ex.ラキ
ラキ視点での回想です。
私の人生はタルバ様と出会う少し前まで順風満帆そのものだった。裕福な商人の娘に生まれ、容姿にも能力にも恵まれた。勉学に励む機会もあったことで平民の一般的な知的水準よりも遥かに高い教養と知識を身に着けることが出来た。貴族には一歩劣るものの、平民が得られる物やことは網羅していた。
父はベルルム王国の街から街へと商品の流通経路を確立し、安定した経営基盤の元で複数の従業員を雇用していた。暖かな従業員の人たちと家族、幸せな生活を送っていたと思う。
父には商人になるならば常に冷静に取引することを教えられていたが、我慢することがない人生だったため、激情家に育った。それでも年齢を重ねるにつれて表面上を取り繕うことはできるようになった。この辺の才能にも恵まれた。
18歳を越えて能力を得て、本格的に父の仕事を手伝うようになった。私の担当は生活必需品だ。調味料や服、布、調理器具などだった。調理器具は売れ行きは芳しくなかったけれど、一度売れれば大きめの売り上げになることから一定量は取り扱うようにしていた。
着実に商人として力をつけ、能力を活用すればベルルム王国のみならず、他の大陸でも手広く商売を行えると夢を抱いていた。エヴェイユの人たちは優しく私の夢を応援してくれた。唯一幼馴染のカウサだけは反対していた。危険だと私のことを心配してくれていたのだけれど、今思えばカウサは私がどこかへ行くことを阻止したかったのでしょうね。
それでも私の夢は終わらなかった。エルフと獣人との緊張状態で夢を追いかけるどころじゃなくなっていたのも、私の足を止めさせた理由でした。獣人たちは水資源を求めていることは人間もエルフも理解していた。それでも彼らが森の砂漠化を進行させたことが協力を阻みました。
それにエルフと獣人の間で揉め事が起きたということもエヴェイユでは知られていた。どのような内容かは定かではなかったけれど。
今思えばムーソルの手のひらでずっと踊らされていたのね。当時は気づく由もなかったけど、気づくきっかけがあっても疑わなかったと思う。エヴェイユでのムーソル=ドローススの評判は良かったのです。賢く柔軟で街の安全を第一に考えるような人だと信じられていました。街の人は皆敬意を持ってムーソルの役に立つことを喜んでいたからです。
ムーソルの心の仮面は変幻自在でした。ただそれだけ。平民と貴族が接する機会は多くはないのだから、要所要所で見え方や印象をコントロールすれば自ずと望んだイメージ像が独り歩きします。貴族の行動は平民の話のネタでもあります。良いことがあればその話で酒場が持ちきりになり、飲んだくれ達が吹聴して回るからです。自分たちの街の領主が名君であることをひけらかして気分よく酒を飲めるのだから、いい魚のつまみです。
ムーソルは孤児院にも手厚い支援をして人徳があるとも言われていました。エヴェイユの人々はムーソルのが意図的に操作した情報のみを信じてたことで誰一人としてあくどいことをしているとは思いませんでした。
それはきっと現在も変わっていないのでしょう。エヴェイユに残されたムーソルの日記は全てタルバ様が回収してしまった。ムーソルの近くで働いていた人間は口をつぐむでしょう。きっと話が漏れることはなく、このまま歴史の陰に消え去る。戦争を前に暗殺された貴族の名君として。
私だけだったら真実には辿り着けなかった。権力者が存分に力を奮って隠蔽している事柄をお金も人も動かせる限界が低い一介の平民が気づけるのでしょう。私は平民の中でも立場は権力者寄りだけれどそれでも気づかない。立場も身分も普通の人が辿り着く真実は権力者が見せたい真実であって、現実に起きた事実とは異なっていました。
真実にたどり着くには折り重なった地層のように一つずつ突破する必要があると思う。最初は表面上の選別された事実。一つ深くなると矛盾点と綻びが浮き出る。そして真実に到達する。けれど、地層のように一点に到達したからと言ってその地層全てを把握できない。残念ながらね。
今回で言えばムーソルが裏で悪事を行っていたことは確実だとしても、証拠がなかった。過去、現在、そして未来に至るまで何をしようとしていたのかという証拠が。真実の地層をくまなく探すには導となる道具が必要だと思う。今回の導はムーソル自身の日記。それが私を真実へと導いてくれた。
