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へっぽこ魔人生  作者: 岸辺濫瀟
第4章
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4.集落の現実

 ファンタズマと集落へ近づくと、俺たちに気づいた誰かが近づいてくる。しっかりと顔が見える距離になると、牛の顔をした人型の生物だった。


(これが獣人という人種か……初めて見た)


 一定の距離で立ち止まった牛の獣人はこちらに声をかけてきた。


「あなたは何者か?」


 よく通る低い声でそう尋ねてきた。男だったようだ。獣人は見かけで判断が付きづらそうだ。


「旅をしている。出来れば泊めてもらいたい」


「ここは獣人の集落だ。あなたは獣人か?」


 牛の獣人から暗に獣人しか受け入れないことを伝えられる。エルフから聞いた話を加味すると、やはり他種族に警戒をしているようだ。砂漠で野宿なんて出来るとは思えないため、賭けに出る。


「俺は蝙蝠の獣人だ。人間の魔道具によって姿を人間に変えられてしまった。だが翼は見ての通り生えている。時間が経てば元の姿に戻れるようなんだ。だから入れてくれないか?」


 そう言って俺は牢屋で練習した肉体変化で蝙蝠の翼を広げる。服を気遣わなかったため、翼が生えたところは破けてしまった。これで信じてもらえないなら無理そうだ。


「蝙蝠の獣人は聞いたことがないな。だがその翼を見る限り、人間でもエルフでもなさそうだな。よし、集落に来ていいぞ」


「助かる。ついでにこの辺の獣人の話も聞きたい」


「わかった。だが俺は監視の仕事があるからな。他のやつに案内させよう」


 そういうと彼は踵を返して集落に戻っていった。俺とファンタズマも後を追う。彼は近くにいた鷹の獣人に話して俺の案内を頼んでくれたようだ。俺は牛の獣人に軽く会釈して鷹の獣人に声をかける。


「あなたが案内してくれるのか?」


「そうだ。鷹の獣人で名前はフォスターだ。よろしく」


「俺の名前は……バットだ。よろしく」


 俺は咄嗟に嘘をついた。俺は昨日人間の街に入ろうとしている。そして騒動を起こしたため、もし自分の名前を知っている獣人がいれば人間だとわかられてしまうからだ。


「バットだな。ラモット――さっき会った牛の獣人から話は聞いてる。魔道具のせいでそんな姿にされたなんてかわいそうに……だがここならひとまず安全だ。仲間たちがいるからな」


 フォスターは俺と同じように肩甲骨から生える羽を折り畳み、鳥のかぎ爪のような手を握って胸を叩く。彼は牛の獣人とは違い、手足や羽根に獣人としての特徴が出ているが、顔は人間と同じだった。そのせいでまじまじとフォスターを観察してしまう。


「どうしたんだ、バット。そんなじっくりと見て。鳥の獣人に会ったのは初めてか?」


「あ、あぁ。そうなんだ。それにあまり獣人の多いところにいなかったから、驚いてるんだ。入り口で会ったラモットは顔が牛だったが、フォスターは顔が人間がメインだと思ってな」


「バット、そりゃーそうさ。獣人といっても特徴がどう出るかはわからない。獣人としての特徴が色濃く出るラモットみたいなタイプもいれば俺や今のバットみたいに薄めのやつもいる。こればっかりは個人差だ」


 彼は一度区切ってからまた口を開く。


「だがバット、よく覚えておいてほしいんだが、獣人によっては特徴が強く出てしまったことを気にしているやつもいる。バットはあんまり同胞に会ってこなかったかもしれんが、特徴の出現具合って言えばいいのかな、それを指摘しない方がいい」


 獣人の暗黙の了解をフォスターは怒るわけでもなく、丁寧に注意してくれる。獣人の中で生活していれば自然と身につく不文律だ。俺が獣人だとして常識を知らないということは消去法で家族以外の獣人と接する機会がなかったと判断されるだろう。ましてや人間に魔道具で姿を変えられている設定だ、変な想像でもしていそうだ。


「ありがとう。そうゆうことには疎くてね。俺が気づかずに失礼なことを言ってしまったり、やってしまったら遠慮なく言ってほしい」


「わかった。といっても獣人間で暗黙の了解は今言ったことくらいだ。あとは獣人の中でも各氏族によって価値観が違う。例えば俺のような鳥系の獣人と獅子系の獣人の価値観は全く違う。獅子系の獣人は強さを尊ぶが、俺たちは速さを尊ぶ。似て非なる価値観だ。その辺は意識したほうがいい」


