3.疑問と監視者たち
おっぱいを揉む練習を見られているとは知らず、俺は孤独に練習を積み重ねた。お茶碗サイズの岩をおっぱいに見立てて練習する様は将来魔人の王になる男とは思えないほど滑稽でみっともないものだった。
創造神様もまさか自分が生み出した魔人が女性の乳を揉むための鍛錬を岩で行う姿など想像もしたことがないだろう。そもそも俺が創造神様の最初の魔人だからこそ、創造神様ですらこんなものなのかと納得するだろう。
我ながら人生で一番贅沢な悩みの解消のための時間だった。剣を振るよりも優しく、殴るよりもしなやかで、戦うよりも穏やかな心持は魔人になって以来、初めて誰かを傷つけないための時間だった。よく考えてみれば三竦み戦争の時も魔人テストの時もいつだって魔人としての力をどれだけ発揮できるかばかりだ。俺の人生は落ち着いて誰もいないところでひっそりと生活することが理想だった。
取り巻く環境が変われば人は変わるものだ。魔人になって誰かを救いたいと行動したと思えば、実力をどうにか証明しなければならなくなる。そして実力を証明した後は誰かを傷つけないための練習。
乱気流に突っ込んだように急上昇・急降下を繰り返しているようだ。どこにも定まらないさまは嵐のようだ。自分のことを嵐のような男と評すればかっこいいが、落ち着きのない男といえばかっこ悪い。どんなことも良い側面と悪い側面が生まれる。光と闇のようにな。
つまり何が言いたいかというと、俺はおっぱいを安全にソフトタッチする練習はださいかもしれない。けれど、俺が誰も傷つけないように身体制御の鍛錬を積んでいると言えば聞こえがいいだろう?
大して疲労するようなものでもなかったが妙な充実感があった。明日の本番ではどれだけこの技術が大活躍するか楽しみでしょうがない。ワクワクに満ちた心はまるで純真無垢な少年が冒険の旅に出るようだった。俺は布団に入っているが一向に眠ることができていなかった。
俺は明日出会う女性たちの胸元を想像する。創造神様の魔人だからか想像力は人一倍あると自負している。誰が何と言おうとこの世界の誰よりも創造的な男は俺だ。そんな俺の脳内は女性の胸で満たされているわけなんだが、左から右に流れるようにおっぱいを想像していたら今度は縦にも流れてきた。
まるでカジノのスロットだ。全部おっぱいだけど。くそっ脳内が肌色とピンクで染まっていく。ついでに股間も聳え立ってく。
脳と股間がフライングしている俺は落ち着くために深呼吸を始めた。そして眠るために乳を数えることにした。
おっぱいがひと~つ。おっぱいがふた~つ。……果たしておっぱいは両乳セットでおっぱいとカウントするのだろうか。それとも片乳でも1おっぱいとしてカウントしていいのだろうか。悩ましい問題だ。1乳って言いづらいな。まぁ今回はセットで1おっぱいとカウントすることと定義する。つまりこれからおっぱいは累乗で計算していく。1おっぱいと唱えたら両乳で1おっぱいだ。1であり2でもある。そうだ。そう考えよう。
そんなくだらないタルバの明るいピンク色の脳内とは異なり、夜は更けていった。
――――――――――――――
「緊急会議を開催いたします。司会進行は私、カエデが勤めさせていただきます」
タルバがピンクの想像をしていたころ、古城の一角ではカエデとカナンだけの会議を開催されていた。ここにはタルバ配下の三人娘の姿はない。今回話す内容は推測の域を出ず、彼女たちが聞けばタルバへの失望に繋がりかねない――いわゆるスキャンダルの側面を持つからだ。そう思ったカエデがカナンにだけ声をかけていたのだった。
心苦しくは思いつつも私はカナン様には聞いていただかなければならないと思った。いつの日かタルバ様の御妃になることを願っているカナン様にとってどんな些細なタルバ様のお姿でも受け入れなければならない。例えかっこよくないとしても下心が見え隠れしているとしても王はタルバ様おひとりなのだ。代わりはいない。
となると、カナン様にとって必要なこととは妃としてどんなことであってもタルバ様の事情は飲み込むことができる広い度量だ。人間界の王族など探れば幾らでも醜聞は出てくる。真偽不明の噂レベルでさえ枚挙に暇がない。
