15.地味な作業と風呂
風呂から上がった俺はだいぶ前から切らしていた炸裂玉と煙幕の制作に着手していた。素材自体はエヴェイユでクリームシチューの材料を盗んだ時に盗んでいた。つい最近まで戦争をしようとしていたため、素材には困らなかった。
3階の実質俺の部屋となった台座の部屋。俺はベッドの上でただひたすら素材を『圧縮』して玉の形を作っていく。押し込んで押し込んで装備のポケットに入るサイズに変形させる。
炸裂玉の方には中心に火薬、周囲に細かい金属片で囲んで『圧縮』する。素材が違うだけでやることは単純だ。
そもそも俺が作成しているこの玉たちは強い衝撃で割れる素材でできている。そのため投げつけるだけで簡単に壊れる。『圧縮』している素材たちはその衝撃で『圧縮』が解かれるというわけだ。なぜ解かれるのかは能力の不明なところだ。自分の剣は解かれないのに玉は解かれるというのは不思議だ。
つい先日までは貨幣経済に溶け込んで生活していた俺が当然のように窃盗以外の選択をしなくなるとは数奇なものだ。一文無しで家も、10年以上やっていた冒険者という職業もない、ただのタルバ。今じゃ魔人になり家も食材も窃盗と狩猟で無職だ。落ちるときは一瞬だ。
「文献に残されている魔人とは似ても似つかないよなぁ……イフィンティブとか強そうに見えたけど俺はなぁ……」
イフィンティブと比較すると強者の余裕が足りてない。だがそればっかりは強さが伴わないと虚勢でしかない。この前の戦争では呪いのマスク(笑)で引き攣っている顔を見られなかったことが不幸中の幸いだ。
イリムから聞いた魔人の話。魔人は強力な力をもって魔王にも比肩しうる。悠久の時を生き、無尽蔵の魔力を持つ存在。俺と比較して考えよう。魔力は上がったが無尽蔵とはいかないし、強力な力は透明になることだ。
もちろん光弾からの『圧縮』で敵を撃破することは容易くなった。強くなったと言えばそうだが、歴史に残されている魔人のイメージ像と俺には深海よりも深い隔たりがある。もしかしたら加護のせいかもしれないが、それを差し引いても弱くないか?
体を光の粒子に変えることで物理攻撃を克服した。神銀の心臓で失血死と毒が効かなくなった。副次効果として肺活量が増加し、足が速くもなった。翼を生やし、空を飛べるようにもなった。
確かに成長した、進化したと言えば納得できるだけの材料は揃っている。だがしかし、パッとしないと思うのは俺だけなのだろうか。異世界から転生してくるやつらが持っているような力とか一撃で敵を破裂させるみたいなわかりやすい力がどこにもない。
回りくどくて間接的。それが俺の総評だ。
「はぁ……創造神様は俺になにをさせようっていうんだ、まったく。世界を股に掛ける道化師にでもなれってか?俺の行く先々で都合のいい展開が起こるのは貰っている加護のせいかもな」
加護、世界の効果が《ウォラキアの指輪》で見ただけだとは到底思えなかった。そもそもの話、神様の神具を弱体化させたものが《ウォラキアの指輪》だ。もし全ての情報を見ることが出来るのであれば、それは神具そのものでしかない。神様が使用する道具をどこのだれかもわからない存在が使って同じ効果を得られるとは思えない。
左手の親指に嵌められた《ウォラキアの指輪》を見て見かけは凡庸なただの指輪を指から外す。指から離れても見かけは変わらず、一見ただの金属製の指輪だ。綺麗だが宝石や装飾が施されているわけではない。シンプルな銀色の指輪。
「どれだけ見たところでこの指輪の情報を教えてもらえるなーんてあるわけないか」
タルバは指輪を再度嵌めなおす。創造神様がわざわざ話しかけてくれたことは光栄だが、聞けばなんでも答えてくれる存在でないことは誰でもわかる。全てを知っているけれど、全てを話せる立場ではない。知っていることと話せることは決してイコールの関係じゃないんだ。
俺はもやもやした気持ちを抱えて部屋を出た。
ふとファンタズマが気になって、城内を探すことにした。風呂場の近くを通った際に中から三人の楽し気な声が聞こえる。こんな場所に連れてきて酷い目に遭わせてしまったが、沈んでいた感情が上を向いているなら嬉しい限りだ。
風呂で思い出したが、この城にタオルなどの消耗品はない。彼女たちは風呂上がりに体を拭くためのタオルはあるのだろうか。俺は自前の物があったが、彼女らは着の身着のままでこの廃城に連れてこられたのだ。最低限の食事は供給できていると思うが、彼女たちが持っている物資はこの城に残されていた物だけだ。
彼女たちは俺に仕えるという主従関係があることからファンタズマが装備している《ディームコンシータ》の魔法鞄から物を漁るなんてことはしないはずだ。そうなれば彼女たちにタオルすらないことが今更ながらわかる。
(この数日間、俺はタオルもなしに風呂を薦めていたのか……なんて気が利かない主人だ。視野が狭いというか配慮が足りないというか……不甲斐ないな)
ファンタズマの元へ向かいながら自己嫌悪に陥っていた魔人だった。
――――――――――――――
ファンタズマは城の入り口に寝そべっていた。入り口というか玄関と言えばいいだろうか。本来は城外に厩舎があってそこにファンタズマがいることが正しいのだろうが、この山頂にある廃城には厩舎がなかった。こればっかりはこの城の奇妙な点としか思えない。
