10.生贄の価値
1時間もしないうちに証拠であるムーソルの日記5冊を持って廃城へと帰還した。俺の帰還を1階で寝そべっていたファンタズマが出迎える。ファンタズマを撫でた後、3人を再度回収する。無事争うことなく待っていたようだ。
3階の部屋でまたイスに座らせ、俺はムーソルの日記を置いた。
「この日記にはムーソルの計画や日々のことなどが事細かく記録されている。中々慎重な男だった。今のところこれしか証拠はない。各自の知りたいことはあるだろう。イリムとアウローラは10年前の日記を読むといい。ラキは直近の日記だ。これに全てが書いてある」
俺は彼女らに日記を読むように促し、ようやく体を休めた。戦争の最初だけとはいえ、全陣営を相手取って傷つけないよう最新の注意を払った。戦争をやめさせるために新たな火種を作っては元も子もない。
俺は束の間の休息に身を委ねるのだった。
30分もすれば必要なポイントを読み終わっていた。ラキ、イリム、アウローラは日記を読み終えてから思いつめたような表情をしている。
「どうだ。これが今回の真実だ。残念ながらお前たちはこの男の計画を担うシンボルになってしまったというわけだ。だから俺はお前たちを連れ出した。ムーソルがいなくなり、各陣営に強く憎む旗頭がいないのだ。再度戦争を起こそうとは中々思うまい。俺が忠告したのも含めてな」
下を向いた彼女らに続けて俺は声をかける。落ち込んでいるところ申し訳ないが、彼女らにも選択をしてもらわねばどうしようもない。
「1時間前に言ったように選択をしてほしい。どれをとってもいいがな。急なことは百も承知。だが君たちがいづれ選択しなければならないことだ」
おずおずとうつむきながら俺を見て、ラキが意見を出す。
「私には……街の人たちが私を見捨てるとは思えません。きっと私を必要としてくれる――そう信じています。タルバさんが仰った"私たちがいないほうが円滑に動く"とは思えません」
ラキの言葉にイリムとアウローラも顔を上げてそれぞれの意思を口に出す。
「そう……ですね。私も何十年と共に生きてきた仲間がいます。今頃私の心配をしてくれていると信じています」
「あたしも族長やみんなが心配してくれていると思っているぞ。きっと戻ってくることを願ってくれているはず……」
断言はできないが、そう信じたいという一抹の希望に縋っている。
「そうか……。なら見に行くとするか。お前たちが居なくなった後の姿を」
俺の一言で三人の体がびくりと跳ねる。顔色が少し戻り、心なしか嬉しそうだ。だが俺は彼女たちの願いは裏切られるだろうと思っていた。俺は”生贄”を出せと言ったのだ。その生贄に免じて俺は撤退したのだ。彼女らが帰ってきたということは生贄としての役割を全うできなかったことに他ならない。
これから俺がやることは彼女らにとって最大級の絶望を見せることになるだろう。
俺は彼女たちに何も言わなかった。言っても無駄だとわかっていたから。人は縋るものがなければ生きていけない。生きるためのよすがを持たなければ生きる活力は湧かない。それは子供だったり趣味だったり、目標だったりと様々だ。今の彼女らのよすがは周囲から生きて戻ってほしいと願われていること、それが唯一のよるべだ。
彼女らそれぞれ部屋に戻して1人ずつ、彼女らの故郷へと連れていくことにした。透明化をかけて現状を見せるという自分の求められていない現実を焼き付けさせるためだけに……。
――――――――――――――
1人目はラキだ。彼女はエヴェイユで生まれ育った生粋のエヴェイユ育ちだ。商人として様々な街に行っていた父と違い、エヴェイユには長いこと住んでいた。幼馴染のカウサ=デセオや街の人たちに良くも悪くも愛されて育ち、その容姿からいづれは貴族の第二、第三夫人になることもありえた。