もちろん、タルバ様こと主のご助力のおかげですが。惨めに家族を毒殺され、目先の情報を疑いもなく鵜呑みにしました。誰もが嘘をつかないという性善説を信奉しました。自分が専門外の医療で医者に嘘を言われればどうしようもなく無力でした。
自分と親しくしていたカウサも自分を手に入れるために私の家族を殺害させました。カウサが私を欲したからこそ私の両親は殺害されたのです。そんな私は生贄として差し出されたのですから酷い話です。
タルバ様のところに来た当初はいつ殺されたとしても気丈に振る舞うつもりでした。ですが、タルバ様は私、イリム、アウローラを殺すことはありませんでした。生活を保証し、面倒をみてくださいました。
私は人間の欲望に翻弄され人生が変わってしまった。エヴェイユの人たちも生贄に出たからと口々に自分たちの保身だけを望んでいましたた。家族がいればその気持ちはわかりますし、仕方のないことです。それでも割り切れない感情が心臓に石でもあるかの如く重くのしかかるのです。
人の男にはもううんざりです。下心を持って近づいてくるとしか思えない。もう私にはこの身一つしか財産がないからです。でも、タルバ様に出会えたのは人生の転機とも言える幸運でしょう。
タルバ様は私やイリム、アウローラにこの戦争の真実を教えてくださいました。タルバ様は戦争を止めるためには私たちを攫うことで抑止力にしようと考えたのです。私たちは各陣営の憎しみの旗頭でしたから。タルバ様は見ず知らずの私たちを渦巻く悪意から救ってくださったのです。
命あっての物種とも言いますから。知らないふりをして通り過ぎても誰も責めはしないのですが、タルバ様はお優しいから悪名を背負ってでも悲劇を止めたかったのでしょうね。
タルバ様には下心というものが見当たりません。もう1週間は共に生活をしておりますが、私たちを女性として見ているというよりは庇護対象として保護しているといって印象でしょうか。私たちの下着姿を見た時よりもご飯を食べている時の方が幸せそうに見えます。
魔人という種族は男女の差がないのかもしれません。それか性欲がないかですね。仙人のように達観していらっしゃるのかもしれません。女性として魅力がないように見えるため、少し傷つきます。
主に対して欲情してほしいというわけではないのですが、配下とも女性とも扱われない不思議な扱いを少し変えられたら嬉しく思います。これもまだまだ配下として信頼に足る存在でえないためと思い、より一層精進をしなければなりません。自分にできることで主からの評価を上げることが当面の目標ですね。
この前なんて主に食材を集めさせ、調理をさせてしまうという配下として失格の行いをしてしまいました。私たち三人で反省会が行われたほどです。主の料理は美味しく頂きましたが、私たちの上に立つお方が配下に料理を振る舞うことでは、今後新たな配下が加わったとして示しが付きません。
それに料理は誰にでも出来ますが、主には主にしかできないことがあります。何かしてほしいと望むわけではございません。私たちはただついていくだけです。
半魔人になったと言われましても実感もありませんし、この1週間と変わらず、誠心誠意お仕えして無駄な雑事から主を解放することが配下としての務めでしょう。鏡で主のシンボルが耳たぶに刻まれていることを確認して、真の配下になったことが内心飛び上がりそうなほど嬉しいです。
人を辞めたというのも、そもそも人に散々酷い目に遭わされているのですから未練もありません。姿形が劇的に変化するわけでもなかってですしいいでしょう。
世間がどれだけ悪く言おうとも、私たちだけが真実を知っていればいよいのです。主がどのような方で何を成したのかを。数が多い有象無象に名を覚えられることに大した価値はありあませんので。
主についてもう一点伝えるのであれば、私たち配下にもお風呂を使用させていただけることです。この城にある大浴場は主のためにあるのであって、私たち配下のためにあるわけではないのです。ですから使用させていただくことは気が引けるのですが、冷たい水で身を清めるよりも大変ありがたいです。
時々主のタオルを置きに脱衣場に入るのですが、主は脱衣場の扉をちゃんと閉めないので中がよく見えてしまっています。こっそり閉めているのですがどこかでお伝えしたほうがいいのかと思い始めてきました。
大変感謝しておりますが、大浴場の浴室で楽しそうに平泳ぎをするのはよくないかと思います。
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