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へっぽこ魔人生  作者: 岸辺濫瀟
第5章
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6.もう一つの会議

 ベゼル王国王都タンジバル。魔法学院の地下に新しく作成された秘密の部屋に6名の人間が集められた。

 彼らが集められた理由、それはタルバという男に関することだった。


 普段は会議室や学生の実験用の部屋として扱われる為部屋には大きな机とイスだけがあるシンプルな部屋。地下に作成されているが壁には木が打ち付けられ、綺麗に白く塗られている。

 手触りはざらついており、質が良いとはお世辞には言えないまでも及第点には達している。


 たった6名に対しては広すぎる地下室。その中央に配置された大きなテーブルにタルバの調査報告書や最近の事件に纏わる報告書、地図や活性化している魔物の情報など紙の資料が整然と並べられている。


 この集まりはベゼル王国第一王子レイベルによって主催された。参加者はレイベルによって指名された者たちであり、全員の共通点はタルバ=ゼノという男とそれなりの関りがあったことだ。

 加えて、タルバという人物に恩を感じている人物。それが今回の参加資格でもあった。


 参加者はレイベル、ウィンティ、ヴェラゴ、ザクス、レルバ、紅。

 タルバと深い関りがあった人物ばかりだ。


 上座に座るレイベルが全員に資料を配り終えると、参加者一同に目くばせしながら切り出す。


「わざわざ来てもらって感謝している。今回集めた理由は謎の変異魔物についてと失踪したタルバという男についてだ」


 レイベルによって端を発したこの会議。主目的はバルガンで発見されたという変異魔物だ。しかしこれは表向きの理由。変異魔物に関してはレイベル直属の『報老』によってヴェルフ帝国が糸を引いていることが判明していた。


 レイベルは軽くそのことに触れ、それ自体は王族主体でことを進めると伝えた。それに関しては興味がないのか、質問が発生するわけでもなく流れ作業のように淡々と話題は流れた。


「さて、我々が気にするべきは我らが恩人であるタルバという人物についてだ。彼がゲルニーツァで突如失踪したことは資料にある通りだ。そしてベルルム王国という島国で彼の冒険者証が使用されたという報告があった」


「それについては俺から話そう。冒険者ギルドに1等級冒険者の特権を使用してタルバの捜索を依頼していた。そしてゲルニーツァで行方不明になった直後、ベルルム王国エヴェイユにて冒険者証が提示された。出国履歴がなかったことから偽物だと断定し追い返したそうだ」


 レイベルの話の流れに乗ってザクスがタルバの最後の情報を説明する。レルバと紅は自分たちが場違いではないかと感じていたが、第一王子のご指名だったこともあってひとまずは黙って話を聞くことに決め込んでいた。


 ウィンティとヴェラゴは資料を熟読しながら話を聞く姿勢をとっていた。


「目撃された偽物の情報は馬に乗った人間だったという。そしてこれが実際の冒険者証だ。冒険者ギルドで調査してもらったが、この冒険者証自体は冒険者ギルドで発光しているもの――つまり本物であることが確認された」


 ザクスは冒険者証が贋作でないことを証明する。机に置かれたタルバの冒険者証をレルバと紅はどこか懐かし気に見つめていた。


「これを使用した人間がタルバ本人だったかは定かではない。だがゲルニーツァからベルルム王国までの移動に要した時間は数時間程度。海を越えなければならないことから本人かは疑わしい」


「待ってもらおうか。ザクス、あんたタルバとゲルニーツァで一緒にいたんだろ?あたしが聞いた話だとあんたは魔力で感知できるはずだ。あんたなにしてたんだ?」


 紅がザクスに食ってかかる。ゲルニーツァでタルバと最後にいたのはザクスだった。ベゼル王国最強と名高い男が共にいながら失踪すること自体が考えづらい。紅は暗にザクスが関係しているのではないかという疑惑を指摘した。


「タルバは…忽然と消えてしまった。それ以上でもそれ以下でもない。魔力は当然探した。しかし一瞬で消えた。ゲルニーツァでの1件が片付いた後だったことから例の件を操っていた黒幕に攫われたと考えるのが妥当かもしれない」


