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へっぽこ魔人生  作者: 岸辺濫瀟
第5章
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8.桃源郷

 世界で一番心を元気づける言葉を知っているか?俺は知っている。


 創造神様がいるから大丈夫。

 そう思えば何でもできる気がしていた。どれだけ不利でも創造神様はいつも俺に都合よく世界を動かしてくれている。それは今のところ事実だ。


 ミッド大山脈でも王都でもゲルニーツァでも三竦み戦争でもそうだった。

 それに遡れば未開の森での修行や巨人討伐もそうだ。


 常人ならば死ぬ局面で俺は必ず死なない。生き延びて結果を出す。

 もしそれが昔から創造神様の加護と権能を頂いた結果だとすればどうだ?


 創造神様にとって俺が生きることで得られる対価があるはずだ。

 俺が生きることで創造神様の与えた使命が果たされるのであれば創造神様がみすみす俺を殺すわけないという理論だ。


 それにどうやら創造神様は魔人を作成しないで今まで来たらしい。少なくとも数千年間は。

 その間に数えきれない人間や亜人など知恵をもつ生物はいたはずだ。それにも関わらず、俺が最初の魔人だという。


 つまり俺はある種の特別な才覚を有していると言っても過言ではないのだ。

 そうやって何度も俺が生き延びる可能性を考えてみるが、あまりにも現実味がないことを認識させられる。


 現実逃避というやつだ。この理論として創造神様が俺を手助けしてくれなければ助からないのだが、そもそも神様が下界に直接干渉できないことはわかっている。干渉するために魔人を作成しているのだから。


 創造神様の直接の手助けは期待できず、間接的な手助けする存在は自分自身。創造神様が取れる手段はもうないと言える。


 八方塞がり、四面楚歌、袋小路。考えうる選択肢は考えた。

 それでも今回は純粋な力をテストされるはずだ。はったりは通じない。


 三竦み戦争のように光弾を付与して圧殺する手法は出来る。だが魔人の力が与えられている帝候十陣に対して有効打になるとは思えない。


 もし光弾が当たったとして、それを打ち消す方法があるのかもしれない。魔人が直接力の研究として人体実験を行ってできた部隊だ。その可能性は大いにある。


 権能を封じられてしまえば俺はただの足が少し早くて頑丈な人間だ。魔力は今でこそ多いが本職の魔法使いほど魔法を扱える自信はない。

 それに帝国には能力封じという魔道具があるらしい。エリア内にいる者を敵味方問わず能力を使用できなくするという。


 詰んだといって差し支えないな。だが研究と同じく既存の情報を整理しかみ砕き、血肉とすることで新たな進歩が生まれる。俺は絶賛進歩中とポジティブに捉えよう。


 都合よく何か力に目覚める線はない。創造神様が俺を強くしないようにしているのだから。きっと俺が強くなっては困るのだ。そうでなければあえて弱くなるように仕向けない。


 普通の立場を得るまでに時間がかかった。俺は弱い立場に身を置いた時間の方が長い。今でこそこうして創造神様の魔人になっているわけだが、実力的な才覚はない。


 才能には明確な差がある。それは先天的に決められていることで後天的な努力では追いつけない。才能という言い方は適していないが、素養という言葉はぴったりだ。


 例えば師匠のように類まれな魔法適正を持ち、囃し立てられても努力を惜しまないような人間やザクスのように能力と相まって高い強さを獲得するものもいる。


 じゃあ聞こう、俺には何がある?能力は権能と合わせることで使える程度の代物。魔法は魔人になってから魔力が増えたがそれまでは主力にすることは出来ないレベル。身体能力も魔人になったからこそマシだが、普通の冒険者くらい。俺を形作っていた物は優秀な道具たちであって、俺の素のステータスではないのだ。


 人は誰しも他人と自分を比較してしまう。親兄弟、友達、新聞に載った有名人や噂などなんでもだ。最初は身近な人物かもしれないが、どこかで自分と他人の違いを模索する。

 そして自分にだけあるアイデンティティを見つけ出そうとする。大抵の人間は努力をして獲得するという考えに至らない。生まれた家の近い範囲でしか人生の分岐点を選べない。


 例えば農家に生まれた子供は農家を継ぐ可能性が高い。子供が複数人いれば別の職業を選ぶかもしれないが、安定した生活を求める人間は多い。それは生まれ育った環境によって刷り込まれた価値観だ。