ラキにとって両親が一変に殺害されたことで人生設計は崩れ落ちた。商人として成功することや誰かと結婚することなど放り投げ、川や井戸に毒を入れた獣人やエルフを憎んだ。良くしてくれた街の人々に訴えかけ、聡明な頭脳で戦争の必要性やエヴェイユの人たちに将来的に危険が及ぶことを説得して回った。
当初は話半分程度で同情する気持ちで聞いていた大人たちも自分たちや子供に戦火が降りかかることを考え始めるとラキの戦争推進に手を貸し始めた。ムーソルの予定通り、都合よく毒の詳細な情報が開示されてからはラキのため、そしては水のために戦う必要を誰もが感じ始めた。
「ラキ=スパティール。俺たちは透明化して街に潜入する。どんなことがあっても声を出さないように気をつけろ。いいな?」
「わかりました。ですが私は信じています。街の人たちは優しい。あなたは知らないかもしれませんが、きっと私を待ってくれています」
(それは希望的観測というものだ。もしものために口を塞ぐ準備はしておいた方がよさそうだ)
俺は浮かれた彼女に不安を覚えながらエヴェイユを目指した。
昨夜と同じように上空から不法侵入をして、街を散策することにした。あちらこちらで戦争から帰還した兵士や民が友や家族と話している姿が目に入る。2人の夫婦らしき人物の会話を盗み聞きすることにした。
「あぁ、よかった……。あんたが死んじまったらどうしようかと――」
「ラキが生贄として行ってくれたんだ……。だから俺たちは生きてるんだ」
「そうね、ラキのおかげね。お墓は建てなきゃ……」
「そうしよう。きっと街の人もお金を出してくれる。だって命がけで俺たちをまもってくれたんだから……」
「ちゃんと供養してあげないとね……。あの娘気が強かったから化けてでてきちゃうわよ」
「あぁ……きっちりとお墓と慰霊碑を建てて供養しよう。エヴェイユを守ってくれてありがとうとあの世に伝わるように……」
共に透明化しているため俺にはラキの姿が見える。彼女は自分が死んだ扱いをされていることを信じられないでいた。目を見開き、口に手を当ててショックを受けている。
俺は彼女に移動するよう囁いてまた別の場所で話を盗み聞きすることにした。
次の場所は酒場だった。中には入らず外から中の様子を眺める。
「いやぁ~ラキのおかげて命助かったわ~」
「ほんと股間を失うなんていやだよ~男として生きられなくなっちまう」
「あの魔人、ゼノってやつすごかったな~光の巨人が表れてよー」
「でも今頃どうしてんだろうな。魔人に酷い目にあわされてんじゃないかな……」
「ラキの心配なんてしたって帰ってくるわけねぇんだから考えても無駄無駄。もうとっくに死んじまってる頃だろ?」
「違いねぇ。帰ってきちまったら魔人まで来ちまうだろ?なんのための生贄だって話だ。生贄には生贄らしく役割をまっとうしてもらわんとな~」
アルコールも入っているためかラキを心配する声は一考に聞こえてこない。むしろ生贄として死んでほしいと願っているかのような言葉が酒場の外まで聞こえてくる。
当の本人であるラキはハラハラと涙を流していた。両手で口を覆い声が漏れ出ないようにこらえながらその場に膝をついてしまった。
「なんで……どうして……肉屋のおじさん……常連のお客さんに兵士の人たちまで……なんで私が死ぬことを願うの?……なんで……なんでよ……」
隣の俺にしか聞こえない彼女のすすり泣きながら酒場の彼らに向けられた言葉たち。きっと街の人の中でも仲良くしていたんだろうな。そんな彼らから生贄としての最後を求められるとは思っても見なかっただろう。
「ラキ、これが現実だ。君の願った君を求める声はないんだ。ムーソルの日記を取りに来た時、だれも君を案じていなかった。むしろ君をどう供養するかの話や君への陰口などばかりだった。だって君は戦争を引き起こそうとしたんだ。家族を戦争に出したいなんて思う人はいないさ。誰もが生きていて欲しいと思うから、死地に赴かせたくはないと心では思っていたんだ。その結果がこれだよ、よく見るんだ」
