12.突破
創造神様直伝の詠唱を大きな声で1キロ先までも届かんばかりに叫んだ俺は何も起こらない世界に驚いていた。
(あれ?おっかしいな。なんでだ?)
俺は確かに創造神様の詠唱を一字一句間違えず唱えた。それは戦場にいる者たちが身構えていることから成功したはずだった。
急接近していたクィスとエルーダは詠唱が終わる瞬間に距離を取り目を瞑っていたが、何も起こらないことに当惑していた。
一番困っているのは俺なんだけど!どうして!?創造神様の言葉を暗唱したんだけど、なんで何も起こらないんだよ!
(創造神様、創造神様。何も起こりません)
脳内に創造神様の素っ頓狂な裏返った声が響く。
(タルバ、なぜ交信しているのですか!?交信はしていないはず……)
(創造神様、先ほどからずっと声が聞こえておりましたよ?それよりも先ほど話していたことなのですが……)
(ごほん、良いですか?先ほどの私の言葉は聞かなかったことにしなさい。記憶から消すのです。これは神からの命令です)
(ですが、先ほどの言葉。口に出してしまいましたので忘れろと言われましても)
(クチニダシタ?ドウイウコトデスカ?セツメイヲヨウキュウシマス)
抑揚もイントネーションもない冷たい音声が脳内に響き、大脳が冷えていく。脳みそだけ冷やせるんだ、神様って。
(それが神様からのありがたいお告げであり、私の現状を打破するための技かと思いまして、難易度の高い魔法のように詠唱してしまいました)
(なーにをやっているんですか!?聞いたものはどれくらいいますか!)
(えーっと戦場にいる兵士たちくらいです!魔人たちはわかりません!)
恥ずかしさか創造神様が慌てふためいている。素晴らしい言葉だったのだが、何を気になさっているんだ?
(創造神様、何がダメなのですか?それに唱えても何も起こりませんでした。あれはなんだったのですか?)
敵はまだ時間差で発動することを恐れて固い陣形でこちらの様子を伺っている。帝陣十候も同様だ。
(あれは――ポエムなのです。私が考えた自作の。それを元に作成した技のような詠唱だったのです……)
きっと対面していれば顔を覆い隠していそうな創造神様の消え入るような声。いつもの清らかさが打ち消されている。本当っぽいな。
(じゃあ俺は……)
(私のポエムを大声で朗読したことになりますね。さて、タルバ。戦場の兵士を皆殺しにしなさい。これは新たな神命であり、あなたのもう一つの仕事です)
(皆殺しですか?)
(ざっくりとあなたの状況は理解しました。魔人たちは幸い聞いていないようです。なのでこの戦場から一人残らず生還しなければ秘密は守られます。ここで何が起きたのかを能力などで見れないようにしておきます。あなたは殲滅すればよいのです)
(お言葉ですが、情けないことに状況が劣勢でどうやっても勝機はありません)
俺の情けない言葉にため息をつく創造神様。不甲斐ないけど人数不利は変えられない。それに能力まで封じられたんだからさぁ。俺を弱くしたのは創造神様なんだから、解決案出してほしい。
(能力は使えませんが、あなたは水魔法のコントロールが上達しているはずです。それは水だけでなく液体も同様にコントロールできるはず。そしてあなたには神具が宿っております。神具の性能を思い出せば倒せるはずですよ)
そう言うと創造神様は交信を切った。残された俺は考えてもみなかったクソ神具の可能性を見つけ出した。
創造神様のヒントを実践する以外に今を切り抜ける手段はない。ぶっつけ本番一発勝負。失敗すれば俺の負け。
ここは結界がある。ならばもう勝ちは確定した。
俺の神具であり、心臓に宿る神銀の心臓は毒を浄化する力、足が速くなる力ばかりに目が行くが、あの説明には無限に血を生成すると書いてあった。
俺の剣は剣で使用した水魔法は呪われる。水魔法で血に水を織り交ぜることで血が全て呪いを纏う。後は血を出すだけで勝ち確というわけだ。
でも手を切る方法は俺が呪われそうだからやめておこう。ここは便利になった魔人の肉体に念じる。
血をどこから出せばいいのかという疑問がある。人間が怪我以外でどこから血が出るのか。想像してみた。目から出れば血涙だし、鼻から出れば鼻血。股間から出れば血尿、肛門から出れば血便。この四か所か?