 しかし人生の分岐点に立つときというのはもう後戻りが出来ない段階にいることが往々にしてある。幼少期から剣を振るっていた人間と大人になるまで剣を振ったことのない人間では才能がない限り、埋めることの出来ない差が出来ている場合がほとんどだ。


 結局自分が逃げられないところにきて初めて何かやっておけばよかったと後悔するのだ。それは俺によく当てはまる。


 この三か月間俺は読書しては飯を食い、風呂に浸かって安眠をする毎日だ。魔物と戦ったのも創造神様からのお達しがなければ行かなかった。


 居心地がよくて戦争が終わった後だからと何もしなかった。もしかしたら権能を使いこなす練習で新しい有効活用する手段を見いだせたかもしれない。魔法をイリムに教えてもらって魔法がより使いこなせていたかもしれない。


 アウローラに近接戦の模擬戦でもしてもらえば動体視力や体力など鍛えられることは多かったかもしれない。

 ラキにどこか転移してもらって能力や権能、魔法を実戦でブラッシュアップできたかもしれない。


 思い返せばいくらでも出来たことだ。時間はあったがやる気がなかった。行動力がなかった。いつもそうだ。必要に駆られなければ行動を起こさなくなってしまった。動き出しが遅くなり、些細なことが億劫になる。


 それが年齢のせいと言いたいところだが、年を重ねて精神が摩耗しているのだろうな。家でぬくぬくとしていられる喜びを知っているから片時も手放したくない。そんな気持ちがどこかに残っていたのだ。


 一人暮らししていた頃と違って、俺が何もしなくとも三人がどうにかしてくれる。俺は飾りとして生きることに満足していた。


 日時は1週間後らしい。イグニストゥスから連絡があった。

 1週間で何が出来る?テストで力を示せなければ未来はない。


(当日になるまでに作戦を立てないと……でももし死ぬかもしれないなら、死ぬ前にやっておきたかったことだけ片づけておこう)


 男なら夢見たことがあるはずだ。俺は透明になれる。

 そう、透明人間になれるんだ。これがどうゆうことかわかるかね。


 俺は銭湯にでも忍び込もうと思う。スリリングな挑戦だ。

 人間だったころには到底できない所業。創造神様からの権能を授かって安直に思いつく活用方法。もしかしたらここから作戦が生まれるかもしれない。


 新鮮な体験をすることはいい刺激を得られる。従来経験したことがあることを行っても追体験でしかない。最初の刺激というものは意外と馬鹿にならない衝撃がある。


 思い立ったが吉日。早くに刺激を取り入れることで残りの時間を思案できると思えば、今すぐ覗きに行った方がいい。そんな気持ちに駆り立てられ、俺は廃城から飛び立った。


 透明になれるんだからどこの銭湯でもいいだろう。古の勇者様のおかげで国中銭湯があるからな。より取り見取りの見たい放題だ。銭湯を梯子できるし、観光も含めたツアーだって出来る。


 今日ほど古の勇者に感謝した日はない。ありがとう、古の勇者。


「タルバ様、どこへ行かれるのですか?」


 高速で飛行する俺に気づかれることなく追随していたカナンに声をかけられる。


「え?何でいるんですか?」


 俺は背筋が凍りそうなほど恐ろしく感じた。いつから俺のことを見ていたのだろう。というか真後ろにいる意味とは?


「それは些事です。それでタルバ様はどこに行かれるのですか?」


 俺の質問に答えてくれない地上最強の美人。黒い鴉のような翼を背中から生やした彼女は小首をかしげながら聞いてくる。かわいいけど、怖いよ。


「いやちょっと気分転換にでもね。銭湯に行こうかと」


「お城に大きな浴槽があるはずですが……最後にタルバ様にもわかりやすくお伝えしますね。なにをしにいかれるつもりですか?」


 きょとんとした顔でさっきとなんら変わりがないはずの表情。しかしなんだろうこの蛇に睨まれた蛙のような圧迫感は。浮気した夫が妻に問い詰められているような行き場のなさは。


 俺の心が読める力ではないはず。だったら俺が何をしようとしていたのか知らないはず。ここは言い方を変えよう。観光って体裁でいこう。


「あっとー旅行にでもいこうかなーと思ってさ」


「ならば、ご一緒しても構いませんね」


 グイっと近づき俺の顔を覗き込むカナン。フローラルな香りが鼻孔をくすぐり、ドキッとしてしまう。まつ毛長いなっていうなんてことない視覚情報に脳内が支配され、断る言葉が出てこない。


「はい……」


 志?夢?そんなもの命に比べればポイっと捨てて見せるさ。根性がないとは言わせないぞ?