カナン様も当然ながら長い時を生き、様々な男性を見ていく中でそのようなお姿は見てきたはずだ。だがタルバ様への理想が女性関係をしっかりと断ち切る妃一筋の男性だとイメージしていれば理想と現実の乖離で恋心が冷めてしまいかねない。そしてもう次はないのだ。私はカナン様には幸せになっていただきたいと常に願ってきた。
カナン様の取り巻く環境は苛烈であまりにも寂しいものだ。全てを破壊してしまうカナン様はどこか諦めている節があった。世界中を探しても見つからなかったのだから諦念が生まれても仕方がない。
私だったらとっくに諦める。そんな中でカナン様は探し続けて、神に縋ってでも求めた。それほどまでに渇望していた希望がやっと生まれたのだ。
私は1人の従者として、女性としてこのプロジェクトはなんとしてでもやり遂げなければならないと肝に銘じている。あと、自暴自棄になったカナン様が全てをかなぐり捨てて世界を滅ぼしかねないとも危惧している。ないとは言い切れないだけに私の行動は世界を左右するといっても過言ではないほどのプレッシャーがのしかかっていた。
「カナン様が本日外出中にタルバ様が奇怪な鍛錬を行っておりました。四つん這いとなって岩を握りしめる鍛錬を……」
「それって――なんの鍛錬かしら?」
さて、どう答えるべきか。考えてもカナン様なら答えに辿り着いてしまうでしょうから、正直にここは伝えましょう。
「恐らく、女性の胸を触る練習かと……」
「!!」
驚いて目を見開くカナン様。私はカナン様の顔をちらちらとしか見ることが出来なかった。意中の男性が女性の胸を触る練習をしているなど、幻滅してしまうだろう。
そう思って如何にタルバ様の好感度を回復させようか思案していたが、カナン様の表情は私の想像に反して笑顔だった。それも満面の笑みでホッと胸をなでおろしてさえいる。カナン様……あなたの好きな人がおっぱいを揉む練習を岩でしていたことのどこに嬉しい要素があるんでしょうか?変な薬でも飲みましたか?
「そうですか♪そうですかっ♪今日このような吉報を聞けるとは……なんて良い日なのでしょうか♪」
そういって軽快なステップを踏みながら踊りだしている我が主に私は言葉を失った。意中の殿方がどこの女のためにかわからないまさぐる練習をしているどこに嬉しい要素があるのですか!カナン様はご乱心なさっているのですか!?数百年共にいて初めてカナン様に共感できない気持ちを抱きましたよ……。
恋は盲目と言いますが、これは現実を直視出来ていないというレベルではないでしょう。
そもそも女性の胸を触りたいのであれば城内に5人も候補がいます。私も含めてです。もしもタルバ様が望めば誰の胸でも触れるでしょう。いい気分はしないでしょうが、魔人という存在は天災のようなものです。
神の使者としての側面を鑑みると断るという考えはない。タルバ様がそのような人ではないと知っておりますが、もしそのような気があれば受け入れざるを得ません。それはタルバ様に仕える三人も同じです。
「カナン様、良くお聞きください。もしもタルバ様が女性をお求めならばこの城内に候補はいくらでもいます。カナン様を含めて胸を触られることを許容するような女性が5人も」
「カエデ、あなたは何が言いたいの?」
「単刀直入に言えば女性の胸ではない可能性もあります」
「!?」
今度はカナン様が言葉を失った。石のように口を開いたまま硬直している。はしたないのでおやめいただきたい。
「よいですか?岩を握ることで得られる感触は硬さであって、人肌のような柔らかさではないのです。まるで男性のたくましい胸筋を掴んだような感触は得られるかもしれませんが……」
「それはっ!?……そうかもしれません……」
見ていた私としては女性の胸を握る仕草を見ていますが、ここはカナン様のためを思って嘘をつきましょう。
「タルバ様がカナン様やその他の私たち従者に欠片も懸想を抱かない時点で男色を疑うべきでしょう。問題はタルバ様がなぜそのようなことしていたか、です」
「どうしましょう……性別を変えることは魔人でも出来ないはずですから私は打つ手がありません……」