ふんわりとしたイメージで体内の血を一杯押し出そうと力んでみる。
すると、目、鼻、股間、肛門から噴水の如く血が噴き出る。パンツがぐしょぐしょだ。ズボンの裾から夥しい量の血が大地に流れ、血の水溜りが拡大して湖、そして海のようなサイズへと変化し大地を侵食していく。
先ほどまで近接戦でまともに打ち合っていた帝国軍ではあるが、先ほどの詠唱後ということも相まって、急変したタルバについ後ずさりしてしまう。
それもそうだ。人間が体の上下関係なく滝のような血を噴出すればまともな感性の人間は未知の物体に恐れ慄く。歴戦の兵士であってもそんな敵は見たことがないはずだ。
一方タルバはというと血が急激に失われては補充されることを繰り返すため、死に際を行ったり来たりしていた。いわゆるハイな状態になっていた。
(もっと!もっとだ!こんなんじゃ勝てない!捻りだせ!)
徐々に結界内の大地がなくなり、帝国軍の足元までタルバの血で浸された。
空を飛んでいたタルバは大地に降り立ち、切っ先が地面に向いたまま両手で地面に剣を突き立てた。
突き立てるとタルバの周囲の血がタルバを避ける。
(新しいオリジナル魔法だ。そうだな、こんな名前はどうだろう?)
「水魔法【呪血界】」
タルバが魔法名を唱えると起動した血の海が意思を持ったかのようにうねり、結界内を竜巻の如くとぐろを巻く。血はそれでも結界内を沈めて行き、竜巻の衝撃で津波が出来上がる。
結界内は飛び散った血と元々赤い結界だったことで内部を外部から見ることは出来なくなった。
そしてただの血は呪いを帯びた大海へと様変わりし、竜巻は鋭い刃物のように血を飛ばした。竜巻に直撃したものはバラバラに切り刻まれ、津波に飲まれた者は溺死していた。
幸運にも津波、竜巻どちらも回避できた帝国兵もいたのだが、これはただの血ではない。呪われた血だ。血とはあらゆる病気の感染源になりうる。
残された帝国兵は血に触れた瞬間、血液を媒介とする感染症を強制的に発症。呪いの効果で病気が加速度的に悪化。数十秒で頭痛や嘔吐、動けなくなるほどの筋肉痛や腹痛を発症して死亡した。
一方発動者であるタルバはシンプルに視界が悪いため、いつごろ止めていいか困っていた。いつになれば倒しきれているかがわからなかった。それでも結界内を血で埋め尽くせば溺死出来ると判断して結界を血のボトルに変えた。
力の行使者が死亡したことで不意に結界が解除される。辺り一面に広がる呪われた血の池。大地が汚染され木々を枯らす。残されたのはただ一人立っているタルバと血と一緒に流れている人間の肉片やパーツだったもの。
そこかしこに腕や足、頭、胴体、または肉塊が転がっており、どれが誰の遺体なのかも特定できない。
ハイになっていたタルバはボケーっとしていた。そもそも血のせいで目が潤み視界不良になっていたことから現状もよくわかっていなかった。他に立っていそうな生物がいないことを確認して創造神様からの役目を果たしたことに安堵した。
――――――――――――――
「おい!どうなってる!中の様子は!」
アステールの怒気を孕んだ声が魔人一同に投げかけられる。
「見えませんね。これでは」
カナンも困惑していた。創造神様の権能とは違う力だった。そして今回のテストに魔人は不介入を貫くため、内部を確認するためであっても介入は出来ない。
「小僧……今度は何をしたんだ?」
「でも血を噴き出してたよ?これは何をしてるんだろう?」
「やっぱぁ~こんなつまんない尺度でタルバを測ろうとするからダメなんだよぉ~」
イグニストゥス、ヘクターは片時も目を話していなかったが何をしたのかわからなかった。イフィンティブに至ってはこのテストの方法の悪さを指摘している。
