17.シンボルとエピローグ
スライム君がやってきて生活は激変した。大浴場で今日もぴょんぴょん跳ねるスライム君をみながらタルバはボケーっとしていた。スライム君が来てからというもの、清掃活動に関しては全て担当してくれている。今も大浴場の汚れを隅から隅まで落として王都の銭湯もかくやというほどの美しさに仕上げてくれている。
ここ数日間で城内もかなり整備され、2階はどの部屋も穴や破損した家具、調度品はなくなった。壁紙も調度品もベッドのシーツですら新品に変わっている。空っぽの武器庫には剣やら槍やら大量の武器が陳列され、鎖鎌やただの鉄棍などジャンルの多様さが無駄に目立つ。たぶん誰も使わない気がするが気にしてはいけない。
図書室には見たことも読んだこともない書籍がずらりと並び、入り口以外の壁は全て本棚と本で埋め尽くされている。本特有の独特なインクや装丁、紙の匂いが充満して居心地の良さを感じる。中心に円形のテーブルとイスが置かれているだけの窓もない部屋に時々入り浸っている。
身分が上になるというのは思いのほか窮屈だった。簡単な雑事も全て任せるように三人に注意されてしまう。とくにラキとイリムは口酸っぱく言ってくる。アウローラも2人によく言い含められているのか、俺が何かやるたびに見つけては代ろうとしてくる。
結果俺は城内で何もやらせてもらえないのだ。図書室で本を読んでは飯を食って寝るだけの毎日。食材も生活に必要な消耗品もラキたちが調達してくれるから本格的な引きこもり生活だ。
ファンタズマとスライム君と戯れるだけ。もはや老後の生活だ。貴族ってこんなに窮屈な生活を送っているのか?偉いというのも考えものだな。
「スライム君は今日も元気だな~それに引き換え俺は何をするでもなく毎日だ~」
平和で何もすることもなくただだらだらしている生活は理想的にも見えるが、実際は暇で暇でしょうがない。三人は俺に何かをさせてしまうのは自分が至らないと自責の念を感じてしまう。接し方も工夫が必要で、そのことが猶更小市民的な精神を持つタルバの心を狭苦しい場所へ追いやる。
「スライム君はいいよな仕事があって。意外と働かないってそれはそれでじわじわとしんどいものなんだな。てっきり働かなくてもいいなら楽しい生活が送れると思ったんだけどな」
見通しの甘い行き当たりばったりの展開で主人になってしまったことから、必要な資質が足りていないことは明白だった。1人の作業者として生きてきた今までと違って、複数の人間に指示を出す立場は違和感を禁じ得ないし適性も感じない。
「おっと、掃除の邪魔をして悪かったね。また図書室にでも行くとするよ」
浴場のタイル上を波のように寄せては帰ってくるスライム君はどこか楽しそうだ。サーフィンしているみたいで俺もやってみたくなる。もしやったことがばれたら面目丸つぶれだからやらないけど。
スライム君は小さな人の手を作って手を振っていた。
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図書室に移動したタルバ。書籍や物資が運び込まれた時以降俺は図書館の番人と化していた。一日一冊を目安に読書を続け、無駄に知識を蓄積させた。仰々しく言ったが事実は小説を読んでいただけだ。
最近読んだものは殺人事件の謎を解く探偵の話だ。登場人物全員の魔法適正や能力、体格などの身体的な情報が少しずつ開示され、犯人が最後の犯行に及ぶ前には情報が出揃う。そして読者は犯人が誰かを推理しながら読み進めるというわけだ。
異世界から来た人間が齎したというミステリー。殺害する手段が小さな子供でも持てるこの世界で犯人は誰でもあり得る。大人だけが犯人になるわけではない。だからこそ、全ての登場人物が犯人であることを疑わなければならない。
この前読んだ作品では体のサイズを変えられる大人が登場時から少年のふりをしており、死体が縄で首を吊る状態だったことから、彼には実行不可能だと判断されていた。能力が開示されても最初から体を小さくして振る舞っているとは思わなかった。前提条件の誤認で犯人がわからないという最近の傑作らしい。
ちなみに俺は犯人だと思った人たちが次々と被害者になっていくから探偵としてはポンコツみたいだ。認めたくないものだな。自分の凡庸さというものは。まぁ人間だれしも向き不向きはある。魔人だけど。
