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へっぽこ魔人生  作者: 岸辺濫瀟
第6章
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4.いざ夢の場所へと

 素晴らしい目覚めを記録した本日。窓から差し込む斜陽が体内時計をリセットさせる。

 いつもの起床だが待ちに待った決行日。今日に限っては毎朝起こしに来るカナンはいない。朝に弱くなった自分でも今日一日を楽しむために機敏な動きで身支度を整えていく。


 こういう時に役立つものは冒険者現役時代に魔法鞄に突っ込んでいた保存食だ。魔人になったことで固さを気にせずかみ砕ける。味なんでどうでもいいのだ。今日はエネルギーをたくさん使う予定だから栄養を摂取できればそれでいい。


 魔人になってもエネルギーは必要というのは何とも不便ではある。神様の遣いだったら一般的な生物が必要とするメカニズムを超越してもおかしくないと思うんだがな。とはいえ魔人でも不死身ではないからな。魔人大戦時にカナンに滅ぼされた魔人がいることだし。


 魔人もちょくちょく入れ替わりがあるみたいだが、寿命とかあんのかな。カナンはもう大分生きているみたいだから寿命があるなら死期は近いんじゃねぇかな。

 でも神の遣いが寿命で死んだら困るのは神様か。となると自然死ってのはないのかも。


 保存食を気兼ねなく貪り、衣服を整える。冒険者時代と装備は変わらない。腰に帯剣して煙幕玉や炸裂玉も一応装備していく。

 普通に戦っても魔人の肉体のおかげでそうそう負けることはない。だがどうやら俺の技は周囲への被害が大きいらしい。被害が大きいだけならばまだましだが、俺のは後に尾を引くタイプだ。

 実際にテストの時の呪いが未だに取れないらしい。鍛冶屋の爺さんが嘆いていた。これに関しては申し訳なさが少しだけある。


 一緒に対応しているいけ好かないアステールの野郎が発狂していたらしい。そう思うと飯がうまい。

 自分で環境もテスト相手も用意して、残されたのはテストの合格と呪われた土地の後始末とか何もメリットがない。


 それにしても呪いって普通に聖職者に浄化でもしてもらえば終わりじゃないのだろうか。聖水ふりまくとかさ。

 魔人は歴史的記録では悪く書かれているらしいが、実際は神様の遣いなんだから聖水を大量に生み出すとか出来ねぇのかね。


 聖職者だって神様の力を借りて聖水を生み出しているんだから、神様直属の魔人だってそのロジックなら出来ないとおかしいだろ?

 それでいけば俺も作れるはずなんだがな。俺が作れる水は普通の水魔法か呪われた水が小便くらいだ。いや待てよ?


 神様の遣いの体内で生成された水はもはや清いものではないか?ならば俺の小便は聖水に匹敵する可能性がある。大便に至ってはもはや聖なる物質として崇め奉られるものでは?

 うんこが大多数の人間に忌避される理由として体内に不要なものを体外に排出したものであるから汚いものとして考えられていること、うんこという概念が汚いものとして刷り込まれていることの2点だ。


 ここのハードルをクリアできればうんこが既存のうんことしての扱いを脱することが出来る。その時うんこは新たな次元へと進化するわけだ。

 1点目に関しては事実だからどうしようもない。2点目も世界共通認識であるためこれも無理だ。人類がうんこを高次元の存在へと昇華することが出来なかった理由はここにある。


 つまりうんことして認識されてしまえばダメだということだ。解決策としてはうんこをうんこと認識出来なければ良いのだ。

 まずは俺のうんこを用意するだろう。出したてほやほやのやつだ。それを乾燥させて形を整える。茶色い化石のような美しさを演出すればもはやうんこだとは思うまい。

 後はこれを与えるシチュエーションが肝心だ。後光が差すようにして空からゆっくりとふわふわ授けるんだ。そうすると神様からの授け物のように感じるだろう。


 そしたら後は聖遺物として扱われれば完璧。俺のうんこは信仰の対象として崇められるようになるわけだ。

 信仰の力を集めれば聖水も作れるだろうからより聖水の量を増やしていけるのかもしれない。俺の呪いが残る地を浄化するための壮大な作戦はうんこから始まるとは奇抜だ。汚物遺物作戦と命名しよう。


 冗談はさておき、身なりに気を配って城を発つ。城はもぬけの殻だ。誰の気配もしない。俺は鼻の下を思いっきり伸ばしながら翼を広げた。


――――――――――――――


 タルバが出発した後姿を見送る二つの影。カナンとカエデの2人はカナンの魔人生最高出力の魔力を使用した無魔法【姿隠し】を行使していた。

 かつての時代では中級魔法に分類されていた人類が忘れてしまった魔法。現代ではまた別の魔法が作成され汎用的に使用されている。


 本来は自分たちの空間を歪め、周囲の風景と同化させるものだ。空間魔法に近い要素でもある。

 カナンが全力で行ったのはこの城全域を囲い城自体の空間丸ごと作り変えたのだ。そのため本来は魔人の鋭敏(タルバは鈍いが)な感覚では発見されてしまうが、自分のいる空間ごと変えられては中にいて気づくことは至難の業だ。ましてやあのタルバだ。残念ながら彼に気づけるだけのセンスも才能もない。


