8.開戦
焚火を囲み、《ディームコンシータ》から簡単に調理可能な食材を焼いては食べていく。ファングウルフの肉が残っていたので串にさして焼いていく。味付けは塩を振るだけだ。
今日の昼には戦争が開戦する。獣人たちへの宣戦布告が正しければ説得や対話での戦争回避は出来ない。平和的な方法ではこの戦争は終わらない。ムーソルによって三陣営ともに憎しみの象徴が生まれていることも複雑さに拍車をかけている。
第四陣営として他の三陣営と敵対し、協力させること。これが一番理想的な方法だ。しかし、他の陣営が今の状態で協力するようには見えない。むしろ泥沼に陥る可能性が高い。
戦争を止めるために被害を拡大しては元も子もない。だから俺の条件は第四陣営として参加し、三陣営を協力するように誘導すること。その際に三陣営に被害を極力出さないことだ。
(自分で考えていた思うが、これは無理じゃないか?)
ファングウルフの足を頬張りながら焚火のパチパチという音だけが無情にも周囲に響く。左手の親指につけている《ウォラキアの指輪》を撫でながら揺らめく焚火の一点を見つめていた。
(そういえば《ウォラキアの指輪》でファンタズマの正体を調べてなかったな。もしかしたら何かわかるかもしれない)
タルバはファンタズマに向かって《ウォラキアの指輪》を使用した。
ファンタズマ
性別不明
人造魔物
体重800kg
体高170cm
来歴
錬金術師マルソーが魔物の魔石を中心に作成した人造魔物。作成時に周囲にあった壊れて錆びた金属鎧、石ころ、蜥蜴、細かい金属片などが入り混じってしまった。マルソーは売り払った直後、錬金術の代償によって死亡した。生物と無機物の特徴を有するためありとあらゆるものを食することが可能。食べた物によってはその力の一部を得られる。また魔法を身に纏い操ることが出来る。
(ファンタズマ……魔法を纏えたのか……早く教えてほしかった)
魔力を注いでいれば魔法は出すことが出来る。その制御をファンタズマに明け渡し、魔力だけ注げば同時に複数の魔法を使用できる。また魔人の力も集中する必要があるため、魔法を制御しながらだと難易度が高い。だがファンタズマが制御してくれるのであれば光を使うことだけに特化できる。
(おっ?これは全てを解決するウルトラCが出来たかもしれない)
タルバは魔人の力、ファンタズマの力、そして自身の能力を組み合わせた作戦を思いついた。倫理的に多くの人の心に傷を負わせるかもしれないが、命あっての物種だ。ここは寛大な心で受け入れてもらうとして作戦の準備を進めた。
とても簡単だ。旗頭が、象徴がいるからそれに集い大義名分として戦うのだ。そのシンボルがいなくなれば、全員の意思を統一できるような存在がいなくなれば戦えないのではないか。全員が全員、各陣営を恨んでいるわけではない。いつの世も過激派は一部で、それに同調するような流される人間がほとんどだ。
各陣営のトップを連れ去り、戦争の口実をなくす。そしてすぐには戦えない状況にするというわけだ。倫理観は人間を辞めているのだから捨てていこう。
タルバが作戦のための検証を始めた。
――――――――――――――
時間は経ち、昼頃を回ったころ。人間、エルフ、獣人は砂漠と森の境界付近で睨み合いになっていた。宣戦布告という形式は済ませているため、あとは開戦するだけの状態だ。一応戦争の前に最終通告として互いに主張を相手に届けてから開戦となる事が多い。今回もその例に漏れず、各陣営に伝令を飛ばしている最中だった。
俺は透明化しながら三陣営がにらみ合う中心部に立って今か今かとその瞬間が来るのを待っていた。
エヴェイユ陣営はムーソルが死亡したことを表面上隠しているようで、旗頭はラキが勤めていた。獣人側はアウローラが獣人たちの先頭に立っており、祖父オニロを殺害したエルフ陣営を睨んでいた。その中でも先頭で仁王立ちしているイリムを睨んでいた。
イリムもアウローラの視線を察知してか片時も目を話さず、叔父ピステヴォを殺害した獣人陣営を特に注意深く警戒していた。
各伝令がそれぞれの陣営に戻ったことが確認され、戦いの火ぶたは切って落とされた。