俺が図書室で本を読んでいる間は邪魔をしたくないのか三人は入ってこない。朝から晩まで読書生活だ。山の上には娯楽らしい娯楽もない。ラキたちは毎日どこかへ出掛けては物資の調達や魔物の討伐など行っているらしい。正直もう俺の管理下から外れている。願わくば悪名がついていないことを願っている。
今日読むのは小説じゃない。イリムが食事の際に話していたのだが、魔人に関する書籍をエルフの里からかっぱらってきた。イリム自身も読んだことがない書籍だ。イリム曰くエルフには読めない本らしい。もしかしたら魔人しか読めないように封印でもされていると推測していた。そこで本物の魔人である俺が読んでみようという話だ。
さっそく本を手に取るとタイトルに《魔人入門書》と書いている。ぺらぺらとめくってみるが読めない文字はない。だが言い回しがまどろっこしい。マニュアルにしては伝わりづらい書き方をしている。ひとまず読んでみないことには始まらない。俺は読書を始めた
2時間後。全ての文章を読んだはずだが、欠片も魔人に関することが書いていない。読む本を間違えたかと思い、背表紙を見ても目次を見ても《魔人入門書》と書いている。この本の内容は著者の日記だった。日常のありふれたことが書かれて何の変哲もない。しかも魔人ではなくて、人間の生活風景が描かれていた。
(何だよこの本は……)
誰と話したとかどこぞの男が浮気したとか、家族に病気が発覚したとか。そんな取り留めのない日記がこの本だった。2時間が徒労に終わったことに若干の苛立ちを感じつつ、最後まで読み切ろうとあとがきを読んだ。
あとがきは文章ではなかった。単語にもならない文字の並びで法則性を探そうと読み進めてみるも最後の一文字まで意味がなかった。無駄な苦労を背負わされた。どんな著者が書きやがったのかと奥付を見ると、奥付も普通の本だった。ただ一点、奥付に殴り書きで書かれた「魔力を通せ」というメモを見つけた。
(魔力を通してもただの本だろ……)
一応閉じた本に魔力を通してみるが本の見かけは変わらない。くたびれた顔で本を開くと本の文字が浮かび上がり、文章が組み変わる。光る文字がふよふよ浮いて本に戻っていくと全く別の文章が完成した。目次に書いてある通りの魔人に関する文章。
新生《魔人入門書》はほとんどの文字がなくなって、10ページくらいの本になった。内容は権能と眷属化について。魔人の権能は自然由来の物や魔法由来のものと多岐にわたる。その中で本人に適性のあるものが割り振られる。魔人は誰でもなれるわけではなく、加護を持っていることも適性の魔人の資質である。魔人の数は上限が定められており、滅多に増えることはない。この世界の中心的な神の数しか魔人はいない。
魔人はいわば神の遣いなのだ。だからこそ、権能というその神由来の力を授かることが出来る。例えば創造神。この本を書いている段階で創造神の加護を持った魔人は過去に存在したことがない。しかし、神と交信する神具で話した魔人曰く闇に閉ざされた世界に光という概念を作成したことから、光の力を持った魔人が生まれるらしい。鍛冶やモノづくりを司る神の魔人は火の権能を得たりとその特性を魔人も受け継ぐというわけだ。
魔人は基本的に全ての存在が対等に扱われる。生きている時間が長い短いという差はあるが、そこに上下関係はない。魔人の王を決めようとしたこともあるが、意見がぶつかり合うことでどうしようもなくなった。そのせいで絶賛魔人大戦という戦争がセントラム大陸で発生した。
戦争自体は原初の魔人カナン=アズールの介入によって終止符が打たれたが、今回参加した魔人は全員殺害された。イフィンティブやヘクター、イグニストゥスはカナンの暴れ具合に引き気味だった。
次に眷属化だ。魔人は自分の配下を眷属という半魔人に変えることが出来る。半魔人になることの特徴として肉体の変化が可能で、魔人化同様に魔力の増加や寿命の向上が上げられる。ただし、主である魔人が死亡すると元の種族に強制的に戻される。短命な種族だった場合、半魔人の肉体だったために停止していた老化現象が一気に経過することで即死することが多い。
眷属化した場合、魔人の肉体に存在するその魔人を象徴する印が眷属にも反映される。タトゥーや刺青に近い。魔人が死ぬまで消すことのできない眷属の証だ。
眷属化する方法は対象者が配下につくことを了承していること、魔人が配下として認めること、そして一定時間共に生活をすることだ。大抵の魔人は共同生活ということが出来ないため、眷属を持たない。眷属を持った魔人はそれだけでも特別な存在である。魔人の王になる素質すら所持しているといっても過言ではないだろう。
