10.お食事
カナンの別荘で温泉を堪能した俺はカナンが用意したという浴衣を着て、客室に通された。イスではなく”畳”という床に座るらしい。靴は脱ぐしきたりのようだ。風呂入るか寝るとき以外で靴を脱ぐのは変な感じだ。
どうしても慣れてないからこそ感じる違和感が確かにある。畳は古の勇者がいた故郷、日本で利用されている伝統的な床らしい。これが草を織ったものだという話もびっくりした。
俺の想像する草はそこらへんの雑草なんだが、これは特殊な草らしい。本当に草を使用しているのか疑いたくなるな。草との共通点は緑色くらいのものだ。
世の中知らないことがまだまだあるのだと気づかされる。
「さて、今度はお食事でもしながらお話しませんか?私の個人的なお話ですが」
「ほう。遂に企みを教えてくれる気になったのか。ま、変じゃないかと思っていたんだ。最強の魔人さんが好意的に接してくることが。何かあるんじゃないかと疑うなというほうが無理な話だ」
訝しがる俺の先を歩くカナンは口元に手を当てながら微笑んでいた。畳の上に置かれたローテーブルと2組の座椅子。テーブルの上には湯呑と急須。片方にカナンが足を崩しながら座ると、俺に着席を勧めてきた。
郷に入っては郷に従えというからな。あえてここは従うとしよう。食事も出してくれるらしいから、ありがたく頂くとしよう。
俺が警戒心ゼロでいられるのは彼女の力があれば回りくどい手段を用いなくとも危害を加えられるからだ。瞬殺される自信がある。ここは開き直って堂々と突き進むのが正解だと俺は見出したのだ。
「今日お出しするメニューは和食ですよ。日本の料理のことをこのように言うようです」
「マナーは知らないが、箸なら完璧だ」
俺は自信満々にテーブルに置かれた箸を掴むと基本に忠実な持ち方で摘まめることをアピールしてみる。
「タルバ様は古の勇者に詳しいとお聞きしています。どうやら日本の文化についてもご存知のようで」
「……なぜそれを知っているんだ?」
「それは後ほど。さっそく料理が運ばれてきますので」
襖を開けて部屋に入ってきた人はお盆に料理を乗せていた。着物を着て髪を簪で結い挙げている彼女は日本という場所の話に出てくる和を体現しているようだった。唯一異質なのは首元に月の紋章を刻んでいるところだった。
「こちらが牛すき焼き御膳になります。お肉に火が通り次第、卵を絡めてお食べください。それでは失礼いたします」
俺とカナンにお盆に乗せられた膳を置いた。彼女が置いた膳は大小様々な器が並び、高台のような器には小さな鍋が据えられている。流れるような手つきで鍋の下に火を灯し、俺たちの邪魔にならないよう退室した。正座しながら障子を開け閉めする彼女の姿に『これが和のおもてなしか』と感嘆する。
「タルバ様は初めて食べるかと思いますので、ご説明させていただきますね。牛肉のすき焼き、ご飯、お味噌汁、炊き上げ、小鉢、締めのうどんになります。普段は会席料理などもお出しできるのですが、不慣れかと思いましたのでこちらとさせていただきました」
カナンは一つ一つ膳の内容を教えてくれる。俺は聞いたことはあるけど見たことがない程度の理解度だから非常に助かる。この辺の気配り力は高いあたり内面も魅力的に見えてくる。
「今日は野菜の炊き上げですね。かぼちゃやれんこん、干しシイタケなど使用した彩り鮮やかなものになっております。小鉢は切り干し大根の煮ものです。こちらはシンプルですが味が染みた一品ですので楽しんでいただけるかと……」
「食べたことがないものばかりで興味が尽きないな。さっそく頂くとするか」
俺は牛肉に火が通る間、俺は炊き上げに手を付けてみた。口に放り込んだかぼちゃが柔らかく甘味が際立つ。干しシイタケは舌に沁み込むような味わいの後、すっきりとした甘味があり、かぼちゃとは違った食感と甘さを堪能する。
切り干し大根の煮物はしっとりとした優しい味で甘さが控えめだがどこか安心するような故郷の味といった印象だ。いつもかったいビスケットや携帯食糧を食べる元冒険者としてはこのような食事をしてしまえばもうその生活はできなくなってしまいそうだ。
人生で様々な食べ物をその土地で食べてきたが彩り豊かな膳をゆっくりと堪能できる機会はなかった。食事を楽しむ余裕の少ない職業だったからこそ、今目の前の食事を味わえていることに心から感謝の念が絶えない。
「ふふふ。タルバ様、そんなに急がなくても食事は逃げませんよ?子供みたいでかわいらしいですね」
カナンが笑いながら指摘してくる。俺は気恥ずかしさを覚えてゆっくりと食べるように心がけた。カナンも綺麗な所作で口元に食事を運ぶ。横髪が邪魔にならないよう耳にかける姿にぐっとくるものがある。なんかいいよな。
「とても美味しいな。いつもこのような食事を?」