遂に開始された戦争。その瞬間、俺は光の柱を生み出して全員の注意を引いた。透明化を解き、蝙蝠の翼、悪魔の尻尾を顕現させ空へと舞い上がる。顔にはタンジバルで購入していた呪いのマスク(笑)を装着して正体を隠すことにした。
各陣営からどよめきと戸惑いが蔓延していることを感じる。俺は【水刃】を起動して誰もいない方角へ射出。魔人の力や呪いの魔石で強化されていた【水刃】は砂漠の丘へと直撃し、爆発音と砂煙を作る。さらに剣に纏わせたことで汚臭が付与され、砂漠に吹く風によって三陣営の方向へと汚臭を運ぶ。
ゲルニーツァとは違って水量が少ないため気絶までは行かずともふらついている程度にはダメージがあるようだ。
ここで俺は三陣営にも聞こえる大声で宣戦布告を始めた。
「俺は魔人ゼノ。貴様らの戦争を見物するつもりだったが、気が変わった。こんな戦争に価値はない。参加させてもらうぞ」
偽名を名乗ったタルバの言葉に各所で声が上がる。
「魔人ってなんだ?」
「知るか!なんかのはったりだろ。魔人なんて聞いたことねぇぞ」
「だよな。無視だ無視」
「この前は介入しないと仰っていたのに……」
「なんか聞き覚えるある声だぞ!」
俺はボロが出る前に真下でまだ透明化させていたファンタズマの透明化を解き、騎乗する。再度【水刃】を起動し、各陣営の手前に【ウォーターカッター】を飛ばして嗅覚を破壊する異臭で足を止めさせる。呼吸をするたびに匂いが体内に籠るため、一旦距離を取るために各陣営は後退を始める。
だが交代直後に魔法攻撃がエルフ側から飛来する。水や風、土が多いように思える。【ウィンドランス】や【水球】、【ウォーターランス】なんかもちらほらある。俺は《変水の中敷き》を起動して【水刃】から水を伸ばし、とぐろを巻くようにして魔法攻撃から身を護る。
高速移動する【水刃】によって魔法が切り裂かれる。
「小手調べにこのような魔法を使うとは……エルフも堕ちたものだな。そちらがその気なら俺も考えがある」
「こちらは気を使っているのです……」
「魔人に歯向かうなんて恐ろしい」
「見逃してくれないかな」
エルフの方から何ともいえない声が聞こえてくるが、なんかすでに降伏宣言しそうな勢いな気がする。
タルバは精一杯の演技と声色で宣言したが複雑な気分になった。
それでも手を緩めることなく、エルフ側に【水刃】を射出。さらに先ほどまで使用していた水も一緒に飛ばす。お忘れかもしれないが、タルバの剣を介して使用した水魔法は汚染された廃水のように汚臭を放つ。匂いの類似性で言えば実質下痢と同等。
そんな水が勢いよく飛来した場合、当然相殺するように魔法を放つ。安易にエルフたちはお得意の魔法で迎撃するが、【水刃】はともかくただの水を綺麗に迎撃することは難しい。
残念なことに前線に立つ勇敢なエルフたちほどタルバの飛ばした下痢水を被りその酷い汚臭から意識を飛ばす事態になっていた。さらに迎撃に風魔法で水を飛ばそうとしたが、風が匂いを運び、エルフ陣営は地獄絵図を自作した。
「くっさッ!何だこの水は!?」
「近寄らないでよ。あっちいって!」
「風はやめろ!匂いが飛ぶ!」
「どうすればこんな恐ろしいものを当てようなんて考えられるんだ、魔人……恐ろしや」
先ほどまで魔人という存在に気を遣っていたがそんな余裕すらもなくなるほど汚水版の魔法たちは凶悪だった。魔法は得意なものが異なるため悪手を選ぶことも多々ある。今回は最悪の相性だっただけだ。ちなみに水を出しても薄まるだけだし、風は匂いを運ぶし、土は水を吸うから投げつけることが出来るようになったりと火が一番いい選択だったりする。
(なんか獣人たちへの殺意よりもきつい憎悪の目線がいくつも見える。下痢水を被ってしまった人には女性もいるみたいだ。戦争とはなんとむごく、残酷なことが起きる場所なんだ!)
タルバは倫理観を捨てたためもう女性だからとかそんな些細なことは気にしなくなっていた。命よりも大切なことはないだろうと。例え、戦後にどのような目線に晒されることになったとしてもそれは別の問題だ。
エルフにかまけていたが、人間は隊列を整えてこちらに突撃をしてきた。また獣人も鼻に衣類を詰めるなど匂いの対策を簡易的に施して突撃してくる。エルフたちはどの陣営よりも強い憎悪を目に宿らせて走ってくる。君たち自然を愛する優しい感じの種族だったんじゃないだろうか?
