16.従者の戦い
遠目から普段とは異なる無感情な主の姿を見て私はイリム、アウローラを連れて即座に転移した。主はご自身の翼で帰還することを選択したため、私たちは廃城でお迎えする準備に取り掛かった。
準備とはいっても御着替えやタオルなどを配置しておくだけだ。あとは食事くらいのものだが、主様がお食べになるかはご気分で変わでしょう。
主のちゃんとした戦闘を見るのは初めてだった。三竦み戦争の時も緑スライムの時も主はどこか手を抜いていた。それは敵を殲滅するという強い意志がなかったからだ。
緑スライムの時は如何に安全に倒すかを考えておられた。私は残念ながら戦闘能力がなく、現地では役立たずだったが、あっけなく倒されるお姿しか拝見したことがなかった。
いつもどこか余裕を持つ主が結界で包囲され黒い靄がつきまとい、動きが鈍くなっていた。接近する2人の人間や遠距離攻撃を行う人間たちに苛立ちを覚えた。今思えばそのようなことも杞憂だとわかるのだが、どこか主のことを私はみくびっていたのかもしれない。
集団リンチが行われているようにで不快な気持ちになったが、結果から見れば同情したくなるのは相手のほうだった。
主は苦戦などしていなかった。ただ観察していたのだ。敵の力が自分にどれだけ匹敵するかを。事前に聞いた話では魔人の力を一部だけ授かった人間が混じっていて、それらを使って主の実力を測るという話だった。
私たち従者となった半魔人と異なり、人体実験の産物として生まれた人間の少し先程度の存在。私も彼らがどの程度の力量を有しているのかは純粋に興味が惹かれた。なんせ他の魔人が研究して自分の力を与えたという。
これが主に匹敵するとなれば他の魔人もうかうかしていられないだろう。しかし、結果としては身体能力の優れた人間の上位互換くらいで、半魔人のイリムやアウローラでも倒せそうだと思った。
主は品定めが済むと赤い結界内を外から見えないように血で染めた。そして結界が解除されると体がばらばらになった人間たちの死体が血の海に転がっていた。それも血から漂う忌避したくなる不気味さが呪われていることを表していた。
中で何が行われたのか見ることは叶わなかった。倒し終わったと思ったが、主は頭と胴体がくっついている遺体を一つ残らず切断した。戦場に体のパーツはあっても人間は落ちていなかった。
戦いは一種の興奮状態に人間を変える。気が立っていたり神経質になったり音に敏感に反応したりと症状は様々だ。戦う人というのは往々にして一時的に普段と違う一面を垣間見せる。
このときに必要なことは落ち着く時間だ。
主もお一人で心を鎮める時間が必要だろうと私たちは無遠慮に接触することはしなかった。帰還した主は予想通り風呂場に直行。桶に水が張ってあり服を入れて血を浮かせようとしてくれたところに私たちへの配慮を感じる。
だからといって一仕事終えた主の邪魔はしたくなかった。服だけ回収して着替えとタオルを置いた。
イリムとアウローラは廃城周囲の警戒にあたっていた。最近になってお互い仕事が落ち着きやりかたというものが定着した。そこで私たちはやらなければならないことは主を襲う外敵の排除だ。つまり防衛であり警戒である。
お疲れになっているであろう主を討つならば今が好機。魔人たちが攻めてくるかもしれないがもしもの時はイリムとアウローラが死力を尽くして耐え、私が主を転移で逃がす算段を想定している。
私は不甲斐ないことに戦闘能力が低い。元が街の小娘で荒事に多少慣れはあれど冒険者のように戦っていたわけじゃない。イリムやアウローラのように幼少期から戦う人は半魔人になって強くなったけれど、私はいまいちだ。
私は能力を鑑みて仕方なく戦う役ではなく逃がす役についた。戦えるけれどこの役につくことと戦えないこの役しかこなせないのでは話が違う。私は残念ながら後者だ。
一朝一夕では追いつけないがそれなりに鍛えている。肩を並べて戦える日が来ると嬉しい。
そうゆうわけで、私が廃城内の雑用を今はこなしている。
一応イリムとアウローラに何もないかチェックしてから料理に取りかかろうと思い、2人の元へと向かう。目印を廃城には多く設置してるため、ちょっとした移動には便利だ。
「イリム、変わりはありませんか?」
「ラキですか。ええ、変わりありませんよ。どうかされましたか?」
「いえ、一応確認してからと思いました」
「アウローラがそろそろ周囲を見終わる頃だと思いますよ」
「そうですか。ちょうどアウローラが来たみたいですね」
廃城の城門前で話していた私とイリムは双剣を手にしたアウローラが歩いてくる姿を視界に捉えた。
「異常なし!だいじょぶ!」
アウローラは元気がいい。一緒に生活してからこの元気にどこか救われる時がある。雰囲気をよくする彼女の存在は堅苦しい私とイリムにいい刺激を与えてくれる。