厩舎のない城なんてない。移動手段のオーソドックスで一般的なものが馬や馬車、馬型魔物の存在だ。これは古の勇者の時代から現代に至るまで変わることがない。昔から移動手段は先の三択か徒歩しかない。だからこそこの城がどれだけ古かろうが厩舎がないことが不審だ。山頂にあるとはいえ、ここまで徒歩で来るなんていかれている。城だから今の俺よりも遥かに多い人々がここで働いていたはず。そのためにこの城に通う人もいただろう。城の主人も移動するならばどのみち馬車を使っていたはずだ。
(そういえば、この城まで道らしい道がなかったな。森が広がっているから道があれば空からでも見つけられるはず。まるで元々はここになかったかのようにポツンと建つ廃城。謎は尽きない)
廃城の謎はまだまだ残されている。この島に昔からあるのならばイリム辺りが知っていてもおかしくはなさそうだ。
ファンタズマの元に辿り着き、なんとなくファンタズマを撫でる。ファンタズマの岩の胴体を撫でながらファンタズマの様子を見る。
今日戦闘はあったが接近はしなかった。一応ファンタズマが体調を崩していないかな程度の確認だ。ファンタズマがそんじょそこらの魔物とは一味違う。体調を崩すとは思わないが、ファンタズマの存在は生命線だ。
物資を運ぶにしても移動するにしてもファンタズマがいなければ話にならない。街に潜入する目的の時は俺と彼女らで行ったが、ファンタズマがいたほうがメリットが大きい。
ファンタズマの控えめな鳴き声で俺にすり寄ってくる。頭の金属鎧の部分が冷たくて痛い。魔人の肉体になったことでチクチクするくらいだ。魔人になって得た肉体の硬質化がこんなところで役立つとは思わなかった。
「お~ファンタズマ~元気そうだな。明日も頼むぞ~」
ファンタズマの近くには空になったクリームシチューの皿が置かれている。三人の誰かがあげてくれたみたいだ。ファンタズマはなんでも食べる。残飯処理班として優秀だ。それに困れば鉱石や資材を食べさせるという選択肢がある。
(三人はちゃんとした食べ物をファンタズマに上げてくれたみたいだ。きちんとファンタズマにまで気を配ってくれることはありがたい。見た目怖いけど心強い味方だからな)
クリームシチューの皿をどけて《ディームコンシータ》の魔法鞄を漁る。中から清潔なタオルを三枚持ち出してファンタズマを座らせた。
ファンタズマも調子よさそうだし俺は大浴場にタオルを配達に向かった。
そう遠くない大浴場の脱衣場。まだ中からキャッキャした声が聞こえる。まさか聞かれているとは思わないよな。俺は黙ってタオルを置いてささっと退室する。盗み聞きするのも悪いし、そこは主従関係があってもプライバシーは確保すべきだと思う。人には見られたくない側面があることは俺自身もよくわかっていることだ。
(だがしかし!美しい女性たちがお風呂とは……心の悪魔が覗けと叫んでいる。心の天使は俺の良心と理性に働きかけて止めようとしている。主人だから見てもいいのではと思うが、一人の男としてそんな姑息な手段で見て嬉しいのか?という疑念もある)
俺は結局覗かなかった。葛藤はあった。だがここは越えてはならない境界線だ。勇気ある方針転換であり、最善の戦線後退だ。後悔はあるが明日のための第一歩だ。前に一歩踏み出すことが前進ではない。時として後ろに一歩下がることこそが前進するための第一歩だったりする。
一歩引いて俯瞰することで見える景色もある。ただの覗きを拡大評価して人生観に繋げているのはここにいる鼻の下を伸ばした魔人だけだろう。
鼻の下を伸ばし、にやけた面の魔人は意気揚々と自室へと戻っていった。
――――――――――――――
部屋に戻ったタルバは体をベッドに投げ出す。
髪をオールバックにして寝ようとすると、髪の軋み具合が気になる。髪の毛を特別ケアしているわけじゃないが、パサつくというか軋むというか。指の通りが明らかに悪い。
「なんだこれ。最近風呂に入らなかったから軋んでいるのかと思っていたが、そうゆうわけじゃなかったのか」
長いこと風呂に入らずに洗髪もしないと皮脂や汚れが詰まって髪がべたつくことはよくある。冒険者にとってはよくあることではあるが、ここまで酷いのは稀だ。俺で髪に指が通らないなら、彼女たちは酷く不快だろう。
彼女たちはみんないいところの出身だ。この地方では髪の毛の綺麗さが重要視されているならば独自のケア方法があってもおかしくない。冒険者で慣れている俺と彼女たちの感覚にはかなりの相違がある。失望される前に対処が必要だ。
(主人としては環境の整備はマストだ。髪の綺麗な女性がいれば俺もテンションが上がる。そういえば師匠が昔連れて行ってくれた場所に汚れを落としてくれる変わったスライムがいたな)
この状態を放置することは自分的にも配下的にもよくはない。ベゼル王国の南南東側に広がる未開の森にもしかしたらまだいるかもしれない。今の俺なら師匠なしでも生き残ることは出来るだろう。
ベルルム王国のあるこの島から見て北北西に未開の森があることから1日かければ行って帰ってくることも出来る。試してみる価値はあるだろう。
タルバは布団を被って嫌な思い出が残された未開の森へと旅立つことを決めた。
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