 これから地上の楽園に向かうかのような鼻の伸ばした……だらしない表情の男に気づけというほうが無理だ。創造神でも匙を投げる。


「どうやらタルバ様はお気づきにならなかったようですね」


「そのようね。【姿隠し】でこんな広範囲は初めてだわ」


 欠片も疲れを感じさせない凛とした声でタルバの後姿をいつまでも見つめるカナン様。カナン様がきちんと男性に思いを寄せることが初めてだからどうしていいかわかりませんね。

 それにしてもこの徹底っぷりは見たことがありませんね。魔人大戦の時はどうかしりませんが。


「我々もタルバ様の後を追いましょう」


 早速予定通りタルバ様の尾行開始を宣言する。昨日の作戦会議でそう決定していた。

 ある程度距離も離れたことだしと思い、翼を広げたところカナン様に止められた。


「どうかされましたか?」


「そのぉー尾行するなんてはしたないと思われてしまうのではないかしら。なんかいやだわ」


「今になってそんなこと仰られても……カナン様が行かないのであれば私だけで行ってまいります。ただしどのような結末を迎えようとカナン様は文句を仰らないでくださいね」


 この主が意見を翻すことなど滅多にない。私が仕えてきた中で初めての経験かもしれない。だが聡明な主は理解できるはずだ。

 ここで行かないのであればそれもいいだろうが、昨日の話として男性が好みであるかを確かめるための尾行なのだ。ただそれを確認するための監視体勢。


 カナン様が懸念していることは尾行しているのが万が一ばれた際につまらないことを気にしてわざわざ自ら尾行に参加する野次馬根性とでも表現したらよいだろうか。そのようなものを持ち合わせていると思われることだろう。


 イメージやレッテルというものは最初の印象が肝心。社会人ならばよく言われる第一印象ってものです。前髪を降ろしていると暗いイメージがあるからおでこを出した方がいいとか。

 それでいくとカナン様は混浴まで済ませているのだから、今更もじもじしたところで嘘とか演技だと思われてしまうそうだ。

 自分から裸体を晒せる女性が大胆じゃないわけがない。カナン様ほどの美しさがなければ痴女もいいところだ。


「それはどういう意味?カエデ」


 にっこりとした笑顔で肩を掴まれる。鎖骨があるあたりが地盤沈下した地面みたいになっている。すっごく痛い。


「言葉通りです。カナン様が居ればもしものときタルバ様も思いとどまれるかもしれません。例えば特殊な力を受けて嗜好を変えられてしまうとかですね。その場合、タルバ様が地力で解除出来ないとなればカナン様や他の魔人方しかもはや無理でしょう。私では力不足で見守るだけという結果になりかねないということです」


 本当はタルバ様を説得して、カナン様のお気持ちを事前にお伝えし世界の安寧のために務めることをしようと考えていました。ですが、なにやらカナン様の虎の尾を踏んでしまったご様子。ここはもっともらしい嘘で切り抜ける。

 それにしても徐々に左肩を抉られるというのはきつい。もはやトートバッグみたいになっている。取っ手が鎖骨で代用されてる。


「そうね。確かにもしもそのようなことがあればカエデでは力不足でしょう。今の世界にそのような敵がいないとは……言い切れませんね。まだタルバ様はお力を完全に掌握されておられないご様子。であれば、他の魔人に攻め入られた時に遅れを取る可能性があります」


「タルバ様が王となられることを拒む勢力が魔人内にもある現状で、カナン様がすぐ駆け付けられる状態でないことは限りなくタルバ様にデメリットがあります。またそのような緊急事態の時に呑気に出掛けているようでは奥方として考えていただけないでしょう。苦楽を共にしてこその夫婦ですから」


「……つまり私も同行したほうがメリットが高いと言いたいのね?」


「得られるメリットが遥かに多く、カナン様という存在がそこにいるだけで選択肢が無数に広がります。逆にカナン様がいらっしゃらないと困難な局面ではタルバ様のお力だけで解決することになりましょう。そうなれば煩わしい思いをされるのはタルバ様です。アステール様が既にテストという形で先制攻撃をしている以上は警戒して損はないかと」


 自分でも話していて良い説明だと感心する。カナン様の手が私の肩から離れたことでどうにか納得していただけたようだ。魔人と半魔人にとって肉体の軽い損傷などかすり傷と同じだ。