「今のうちに隊列を整えろ!」
「スパティール夫妻を毒殺したのはこの中にいるんだっ!仇討ちをしなければラキが可哀そうだ!」
「俺たちはまだ距離がある。十分に警戒すれば大した攻撃じゃない!」
ここまでは俺の予定通りだ。三陣営の悪感情が俺に向いており、まずは俺を潰そうという意思を感じる。ここからが正念場だ。
俺は貯め込んでいた光の力を解放する。体中から光が溢れだし、俺の肉体以上の大きさを形作っていく。出来るんじゃないかと思って開戦の前にちょっと練習した光を用いた肉体の巨大化だ。
ファンタズマに跨る俺の後ろには光の巨人が佇んでいた。上半身だけで人間の影のように光が集まっただけのような姿。この場にいる誰もが見たことがないその姿に目を奪われ、足が徐々に止まる。
この光の巨人はあくまでタルバの肉体の延長だ。当然だが巨人の手からも魔法を放つことができる。ぶっつけ本番だが試しに【水球】と【ウォーターランス】を出して射出する。剣を使っていないため綺麗な水で作られた魔法が最も近づいてきていた獣人陣営の前線に向かって飛んでいく。
盾を構えたものや肉体が強靭なものがその一撃をなんなく受け止める。素早いライオンの獣人が接近してくる。人間やエルフも同様にじりじりと近寄ってくる。加えて獣人側は空を飛べる獣人もいてこちらに近づいてくる。その中にはフォスターも含まれている。
「チッ……各種族が入り混じってしまえば計画はおじゃんだ。ここはちかよらせないようにしないと……」
タルバは巨人の手から【ウォーターランス】と【ウォーターカッター】を乱射しながらまだまだ距離のあるエルフ陣営と人間陣営を寄せ付けないように【水刃】で【ウォーターカッター】を飛ばす。千切りキャベツみたいなきめ細やかな攻撃の弾幕が展開され、各陣営は接近できないでいた。
10メートル圏内に獣人の接近を許すも《変水の中敷き》で水を操作し、【水球】の軌道を変えて直撃させる。後方へと吹っ飛ばす。
「あたしが相手だぞ!爺ちゃん仕込みの双剣で相手だ!」
双剣を構えたアウローラがすぐそこまで近づいてきていた。さらに空から飛来する翼を持った獣人たちが鋭い爪を突き立ててすれ違いざまにひっかこうとしている。
俺は光を爆発的に一瞬発光させることで目くらましをする。うまく飛べなくなった彼らを巨人の腕が薙ぎ払い彼方へと殴り飛ばす。元の陣営の方角に掴んでは投げ飛ばして各陣営が混ざりあわないよう意識する。
閃光で目が眩んでいるアウローラを掴んで投げ飛ばし、遥か遠方より飛来する魔法達を相殺しながら三陣営の距離を把握する。
この巨人はあくまでも肉体の延長で透過させなければ実態がある。魔法攻撃にとってはいい的でしかないが敵の射程にのみ警戒すればいい。幸い、エルフたちはあの自然への冒涜代表ともいえる汚水のせいで酷いありさまだ。とはいってもちょくちょく魔法を飛ばして様子見はしている。
隊列を整えた人間たちやエルフが俺を包囲するように展開していく。
(そろそろ頃合いか。……よし!)
俺は今朝立てた作戦を思い出す。この作戦はいわば相手の弱みを握って脅すやり方。戦争を止めるためとはいえ、1人の男として相手の心情を鑑みるととてもではないが実行したくない。
まぁ俺は魔人になったわけだし、全知全能の神でもない。その時に選べる最善の選択肢が醜く評価されないものであっても選ばない理由にはならない。何かを成すために必要なことは高潔な意思でも崇高な目的でもない。必要なのは泥臭く地道でプライドや誇りという結果に繋がらないものを投げ打つ覚悟だ。戦争という一大事件は歴史に記録される。後世で如何に評価されるか、それを求めなければ出来ることは増える。
貴族や英雄と呼ばれる者は勝つことだけじゃなく、勝ち方にも拘る。戦後の処理や対応も含めて勝ち方にが肝要だ。
第三者の評価という未来を求めて現在の選択肢を狭めるというのは名声の対価なのかもしれない。
他人の目を気にせず、自分のやりたいことが出来る魔人という立場は社会という柵からタルバを解放した。魔人という力はタルバに自分を見つめなおさせた。タルバには失うものはない。評判、手段は問題ではない。結果が全てだ。自分の求める結果だけを追い求め、掴み取る。
自分の限界を見たことで芽生えた諦念も古の勇者の真実を見たことで悟った絶望も直視できずに逃げた過去も全てが彼を作り上げた。タルバの沈んだ気持ちは魔人の力によって転じて真の英雄に変化しつつあった。
いいね、高評価、ブックマーク登録をしていただけると励みになります。
よければよろしくお願いいたします。