残酷なことを言っていることはわかっている。でも現実から逃げた先には何もないことを俺は知っている。憧れや理想に裏切られても腹は減るし眠気はくる。生命活動を続けることを強いられることが生きるということなんだ。
「別嬪さんだったけどよぉ~だから生贄なんかにされちまったんだろうな」
「なんせ髪の長く綺麗な女性で胸の大きい能力の優秀な女ってもうラキ以外いないからな」
「髪を伸ばすのも維持に金がかかるからな。わかりやっすい金持ちの象徴だ。髪を伸ばす女もいるが、綺麗に保つには金がかかるからと髪を切るからな」
「両親ともに商人だったから金はあったんだろう。魔人様には絶好の生贄だな」
「まぁでも、親もいないしラキが死んで少し悲しいが一番いい生贄だったんだじゃねぇか?」
「そうかもしれんな~。みんな家族がいるからな。それに比べて家族の死んじまったラキは絶好の生贄タイミングだったなぁ~」
彼らの無神経な言葉は酷くラキを傷つけた。泣いている彼女を抱えて夜空を飛んだ。彼女は廃城に到着しても泣き止むことはなく、部屋に戻しても暗い顔をしていた。
「ラキ、これは命令だ。今君の命は俺が預かっている、わかるな?自害することは許さない。今は現実を見つめなおせ」
彼女の手足を縛り、猿ぐつわを噛ませて拘束する。さらに忠告として自殺しないことを厳命する。消沈した彼女を部屋に残して俺はイリムの元へ移動した。
――――――――――――――
イリムを連れてエルフの里へと向かう。ラキに関しては日記を取りに行ったため、どのような反応かはわかっていた。ただしイリムやアウローラの場合はわからなかった。一抹の不安を抱えてエルフの里に到着した。
透明化しながら里を見て回る。エルフも人間たちと同様に戦争から帰還した同胞を迎えていた。里のいたるところで何があったのかを説明している姿が見受けられる。
「ここには私の幼馴染でインバースとアモルがいるはずです。戦争にも共に参加していました。きっとどこかで彼らが待ってくれているはずです」
イリム期待に胸を膨らませ、里を探し回った。イリムにとってはどこにいるのかなどすぐわかったようだ。里の外れにある壁の近く、そこに木の切り株に座る2人の男女がいた。彼らがイリムのいう幼馴染のようだ。
「ここは私たちがよく一緒に集まる場所なんです。ほら、三つイスがあるのはそのためです」
俺たちは彼らの会話を盗み聞きした。イリムは期待しているのか両手を胸元まで上げて、さすっている。変わった癖だが今は話のほうが大切だ。
「イリム……連れていかれちゃったね……」
「あぁ……魔人の言った条件に当てはまる中で一番優秀で立場も上だったのはイリムしかいなかった……仕方がなかったんだ……」
「ねぇ、アモル。イリムはもう死んじゃったの……かな?」
「インバース……そりゃ魔人に連れていかれたんだぞ?まともな扱いを受けるわけがない」
「食べられちゃうのかな?」
「少なくとも生きているわけがない。やつは”生贄”と言ったんだ。人質じゃない。なら目的のために殺されているはずだ」
「じゃあ、もしイリムが帰ってきたら……」
「そいつはもうイリムじゃない。魔人の手先でイリムの見かけをした何かだ。もう同胞ではない」
アモルのその言葉にイリムは手を脱力したように下げた。残念ながら俺の予想に近い言葉が出てきた。エルフに長らく言い伝えられている恐怖の魔人。そんな存在に連れ去られ、帰ってきたとしても何かあると疑うのは当然。彼らは今の自分の同胞を守るために過去の同胞を切り捨てることを選んだ。
単純な計算だ。エルフはその長命さ故か数が少ない。これは種族柄と言えよう。そんな種族でたった1人のために多くの同胞を危険に晒すことはしない。例えそれがかつての同胞であり、幼馴染だったとしても。
