5.テスト
「テストだぁ?なんだそれつえぇのか?」
マルスがアステールから出たテストという言葉に子供のような質問をする。
イフィンティブ越しにサジェスがマルスを覗き込んでほほ笑みながら話しかける。
「マルス、テストは試練を与えることですよ。アステールはタルバの実力を測るために試練を与えるべきだと話しているのです」
サジェスの優しさでマルスも漸く理解したようだ。マルスはどうやらそこまで賢くはないらしい。脳みそまで筋肉でも詰まっているのだろうか。
「アステール。あなたが提案したのです。テストの方法は思いついているのでしょう?」
サジェスはマルスに話しかけ終わると、続けて言葉を紡ぐ。当然の質問か。俺は当事者とは思えない他人事として聞き流している。
「もちろん。俺たちはこいつが何ができるのか知りてえだけだからな。魔人としての実力を測るために戦ってもらおうかとね」
「そもそも、よく知りもしねぇでこれから仲間ですと言われても、はいそうですかとは受け入れられないだろ?」
アステールは正論を言っている。正論はどうやっても論破できない。故に俺を庇ってくれているヘクターやイグニストゥスは言葉が出てこないみたいだ。それに俺がアステールと同じ立場なら疑問に思うのは当然か。
化け物サミットだと思ってきてみればこいつらも普通の人間みたいなこと考えるんだな。もっと達観した存在かと思っていたわ。
「確かに、アステールの言葉は納得は出来ます。処分したいという言葉は大変失礼で処刑したいところでもありますが」
カナンもアステールに同意せざるを得ないみたいだ。
ピリピリとした空気感が漂う円卓の間が徐々に落ち着いてくる。カナンの殺気が収まったのか、元の静謐な空間へと移行している。
「カナン脅すなよ。俺はこれから先必ずやってくる問題を提起しているだけだ。俺たち魔人のためにな」
アステールは疑問を呈した過程を粛々と説明し始めた。他の魔人たちも受け入れているようなので俺も聞く。俺は今空気みたいな存在だ。
アステールの言い分として、魔人は魔人になる前に名を馳せた存在の中から生まれたそうだ。だからこそ、魔人として不適格と断定する材料が見当たらなかった。結果として神の裁定に異を唱える隙はなかった。いわば、完璧だったのだ。
とはいえ、創造神様の魔人なら別案件だ。タルバが初めての創造神様の使徒だからこそ前例がない。もしも間違いがあってタルバに権能が与えられたのなら、神は下界に干渉できないことから俺たちが防ぐ以外手段はない。
だからこそ仲間として受け入れることに慎重になる。他の神様たちは何度も魔人を作成している。でも創造神様の魔人は同格とは思えない。
「というわけだ。まぁカナンも同じだがな。破壊神様の魔人はカナンしかいない。その辺はタルバと同じだな」
「同じと言われてしまうと少々照れてしまいますね」
頬を朱色に染め上げ両手で顔を覆っているカナン。
物思いにふけっているようで話が脱線しそうだ。アステールはカナンを現実に引き戻すべく強い口調で話し続ける。
「誉めてねぇって。カナンの役割は大方みんな知っているが、タルバの役割も使命も不明。そこは置いておくとしても問題は後腐れなく解消すべきだろ?魔人なら問題ない程度の力試しってことで」
「それでアステール。具体的な手段は?ないなら消しますよ?」
我に返ったカナンは照れ隠しのようにアステールに冷たく当たる。長い髪を後ろに払い、右頬に手を宛てながら思案しているカナンは純粋な力以外の圧を感じるな。こんな怖い女性とは一緒にいたくないものだ。
「まぁまぁそういきり立つなよ。俺のとこのヴェルフ帝国を使う。イグニストゥスのとことよく戦ってるんだが、それをやめてタルバと戦ってもらおうかと思ってな」
「どういうことですか?」
「俺のとこには帝陣十侯っつうつぇえやつ集めた集団がいるんだわ。欠員も出てるんだが、そいつらに加えて帝国の兵士とやれば実力を測れる」
「人間風情では我々魔人に値しませんが」
カナンからは以前として厳しい視線を送られている。ヘクターやイフィンティブはもうどうでもよくなってるみたいだ。イグニストゥスは機をうかがっている様子。グラヴィタと名乗った静かな男はもう居眠りすらしている。
「わーってるよ。ただの人間じゃねぇ。俺の血を使って人間をやめたやつらを使う」