私たちのやることは事務的で主のお邪魔をせずに如何に仕事をこなすかが鍵だ。私とイリムでは言葉が強くなりがちでムッとしてしまうことがある。そんなときにアウローラがいてくれることで緩衝材になってくれる。戦えば恐ろしいまである彼女だが私とイリムにとっては同年代の活発な女の子だ。
「それはよかった。では食事の準備に取り掛かりますね」
「ええ、問題なさそうですからいいと思いますよ。主はどうでしたか?」
「入浴されています。誰かとお話されている声がところどころ聞こえていたので、恐らく創造神様とお話されているのかと思います。食事は作りますが、お食べにならないかもしれませんね」
風呂場から漏れ聞こえた言葉から主が誰かと会話していることを伝える。イリムの聞いた反応からやはり創造神様とお話されていたようですね。イリムの能力で会話している線もあったが、そうではなかったみたい。
「創造神様!話してみたいな~」
「不敬ですよ。そうやすやすとお話できるお方ではないのですから」
「イリムの言う通りです。私もお言葉をお聞きしたいとは思いますが私たちでは創造神様に失礼です」
アウローラを咎めながらも自分もお話を伺ってみたいと思っている。それはそうでしょう。世界を創造した神様ですよ?世界で最上位の神様ですからお言葉を賜りたいと思うのは私だけではないでしょう。
「ん!なんかこっちくる!」
アウローラが指さした方角を見つめると何が黒い点が徐々に近づいてくる。私にはただの点にしか思えないが、空に黒い点が浮いてる時点で不自然です。
臨戦態勢に入ったアウローラとイリムが翼を出して空に舞い上がる。私も遅れながら空へと向かう。以前来たカナンさんではないみたいですね。私でもわかる魔物のプレッシャー。
徐々に姿の輪郭が鮮明になる。ワイバーンだった。飛竜とも言われる魔物。真っ黒な体にくすんだ白色の皮膜をした翼、太陽光に反射した鋭利な足先の爪がギラギラと光る。口元から漏れ出る炎がドラゴンのごとくブレスを放てることをこれでもかと主張している。
尻尾の先は棘がついた鏃のように尖っている。
イリムがすぐさま私たちにコンタクトを繋げ、距離関係なく意思疎通が図れるよう手を回す。アウローラが双剣を抜き、好戦的な表情でワイバーンを睨む。イリムも魔法行使の準備を行い、いつでも迎え撃てる体制は整った。
私はというと2人から距離をとり、状況に応じて主を逃がすかを判断する。とはいえ、城の目前での戦闘だ。ワイバーンは直接攻撃とブレスが厄介で魔法はあまり聞いたことがない。主であれば問題ないと判断してこの場に残ることにした。
戦力として役に立たないのだが、遠距離攻撃のイリムを一瞬でも逃がすことが可能だ。前衛アウローラ、後衛にイリムと私だ。
(先手必勝!【身体強化】)
アウローラが急接近して羽虫のごとくワイバーンを翻弄。ちょこまかと動くアウローラを捉えようと動くワイバーンの腹部をすれ違いざまに一撃入れる。綺麗に平行な双剣の傷が出来た。
表面に傷が出来たくらいで致命傷にはならなかった。アウローラも攻撃が通用するかの小手調べだったようで注意深くワイバーンの行動を伺う。
(アウローラ、避けてください!【ウィンドペネトレート】!)
イリムの手から射出された風の弾丸がワイバーンの翼に直撃。皮膜を貫通して通り過ぎる。このワイバーンは私たちでも十分対処可能な敵のようだ。魔人のテストがあったから敏感になっていただけなのかもと少しだけ気が抜ける。
ワイバーンの劈くような鳴き声が鼓膜に伝播してつい耳を抑えてしまう。面食らっていたのは私だけでイリムもアウローラも敵の攻撃から目を逸らしていなかった。私だけがまたみっともない行動をしてしまった。
(剣は通る。けど鱗は厳しい。お腹狙いでいく)
(わかりました。援護しますね。今度は複数撃つので気を付けてください)
戦場での会話は時に生死を分ける。無駄なく必要最小限の会話で方針を一致させた。私は傍観者のままだ。
アウローラは上昇したかに思えば急降下してワイバーンの視界に入らない死角からの攻撃を徹底した。彼女がワイバーンの横を通過するとワイバーンの血がぼたぼたと零れる。アウローラばかりに目をやるとイリムの魔法で皮膜や腹部を中心に狙われる。
ワイバーンは体を丸めて鱗で魔法攻撃を耐える。ワイバーンともなると戦闘が一筋縄ではいかない。私も加勢したいところだが前に出るだけ足手まといだ。私はイリムの緊急用脱出装置として待機だ。
(かったい!鱗はやっぱだめ!柔らかいとこ以外効かない!)
(あの鱗、魔法に耐性がありますね)
果敢に攻めるアウローラとイリム。半魔人の身体能力と向上した魔力を存分に発揮する。
ワイバーンに切り傷が増え、皮膜に穴が空いたことで飛行するのもバランスを崩すようになった。思うように動けないワイバーンを墜落させようと決めにかかったアウローラだったが、それをワイバーンは先読みしていた。
(ぐぅっ)
(アウローラ!)