この本を読むことになる新たな魔人が魔人を導く王であることを願っている。
そう締めくくられた短い文章には魔人の王が生まれてくることを願っているようである。魔人の王を決める戦争で大変な時代であっても、魔人の将来を願う姿は協調性がないと書かれている魔人の特徴とは合致しない。この魔人もまた異端児だったのかもしれない。
それはそうと光の魔人ってもしかしなくても俺のことだよな。それにイフィンティブって名前聞き覚えしかない。長髪の間延びした喋り方の変な男。イフィンティブを思い出すとにやにやしているイメージが付きまとうが他意はない。
(創造神様ぁ……なんで俺なんかに加護を渡すんですか……)
世界を作った神様を呪いたくなっている。罰当たりなことをいうようだが、イフィンティブみたいに実用性の高い権能が欲しかったよ。これで直接的な攻撃能力のない権能はがっかりパワーだ。ありがたいけどさ。
10ページしかないのに情報量大きすぎだろ。入門書を名乗ってほしくない厚みのくせしてな。権能についてはまだいい。問題は眷属化だ。今のところ俺は条件をクリアしている。自分を象徴するシンボルが刻まれているとあるからまずはそれを確認しなければ。
希望的観測レベルだがもしその印が無かったら眷属化も起きないんじゃないかなと期待する。走って大浴場へと走り、服をささっと脱いでくまなく探し見るが、どこにも印はなかった。まさかと思って鏡に背中を写してみると、太陽の印に稲妻が刺さっている印が刻まれていた。
(太陽だけでもインパクト強いのに稲妻って強烈じゃない?)
太陽と稲妻のシンボルは黒い線で書かれており、爪で少し抉っても傷口に黒い線が残ることから表面に刻まれているわけじゃなさそうだ。
(そういえば太陽はこの城の城門に映し出されたし、3階の部屋にも浮かびあがっていたよな。もしかしなくてもこれに反応したんだろうな。じゃあ月は?)
俺はなぜ城門が開いたのか、その疑問の答えに辿り着いた。もう半分の月のシンボルが誰かのシンボルであることも。しかし、なぜ俺ともう一人のシンボルが並びあっていたのかは謎だ。謎が謎を呼ぶ空間魔法をかけられた城。
(……空間魔法?もしかしてこれってイフィンティブが作ったりしたんじゃ……いやないか)
服を着ながら脳裏に浮かんだ人物の顔をかき消す。あの長髪男、絶対なんか知ってやがったな。次会ったらこの前のお礼を伝えた後しばこう。
俺は眷属化を確認すべく三人を呼び出して確認作業に入った。
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3階の部屋で三人に集まった貰った。俺が読んだ《魔人入門書》の権能と眷属化についてざっくり話す。特別驚くこともなく、当たり前のように受け入れる姿に胆力の違いを感じさせる。芯が強いというか肝が据わっているというか。俺にはないものばかりだ。
「主様、もしかしたら耳たぶにあるこれがシンボルでは……?」
イリムが横髪を耳にかけて耳を露にする。ラキやアウローラも同様に長く艶やかな髪を耳にかけて両耳を露出させる。髪の毛に隠れていた耳元が表出すると耳たぶに太陽を貫く雷のシンボルが刻まれていた。
「たぶん……それだ。俺の背中にもそのシンボルがあるから」
俺は自信なさげに肯定する。イリムだけでなくラキ、アウローラの左耳の耳たぶにシンボルが刻まれていた。
「これが主の印……」
ラキが手鏡でシンボルを確認し、イリムやアウローラもお互いにシンボルを見せあっている。
「タルバ様のシンボルは太陽と雷なんだ……なんで?」
「それは俺が聞きたいくらいだよ。光は操れるけど稲妻は操れないし、太陽って熱を持っているはずだから火とかも操れそうなもんだけどな。どんな基準でシンボルが決まるのかわからないよ」
「主様、シンボルは勝手に決まる物なのでしょうか?」
「その魔人を象徴するものが勝手に刻まれるみたいだ。決めているのは神様だろう」
「では主様の神様を象徴するものかと思いますが……」
イリムの言葉にはっとさせられる。俺は浅学のため知らないが、ここには俺よりも長生きなイリムがいる。試しに話してみればわかることもあるかもしれない。俺は淡い期待を抱いてイリムたちに正直に話すことにした。
