9.恐怖の言葉
(よしよし。結構近くまで三陣営をおびき出せたな。それに戦争と言うのも相まって男が多い。これなら俺の作戦はうまくいく……!)
各陣営の顔がよく見えるようになって男性が多いことがわかる。やはり戦争ということも相まって男性が参加することが多い。ただし女性も参加している。人間側は7割男、獣人もお同じくらいだ。エルフは5割といったところだ。これならば俺の作戦は通用する。
タルバは光の巨人というはったりの姿を分裂させて握り拳大の光の玉を無数に生み出す。これは《ウォラキアの指輪》で見た追尾性を付与した光の玉だ。殺傷能力は皆無だが魔力が切れるまで持続し、狙った場所に当たるまで必ず追尾する。途中に他の物体があっても透過して追尾することを今朝検証済みだ。
タルバが腕をかざすと光の玉が三陣営に飛ぶ。さながら光の流星群と形容するほど美しく見えた。光の玉たちはタルバの設定した対象に着弾していった。そう――男性の股間に。
「うわっなんだこれは!?」
「たったすけてくれぇ~」
「避けても光が追ってくる!なんでだ!?」
各方面から主に男たちからの嘆きが聞こえてくる。女性たちも驚いているようだが、光の玉に触れても傷つくことがないとわかってからは気にしていなかった。
今回のタルバの作戦の第一段階、それはこの光の玉を各陣営の男性の股間に着弾させることだった。殺傷能力がなく、当たっても当たった場所が生暖かいだけのこの光の玉はこれだけでは役には立たない。手のぬくもりのような温かさを与えるだけの光の玉。ただしこの光の玉は正確な位置をタルバに伝える、いわばアンテナだ。
「おっと動くなよ。その光の玉が何の意味もないわけがないだろう?親切心で教えてやろう。その光の玉は俺の意思で爆発することが可能だ。――この意味がわかるか?この戦場にいる全ての男の股間を人質にとったッ!」
「ひぃぃい」
「なん……だと!!」
「この光はなんて恐ろしいものなんだ!?」
その恐ろしい宣言に戦場にいた男たちは種族問わず恐怖した。男性なら一度は股間を強打してその壮絶な痛みに悶絶したことがあるだろう。戦場で怪我をすることは当然で、それが悪化して死ぬことも多い。しかしながらどのような痛みかは受けたことがない者にはイメージできない。だが股間は誰しも一度は痛めたことがある。男たちの背中には人生最大の冷や汗が伝っていた。
はったりに聞こえるかもしれないが、今回はちゃんとやれる。《ウォラキアの指輪》で見た通り、正確な位置がわかれば対象を『圧縮』することが出来る。光の玉は正確な位置を俺に教えてくれることから、能力で一斉にグシャっと潰せるというわけだ。
「それに爆発範囲は調節できる。女たちも関係ない話してはない。そしてなぜ俺がわざわざこんな人質を取ったと思う?それはな――お前たち種族を良く知っているからさ」
大きく息を吸い込んでゆっくりと丁寧に話をしていく。
「お前たち人間、エルフ、獣人は時間をかけて人数を増やし、時として古の勇者のような者が出現する。それは脅威だ。かといってお前たちを殲滅するのも手間だ。ならば――そのような存在が生まれないようにすればいいとは思わないか?」
正直に言ってこれははったりだ。爆発は起こらないし、むしろその逆の縮小というか収縮が予期される未来の姿だ。
実はタルバの言うことはある意味筋が通っている。魔人という存在は強力無比だ。どんな存在かわかっていない人間や獣人でさえもこの数分の出来事でゼノと名乗っているタルバの異常さを嫌というほど理解させられている。
この戦場で起きたことが歴史に残されいつかゼノ(タルバ)を討とうという気運が生まれるかもしれない。そんなとき毎回相手するのは面倒だ。人類を殲滅するのはより面倒だとすると自分に恨みを持つ存在達の子孫を残せなくすることが将来的な傷跡が深い。
「これで俺の勝利は確定だ。人類の戦争は勝者が敗者に要求を通すことができると知っている。各陣営に選択肢を与える。三陣営共に同じ選択肢だ。一つは反旗を翻して爆発されるということ。おすすめはしないがな。二つ目は俺に生贄を差し出すことだ。うーん、そうだな。髪の長く綺麗で胸の大きな女。その中でも各陣営で一番能力の高い優秀な女だ。各陣営1人ずつ差し出せ。以上だ」
タルバは矢継ぎ早に声をかける。この最中も女性たちは安易に動くが、局部を人質に取られた男性は微動だに出来ずにいた。むしろ顔が恐怖でひきつっている。倫理観があればこんな作戦は取らなかったさ。すまんな、全ての男たちよ。
「どうした。5分待つ。そのうちに俺の前に差し出せ。そうすれば光の玉を解除してやる。生贄で揉めるようなら俺が指名する。早く決めるんだな」
女性たちは相談をするためと男たちから距離を取るために移動を始めた。一方男たちは不審な動きをして徒に俺を刺激しないために最低限の動きだけしてその場にとどまっていた。生贄の対象は男ではないため、動かないことが一番の選択だと判断した。
