思う?」
その話題に、へこたれていたカーニゼクがぴくりと反応する。
「イミルルセちゃんのお母さんだから……美人、だったとか? もしくは、反対に美人じゃなかった、とか?」
顔を上げないまま、ぼそぼそと彼は答えた。
「答えは……分からない、だよ」
「え?」
驚いた顔が上がる。
「喪装だったんだ。ベールをかけて頭巾をかぶって、顔がまったく見えないようにしていた」
「は? イミルルセちゃんの家族の誰か亡くなったの?」
身体が起き上がる。
「それは、ちょっと分からない。初対面だし、踏み込んで聞けないからね……でも、わざとあの恰好をしているように思えたよ。多分だけど……美人なんだろうね」
「え? 何で隠してんの? 美人なのに?」
「身を守ってるんだと思う」
「どういうこと?」
「お母さんとイミルルセが二人だけで住んでいる家で、母娘そろって美人だったらどうなると思う?」
「……放っておかれない」
「二人が放っておいてほしいと思っていたとしたら?」
「……放っておかれない」
「じゃあ、隠すしかないよね」
「……でも、お母さんが隠したとしても、イミルルセちゃんだけでも、あの綺麗さなんだから放っておかれないだろ? モテモテだったろ?」
カーニゼクも発言は軽いが馬鹿ではない。だから、その結論にたどりつく。
「うん、だからイミルルセも隠していたそうだよ。この学園に来るまで。長い前髪を下ろして顔にアザまで描いて……」
「えええっ」
「彼女たち母娘はずっとそうやって身を守って生きて来たんだ。だから、彼女の美しさというものの取り扱いは、気を付けた方がいい。難しいことじゃないよ。他の女子と同じように普通に接すれば、普通に接してくれる。多分、イミルルセにはそっちの方が好印象だと思う」
「むー……」
得意でもない恋愛指南のようなことをして、クロヤハはここまでのことでかなり疲労を感じていた。その甲斐あってか、少しはカーニゼクが話を聞いてくれたのは良かったと、彼は安堵しようとした。
「え、待って、それじゃあ……」
けれど、はっと何かに気づいたかのようにカーニゼクが茫然とクロヤハを見てこう言うではないか。
「それじゃあ……現時点ではオレよりも他のイヌカナ三人の方が、イミルルセちゃんの好感度って高いの?」
ガーン──カーニゼクが、真理にたどりついた音がした。
クロヤハは返答を避けて、ふっと目をそらしてしまったのだった。
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