真剣に悩むカナン様はその美しいお顔を歪めて意中の殿方を一心に思っている。破壊の化身と恐れられたカナン様も自分に興味がない男性を振り向かせることは至難の業だろう。
壊すことは力でどうにでも出来るが、心を変えることはできない。ただでさえタルバ様には破壊神様の魔人として恐れられている節があるのに力で解決することはナンセンス。
異世界に来てかなりの年月が経過していて忘れがちだが、日本でも暴力的でヒステリックな女性は男性受けがすこぶる悪い。男勝りとかそんな次元じゃない。
カナン様も成熟した大人であるため、滅多にないが癇癪を起こせば大陸が一撃でなくなる。力加減を間違えば魔人でも即死だ。
タルバ様はカナン様の力を直接見ていないことからまだ恐怖心らしいものがない。イフィンティブ様やヘクター様は身に染みてわかっているためカナン様への恐れが行動に出てしまっている。
ここは私が誘導してあくまで内面で勝負できるように場を整えなければならない。そうでなければ振り向かせる(物理)になりかねない。首もげても直りそうだから大丈夫な気もする。
「カナン様。まだ確定したわけではないのです。タルバ様が練習をしているということは直ぐに何かしらのアクションがあるはずです。カナン様はそれに備えて心の準備だけしておけばよいのです」
「ですが!男性に向かっていかれれば私は立ち直れないでしょう……」
「なーにを今更女々しいことを言ってるんですか!カナン様の話は既に聞かれてしまっている以上、変なイメージが定着する前に払拭しなければならないのです。タルバ様は魔人大戦を1人で終わらせたとお思いなんですよ?どれだけ女性として美しかったとしてもカナン様の過去が全てを打ち消しかねません!」
「でも……時間をかけてじっくりと知ってもらい、親交を深めるのが自然ではないの?」
「そ!れ!は!普通の男女の場合です!カナン様には当てはまりません。どっから仕入れてきたんですかその知識」
じれったいカナン様についついヒートアップしてしまう私。だがここは一世一代の勝負時。カナン様にとって初めての恋愛になるのだ。それもこちらがアタックする側。
タルバ様は正直カナン様を意識しているが、それがいつまで持つのかが重要だ。カナン様を見慣れて当たり前になってしまえばドキドキもしなくなってしまう。
ましてやタルバ様もまた魔人。年月が経過するにつれて恋愛や結婚という人間的な慣習から縁遠くなってしまう。なぜなら子孫を残すために行う行為というのがベースにあるため、長寿な魔人の方々にとって必要性がないのだ。
タルバ様の経歴を調べたときにわかったが、タルバ様はそもそも結婚というものを求めていない。
冒険者という職業は根無し草のようなもので安定した職業で結婚という考えはないようだ。冒険者で結婚を最初から求めている人はそうそう見かけない。
タルバ様がミッド大山脈にいたころの生活もどうやら1人で生きていくことに重きを置いているようだった。
情報収集を重ねているうちにタルバ様の人間性が他人を求めない、賞賛もいらず、ひっそりと生きていた。
不思議な男性だった。冒険者という職業についているとは思えないやる気のなさと消極的さだった。
冒険者としても異質。しいて言うならば温泉が好きで文化的な行動に傾倒していることだけだ。カナン様の従者としてもう何百年も生きているが突然変異とでも言える男性だった。
だからこそ、創造神様の魔人として選ばれたことへの納得感もあるけれど。
日本と違い、こちらにはインターネットという便利なものはない。だから調査も魔法を行使しながら冒険者ギルドが保管している資料やベゼル王国の戸籍情報といったものを調べた。
監視カメラや赤外線センサーなんてものはないのだから、気づかれることはまずない。
しかし、私が調査出来た内容は公的な情報であって、タルバ様の女性遍歴や性癖といったものは全くと言っていいほどない。
つまり、何が言いたいかというとタルバ様が男性と女性、どちらが好きかはっきりしていないということだ。
恐らく女性が好きなのではないかと目されるが、確証がない。それにこういってセンシティブなことは聞けるものでもない。
