7.争いの火種と真実
タルバが数日前に追い払われた人間の街、エヴェイユ。最初に訪れたときは正規の方法で門から入る予定だったが、今となっては当然のように上空からの不法侵入を試みようとしている。
まさか本格的にお尋ね者になってしまうとは嘆かわしい限りだ。タルバは自分の体が世界に溶け込むイメージで透明化を始める。自分の腕を見ても腕の奥の景色が透過して見える。ちゃんと透明化は出来ているみたいだ。
なるべく音を立てずに高い塔に着地する。見張り塔なのか居眠りをした兵士が頂上で座っている。
(座っている兵士から鍵を拝借しよう。それでこの塔は出れる)
タルバはこっそりと居眠りをしている兵士から鍵を盗み、塔内部に螺旋状に作られた階段を降りていく。一段一段が無駄に大きい石造りで壁はレンガ製だ。ひたすら螺旋を下ると荷物置きになった地上階と鍵がついた木製の扉がある。階段の途中に扉もなかったことから、兵士から盗んだ鍵が他所のものだと判明する。
扉を開けて街に出る。夜道には誰も歩いておらず、街灯が機械的に道を照らす。街に砂漠が接近しているためか夜が恐ろしく寒い。獣人の集落とそう変わらない気温だ。
道沿いに進むと大通りに出た。大通りには飲食店や武器屋、冒険者ギルドなど俺にとってよく見慣れた建物が立ち並んでいた。
街の通りには砂漠から風で飛んできた砂がパラパラと降り注いでいる。多くの建物から明かりが消え、居酒屋や一部の飲食店だけが営業をしている。嵐の前の静けさを感じるとともに、戦争で変わる前の当たり前の生活風景を見ているように感じる。
街を歩き回ってタルバが降りた塔の近くにあった大きな2階建ての屋敷に立ち戻る。街中を見てこの屋敷以外に貴族が住むような場所は見当たらなかった。
鉄の柵で囲まれた大きな屋敷。門の外と中には警備兵が巡回し、門が固く閉ざされている。俺は体を光に変えて鉄柵をすり抜け、敷地内へと侵入する。玄関から入れば当然警備兵にばれかねない。俺は辺りを見渡して、1階の部屋の窓が開いていることに気づく。これ幸いと窓から屋敷へと突入した。
俺が入った場所は応接室だった。高級なローテーブルとソファ、壁に絵画が掛けられ、壺や骨董品などイメージ通りの貴族の部屋だった。
木製の扉を押してあけ、廊下に誰もいないことを確認しながら扉を閉じた。屋敷内には誰も歩いておらず、どこからか聞こえてくる声が微かに聞こえる静けさ。
俺は貴族ならば1階という賊に押し入られたときに危険性の高い場所にはいないと判断。ただでさえキッチンや応接室がある場所では寝ないだろうとも思った。だから2階にいるだろうと踏んだ。
屋敷に聞こえる微かな男性の声がする部屋へとひとまず向かってみる。階段を上がり、いくつもの部屋を警戒しながら通り、辿り着いた男性の声が未だにする一番大きい部屋。
(まだ起きているからドアを開ければ不審に思われる。光の粒子に変化して中に入るか)
タルバは鉄柵を越えた時と同様に体を光に変える。何度も使ったことで気づいたが装備も光に変えられるみたいだ。
扉を抜けた先には初老の男性が木製のデスクで作業をしている。近づいて何をしているか確認すると、日記に記録を書いているみたいだ。
「ふっふっふ、10年前に蒔いた種が漸く実を結ぶ……長かった。馬鹿なエルフが獣人と手を組もうとしなければもう少しことは楽に運んだが……まぁいい。明日穢れた獣人もエルフと共倒れだ。そしてエルフを捕まえれば私の野望まであと一歩だ」
初老の男は日記を引き出しに仕舞って部屋を去り、隣の部屋に入った。
(あいつが黒幕か?)