男が女性の妊娠・出産の痛みや辛さをわからないように女性も股間を痛めるという恐怖を知らない。越えられない肉体的性別の壁による感覚の違いだ。こればかりは想像ではわからない。
警告をしても全員が全員鵜呑みにするわけではなかった。無鉄砲で阿保な男ははったりだと思い込んで動き出そうとしていた。
「はっ何が爆発させるだ。そんな回りくどいことしなくとも殺して回ればいいだろう。こんなことをするなんて別に目的があんじゃねぇーの?俺は動くぜ」
人間の彼は悠然と俺に歩いて向かってきた。
「はぁ。これだから野性的な感の良さと短絡さを持つやつは手に負えない。あっさりと見抜きやがって」
タルバは小声で心情を吐露する。これで彼に何もしなければはったりだと思い込まれてしまう。仕方なく能力を発動して、彼の股間の一物を『圧縮』した。
「ぎぃいぃぃいぃいやぁぁああぁああぁあぁあ」
勇敢な彼は股間を抑えて発狂しながら蹲る。その光景に男たちは顔を青くしていった。彼らは理解したのだ。はったりでも虚勢でもなく本当に股間を失ったのだと。
「威力は調整した。だが次はこのような最小規模では済まない。よく考えることだな」
タルバは移動している女性と恐怖で身動きが取れなくなっている男たちに無情にも告げる。男たちは自分の股間が光の温かさを感じていることでその存在を感じ取ると共に、蹲る彼の姿は5分後の自分に見えていた。
俺はのたうち回り発狂する彼の元へと近づき、全員が固唾をのんで見守る中、彼の首を刎ねた。これは男としての同情と彼への情けだった。男として股間への攻撃という苦しみは痛いほどよくわかる。だからこそ、見せしめとして生かすことは可哀そうだった。どのみち助からないのであれば苦しみが短いほうがいい。
5分後、俺の前には俺が見覚えのある3人がひざまずいていた。3人を代表してエルフのイリムが口を開く。
「魔人ゼノ様。我々3名が生贄になることを約束いたします。ですから男性にかけた光の呪いを解除していただきたく思います」
神妙な顔で請われると笑いそうになる。光の呪いって股間に光をくっつけてるだけなのに。真実を知らなければいいように使われてしまうのはムーソルの件も同様だ。
「よかろう。ただし解除するのは貴様らを連れ去った後だ。貴様らがおとなしく捕まると言う言葉を信用するほど俺は甘くない。いいな?」
「はい、承知いたしました」
俺の前で跪く3人には恐怖の色が見える。ラキなんかは特に戦闘能力が少ないだろうから一層恐ろしく感じていそうだ。イリムとアウローラは力の一端を見たことで彼我の差を理解したのか諦めている様子だった。
自分の翼を光の粒子に変換してファンタズマに接着する。ラキ、イリム、アウローラを拘束するため縄で手足を拘束し、『圧縮』して外す隙間すらもなくす。
「人間、エルフ、獣人。これ以上戦争をするようならまた介入させた貰おう。そのほうが面白いだろうからな。生贄まで差し出したのだから賢明な選択をおすすめする」
タルバはそう告げて空の彼方へと去っていった。目指すは廃城だ。
――――――――――――――
ファンタズマに乗りながら彼の翼で廃城を目指す。抱えられ拘束されている三人は自分たちがこの後どのような目に遭うのか想像してか目が死んでいた。もしかしたら高度が高すぎて怖いのかもしれない。
廃城まではさほど時間もかからない。昨日訪れた廃城に着地し、門扉を開ける。昨夜と同じように太陽と月の紋章が表れて門扉が開かれていく。
背後ではラキ、イリム、アウローラが巨大な城に見とれていた。俺が門を開けると覚悟を決めたように俺の後ろをついてきた。俺はファンタズマを1階に残して三階へと上がる。
指先を発光させて台座のあった部屋へと導く。扉に手を当て、門扉と同じように太陽と月のシンボルが表れて開かれる。部屋に入ると自動的に明かりがつけられた。俺は部屋に置かれたイスに腰かけ、彼女らもイスに座るように促す。
「まぁ座るといい。その方が話すのも都合がいい」
「わかりました。失礼します」
「失礼します」
「失礼するぞ」
俺の言葉に従い、イリム、ラキ、アウローラが返事をしてイスに座った。
俺はおもむろに呪いのマスク(笑)を外して素顔を晒す。
「あなた様は……!」
「お前は……!」
イリムとアウローラがは俺が誰だかわかったようだ。
「ラキ=スパティールは初めましてだな。俺の名はタルバ=ゼノ。魔人だ。最近そこのエルフのイリムや獣人のアウローラとは面識があるから自己紹介は不要だろう。ラキ=スパティールについても良く知っている」
「な、何を言っている!?」
ラキは動揺してか食ってかかってくる。その表情には不安と疑いがありありと表れていた。