「いつもではありませんが、長く生きていると楽しみを見出さなければ退屈で死んでしまいますから」
いたずらっぽく笑う彼女の言葉は重みが違った。楽しそうに見えて辛い経験があることは想像に難くない。だからこそ食事という楽しみを探究したのかもしれない。
「さっきの女性はだれだったんだ?」
「私の従者になります。名をカエデと言います。日本から転生した正真正銘の日本人ですね」
「首元の紋章からそうではないかと思っていたがやはりか。それにしても日本人とは」
「意外ですか?異世界転生者や転移者はろくでもない人生を送りがちですからね。まともに生きている彼女のような存在は稀です。ちょっとした縁で彼女に出会いましたが、カエデでなければ従者になどしませんでしたから」
カエデが退室した障子を見つめながら箸を置くカナン。お味噌汁をそっと手に取ると軽くすする。日本人はないはずの彼女がここまで和食に慣れているのはそばに日本人がいたからかと納得する。
俺は食事を堪能しすぎて本題を見失っていた。そう、カナンの目的だ。
そもそも俺をここまでもてなす必要性がない。カナンの圧に負けてここについてきたが、彼女の目的が謎だと後が怖い。
「さて、単刀直入に聞かせてもらうが、何を企んでいるんだ?」
「純粋に新しい魔人の仲間をおもてなししたかった。それだけではダメでしょうか?」
「ダメだな。君の態度は俺と他の魔人では明確に差がある。それが魔人の王に据えようとしているのはうすうす気づいているが、それでも他に企みがありそうだと思っている。違うか?」
「中々鋭いですね。ごまかせそうにありません。ここは正直にお伝えするとします。あなたが創造神様の魔人であるから。だからあなたを特別扱いします」
カナンの言ったことは俺の予想通りだった。創造神様の魔人だから特別。それはわかっていた。露天風呂でも創造神様の魔人は魔人の王になれると言っていたことからも気づいていた。
「魔人の王以外の目的はなんだ?俺はそれがさっぱりわからん」
「そんなにガツガツ来られると照れてしまいますね。他の目的――それは私があなたを待っていた。それだけです」
「待っていた?俺を」
カナンの言葉に脳内を疑問符が埋める。自身のしょぼい脳みそでは処理できない言葉の返事。俺を待っていたなら俺が生まれてから今までで接触がありそうなものだが。
「精確にはあなたのような存在をです」
「それは創造神様の魔人が誕生することを待っていたという意味か?」
「そうです」
湯呑にお茶を注ぎ、口元に運ぶと喉を潤しほっと一息を突くカナン。長い長髪をうっとうしそうに後ろにはらい、どこからか取り出したヘアゴムで後ろ髪を束ね、右肩に流す。
「なぜだ?なぜ他の魔人ではダメなんだ?」
「それは単純です。そう破壊神様からお聞きしたからです。他の魔人では役不足なので」
「役不足って……君は俺に何を求めているんだ?」
「ただ共にあること。隣にいること。さして難しいことではないでしょう?」
「それは男女の関係ということか?それとも友人的なあれか?」
「もちろん男女の関係ですよ」
俺は即座に断言したカナンに驚き、むせてしまう。ゴホゴホとむせて息苦しさを感じるがそれ以上に破壊神様が創造神様の魔人でないとカナンの相手には不足があると言っていたことが気になってしまった。
「まっ、待ってくれ。それは破壊神様がそう言ったのか?」
「そうです。私は多くの男性を今まで見てきました。王や皇帝、貴族、平民、亜人に魔人。私は元は人間ですから人間社会で昔は生きていました。魔人になってからも当面は変わりませんでした。ですが残念ながら私が魅力的に思う殿方はいらっしゃいませんでした」
「それがどうして創造神様の魔人に繋がるんだ?」
「私は千年以上生きている中でどうして好きになれる相手が見つからないのだろうと自問自答していました。ある折、破壊神様に尋ねてみたのです。破壊神様もお答えに大変困られていました」
(破壊神様には拗らせた女性の恋バナはきつかったか)
「破壊神様は創造神様と違い全知全能の神様ではございません。それゆえ回答もきちんと考えてくださりました。今でも鮮明に覚えております。破壊神様も苦悩の末絞り出すようにこっそり私に教えてくれたことを!」
(破壊神様…あなたの頑張りに涙を禁じ得ないよ。だってそれって個人の好みじゃん。答えなんて見つからないよな…)
「私が経験していない存在は創造神様の魔人ただ一人だと。そもそも創造神様と破壊神様は一般的に対を為す存在。だったら破壊神の魔人である君は創造神の魔人である存在以外に対となる相手はいない。そう仰られました」
(前言撤回だ。何言ってんだ破壊神!体のいいその場しのぎしやがって!これで俺がその相手にふさわしくなかったらどうしてくれるんだ!)