「どこへ行かれるご予定だったのですか?」


「ベゼル王国東部にあるカラルという温泉地に行こうかと…」


「そうですか。あそこには私の別荘もございます。私の家であれば露天風呂も完備しておりますので、よろしければそこへ行きませんか?」


 思いがけない提案に胸が躍る。露天風呂だって!?

 銭湯には足の伸ばせる浴槽はあるが、露天風呂がある場所は限られている。


 そして銭湯という公共施設だからこそ、露天風呂を貸し切りにすることは実質不可能だ。露天風呂が完備している宿もあるらしいが、貴族や王族が使用することが前提のため、法外な値段設定だという。


 露天風呂に入れることもそうだが、もしかすれば貸し切りなのでは?という希望が俺の心を温める。まるで風呂にでも入ったように穏やかで体が温まってきた。


「是非!」


「ちなみにですが、露天風呂は他人に見られないように細工がしてありますので心配はいりませんよ」


 彼女の言葉は刃物のように鋭利で発するだけで圧を感じていた俺だったが、露天風呂というキーワードによって手のひらを返したように感じ方が変わった。現金なものだなぁと思わなくないが、ふって湧いたチャンスを逃すほうが馬鹿だ。


 チャンスとは誰にでも舞い込むわけではないのだから。


――――――――――――――


 カナンの案内の下、俺たちはカラルを目指した。

 魔人の身体能力と飛行能力のおかげで割と直ぐに到着した。


 カラルは温泉地としてかねてから有名で、古の勇者が自身の故郷をイメージした建物を建てたこともよく知られている。木製で出来た建物群が立ち並び、提灯という街灯が道を照らす。障子という扉が備え付けられており、破れないように慎重に扱うことがマナーらしい。


 古の勇者では開け閉め程度では破れないそうだが、この世界での再現技術ではそれっぽいものしか出来なかったようだ。この世界の住人が強く戸を閉めれば破れてしまうそうだ。

 彼の死後、試行錯誤が繰り返されているが障子を破らないようにするマナーが誕生した。それを知らない者はカラルに泊まる資格がないとされる有名なマナーにまで発展していた。


 結果として障子は現状維持のほうが良いのではないかという話に纏まったと聞いたことがある。


 カナンの別荘はカラルにはなかった。精確にはカラルを真上から見下ろす位置にある崖の上にあった。


 近づいても見えなかったが、カナンがキーワードを唱えると忽然と現れた。

 目の前に現れたのはカラルで建築される建物と瓜二つだった。


 建物の近くに足を踏み入れると入り口の空間が閉じた。

 内部から外を見られるが、空間が捻じ曲がったように歪んで見える。どうやら細工というのはこのことのようだ。


「こちらが古の勇者が話していた日本という国の温泉旅館をイメージしたものです」


「素晴らしいっ!なんてすばらしいんだ!これは温泉にも期待できそうだ!」


「喜んでいただけたようでなによりです。……タルバ様には温泉以外にも興味を持っていただきたいのですが…まぁいいです。じっくり時間をかけて攻め落とすので」


 最後の方は消え入りそうなか細い声だったため、俺には聞こえなかった。どうやら温泉以外にもこの別荘には自慢できるものがあるらしい。ぜひとも見たいものだ。


「えっと、何の話ですか?」


「いえ、こちらの話ですのでお気になさらないでください。ではさっそくですが温泉に行きましょう。ご飯は作らせておきますので」


「至れり尽くせりで申し訳ないですね」


「いえ、構いませんよ。私がおもてなししたいだけですから。それと――敬語。完全に辞めてもらえませんか?」


「えっ。でもカナンさんは他の魔人よりも立場が上だと伺っていますよ?それに年も」


「誰がそのようなことを?」


 罅が入ったように表情に翳りが見える。周囲の温度が低下したと錯覚する。

 俺を見つめる目が死んで、口以外の全てのパーツが動いていない。人形のように精巧な美しさが不気味さに拍車をかける。


「ヘクターとかイフィンティブ?」


「わかりました。彼らはやはり言葉では理解できない生物のようですね。当面は笑顔になれないようにしておきます」


(こっわ。カナンさんこっわ)