「話すと長くなる。だがお前たちはある男の計画で今回の戦争を始めさせられた。それを止めるには各陣営の旗頭であるお前たちを奪う方法が手っ取り早かった。それだけだ」
「タルバ様、そのお話、詳しくお聞きすることはできますでしょうか?」
「嘘はよくないぞ」
表面上は落ち着き払っているイリムが俺の話の続きを聞いてくる。アウローラは鼻から信じてないようだ。それもそうか。まだ何も話していないが荒唐無稽な話だからな。
「わかった。だが話している間は黙って聞くように。いいな、ラキ=スパティール、イリム=ビリャール、アウローラ=フスクム」
彼女らが頷いたことを確認して俺は話始めた。
「まずはこの事件の黒幕、ムーソル=ドローススについてだ――」
俺は事のあらましを彼女らに説明した。まだ手足を拘束しているため信じがたい話をおとなしく座って聞いてくれた。ムーソル=ドローススが20年前から思い描いた計画と代表者殺害事件、最近発生した毒殺事件についてを。
途中でラキは唇から血が出かねない強さで噛みしめていた。両親の殺害された理由を明かされ、それが下世話な下心と貴族の思惑の偶然の一致で起きたことが理解出来たためだ。
イリムもアウローラも互いが憎んでいた敵だったはずだが、今は1人の人間に踊らされ憎しみ合うように仕組まれたことを知ってどこか敵視する視線は雲散霧消していた。
「これが今回この国で起きた事件の全容だ」
「ムーソルという男はどこにいるのですか……!」
冷静なようで静かな闘志を燃やしているイリムから黒幕の所在地を尋ねられる。アウローラに至っては目の前にいれば今にも殺害する気満々で言葉が出てこなくなっている。
「ムーソルは死んだよ。正確に言うなら俺が昨夜首を刎ねた。これはラキも知らないだろうがな」
イリムとアウローラ、ラキが息をのむ。既に黒幕が死亡しているとは思わなかったからだ。
「ムーソルが……死んでいた?でも体調不良で寝込んでいるって今朝……」
「それは嘘だ。計画の全容を掴むために俺はムーソルの屋敷に潜入した。彼が残していた日記に全て書いてあったよ。ムーソルが死亡したことを明かさないのは戦争の直前だからだ。戦争を前にして士気が下がることは避けたいだろうからな」
「……」
部屋の中を沈黙が占める。証拠らしい証拠は出していない。だが嘘だと決めつけるには辻褄が合っていた。
「君たちに選択肢を提示する。一つはここで死ぬこと。おすすめはしないがな。でも君たちがいないほうが君たちの種族は円滑にことが動く。無事に返せば戦争が再発しかねないので返すという選択肢は無いと思ってくれ」
せっかく彼女らは一命を取り留めて今回の真実を知ったがそれを仲間たちに伝えることは出来ない。歯がゆく感じるだろうが、戦争が起きるよりはよほどいいだろう。
「二つ目は俺が他所の大陸に連れて行ってやろう。そこで新しい生活を始めればいい。冒険者になれば生活は豊かになる場合もある。ラキは商人としての知識と経験があるからなんとかなるだろう。そして三つ目は俺に仕えるという選択肢だ。責任を取るというわけではないが、誘拐したのは俺だ。多少は面倒を見るのもやぶさかではない」
ここでタルバは一番実現してほしくないけれど一応誠意を見せた提案をする。タルバは現在一文無しだ。お金がなければどの社会でも生活することは困難だ。物々交換が主流の獣人でも人間と交易していたのだから貨幣は使う。そんな中で三人に生活させる保証をするとなると俺は身を粉にして働かねばならない。その未来は何か嫌だった。
俺の提案を聞いたイリムがどこか疑わしい目で俺を見ながら言った。
「まだ全ては信じられません。きっと私たちが戻ることを願う仲間もいると思いますから。それはラキさんやアウローラも同じでしょう。なにか証拠を見せていただけないことには完全には信じられそうにありません」
イリムの言うことはもっともだ。しかし証人は全てムーソルが消した。レモラという暗殺者もいない。
(見せられそうなのはムーソルの日記だな。あれならまだ屋敷に残されているだろう。殺害した翌日なのだから)
「わかった。ムーソルの日記を持ってくる。それまでお前たちを監禁させてもらう。ここにいるのは被害者とはいえ、まだ遺恨がある状態だ。俺の居ぬ間に争われても困るのでな」
「承知しました」
「わかりました」
「わかったぞ」
三人の了承が得られたことで1階にある部屋に適当に押し込んだ。正直魔法や能力を使われればどうしようもないのだが、どのみち廃城は山の頂上にある。まともな装備のない彼女らが例え協力しても下山することはできない。
タルバはどう転んでもいいと思いながら、彼女らの聡明さを信じてエヴェイユに飛んだ。
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