「これは熱くなってきたな!俺が見たこともない戦いがあるとは思ってもなかった!」
「マルス、それを言ったら知恵の神から権能を賜る私ですら知らない技ですよ?気になりますね」
軍神の魔人マルスと知恵神の魔人サジェスはタルバのことよりも自分の知らない未知に対する好奇心が芽生えていた。
「……」
「見えないのであれば言うこともないか…手の内を晒さないとはやるな新参者」
ダルそうに沈黙を貫く重力神の魔人グラヴィタ。両腕を組んだ死神の魔人アタナシアはむしろ自分と同じ魔人であっても警戒しているのか手の内を晒さないで倒す手法を選択したタルバに感心していた。
「あぁー!もう!大地がこんなに汚れてる!」
「仕方あるまい。後始末はアステールとイグニストゥスがする決まりだ。だからこのようなやり方を取ったのだろう」
「でもでも~。てかあれって水魔法使ってない?アックア」
「そうだな。でもただの水魔法ではあるまい。絡繰りがわからん」
土神の魔人テッラと水神の魔人アックアは血の海に面食らったものの後処理や絡繰りに目がいっていた。
「打ち勝つ運命だったが、過程は鮮烈だな。やはり運命に狂いはない」
運命の神より権能を貰っているロークは結果は最初から知っていたようだ。自分の権能で知った情報を確認できたことに満足げだ。
魔人たちは当初は雲行きが怪しくタルバの実力に懐疑的だった。しかし今のこの現状を見て実力に疑念はない。むしろ彼はいかにして自分の手の内を晒さないように倒すかに注力していたと思えば説明が付きそうだと思っていた。
魔人であっても相手に手の内を晒すことは少ない。もちろん、権能を与える神から権能は推測できるし、元々の情報から得意なことが何かを知っている者もいる。
カナンなどはわかりやすい例でもある。
かといって、魔人大戦があったように魔人同士で戦うことがこの先ないとは言えない。一度あれば二度あるというし、二度あることは三度あるともいう。
将来的に魔人同士で戦うことになったとき、彼は一方的に有利を取れるというわけだ。他の魔人についてはカナンやイグニストゥスに聞くだろう。
よって不利なのは彼以外の全ての魔人だ。魔人たちが知っているタルバの情報はあまりにも攻撃能力を秘匿している。結果だけ見れば山脈の頂上を吹き飛ばせる力があり、眼下でのように軍隊を瞬殺できるのだ。
それも権能の目立った利用なしでだ。
戦闘では透明化や権能によるすりぬけなど行っていたが、世界を作り上げた創造神様の権能がそのようなしょうもない性能なわけがない。彼は見られてもいいような権能の一部しか意図的に披露しなかった。
彼が魔人の王を目指すかはさておき、誰に対しても強く出れる立場になったことは明白だ。彼の思慮深さと狡猾さ、実力を疑う声はこれでストップだ。
言いがかりをつけた張本人であるアステールは悔しそうに唇を噛んでいた。今日この日をもってしてタルバを引きずり落とす作戦だった。それがこうもうまくいかなかった。
計画は途中まで成功した。情報収集に余念はなかった。『過去視』も使って情報を集めたのだ。精度は確かだった。問題は見たことのない魔法だった。
創造神の魔人とはこれほどまでに得体のしれない生物だったのかと後悔をするアステールだった。それでも一度進んだ道を引き返すことは彼には出来なかった。
――――――――――――――
アステールの大荒れな内心とは対照的にカナンの心は明鏡止水の境地に達した仙人のように落ち着いていた。正しくは結果的に落ち着くことになった。
他の魔人たちの手前、とりあえず平静を装うために中が見えなくなったことを指摘したが、今のカナンは飛び跳ねたい気持ちで一杯だ。