俺は引き出しを開け、男が書いていた日記を読む。直近は計画がうまくいってるとか戦争の大義名分のためにとある裕福な商人その他を毒殺したと書いてある。
手元の日記を遡って日付を確認していくが、約2年前の記録が最も古いようだった。求めているのは10年前の真相。先ほどの口ぶりからして黒幕の可能性が高い。引き出しを漁って過去の日記を探していく。
デスクの床に近い引き出し内に過去の書類や日記が詰め込まれていた。綺麗に片づけていることから几帳面な性格だと見て取れる。
俺は全ての日記を確認しながら10年前の日記に辿り着く。エルフや獣人について触れている箇所を片っ端から読み進めていくと、俺の予想は的中していた。
この日記には10年前の真実が書き記されている。この日記を書いた貴族であり先ほどの初老の男はムーソル=ドローススというらしい。若い頃に知った人間至上主義思想に傾倒し人間こそが最も偉大な人種だと信じ込んだようだ。だが彼の生きていた時代にその思想は危険思想とされていたことが書かれている。だからこそエルフや獣人という存在がいかに人間に劣っているか、またいかに醜いかを理解させる必要があると考えたムーソルは争いを起こさせることにした。
彼は10年以上前に個人的に引き取り育てていた暗殺者、レモラという少女がいた。彼女の能力は『変身』。殺害した相手にそっくりそのまま変身することが出来た。彼女の変身は匂いやしぐさなどの本人の特徴もそのまま引き継ぐようで、違和感なく潜入することができるようだった。
ムーソルはレモラに獣人側に潜入させ、オニロの護衛としてついていた獣人を殺害。変身して成り代わった。食事に強力な即効性の睡眠薬を混ぜ、三者を殺害。エルフの死体を森の近くに持っていき、投げ捨て、自分で軽く傷を負い、オニロの血を塗って致命傷を負っているようにカモフラージュした。
あとは獣人たちの知っての通り、護衛として逃げ帰ってきたこと、オニロが殺害されたこと、エルフが森に帰ったことを仄めかし、仇討ちのために森に向かうふりをしてエヴェイユに帰還したようだ。
ただしこのレモラも残念なことに口封じをされたようだ。褒美として与えられたご馳走に毒が仕込まれ、毒殺したことが書いてある。頭の悪い孤児は豪勢な飯というしょぼいものしか望まないため対価と結果の効率が良いと。
「はぁ……こいつは本物の屑だ。こんなやつが貴族をやって、争いの火種をばら撒いているんだな。戦争を始める前に、どの陣営も正しく戦う意味を知らなければならない。何のために戦うのかを。情報の大切さを痛感した。ことなかれ主義の俺のままならこのまま逃げてたな」
タルバは日記に書かれた屑の思いを不愉快そうに見て、ため息をついた。きっと世界中でこんなことが起きて、真実を知らされることなく命を懸けさせられる平民たちがいると思うと気分が悪い。命の価値はこの世界では等価じゃない。実際ベゼル王国で貴族の依頼を受けた俺の王都時代の友人は無茶な討伐に加担させられ死んだ。
彼はブスカ=ドルという名で古の勇者が好きで研究をしていた。俺も彼の話は好きだった。自分の知らない古の勇者の話が面白かった。そして彼の死後、遺書に書かれた通り彼の研究資料は俺に渡された。彼が残した研究資料を見て古の勇者の真実を知った。
当時の俺は絶望した。冒険者としてどれほどの苦境にあっても折れずに依頼を受けていた俺は憧憬が崩れ、初めて絶望し今までの積もり積もったこともあって王都から逃げ出した。
それ以来俺は貴族が大っ嫌いだ。平民の命を玩具のように使い、使い捨てる貴族を心の底から嫌悪している。レイは貴族でなかったし、ウィンティもロード公爵家という公明正大なことで知られているため、仕方なく協力はした。でも俺は貴族という生まれたから選ばれた人間であるという考え方も気に食わない。
そしてそんな選民思想の上を行く人間至上主義という思想を持った貴族。自己の欲望のために他種族を陥れ、多くの命を散らせようとしている。たった一人の思惑で大勢の人間、獣人、エルフに戦火が降りかかるのだ。
一度戦争が起きれば、家族や友人を亡くした者が相手をさらに憎み、復讐の連鎖が絶ち切れなくなる。止められない負のサイクルが子孫を苛む。
「たった一人の野望のために何千人の屍が築かれるのか……」
将来的な話をすれば何千では済まない。今はこのエヴェイユとエルフの里、獣人の集落という小規模なものだが、これがこの島全土に広まれば何万という命が散らされる。年端もいかない少年少女が敵を殺すためだけに武器を取り、魔法を収斂するのか?。
(そんなことはあっちゃいけない……血生臭いことに望まない子供を巻き込むなど、種族がどうこうなんて矮小な問題じゃない。そんなことのために子供が生まれるんじゃない。全てに当てはまるわけではないけれど、親の希望や願いの結晶――それが子供だと俺は信じてる)
タルバは魔人の力を得てから長年見過ごしてきた問題に向き合い始めた。彼は強くなることを願った昔の自分の情熱を取り戻しつつあった。命が軽視される世界であっても子供を道具にするなど間違っているという綺麗事を押し通すつもりだった。
(これだけ計画を練る人間なら、戦争に参加するための大義名分を作っているはずだ。最近の日記も確認しておくとしよう)
タルバは最近の日記も再度確認していく。