 ザクスは魔法鞄から取り出した麦茶で喉を潤し、再度続ける。


「タルバだけじゃない。ファンタズマもいなくなっていた。これから旅に出るタルバがわざわざ自分と離れる理由はない。1等級冒険者がいれば大抵の降りかかる火の粉は払える。だからこそ、外的要因によるものではないかと考えている」


 ザクスは自分が犯人でないことを提示しながらタルバ以外にもファンタズマを挙げた。ザクスの言い分は筋が通っており、暴論ともでまかせとも言えない。

 もしザクスが犯人であればこのようなまどろっこしい手段は取らない。ザクスは武人肌を持っており、正々堂々とした戦いを好む。


 誘拐という卑劣な手段は選択するとは思えない。それがここに会する一同の認識でもあった。紅も本気で指摘したのではなく、より多くの情報を得るために確認の意味も込めて指摘したようだった。


「もっともタルバとの付き合いが長く師匠でもある私には思い当たる節がある」


 資料をひとしきり目を通し終わったヴェラゴは始まったばかりの議論において確信を突く。


「それはなにか、ヴェラゴ」


「ちょっと待ってくれ、誰が誰の師匠だって?」


 レルバが聞き流せない単語を耳にして自分が幻聴を聞いたのではないかと思い、問いかけなおす。


「私がタルバの魔法の師匠だ。最初で最後の弟子だ」


「「!!」」


 紅とレルバはタルバという辺境に引き籠る風変わりな冒険者がまさかベゼル王国最強の魔法使いヴェラゴ=ジャラガの弟子だとは露にも思わなかった。タルバという男が如何に自分のことをそれなりに親しい人間にも秘匿してきたのかがよくわかる。

 タルバが徹底して自分の人間関係が露呈しないように立ち回ってきたことを理解すると、紅とレルバはタルバの存在がなぜか遠く感じた。


「話を続けよう。弟子だったころ、君たちには想像も付かないだろうがタルバはしきりに強くなろうとしていた……」


 ヴェラゴの独白ではタルバとの修行という名の冒険譚が語られた。

 タルバの異名通りタルバは弟子であった当時からどのような攻撃を受けても致命傷にはならなかった。本人は衝撃を吸収する鉱石があると言っていたがそのような物質はなかった。


 タルバが攻撃を受けていた相手は1等級や2等級冒険者のパーティが相手取るような強力な未開の森にいる魔物だった。

 そして極めつけはタルバの巨人討伐だ。恐らく紅も見たであろうことだが、タルバには物理攻撃が効かないという不思議な力がある。それはタルバの能力とは無関係にだ。


 もし衝撃を無効化或いは吸収する鉱石が存在していたとしても無傷で常にいられるわけがない。全身をその鉱石で包んでいるわけじゃないからだ。


「よって、私はタルバが人間ではない可能性を考えた」


「どういうことだ、ヴェラゴ。タルバが人間じゃない…?しかし彼は人間と同じ姿をしているじゃないか」


「そうです。タルバが人間じゃなくとも人間と同じ姿を有する生物がいるのです。そしてその存在は近年まで御伽噺でしか信じられていなかった」


「……まさか!」


「そうです。レイベル様。タルバは魔人ではないかと考えています」


 ヴェラゴの導き出した結論に開いた口が塞がらないレイベル。事実無根と断ずるには証拠が足りず、確定するには十分な身体能力を一同が目の当たりにしていた。


 ヴェラゴが提示した人外の根拠は4つ。


 1点目。王国最強の魔法使いとして名高いヴェラゴ=ジャラガの名前を知らなかったこと。ベゼル王国で私のことを知らない方がかなり少数。田舎から出てきた設定にしたのならば納得がいく。


 2点目。私が師匠になる申し出を受けようとしたとき、他の師匠が見つかったから断ると言ってきた。それが1つ目の根拠を強めた。師匠を探すときより有能で優秀な師匠であればあるほどいい。私を拒む理由などないはずだ。