「なら――勝負になるかもしれませんね」
「ということだ、タルバ。話は聞いてただろ?やろうや、テスト」
カナンやその他の魔人たちを説得させるフェーズからもうアステールの提案を飲む流れになっている。そして当事者の俺に問いかけてくるアステール。俺お前と話したことないけど、もうお前のこと嫌いになりそう。
「いや待ってくれ、どこでやるんだ」
「うちのやつの空間魔法でも大量には送れないからなぁ。ベゼル王国との間らへんでいいんじゃねぇか?後始末は俺とイグニストゥスがやりゃーいいだろ」
「余計な仕事を作りおって……小僧が承服しなければ成立せんじゃろ」
鍛冶屋の爺さんが俺に逃げ道を作ろうとしてくれている……!いつも偏屈で仕事だけが良い爺さんだとは思っていたが、今日からは恩人として感謝しなくては。さっそくこの流れに乗るしかない。
「おれは「いや、やるだろ。そうでなきゃこいつは信用に値しない。そうだろ?タルバ」」
俺に逃げ道は閉ざされてしまった。空から隕石でも降ってきたかのようだ。
天を仰ぎながら頷くしかなかった。魔人たちからよくないイメージを持たれることがまずよくない。ここにいるやつら一人一人が人間では測れない影響力を持ち合わせているのだから。
「はぁ。そうかい。場所だけは提供する。後始末は貴様がやれ」
「ありがとよ」
誰よりも楽しそうな笑みを浮かべたアステールはこの話題が終わるとさっさと帰ってしまった。グラヴィタやアタナシアなど俺への対応をテスト後に後回しにした魔人たちも帰宅し、残された魔人は割と俺が面識のある者が残った。
――――――――――――――
重厚感漂う円卓の間。薄暗くさと豪華さが相まって怪しげな雰囲気が紛れ込んでいる。12席のうち約半分が空席となり、先ほどまでのひりつくような圧は雲散霧消していた。
カナンの殺意を受けてからというもの体が硬直した俺は背筋を正して太腿の上で両手の拳を握りしめた状態で固定されていた。さながら彫刻だな。石像といってもいい。
「さてさて、ここに残っているのはタルバとお話ししたいってことであってるかい?」
ここに残るはカナン、ヘクター、イフィンティブ、イグニストゥス、俺。他の魔人たちは俺のテスト次第で関わり方を決定するようだ。なんにせよ、俺は世界を裏から牛耳る魔人たちに試されることは決定したのだ。
嬉しくない気持ちを言葉で表現するなら自分の吐いたゲロを飲めと言われた方が嬉しいと思えるほどだ。口は物質を体内に取り込むことや吐き出すことを役割としている。そういう点では食べたものを吐き出して、再度食することは口という機関の役割を十二分に果たしていると言えなくはないな。
つまらない現実逃避で現実が変わってくれないかな。創造神様の魔人なら何か想像したら創造できないかな?
「その認識で構いません。私としては確認したいことがありましたので残りましたが」
「ふん、儂は不死身の小僧からどうせ剣の手入れを頼まれると踏んでのことだ。特に話すことはない」
カナンはさっきの会議では聞くことをしなかった疑問点があるらしい。鍛冶屋の爺さんことイグニストゥスは剣を気遣ってのことだったようだ。イグニストゥスは懐から取り出した葉巻にボッと火をつける。
マジシャンもびっくりの演出だ。魔法を使ったそぶりもないのだから。
円卓の間にイグニストゥスが吐き出した煙がうねり、滞留する。
「面白いことになったねぇ~タルバぁ~やっぱ君は特別だったねぇ~」
イフィンティブは相変わらずのにやけ面で俺を眺めてる。なんだか懐かしい友達に再会したように安心する。そして徐々にだが体の硬直が解け始め、やっとまともに話せそうだ。
「イフィンティブは相変わらずだな。おっと、ゲルニーツァでは逃がしてくれてありがとうな。おかげで助かったよ」
「いいよぉ~それに逃がすのはヘクターも手伝ったんだよぉ~お礼はヘクターにもねぇ~」
イフィンティブはヘクターを指さすと、ヘクターはショーを成功させたエンターテーナーのように仰々しく一礼した。悪戯を成功させた少年のような不敵な笑みは無邪気さと怪しげな印象を与える。
「いやいや、礼には及ばないよ。だって助けない理由がないし。タルバは知らないだろうけどね」