カナン様とタルバ様が以前別荘で混浴に入られたとお聞きしたが、タルバ様は多少動揺が見えた様子だとお聞きしました。つまり、カナン様を意識はしているにはしているはずだ。
「というか、今思い出しましたがカナン様混浴しているじゃないですか!そのくせ今更じわじわ攻める路線に変更出来るわけないでしょうっ!」
「あれは……その~……事故?」
「そんなわけないでしょうっ!あなた家主でしょう!あれが事故なら世界中の事故の定義が覆りますよっ」
おとぼけ顔で切り抜けようとするカナン様を逃がすまいと捲し立てる私。自分に都合の悪いことは可愛い顔して済ませようとするところはカナン様の悪い癖だ。
それに関しては過去の男性たちが追及を出来なかったから、こうなってしまったともいえるけれど。
「と・に・か・く!タルバ様の動向を私たちは観察しなければなりません。ですが、タルバ様としても自分の行動を監視されるなどいい気はしないでしょう」
「それもそうね。私も不愉快だわ」
「ですから、タルバ様にばれないよう監視体勢を敷かなければなりません」
「タルバ様でも逐次監視されれば気づくのではないかしら?」
カナン様の言い分ももっともだ。魔人に対して粗末な魔法ではすぐに気づかれてしまう。
しかし、私には1つの可能性が思い浮かんでいた。
「恐らくタルバ様は感知能力に長けていません。魔人になりたてでもありますが、有り余る力を制御することで手一杯なのでしょう。テストの際も結界がなければ周囲への被害は甚大でした。また別荘に誘った際カナン様の接近に気づいておりませんでした。魔法で姿と気配を消していたとはいえ、魔人であれば気づくレベルです。結論、タルバ様の感知能力はまだ発展途上であり、カナン様あるいは私レベルであっても気づかれないのではないかということです」
「たしかに……あれはわざと泳がされているのかと思っていましたが、私自身も感知能力をきちんと使えるレベルにするまで時間がかかりました。そう思えば今の状態なら可能性はあります」
やる気になってきたカナンは勢いよくイスから立ち上がり子供のような純粋な好奇心を剥き出しにしている。これは遊びじゃないんですけど、わかっているんですかねこの方は。
「注意事項があります。例えタルバ様が女性、或いは男性と接触して良い雰囲気になったとしても妨害行為はしてはいけません。そのような器の小ささを示す行為は妃としてあるまじき行為です」
「それもそうですね。王には側室がつきものですから。当然でしょう。男性を側室とされた例があるかはわかりませんが……」
何百年もの記憶を遡り、過去に自分が接触した王侯貴族の中に男性を側室とした例があるか真剣に思い出そうとしているカナン様。大変いいづらいですが側室というのは大抵が一夫多妻制度のもとで生み出されてる概念ですし、大抵貴族が家を維持するために複数娶ることが多いと思われますので、男性の側室はいないのではないでしょうか……。
「またタルバ様に監視していることが気づかれれば不興を買うことになるでしょう。それはカナン様にとって悪手。ですから私たちは遠くから見守るようにして監視することを心がけましょう」
「そうですね。タルバ様に嫌われてしまったら私……全力で戦ってわからせる以外の方法がありません……」
カナン様、それは一番望ましくありませんよ。とはいえこの方を止められるのはタルバ様くらいでしょうし。創造神様の魔人であるタルバ様と破壊神様の魔人であるカナン様が全力で戦ったらどうなってしまうのやら。困ったときはイグニストゥス様にご連絡をする必要がありますね。流石にそのような自体になれば他の魔人の方々も静観していられないでしょうし。
天井の隅を見上げて暗い瞳を向けるカナン様はただただ棒立ちして拳を握りしめていた。怖いです。そしてタルバ様、できればでいいので変な行動はしないでください。カナン様の心は数百年以上の歳月で大分拗らせてしまっています。
恐ろしい負の感情を纏う主を他所にしてカエデはただただタルバが良識のある行動を取ってくれることだけをひたすらに願った。
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