 3点目。これは2点目から連鎖するのだが、タルバは当時最強の存在を目指していた。表向きは1等級冒険者や人類最強と言っていた。もしタルバが目指す最強が彼の種族最強であれば私への舐めた態度も理解できる。私以上の存在を知っていれば私など恐れるに足りぬというわけだ。


 4最後は人間以外の種族で我々も知らぬような未知の種族であれば魔物の攻撃が通らないのも説明がつく。格下の攻撃など意味をなさない。小さな子供に殴られたとしても鍛えている冒険者や騎士ならば効かないからだ。


「以上が私なりに結論付けたタルバの素性です」


「待て……待ってください。タルバは人間でした。少なくともゲルニーツァまでは」


「ザクス。この世には未知の種族など幾らでもいる。君の力をもってしても推し量れない存在がいてもおかしくなかろう?」


 ヴェラゴの言い分は悪魔の証明だ。存在しないことを証明できないし、存在することも証明できない。しかし、魔人という種族は存在しないと思われて実際は存在したのだ。


「確かに。そういえばタルバは王都を出るときもどこか急いでいた。あまりにも急な出発で俺は置いて行かれそうになったほどだ」


「ザクスさんの出発はたしか…王都に魔人が出現した翌日…ですよね?」


 ウィンティの問いかけにザクスは無言で頷き、肯定する。


「やはりな。タルバが4年前失踪したとき、私はタルバが遂に種族最強の存在に戦いを挑みに行ったと思った。そして最近になって旅に出るとひょっこり帰ってきた。昔とは違い、精悍な顔つきになっていた……」


 感傷に浸るように宙を見上げるヴェラゴはたった一人の弟子を思い出してなつかしさが胸を締め付けていた。


「そして私はこう考えた。あの馬鹿弟子には追っ手が迫っていた。ヒルドに隠れて生きていたらしいがそれも見つけられてしまったのだろうな。そして王都に来た時、魔法学院が襲撃に遭った。それもタルバが護衛していたジグライトがなくなったという。賊が破壊した箇所を調べるとジグライトが保管されていた教授の部屋だったからな」


「タルバが失踪したのは追っ手によるものだと考えているのか?」


「ザクス。それが状況証拠から導き出されるもっとも筋の通った推論だと思わないかね?」


 ヴェラゴの言葉に全員が資料へと目を落とす。共に依頼を受けたレルバや紅はこの推論でタルバに対して申し訳ない気持ちがあった。自分たちは誰よりも彼が認められるべきだと思い、依頼に巻き込んだことが多々ある。それは巨人討伐もそうだ。


 だがそれは彼に対して裏目に出た。身を隠していたタルバを日の当たる場所に引き摺り出してしまった。どこかのタイミングで追ってはタルバの存在を見つけてしまった。


 ヒルドからも離れたミッド大山脈という僻地に引きこもり、外界との接触を絶っていた彼は変人というにはあまりにも度が過ぎていた。銭湯が好きなくせに街にいないことも彼の嗜好と矛盾していた。


「それならタルバのヒルドでの行動も理解できる。あいつ…有名になることを拒んでいたからな。最低限の依頼だけをこなす生活だ。タルバを認める冒険者はヒルドに大勢いる。俺も紅もな。だからこそ辺境で埋もれることが悲しかったが、それが身を隠すためだったら……」


「そうね。うすうす思ってたけどタルバにも事情があったのね。巨人の時もそうだったけど、なんにも受け取らないのよ。タルバは。おかしな話よね。命の危険がある依頼をこなして報酬を貰わない冒険者なんていないわ。それを差し引いても名前が世に出ることを拒否する理由があったってことね」


 レルバと紅の言葉で保管されるタルバ人外説。ウィンティやレイベルは未だに信じられないでいた。点滅し始めた明かりが揺らぐ心を象徴するようだった。


「タルバさんはご自分のお話を頑なに話してくださりませんでしたから、敵がどのような姿で近づいてくるのかわからないのかもしれません」


「それはどうだろう。名前を教えているのだからその線はないのではないか、ウィンティ殿」


 ウィンティとレイベルが顔を見合わせてそれぞれが意見を述べる。王族と公爵家という近しい間柄であるからこそ気負いせずに話せている。レルバや紅はザクスやヴェラゴはともかくこの2人には気遣いしながら会議に参加していた。