「でも、でももしかしたら逃げてきたのかもしれない……何もされてないかもしれない……よ?」
インバースは悲しげな表情でアモルに食い下がる。どうしても幼馴染を切り捨てることが出来ないでいた。
「インバース、よく聞け。もしイリムが逃げたのならエルフの”生贄”がいなくなったということだ。それをあの魔人が許すと思うか?もしイリムが逃げたならそれは俺たちエルフを捨てたということだ。なんのための”生贄”だ?逃げて帰ってきたのなら意味がない。イリムは死ななければならないんだ!」
アモルも割り切れないのか言葉に力がこもる。魔人の恐怖に屈して幼馴染を差し出すしか彼らに選択肢はなかった。エルフは人間や獣人と違って子供が出来づらい。ただでさえ子供は貴重だというのに、生殖器をエルフのほとんどの男性が失ったならばもう滅亡に王手がかかったも同然。あの三陣営の中で最も打撃を被るのはエルフだった。
「イリムが……もしも帰ってきたら……それは私たちを捨てたってことなんだね。自分の身可愛さに私やアモル――同胞の皆を犠牲にすることを選んだってことだよね……」
「あぁ。そうだ。魔人は強大だ。お前も見ただろ?あの光の巨人を。俺たちの中には穢れた水を浴びせられた者もいる。全ての陣営を敵に回してもあいつは余裕だった。むしろあいつの目的は人間、エルフ、獣人の優秀な生贄だったんだ。この戦争もあいつが仕組んだと考えても変じゃない」
(おいおいアモル君、俺に濡れ衣着せるのだけはやめてよ。なんか下を向いて震えていたイリムがこちらを見つめてくるのが怖いんだけど)
「イリムはもう敵……なんだね。さようならイリム……楽しかったよ」
「イリムは敵だ。もう仲間でも同胞でもない。戻ってきたときは裏切者として処刑でもしなければ俺たちは魔人に殺される」
「イリムの仇討ちと森を守るために私たちは戦争に参加したけど、森を守るためだけなら森の中で戦えばよかった。今思えばイリムのために皆危険を犯した。イリム以外に獣人を恨んでいると言えるほど憎んでいる人もいないし、良かったのかもしれないね」
「そうだな。イリム以外には徹底的に戦うという人はいない。今じゃ獣人や人間と協力して魔人の脅威に対応しようという意見もある。そうすれば砂漠化は止められるかもしれない。ピステヴォさんの望んだことが実現できるかもしれないんだ。イリムがいたらまた逆戻りしてしまう。いないほうが皆幸せなんだ」
彼らは虚勢を張ってイリムがいなくていい理由を手あたり次第に上げた。
彼らのその言葉が留めとなりイリムは止めどなく涙を流した。力なく俺にしな垂れかかり、俺は彼女の両肩を掴んでなんとか立っていられるように支えた。そんな状態でも口を抑えて声を消す彼女は強い女性だと思った。
俺はイリムを連れて彼らから遠ざかっていくのだった。
廃城に戻り、ラキと同様に部屋に戻す。目を真っ赤に腫らした彼女に俺はラキと同じように注意をする。
「イリム、これが君を取り巻く現実だ。残念ながらね。だからといって君の命は俺が預かっている。生かすも殺すもね。だから自害することは許さない。君は聡明だからわかるね?」
ゆっくりと頷く彼女をラキと同様に拘束して部屋を出る。ほんの数時間で彼女たちの取り巻く環境は変わった。親しい人間もエルフも皆彼女らを見限った。彼女らがいないほうが幸せなのではないかと彼女らがいなくなったことを正当化して受け入れているだけなのかもしれない。
後はアウローラだけだ。アウローラもイリム同様どうなるかわからない。だがフォスターと聞き込みをしていた時に感じた若い世代と年配世代の価値観の相違から考えて、こちらも嫌な現実を見ることになるだろう。
いいね、高評価、ブックマーク登録をしていただけると励みになります。
よければよろしくお願いいたします。