テストが始まった時は泰然自若としてつまらないテストを跳ね除けることを信じて疑わなかった。なぜならタルバ様が創造神様の魔人であり、私が待ち望んだ待ち人なのだから。
破壊神様の魔人であり、他の魔人と実力で一線を画する私と対になるお方なのだから人間の軍勢に魔人が手を貸していたところで路傍の石となんら変わらない。塵一つ分の心配もなかった。
だが蓋を開けてみれば防戦一方のタルバ様。タルバ様のお考えが最初は理解できなかった。創造神様から与えられた権能を行使している姿は確認できたけれど、攻撃らしい攻撃はしておられなかった。
雲行きが怪しいと思い始めてしまった。今思えばなんたる無礼な心配ごとなのだろう。万に一つもそのような可能性は無かったと今なら言える。
タルバ様はアステールが制作した半端者の攻撃に手を焼いておられました。人間たちの魔法攻撃や黒い靄、結界、どれも決定打に欠ける脆弱な攻撃の数々。魔人の王となられる方に対して行われる攻撃とは思えない貧相さでした。
しかしタルバ様は苦戦していました。魔人たちもアステールが言っていた手違いの可能性を信じ始めていました。
タルバ様はある瞬間から明らかに動きに変化が現れました。敵の攻撃を回避して一撃を狙うスタイルから距離を取りなにやら詠唱が始まりました。音声まではここでは聞くことが出来なかったのですが、タルバ様は小手調べをしていたのだと気づきました。
そこからは私には何があったか知る術はありませんでした。ただ呪われた血の海が出来上がり、帝国軍の生存者は0だと思わされました。ここでタルバ様はアステールが自分によこした刺客の力量を測るためにあえて攻撃をしていなかったことを思い立ちました。
魔人が作成した魔人の力の一端を有した人間。そのような存在がどの程度の力を持っているのか気になったのでしょう。魔人とそれ以外の生物では天と地ほどの乖離があるのですが、その差が如何程縮まっているのか確認したくなったのだと思います。
戦う姿やどのような力を有しているのか一通り見た後、機を見計らってとどめを刺しにかかりました。そこでもタルバ様の抜け目なさを象徴しておりました。
なんと我々魔人に手の内を見られないよう結界内を血で覆ったのです!
これは素晴らしい一手であり、このテストがただのテストで終わらなくなったのです。
他の魔人に対してタルバ様は自身の技や特徴を最低限しか見せておりませんが、私やイグニストゥスなどの古参の魔人がタルバ様側についていることから他の魔人の情報は知ることが出来ます。
タルバ様は今後他の魔人に対して優位性を確保するために工夫を凝らしたのです。ただのテストのつもりで今日は来ましたが、自身の強さを疑う魔人達に対して情報による優位を固め、次の一手を指した。
この時点で我々よりも一歩先を行く方だと認識したことでしょう。流石はタルバ様です。生物学上男性に分類されているだけどゴミと違って、あらゆる面で私の想像を越えていかれます。経験したことがない男性であることは間違いなくなっていました。
破壊神様が仰られていたことは真実でした。この目で見るまでは半信半疑でしたが待った甲斐があったというものです。
惜しむらくはタルバ様の雄姿を御傍で拝見出来なかったことです。どのようにしてゴミ処理を行ったのか、あの結界内でタルバ様はどのようにして屠ったのか見たかったです。
それもいづれ見れることでしょう。私がタルバ様の元を離れることは今後ありえないのですから。待っていてください。タルバ様。私はあなたのお役に立てるよう誠心誠意努力いたします。
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