 特段私から文句を言うこともない。昔からそうゆう関係性だ。でも痛いけどね。


 ちらりとカナン様を見ると複雑な表情をしている。見る者が見れば怒っているようにも悩んでいるようにもとれる。だが私にはわかる、これは頭では理解しているけれど行動したくないときの顔だ。

 私が仕えてから数百年が経過している。それだけの時間を共にすれば言わずともわかる。でも本来なら最悪力任せに解決すればいいだろうという結論になるのですがね。


 ただもう少し考慮するべきはタルバ様が向かった方角にある。ざっくりと南西だ。廃城がある島から南西に行くとバルガラ大陸がある。

 バルガラ大陸には何名かの魔人がテリトリーを持っている。その一人は悪名高きアタナシア=グラニエだ。


 死神から加護を貰う不死者の魔人。アンデッドを大量に従え、アタナシアの住まう都市に生者は1人もいないと噂されている。白髪をオールバックにしてイエローグリーンの瞳をしている無骨な男。

 アンデッドのイメージから肉体的強度が高くないと思われがちだが、実は彼自身は生者で外見通り巨大な筋肉が擦り切れた衣服から垣間見えることも相まって、イメージと現実の溝が深いともいえる。また体中の傷跡や皮膚の表面に浮かぶ血管から威圧的な空間を生み出す魔人でもある。

 ある意味ではわかりやすい畏怖の対象だ。例え魔人だと知らなくとも間違って喧嘩を売ることはないだろう。


 そんなアタナシアが治める都市はリバティという名だ。英語で自由を意味する癖にアンデッドとして現世に留まらざるを得ないアンデッドには真逆の言葉だ。アタナシアも異世界から来た可能性がある。

 異世界といっても日本からだけ来るわけではないからだ。かといって過去の詮索はリスクが高い。それにカナン様と仲が良いわけでもない。


 アタナシアが魔人になったころからカナン様は当然知っているわけですが、カナン様といえど相手に配慮したコミュニケーションはとっているためずけずけと聞けないのです。

 そんな素性のわからぬアタナシアが治めるリバティで何をしているかだ。ここがタルバ様と密接に関わってくる。


 人間たちは知らず知らずに利用しているのだが、リバティは都市全体で水商売をメインに行わせている。都市というか小さな国家のイメージが適当だ。

 他国から攫った人間をアンデッドにして従事させているというわけだ。アンデッドには食事も水も不要でコスパもいい。


 アンデッドが消滅しない限り労働力として提供できる。外貨を稼ぐには便利というわけだ。客側はそうゆう対象を攫ってきて従順にさせるという名目で預け、次に会えば好みの相手が出来上がっているのだ。

 非人道的といえばそうだが、そもそもこちらは人間ではない。神の下僕という側面がある以上、人間が後天的に定めた正義とか倫理など意味を為さない。


 土地面積としては中規模の都市で地上には城のような建造物はあるが、見せかけの活気に来訪者の生気がまばらに紛れるだけの空しい場所だ。死者の都を権能で覆い隠しており、不気味で近寄りがたい。

 アンデッドたちは全てアタナシアの権能による影響を受けており、事実上の隷属関係だ。この事実ですら他の魔人でも知るものは少ない。そもそも彼の都からアンデッドたちは逃げられないし、客も守秘義務を守っている。自分のお気に入りを維持するためにも。


 そしてもう一つの事実はアンデッドにされた者たちは生前と同じ人格、意識を所有しているということだ。ただの死体を操っているのではない。それぞれが独自に考え判断し、行動する。もちろん、一部の感情に強制的な介入があることにはあるが、その事実がアンデッドをアンデッドではないと思わせる要因でもある。

 ただ死体を温めて人肌を演出しているわけではない。それがこの都がアンデッドだけの空間だと思わせないことに寄与している。


 またアンデッドというのは例え四肢がもげたとしても他の死体から繋ぎ合わせればそれっぽくできる。細胞が生きている必要性はないのだ。それっぽくくっつけて死霊魔法で接着すればそれで元通りになる。お客からの過激な行為を受けても問題ないというわけだ。痛覚は無いが、まともな人間ならば痛覚はなくとも体の欠損に痛みを錯覚しかねない。それにこの世界には魔法がある。認識を書き換えればそのような感情も出せるのだろう。


 嗜虐心が強かろうが、特殊なシチュエーションだろうがどのような好みも文句を強制的に言わせず望む通りの反応をする玩具にされている。それがこの都の現状だ。

 タルバ様が何を望まれてこの都に向かったのかが今回の分岐点になるだろう。率直に言ってスケベなことをしたい欲求で向かったと思っているが、もしも、万が一、それ以外の目的でリバティに赴いているのだとしたら私やカナン様は王としての片鱗を見せつけられるような予感がしてならない。


 鮮やかな太陽光を背に飛び立った前例の無い魔人の背中をただただ見送る主と従者だけが廃城に残された。

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