「どの程度親しいのかわかりませんが、イフィンティブ、ヘクター、イグニストゥスとは大変仲がよろしいのですね?三名とも、後でお話し合いをしましょう」
眉をひそめたカナンが三人を睨む。心臓を鷲掴みされたかのごとく三人は動揺する。そういえば魔人大戦を終結させたとき、三人はカナンの力を直で見ているんだったな。原初の魔人にして最強の存在の地雷をどこかで踏んでしまったようだ。
口ぶりからして俺は無関係そうだからいいか。健闘を祈る。R.I.P。君たちのことは忘れない。
「儂とこやつらとは関係が違う。儂は小僧の剣を手入れしていただけじゃ。特別製だからの。小僧は儂以外に手入れをさせていないから、付き合いが長いだけじゃ。客と職人の関係じゃな」
「あら、そうですか。ではイフィンティブ、ヘクター。あなたたちが知っていることを後で話していただきましょう。ただその話は一旦置いておきましょう。タルバ様、本日は大変申し訳ありませんでした。アステールがあのようなことを口にするとは露ほど知らず……」
イフィンティブとヘクターはカナンに目で制され、目線を逸らしている。こいつらも魔人のはずなんだけどな、どこにいっても弱肉強食か。俺は彼らの中でも底辺にいるんだけど。
「いえ、当然の疑問でしょうから。ただ俺にも魔人になった経緯がわからないのです。一度詳細を教えていただけるとありがたい」
「それは僕から話すよ。僕が君を魔人にしたんだ。君がミッド大山脈に放った一撃を見て興味をもったから。ちょっと長い話になるけどいいかな?」
ヘクターの語った話は俺も当事者のことが数多くあった。その中でもとりわけ焦点が宛てられたのはタットルンでの件だった。彼がどのようにして俺を魔人に変えたのか。
《デモニックウェリタス》という魔人を意図的に作成することが出来る鉱石を使用した人体実験。ざっくりいえばそんなところだ。ただヘクターとしては面白そうなやつがいて、補助すれば魔人になれるだろうと思ったらしい。
実際のところは魔人になったことでいらぬ厄介事も持ち込まれているのだがな。だからといってメリットもあった。人間の世界では生きられなくなったが、昔は持ちえなかった強さを手に入れた。
ザクスやカナンたちと比べてしまえばささやかなものだ。権能と能力のコンボで敵を一方的に圧殺できる。シンプルな強さだ。それに加えて体を光に変えることで物理攻撃も無効。飛行能力を手に入れ、遠近対応できる従者やビジネス面を任せられるブレーンもいる。
どうせお尋ね者になるなら実入りが多いほうがいい。財布の中身はすっからかんだけどな。
「そうか。君が俺を魔人にした張本人……本来なら文句の一つでも言うべきなんだろうけど、急すぎて言うことないわ」
「冒険者ギルドでも都合のいいことがあっただろ?実物の確認を君がした。あれは僕がサポートしていたからなんだよ?恩には感じなくていいけど、少しは感謝してもいいんじゃない?」
「ヘクター、身勝手が過ぎますね。タルバ様に対してそのような態度……消しますよ?代わりは見繕いますので」
ヘクターのへらへらとした態度で俺は親しみやすさを覚えていたのだが、カナンからすると軽薄に見えるのだろう。会議の時からそうだけど、他の魔人が俺に取る態度とか言動に妙に厳しい気がする。
もしかして新参者の俺を守ってくれているのかな?それならありがたいんだけど、何かそうじゃない気がする。
「カナン……脅しはよくないよ?怖い女にしか見えないよ。男は怖い女よりも優しい女に靡くよ?君は見た目だけはいいのに……」
やれやれといった飽きれ顔のヘクター。言い分はわかる。俺も男だからな。飴と鞭だ。恐ろしさは優しさと表裏一体だ。コインのように時には裏返さなければな。
「タルバ様、少々目を瞑っていただけますか?」
「いいですけど……」
「ありがとうございます。すぐ済みます」
カナンは早口で言った。俺はゆっくりと目を閉じた。俺の目が閉じ切る瞬間、俺の正面にいたヘクターに向かって横切る影が見えた。それが五体満足のヘクターを最後に見た瞬間だった。
火薬の爆発音が如き心臓にすら届く衝撃音とパラパラと崩れ落ちる壁。人型にめり込んだ何か。イグニストゥスとイフィンティブがまたかという表情でため息をつく。
「もういいですよ。目をお開けください」
