17.権能勝負
第二回戦が開幕した俺とアタナシアの戦いは常識では考えられない挙動をしながら進行していた。
アタナシアはゾンビの大群を召喚して俺を囲み、俺はというと『水刃』で呪いを付与した瞬間、権能で浄化していく。浄化方法がひたすら回転して攻撃を飛ばしては発光するだけ。
戦略とか見栄えとか皆無である。電球を回してみればよくわかるだろうが、あまりにも珍妙だ。これが魔人が権能ありで戦っている結果とは思えない。正直言ってふざけているようにしか見えない。
しかし、俺とアタナシアはいたって真剣である。
アタナシアはゾンビの群れから時折顔を出して攻撃を差し込もうとしてくる。権能ありになっても異様に近接戦闘に拘る姿に違和感を感じ始めていた。
最初は小手調べという感じだったが、今になってはどうにか俺の肉体に接触しようと試みているように見える。
群がる全方位のゾンビに対処しながら、突撃してくるアタナシアをいなす。アタナシアと戦闘を始めてから気づいたことがある。それはただのしがない冒険者だった俺が、強者感の強いアタナシアに張り合えているということだ。
ここで俺は仮説を立てた。1つ目は魔人のフィジカルはほぼ同じようなスペックであるということ、2つ目は権能の種類などで何かしらの代償として肉体性能が下がっている可能性だ。
1つ目ないし2つ目はおおよそ的中していると思われる。権能なしの状態で戦ってみて俺ですら充分回避可能な攻撃速度だったからだ。もちろん、手加減している可能性を考慮もしているがな。
個人的には2つ目の可能性が高い。カナンの身体能力を知っているからこそ、全魔人が同じとは思えない。強力な権能の代償が肉体に対して恒常的な負荷をかけることであれば納得がいく。
俺での権能は貯蓄型みたいなものだが、アタナシアは身体能力を代償にゾンビに関連した高い力を得たというわけだ。
そうなるとアタナシアとの身体的接触をより警戒しなければならない。アタナシアの発言から俺をゾンビにして支配下におきたいことは明白。じゃあどうやって作るのかだ。
ゾンビには自我があるゾンビとないゾンビがいる。そして自我がある場合は生前とほぼ変わらない状態だった。
しかし、死霊魔法で蘇らせたゾンビ達には自我を付与することが出来ないと人類の歴史で判明している。だったら自我を付与するゾンビは死ぬ前に何かしらされるということだ。
もしくは死んでいない状態でゾンビにするのかもしれない。ゾンビを遠隔操作が出来るようだが、ゾンビを作るのは直接接触する必要があるとかな。
結論としてアタナシアの思惑を推察するに俺との接触によって俺をゾンビにしたい。そのためにあえて肉弾戦を選択している。
アタナシアの攻撃には特別な威力も上乗せされていないということは、接触の回数やタイミング、あとは接触する部位、それか意識を維持している状態だとダメとかその辺だろう。
アタナシアが俺を殺害する気がないというのは少しだけホッとすることだが、ゾンビになって従僕として生きていくってどんな地獄だよ。
俺は貴族や王族ですら嫌いなんだ。立場によって同じ人間でも格が違うということがどうも気に食わないのだ。だからこそ、支配されるなんてまっぴらごめだね。
「よく耐えるな。それにしてもいかれた権能だな。ゾンビを滅するとは……。補充が大変だな」
ゾンビの後方でぼやいているアタナシアは俺に対して攻めあぐねていた。それは俺にとっても同じだった。
「膠着状態ってのはこのことだな。まぁゾンビは消耗していくだろうけどな」
ぶっちゃけかなり権能を使い続けていたため、こちらも余力が少なくなってきた。魔力もだいぶ使っており、疲労が徐々に増大している。
アタナシアの一挙手一投足に注意を向けながらゾンビたちに捕まらないように立ち回るのも神経を使う。光を駄々洩れにさせているわけではないのだ。
「出来れば良い状態で手に入れたいが、こうなっては仕方ないか。欠片でも肉体が残ればいい」
アタナシアがそうつぶやくとゾンビたちは飛び退っていった。俺を取り囲んでいたゾンビたちが一か所に収束していく。1人1人の境界が曖昧になり、大きな一つの物体に形をかえていった。
多数の手や足がささり、顔が表面に浮き出た球体になった。気持ち悪い見た目のその球体は空中に浮遊して留まる。
「あとはこいつだけを強化すればお前の権能で消しきれないはずだ。密度が濃すぎて制御がしづらいことが難点だ。まったく使いづらい権能だとつくづく思う」
集合体ゾンビはその気配だけでも濃密な瘴気を放っている。ゾンビや死者特有の有毒ガスのような異質な雰囲気。そしてグロテスクな見た目と蠢くゾンビたち。
自我のあるゾンビたちと無理矢理固めただけのようなその存在は、多数の手足が助けを求めるように独立して動かされている。
(まさか固められてもゾンビたちは意思がある状態なのか。惨いことをする。さっきまでは意思が消されていて、今は苦しんだ姿を見せるためにあえて自我を戻しやがった)
アタナシアがひっそりと行った精神攻撃でもあるだろう。直視しているけれど、あまりにも無惨で可哀そうだ。だからといって手を緩めることはない。