「タルバさんの種族がわからないので推測になりますが、タルバという名前も偽名なのかもしれません。だから名前じゃなく、過去を特定されると判断していたのかもしれません」


「断片的な知識ではどうすることもできまい。タルバは現にいなくなってしまった。だがタルバがやられたとは思えん」


「そうだな、ヴェラゴ。ベルルム王国で冒険者証が使用されたとあったから、もしかしたらベルルム王国付近にいるのではないですか?」


 徐々にタルバのことで議論が活発になる。身分も立場も異なる6名が意見を交わしている姿は身分社会ではありえない光景だった。なによりザクスは貴族を嫌っている。平民と貴族のわかりやすい対立構造が構築されずにいる時点で凄いことだった。


「そういえばベルルム王国と言えば魔人が出たという話が冒険者ギルドで言われていたな」


「それは私もお聞きしました。その魔人はゼノと名乗ったそうですよ」


 タンジバルで魔人が出現してからというもの、魔人の情報が迅速に共有される体制が生み出されていた。

 世界各地に点在する冒険者ギルドが積極的に情報を共有するネットワークを構築したことで各国に存在する諜報部以上の成果を発揮していた。


「ゼノ…だと…!」


「ヴェラゴ、どうかしたのか?血相変えて」


「レイベル様、ゼノというのはタルバの姓です。やつはタルバ=ゼノという名前なのです。ゼノという名前は少なからずタルバに関係あるはずです」


「私の能力ではそのような情報はなかったぞ!」


「驚かれるのも当然でしょう。本人は明かさないようですし、姓であって姓ではないみたいなのです。我々からすれば姓なのですが、タルバにとってはゼノは姓ではない別の何かのようで。だからタルバを能力で調べてもゼノの名は見つからないのです」


「ではベルルム王国で出現した魔人とは……」


「十中八九タルバに関連しているでしょうな」


 ヴェラゴによって新しく投下されたタルバの名前。それが魔人と同名だったことが事態を変化させる。


「ならベルルム王国に行かなくっちゃね」


「待て、タルバがいると確定したわけではない。それにもう数か月経過している。流石にいないだろう」


 安直な提案をした紅に待ったをかけるザクス。


「だが調査しないわけにはいかない。ひとまず情報収集を行うことにする。我が国も以前魔人の魔の手が伸びている。ザクスや紅、レルバなどの上位の冒険者に離れられると厳しい状況になってしまう。それこそが彼を追う存在の狙いかもしれないな」


「レイベル様の仰られる通りかもしれません。まだ敵の狙いは不明です。迂闊に戦力を分散させたところでタルバさんの安全を確保できるとは到底考えられませんから」


 レイベルの考えに賛同するウィンティは冷静に状況を分析する。資料をペラペラとめくりながらベゼル王国の置かれた状況が不利であることを示す。


「はぁ~タルバが隠し事の多い男だとは思っていたが、こんな環境に身を窶しているとはな。毎度のことだが驚かされる」


「ただものじゃないってあんたもわかっていたでしょ?あーでもむしゃくしゃする。レルバ!模擬戦に付き合いなさいよ!」


「タルバぁ……お前がいなくなってから紅が俺をサンドバッグにするんだぁ……帰ってきてくれぇ……」


 レルバは『鋼鉄』の異名を持つ堅牢な肉体を所持した冒険者だ。それが恒常的に発動する能力だったことから単純だが強い冒険者になった。


 レルバが腕を紅に捕まれ、引き摺られながら上階へと連行された。戦闘意欲が高く頼もしいと思うレイベルだったが、残念ながらこの場に集められた者たちは紅がどのような模擬戦を行うか知らなかった。


 紅が鍛錬に余念がない優秀な冒険者だと勘違いしてしまうのだった。


「私たちも来るべき日に備えておきましょう。ヴェルフ帝国の不気味な沈黙も気になりますからな」


 ヴェラゴの言葉で今回は解散となった。先に紅とレルバが退室してしまったこともあってこれ以上話すこともなかった。


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