アウローラは真上から首元を狙った一撃を放ったのだが、空で前転して尻尾をアウローラめがけてワイバーンは当てた。勢いの乗った攻撃にアウローラが吹き飛ばされ、血が飛ぶ。
私はつい焦ってしまった。
(だいじょぶ。平気)
アウローラの声がイリム伝いに共有される。ワイバーンの攻撃で落下したアウローラは翼をうまく使って空中での体勢を立て直した。咄嗟に腕で防いだようで左手がだらりと力なく降ろされている。
腕をやられたみたい。半魔人の力で怪我の回復は早いけれど瞬時にとはいかない。それに傷は深い。
(【ウィンドペネトレート】【トルネード】!)
貫通力の高い【ウィンドペネトレート】で防御に徹させ、その瞬間にワイバーンを包むように【トルネード】が発動。隠しきれないワイバーンの肌に傷を増やす。
ボロボロのはずのワイバーン。倒れる気配が見えない。
それは刹那の出来事。人間だったころのラキでは反応できなかったワイバーンの高速の攻撃。口から漏れ出る炎を見て咄嗟に私はイリムを連れて廃城の城門前に転移した。
その直後真上ではワイバーンのブレスで大量の炎が扇状に広がっていた。真下から見る飛竜のブレスは距離の離れた城門にもその熱さを空気伝いに感じさせた。
(ありがとう、ラキ。助かったわ)
(大丈夫。それよりあのワイバーン変じゃない?)
(どこが変?わかんない)
(私が後ろで見てる感じだと、攻撃が通っている感じがしない。血は出てるのにね)
(それって回復しているってこと?)
(あたし腕折れてる。それだと勝てない)
(そうね。アウローラもそうだけど私も消耗してる。厳しいわね)
(私に考えがあるんだけど、勝つためにはアウローラが鍵ね)
(あたし?)
(そう。アウローラの腕は半魔人だから少し経てば直るはず。そしたら能力を使ってほしい。私とイリムが距離を取れば倒せるかもしれない)
(それはデメリットが大きすぎます!勝てなければどうすのですか!)
(イリム、これ以外に勝機はありません。主をお呼びする以外にはですが)
(だいじょぶ。攻撃が通じているから能力で勝てるはず)
自信満々のアウローラは口元の血を拭って腕の動きを確認する。城門前の私とイリムはより廃城の城門裏に転移。
(『戦神招来』)
上空にいたアウローラの姿が変わる。バチバチとアウローラの周囲を雷が音を立て、髪の毛が針金のように鋭く尖る。血を流し先ほどまで折れていた腕も無傷に変わる。
そこからは圧巻だった。ちまちまと削るようにして戦うしかできなかったのだが、無表情のアウローラは無造作にワイバーンを殴りつけるとワイバーンの鱗が砕け散り、ワイバーンは地上に叩き付けられた。
即座に追撃をするアウローラは拳に雷を纏い手刀でワイバーンの両翼を切断。苦悶の声をあげるワイバーンだが頭を起こそうとしてはアウローラに押さえつけられる。唯一抑えられていない尻尾を曲げてアウローラの腕を折ったようにしならせるも手刀で切断。今度は足の爪でひっかこうとするが悠々と回避。
もはやワイバーンの攻撃はアウローラに届いていなかった。足に意識が行っているうちにとワイバーンは一か八かの賭けに出た。ブレスを吐く口を地面についていない左側だけ開けて吐くことでアウローラの腕を焼こうとした。
しかしアウローラはワイバーンの体内で蠢く火炎の微細な動きをキャッチして回避。ワイバーンがブレスを放っている間に手刀を胸元に突き立て、引き抜く。
アウローラの腕が刺さった場所から大量の血と火炎が噴き出す。噴き出る血は本来ワイバーンの口から出るはずのブレスで蒸発する。芋虫のように這うしか出来なくなったワイバーンはそれでもアウローラに一矢報いようと試みるが、無慈悲に振り下ろされた手刀で首を切断され絶命した。
アウローラが能力を行使してから2分も経過していなかった。短くあっけなく侘しさすら感じる戦いに私は終わったことに気づくことが遅れた。アウローラの周囲を取り巻いていた雷が消え、アウローラが倒れ伏す。
「イリム、風でクッション!」
返答するよりも魔法の行使を優先したイリムが風でアウローラを受け止める。私は駆け寄ってアウローラが無事であることを確認した。アウローラの能力が強力無比であるとともに乱用は出来ないことが身をもって分かった。
私たちはアウローラを連れて部屋に戻り、彼女を安静にした。ワイバーンの死体処理を出来る範囲で行い、主に報告してこの一件は幕を閉じた。主はテストでお疲れだったもののアウローラを心配していた。
お優しい主だ。私がもし戦えていればアウローラに無理をさせることもなかっただろう。
私は戦える力が欲しい。切にそう願うきっかけになった。
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