ゾンビたちに同情はしているけれど、敵は敵と割り切らねばならない。どれだけ不快だったとしてもそれが相手の罠だとわかっているからこそ、憐憫の感情を排斥していく。
「馬鹿か?こんなに緩慢な動きをしている塊にしたところで同じ魔人を捕らえられるとでも思っているのか?」
「ふっ。それもそうだな。だがそれはこの後のお楽しみだ。せいぜい逃げ回ってくれよ?」
アタナシアの手元が妖しく光る。薄紫色の光が集合体ゾンビの元へと向かい集合体の周りに纏わりついていく。血色の悪い死体たちがどす黒い色に変わる。
アタナシアが手をかざした瞬間、丸い集合体が蛇の如く伸びてこちらに向かってきた。
「うっそだろ!?なんだよそれ!」
俺は翼をはためかせて即座に離脱を試みる。魔人のフィジカルを遺憾なく発揮して飛び回る。自動追尾機能でも搭載しているかのように追従して集合体ゾンビも追いかけてくる。
応戦するため、後方に光の弾をちりばめるが集合体の表面を少し削るだけで周囲のゾンビたちが欠損箇所を埋めていく。
本当に焼け石に水だ。俺が保有している光の残量を鑑みるとこいつに使い切っても倒しきれないな。やはり魔人の権能は強力だな。
リバティのゾンビに権能が効くと思っていたが、アタナシアがしっかり強化したゾンビには効きが悪い。通用しなくはないけど、相性としてはいまいちといったところだ。
「インチキ過ぎないか?おっと!先っぽが分裂するとか聞いてねぇっ!おいおい、もっと分裂するのも聞いてねぇぞ!」
「ハハハハハ。そんなにそいつばっかり見てていいのか?腹ががら空きだ!」
分裂する集合体ゾンビに気を取られ、高速で飛来するアタナシアが意識外にいってしまった。みぞおちに向かってアタナシアの無駄のない右ストレートがクリーンヒットする。
「うっ」
呻き声が漏れ出て壁まで吹き飛ばされる。さっきまでは手加減していたとしか思えない一撃。打撃はダメージが蓄積する。
壁にめり込んだ直後に集合体ゾンビが取り込もうと飛んでくる。もう何度目かの粒子化ですり抜け、アタナシアに向かって距離を詰めるも分裂した集合体ゾンビが遮ってくる。
水刃の刃を飛ばして切ってみるが純粋に肉体が圧縮されており、肉体の密度が濃いせいで切断するまでには至らない。それに少しは削っていたと思ったが、この集合体ゾンビはどんどん肥大化している。
どこからともなく追加ゾンビが取り込まれ、当初のサイズからすでに1.5倍ほどにもなっている。ものの数分でこれでは分が悪すぎる。
「どうしたどうしたぁ!動きが鈍っているぞぉ!タルバぁ!」
それでも接近してくるアタナシアに四苦八苦している。アタナシアが威力を抑えていたこともあるが、俺の動きが鈍っているのは事実だ。翼はともかくアタナシアの攻撃が当たった箇所の反応速度が遅くなっている。
もしやあいつの攻撃には呪いでも載ってるのか?俺が剣で飛ばせているのだから、上乗せ出来てもおかしくあるまい。
ハエのように飛び回る俺を虫取り網のごとく追いかける集合体ゾンビ。そして一撃必殺のタイミングを虎視眈々と狙うアタナシア。
俺は水刃を飛ばしながら、権能の光を集合体ゾンビに向けて牽制。ジリ貧であることはわかっているが、打開策を講じられずにいた。
「だんまりとはつまらねぇなぁ~じゃあこれはどうだ?」
アタナシアの右腕が膨張していく。追加のゾンビたちがアタナシアの元へと向かい、巨大な腕を形成していく。
巨大な腕を軽く振り回すと大きさに似合わず、先ほどまでのアタナシアの攻撃速度と大差ない早さだった。絶対当たったら痛いし、別の効果もありそうだ。
アタナシアは俺の方へと飛来し巨大な腕でなぐりつけてくる。回避しようとしたが腕があまりにも大きすぎで一瞬で回避が出来なかった。俺は腹を括って即座に両腕で剣の腹抑え、その拳を受け止める。
拳と接触した瞬間、両腕にかかる重さに息が止まる。俺はさっきと同じように吹き飛ばされるかと思ったが、そうはならなかった。
接触したアタナシアの巨大な拳は俺の剣を無理矢理取り込もうとして固定し、ゾンビ製の腕は俺を取り込もうとひたすら死体が俺へと伸びてくる。
呪われた水を纏う水刃にゾンビの体が削られながらも俺の剣を使用不能にし、俺は手を離した。
手を離し後方に飛んだものの後方から飛来する集合体ゾンビに俺は取り込まれてしまった。集合体ゾンビに取り込まれ頭の中に膨大な量の記憶が流れ込む。
パン屋を営む両親を手伝う子供思い出。簡単な読み書きを教える神父の未来を望む気持ち。婚約を受け入れられた直後に死んでしまった冒険者の後悔。圧政を敷いた貴族が革命によって処刑された時の世界への恨み。走馬灯のように他人の記憶が流れ込み、ひたすら誰かの記憶を見続ける。
頭が割れるように痛い。五感の感覚も喪失し始め、俺は手も足も出なかった。誰かの視点で蘇るかつての記憶達。きっとこれはアタナシアにゾンビにされた人たちの記憶なのだろう。
いつの時代かはわからない。けれど、千差万別の記憶と感情たちを追体験していく。
俺は記憶の濁流に飲まれてただただそれを受け入れるしかなかった。
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