「私は納得しました。それもそうです。創造神様の魔人は世界誕生以降未だに誕生していないのです。そして私が知らない男性とは創造神様の魔人ただおひとりです。もしかすれば女性の可能性もありましたが、そのときはそのときでした。そしてタルバ様が誕生されたことでパズルの最後の1ピースがはまったように感じたのです。これが運命だと!」
「熱弁感謝するけど、俺はそんないい男じゃないよ?」
「いいえ、そんなことありません!タルバ様には私が経験したことがない男性のはずです!そうでなければ創造神様の魔人に選ばれることはありません!」
自信満々に俺のことを誉めてくれる。俺よりも俺を知っている顔で意気込んでいるカナン。勢いが凄いな。
「いや~どうだろう。俺以外にも素敵な人はいるって」
カナンは目から光が失われ、温かみを感じる部屋から寒く冷たい牢屋や監獄のように様変わりする。ただ一点を見つめているようで焦点が定まっていないカナンは抑揚のない声で答えた。
「それはありません。私はあなたを1000年待ちました。あなた以外はありえません。私にとって他の存在はもういないのです」
重い思いだ。言葉に籠る望みが滲み出ている。生きた年数も見た人間たちの数でも到底届かないからこそ安易に否定の言葉を口にすることはもうできない。カナンにとって立場、人間性、言動、容姿。様々な人間たちを見てきて1人もいなかった。
彼女にとっては創造神様の魔人こそが自分の相手であり、それが一抹の希望だ。その希望に縋り生きていたのかもしれない。魔人としての役割はきっとカナンはこなすのだろう。生きる屍のように淡々と。
ただそれは生きているだけで心は死んでしまっている。破壊神様もそのことを察して今まで誕生しておらず、これからも恐らく誕生しないであろう創造神様の魔人を運命の人だとしたのだろう。
そう思えば破壊神様に共感は出来る。カナンのどうしようもない気持ちもそれなりにはわかる。
だが俺が魅力的かという点はどうしようもない。自分のここ最近の足跡を辿ればわかる。ろくでもないだろ?ヒルドでの件はまだいいさ。王都で伝説の剣に小便をかけ、窃盗した鉱石を隠蔽し逃走、ゲルニーツァでは汚水の雨を降らせ密漁に加担。ベルルム王国では妙な義侠心ででしゃばり股間を人質に脅迫、誘拐。
そんじょそこらの犯罪者より犯罪してる。どれも理由があり、被害者らしい被害者はさほど多くないのだが、列挙すれば最悪だ。
強さや容姿の良さでは魅力がないことは人生が証明している。
1000年間異性に心を動かされなかった女性の心を動かす方法があれば俺は今頃世界中の女性からモテモテだ。つまり、俺にはカナンに惚れてもらえる要素がないのである。自分で言ってて悲しいけど、俺にはこれっぽっちも魅力がないんだ。
「それはまだわからないだろ?アステールってやつが言うようにもしかしたら創造神様の手違いの可能性がある。俺はその証明途中。そうだろ?」
「ですが、タルバ様は自信があるようにお見受けします。テストも容易に突破されるのでは?」
カナンは暗にこんなところで食事を堪能できるほど余裕があるのだから、テストも突破できる算段があるのだろ?と聞いてくる。誰にも言ってないし言う予定もないのだが、そんな算段はどこにもない。むしろその算段をつけたくて気分転換に外に出たのだ。
「それは秘密にしておこう。当日までのお楽しみだな」
「あら、残念です。それでは当日を楽しみにしておきますね」
話している間に牛肉にはしっかりと火が通っていた。話し込んでいたから火がかなり入ってしまったかと思っていたが、食材の状態に応じて火加減を調節しているのか、柔らかくホロホロの牛肉を食することが出来た。米をかきこみ、みそ汁を飲むという黄金コンボに卵を絡めたすき焼きの牛肉が最高にマッチしていた。
締めのうどんをするすると食べ進め、お腹もほどよく一杯になった。カナンと他愛もない雑談をしながら時間は過ぎた。
一泊を勧められたが、城に戻らなければと思い、これを固辞。またの機会にと断って帰路についた。
カナンのこと、魔人のこと、魔人の王のこと。聞いた話が別世界のことすぎた。当事者としての実感は湧かない。テストの実戦でどう対応するかも検討中のままだ。
でもカナンの希望は俺らしい。創造神様が俺にどのような使命を持たせたくて生み出したのかも気になる。
魔人の使命は神が下界で果たしてほしいことであるならば、創造神様も俺に何かをやらせたいのだろう。もしも創造神様の魔人を生み出すには非常に厳しい条件があるのであれば次にその魔人が生まれるのは遠い未来だろう。
カナンはそれを待つことになるだろうし、創造神様もそれを待つことになる。創造神様のおかげで助けられた命がある。創造神様のおかげで運がいいのもある。今までの人生で恩恵を受けたことのほうが多いからこそ、どこかでそれを返さなければならない。
テストを逃げるという考えは捨てた。今は権能を使いこなすこと、魔法や魔道具を活用して如何に乗り切るか。それだけを考えていた。
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