「俺の神様は創造神様だよ。この世界を作った神様」
「「「!」」」
どんな神様か想像していた彼女たちは俺の口から飛び出た想像以上の神様に目を見開く。
「創造神様から加護をいただいていたとは……私たちはとんでもない方に拾われたのですね」
しみじみというイリムに言葉の出てこないラキとアウローラが首を縦に振る。
「俺の方がなんでって言いたいくらいだよ……」
「ですが、主様。これで太陽と雷の意味はわかったかもしれませんね」
「どういうことだ?」
俺の問いにイリムは深呼吸をした後、一気に説明を始めた。
「神の怒りとして表現されるものは大抵雷です。ですから雷は神様の象徴としてはいたってあり得るかと。それに創造神様が世界を創世した際に最初は指先に光を灯し、その光が太陽になったと言われています。ですから世界で創造された順序で言えば光の次に太陽でしたので、その話が真実ならばシンボルは太陽でもおかしくはありません」
イリムの説明に俺は見落としていた世界創世譚を思い出させた。アウローラもラキも理解していることから世界創世譚は種族問わず知られているみたいだ。
世界創造の際に創造神様が光を指先に灯して世界を照らした。その光は徐々に天高く舞い上がり太陽になったと言われている。御伽噺だと思っていたため思い出すこともなかったが、創造神様が実在するとなれば話は変わる。
「その説はありえそうだな。問題は皆が眷属化しているってことか」
「どこが問題なのでしょう?」
「イリムの言う通りです。私たちは主の配下ですので問題はどこにもありません」
「タルバ様の眷属!自慢できる!」
三者三様の言い分に面食らう。予想以上に俺の配下であることが誇らしいようだ。大した人物ではないんだがね。それはそうと戦後の一件からアウローラが幼児退行している気がしてならない。
「三人がいいならいんだ。半魔人化で肉体に変化が生じるだろうが何かあれば相談してくれ」
「承知しました。何か問題がありましたら相談させていただきます」
イリムの一言で話し合いは終わった。自分の思った以上に慕ってくれているのかポジティブに捉えてくれている。そのことが嬉しい。三人は責任を持って養いたい所存だ。今のところ俺は何もしないで逆に養われているんだけどさ。
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セントラム大陸で前代未聞の珍事が勃発した時代。ベルルム王国があった島でも魔人の出現が確認された。人間、エルフ、獣人の三竦みの戦争が発生した戦場に光の魔人ゼノが突如として出現した。
かの魔人は全ての陣営を相手取って武力介入を行い、嗅覚を破壊する水で各陣営の足を止めたとされる。水を自由自在に操り飛来する魔法を切り裂くゼノ。戦局が変わるにつれてゼノは光の巨人になり、魔法を乱射。獣人が先陣を切って接近戦をしかけるもいいようにあしらわれた。エルフからの遠距離魔法も相殺され、戦場にはいくつも閃光が瞬いた。
目を潰された各陣営を確認して、ゼノは光の巨人を分裂させ、光の玉を戦場の男どもに付着させた。男性への強い憎しみを感じる攻撃と脅し文句によって各陣営の男性は意気消沈。ゼノの発言では子孫を残されることが厄介だったために口にすることもはばかられるような攻撃に出たと研究されている。
ゼノは生贄を差し出すことを要求し、髪が綺麗で胸の大きく優秀な女性を望み、それぞれ生贄を差し出させられた。ゼノはまた戦争をした場合、また介入することを告げて去ったとされている。
その後、ベルルム王国内では人間、エルフ、獣人がかつてのように協力して生活するようになったとされている。また反抗的な態度の幼い子供、特に男の子に対して玉潰しの魔人がやってくるという脅し文句が広く定着することになった。
これが後に魔人の王、タルバ=ゼノ伝説の幕開けであり、三人の眷属との出会いでだった。偶然にもベゼル王国救国の英雄タルバ=ゼノと同姓同名だが、後世の研究者たちは魔人が殺害したタルバ=ゼノの名を語っているという仮説に落ち着くのだった。
当時のベルルム王国で起きた事件はこれ以外に砂漠の汚水でできたオアシスや数十年経過してもひどいにおいの戦場跡地など強烈な匂いが残されたくらいのものだった。
世界最古の魔人王伝説は大した被害もなく始まった。
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