すると新たな事実が浮かび上がってきた。この街には裕福な商人がいた。彼は金銭的な面での影響力を強め、他の街を含めるとムーソル以上の影響範囲を持っていた。ムーソルはそれを脅威に感じた。
また街の平民でムーソルの計画を知ってしまったカウサ=デセオという青年が面会したことも書いてある。商人の一人娘を手に入れようと拙い計画を立てていることを聞き、計画に組み込むことが決まった。カウサ=デセオに商人の一人娘ラキ=スパティールと結婚させる代わりに協力することを約束させた。
そして殺害計画を練った。ただ殺害するだけでは意味がないため、戦争に介入する大義名分の生贄にすることにした。ムーソルの予定していた毒水を飲ませて平民を殺害し、井戸や川に毒が放たれたことにする計画の歯車にあてはめた。
ラキ=スパティールだけを生かしてスパティール夫妻を毒殺した。街の医師、ティミドゥスを抱きこんで毒で死亡したことを患者たちに伝え、毒の話が自然と広まるようにした。さらに実際に川と井戸に毒を放り込み、魔道具で持続的に毒を流すことでその信憑性を増す補強を行った。
案の定ラキは何者かの策略によって殺害されたことを知る。そこにカウサだ。彼に獣人やエルフとの関係性などを吹きこませた後、獣人やエルフから良く思われていないために毒を混ぜられたという噂を流した。馬鹿な平民が毒のことを信じずに井戸水や川の水を使用して死亡したという嬉しい誤算も起きて噂が真実であると思い込み始めた。
そしてラキは獣人、エルフを予定通り憎み、彼らとの戦いの必要性を説く扇動者兼大義名分の象徴として今日まで働いてくれた。スパティール夫妻を良く思う者も多かったため、ラキへの同情と獣人やエルフたちが水面下で攻撃を仕掛けてきたことに憤る平民たちも多かった。
結果、ムーソルの計画通り人間は戦争介入の理由ができ、平民の感情もコントロールできた。
(ムーソルを殺害したところで戦争は終わらない。だが排除しておかなければさらなる悲劇が続く)
タルバは日記を元の位置に戻して隣の部屋へと移る。難なくドアをすり抜け、楽しそうな微笑みを浮かべている初老の男、ムーソルの首を叩き切るのだった。
ムーソルの私室には首の切断された遺体と血を啜った深紅のベッドが残された。
――――――――――――――
ムーソルの記述にあったラキ=スパティールがどのような人物か見るためにラキ=スパティールの自宅へと向かう。1階がお店で2階に居住スペースがある平凡なレンガ造りの家。明かりが落ちているからか寂しげな雰囲気が漂っていた。
タルバはまた体を光の粒子にして潜入し、2階のラキ=スパティールの部屋へと入った。
腰ほどまである黒髪を片方に流すようにして纏め、色白の胸の大きな女性。このような事態であっても胸元に目がいってしまうのは男性としての性だ。最近は胸の大きな女性とよく会う気がする。
(まぁいい。話すよりも《ウォラキアの指輪》を使うほうが確実に相手を理解できる)
タルバは《ウォラキアの指輪》を使い、ラキ=スパティールの魂の情報を取得する。
ラキ=スパティール
身長165cm
体重57
年齢23
来歴
スパティール夫妻の元に生まれる。金銭、容姿、環境に恵まれ何不自由なく生活してきた。商人は常に冷静に取引をする必要があると考えており、一見クールに見えるが生まれて以降欲しいものは手に入れることができたため、我慢することが苦手。また我慢が苦手なことから激情家な側面を持つ。両親の仕事を手伝って生活必需品などの販売を手がけていた。両親がエルフや獣人に毒殺されたと思い込まされており、憎しみの感情が先行している。
能力 目印転移
自分が作成した目印を設置することで、自在に転移することが可能。ただし目印が移動している場合は転移が出来ないなどの制約もある。転移するには自分が目印の場所をイメージすることが必要で、必ず自分も転移しなければならない。他人だけなどは不可能。人に目印を付け、立ち止まっていればその目印に向かって転移することも可能。
(読み取れる情報には限りがあるようだ。それもこれも神具の下位互換だからという理由
自分自身の情報と比べると読み取れた情報が少ない印象がある。自分に対しては詳細に知ることが出来るのか、それとも他人だと制限があるのかは定かではない。
「見事にムーソルの術中というわけだ。無理もない。貴族の力はどの国でも強力だ……」
真実を知ることもなく、両親の殺害を計画した張本人にいいようにつかわれたラキ=スパティールに同情の言葉がついつい出てしまう。
「ん……」
無意識に出た言葉で起こしてしまったらしい。透明化をかけて身をひそめる。
「だれかいるの?」
上半身を起こした彼女は誰もいないはずの自室をきょろきょろと見渡す。
「誰も……いないよね。あの日お父さんもお母さんもいなくなっちゃんたんだから……」
か細く儚い声が1人で住むには広すぎる家に響いて消えていく。消え入りそうな声を背にタルバはエヴェイユから立ち去った。拳を固く握りしめながら。
獣人の集落によって荷物を回収し、ファンタズマに乗って離れた場所でテントを立てる。焚火をしながらビーフジャーキーを齧り、頭をかきむしる。たった一人の男が歪んだ思想に染まり、いかれた野望のために起こした事件で互いを憎しみ合うよう仕向けられた誰も悪くない悲劇が始まろうとしていた。
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