「ではこちらの男性側を利用してください。私はこちらの女性側を利用しますので」


「はい。わかりました」


「敬語!やめてください」


「わかった。これでいいか?」


「それでいいんです」


 そういうと彼女は上機嫌に女と書かれた暖簾をくぐっていった。


(あれ?どれくらいで出てくるとか言わなくて大丈夫か?食事もあるらしいし。でも楽しんで貰いたいとか思ってたら、時間を気にせず構いませんとか言ってくれそうだしいいか)


「じゃまたあとで」


 もう聞こえていないだろう彼女が消えていった暖簾にむかって一言声をかける。

 俺は男側の脱衣場に入り服を脱いで備え付けられたタオルを片手にガラガラと戸を開けて浴場へと向かった。


 いぜ、楽園へ!


 内湯は他の銭湯と似ている。洗い場があり、大きな浴槽もある。浴槽は木製で常に温泉が流れており、床も木で出来ているためか温かみのある空間を彩っている。

 設備的な面で銭湯と異なる点を挙げるとするならば個人所有のため、洗い場が2つしかないくらいだろうか。


 それでも個人所有の別荘にしては豪勢な設備である。俺は家を建てたが風呂は無理だった。せいぜい手拭いで体を拭くくらいだ。


 お湯が出ることに感動すら覚える。最近は無駄に凝った城の風呂しか使っていなかったからな。1人で入るにしてもでかすぎる。少し広いくらいで満足だ。


 石鹸を泡立てながらシャワーの温度を調節する。銭湯にもシャワーは備え付けられているが温度は一定だ。噂には聞いていたし、廃城にもそれらしきものあるのだが最新型は初めて触る。青い方に回すと冷たくなり、赤いほうに回すと熱くなるようだ。


 視覚的にわかりやすい作りをしている。

 鼻歌交じりに体を洗っていると、別の場所の戸がスライドする音が聞こえる。どうやらカナンが入ったようだ。それにしては音がやけに近いような気がするけど。


 泡でアフロヘアーになっている俺は髪から滴る泡が目に入らないように瞑りながら細めで音の発生源に目を向ける。


 人型のシルエットがそこにはあった。白いタオルを前にかけ、左右に揺れる金色は実った稲穂のごとき黄金色をしている。


(あれ?おっかしいな。透明化して女湯に入ったつもりはないんだが。ついに体が進化して壁すらも透過できるようになったのか?いやいや、それはないか)


 タルバは見なかったことにして泡を落とし始めたのだが背後から声をかけられた。


「ご一緒しますね」


 女湯に入ったはずのカナンがそこにはいた。タオルの下に水着を着用しているが、正真正銘本物のカナンだった。


 あっけにとられて彼女をみつめてしまう。顔を見ると照れそうで視線を下に下げるが水着を着てタオルを巻きつけた状態でも抜群のプロポーションが網膜に焼き付いて離れない。瞬きして瞼の裏を見ても残像が残るのだから相当なものだ。

 透き通るような肌に折れそうな細い腰、程よく肉付きの良い太腿。タオルがより体のラインを強調して際立たせている。


 はっきり言おう。ブラボー。眼福だ。


「なぜここに?」


 平静を装って聞いてみる。ここは彼女の別荘だ。俺の入ってきた入り口と別口で入ってきたのだから、脱衣場だけが別れているだけの混浴というやつなのだろう。


 よく知らないやつと入りたいと思う女性がいるか?襲われても全ての生物を返り討ちに出来るとしてもだ。風呂はリラックスしてなんぼだろ?。


「裸の付き合いという言葉があるようですよ、異世界には。私も正直にお話したいと思いまして」


 理由になっていないんだが。多分俺がここで殺されても文句言えないシチュエーションだ。カナンという地上最強の魔人の風呂を覗いて殺されたって聞いたら仕方ないなで済みそうだろ?


「何を企んでいるのかわかりませんが、先に露天風呂に行ってますね」


 俺はそそくさと露天風呂に逃げることにした。カナンは何かを俺に話す気だ。

 その前に俺は1人で露天風呂を堪能したい。いいニュースと悪いニュースなら悪いニュースは後に聞く派だ。


 タオルで下半身を隠しながら露天風呂へと向かうタルバの背中をカナンは見つめていたのだった。



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