俺はうっすら開いていた目を開けるとヘクターが消えていた。きっとヘクターは壁の中に行ってしまったのだろう。誰がどう考えても状況証拠だけで推理できる。魔人が死ぬ瞬間がこうもあっけないとは……。
「いったいな~なにすんのカナン。冗談じゃないか冗談。ジョークの通じない女もモテないよ」
壁の穴から這い出てきたヘクターはまたしてもカナンを刺激する言葉を射出する。最強の魔人もメンタル攻撃は効くみたいだ。
「ヘクター、もしタルバ様の前で私を侮辱するのであれば私にも考えがありますので。そのつもりで」
「へいへい。ま、いつものお遊びだから。タルバは気にしないでね」
ヘクターは右腕がちぎれ、左腕と右足が人間では稼働しない動きを留めている。完全に骨折というやつだ。だがどういうわけか徐々に再生している。肉体の欠損を回復することは回復魔法でも上位だ。
聖職者に高い金を払って回復できないと噂もある。俺はヘクターの肉体が回復していく姿を食い入るように見てしまった。
「さて、イフィンティブはどのようなご関係で?」
「僕はねぇ~借金友達だよぉ~僕ら仲良く船を漕いで釣りしてたんだぁ~」
「それのどこが借金に繋がるのか理解に苦しみますね……」
カナンは間延びした口調で話すイフィンティブの発言に顔を顰める。困った顔も柄になるから美人は得だな。俺が困った顔している時は大きな事件をやらかしてるけど。
「それは俺が話すよ。ゲルニーツァのカジノで騙されてな。借金を背負わされたんだ。密漁をさせられていたところをイフィンティブが手助けしてくれたんだ」
「ざっつらぃ~いぐざくとりぃ~~」
イフィンティブは両手で大きな丸を作ると左右に横揺れを始める。メトロノーム癖は直ってないみたいだ。
「やっと理解できました。タルバ様のお手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「いえ、このくらいであれば別に」
俺に対しては様付けでとても丁寧なところからして距離感が遠いからか、それとも俺を創造神様の魔人として特別扱いしているかのどちらかかな。本人の性格もありそうだ。なんせ魔人大戦の頃からヘクター達と関係があるみたいだからな。
「それでテストについてですが……タルバ様には今月中にはテストをお受けになっていただくかと思います。どのような条件下で行うかはアステール次第ですが。追って連絡させていただきますので、帰られても構いませんよ。ヘクター達には私からお話があるので」
「そうですか。えっと~優しくしてあげてください。これでも恩人なので」
「よく言ったぞ!タルバ君!僕は君にキスしたいくらい感謝しているよ!今のことだけでもね!」
「タルバ、本当に心の底から君に感謝するよ。君を別の場所に飛ばしたのは間違いじゃなかった。僕の行いは今この場をもって正しかったことが証明された。重ね重ねありがとう」
高揚して抱きついて来そうなヘクターと猫背を正して普通の真面目な話し方で捲し立てるイフィンティブ。先ほどまでとは打って変わった2人の姿に面食らう。そんなにカナンって怖いのか?仲良くはなりたくないな。
「不死身の小僧。さっさと帰っておけ。剣は後で届けるのでな」
「爺さん、いいのか?そんな至れり尽くせりで」
「いいんじゃよ。災難じゃったからな。それに同胞の企ての被害者じゃからな」
「なら好意に甘えさせてもらうかな。どう帰ればいいんだ?
「それなら儂が案内しよう。カナンいいじゃろう?」
俺の背中に手を宛ててどこかへ促すイグニストゥスはカナンに振り返りながら了承をとる。俺はちらりと後ろを振り返ると、カナンが拳を包み込むようにしてボキボキと鳴らしヘクターとイフィンティブに近づいていた。
あぁ。ヘクター、イフィンティブ。生きて会えることを願っているよ。
来た時と同じようにゲートを潜る俺とイグニストゥス。
地上最強の生物を茶化した魔人たちはその高い再生能力や頑健さが微塵も感じられないほど絡まった紐のように体がグニャグニャしていたと後に本人から語られることになるのだが、それをタルバが知るのはもう少し先の話だった。
いいね、高評価、ブックマーク登録をしていただけると励みになります。
少しでも面白いと感じていただけましたら☆☆☆☆☆を★★★★★に変えていただけると大変うれしいです。