 フォスターは具体的な例を用いて説明してくれる。俺が獣人の集落で気を付けることは相手の価値観と容姿についてぐらいか。人間社会よりも簡潔でわかりやすい。


「そういえば、水で困っているという話を聞いたんだが、どういうことだ?」


「あぁ、簡単な話だ。この砂漠には満足に雨が降らない。水を蓄える自然もない。だから水が足りなくなるんだ。昔はこんな砂と土ばかりの殺風景な場所でもなかったんだがな。今じゃこのありさまよ」


「そうか。この土地は厳しい場所だな……。だが水が足りないとなると命の危険があるはずだ。獣人内で争いは怒らないのか?」


「そう思うよな。百聞は一見に如かずと言う。俺たちがどうしているかは直接見るほうがいいだろう。お前にとっても他人事ではなくなるからな。案内する」


 彼は俺に何かを見せようとしている。俺はひとまず彼について歩いた。案内された場所は木の蓋がされている大きな井戸。滑車が取り付けられ、水がくみ上げられるようになっている。人間の街にもある井戸の大きいサイズ版。


「よく見てるんだな。ここで。直に子供たちが来る」


(……子供たち?)


 俺とフォスターは井戸の近くで座って待つ。しばらくして虎、サイ、ハリネズミ、ゾウ、鷹の獣人の子供たちが井戸にやってきた。彼らは協力して井戸から水を汲み上げる。虎、サイ、ゾウの子供が井戸のバケツを滑車で引き上げる係で、ハリネズミの子はバケツに乗って直接井戸に降りて行った。鷹の子は飛びながら井戸の中に降りていく。


 彼らは声をかけあって、井戸の中の水をバケツに入れているようだ。水の量が少ないために上から落としただけでは水を掬えないことがわかる。そうでなければわざわざ井戸に降りない。


 鷹の子がハリネズミの子を掴んで井戸から出てきた。そのタイミングで虎、サイ、ゾウの子供たちが引き上げる。バケツにはコップ3杯分ほどある土交じりの水しかない。ここに居る子供は5人。1人1杯も飲むことができない。それでも彼らは少ない水を分け合い、ゆっくりと飲んでいた。

 俺にとってこの光景はショックだった。人間の街で水が不足することは滅多にない。なぜなら魔法で出せる者もおり、困ることはまずない。俺は魔法適正に水があったことから人生で一度も喉が渇いて困ることはなかった。魔法で出せたからだ。なぜ獣人は魔法で水を出さないのか。


(いや――出せないのか?)


「なぁ、フォスター。俺は他の獣人を見かけたことがなかったからわからなかったんだが、獣人は魔法が苦手なのか?」


「獣人は魔法が苦手なものが多い。魔法適正がないわけじゃないんだ。ただ自分の肉体から離れて放出するような魔法は不得手なんだ。逆に【身体強化】みたいな魔法は人間やエルフ以上に使いこなせる。魔力量もそこまで多くないから井戸に水を足すことも満足にできないんだ」


 フォスターは井戸を見つめながら、消沈した声で話す。獣人の子供たちは水を飲み終わったのか笑顔で走り去っていった。一滴も零さず大切に飲んでいた獣人の子供たち。人間の街では少しでも汚いと飲まないやつもいるのに、ここでは土交じりの水であっても大切に飲むんだ。


 争うこともなく、互いに思いやりあって苦しい環境の中で生きている。俺だったらそんなことが出来るだろうか。追い詰められた時に人間は本性を表すとよく言われる。俺は誰かを思いやり、分け合う余裕があるのか。


 俺は最強の1等級冒険者を目指していた頃から今まで、自分以外の誰かのために自分を犠牲にしたことがあっただろうか。30年という人生の中で苦しさに耐えながら、誰かを助けた覚えはない。巻き込まれて結果的にそうなった事はあるが、自分が生きてやりたいことをやる人生。それが俺だ。


 子供がいれば、自分の持っているものを与えたいとか残したいとか思うのだろう。その時、年齢が大人の子供から真の大人になる気がする。俺はその道を避けた。通らなかった。だからいつまでも自分中心の生き方しかできないのかもしれない。ジグライトもゲルニーツァでもそうだった。自分のやりたいことばかりで失敗している。


(冒険者証をなくして人間社会から孤立し、エルフから追われ、獣人の集落で自分を見つめなおしている。培ったものを全てなくして初めて、俺に何が足りないのかわかった気がする。人間は1人では生きていけない。それは魔人になっても同じなんだろう。適当に生きるのは辞めよう)


 タルバには心境の変化が訪れていた。苦しい環境下でも助け合う獣人の子供たちを見て、大の大人であるタルバは自分を振り返った。人間社会でも生きられなくなった彼は腰を落ち着けて考える時間を得たことで、今後の身の振り方を考えていた。いづれこの獣人の集落からもいなくならなければならない。


 ここと去った後も旅を続けて隠棲することしか考えていなかったし、それがベストだと思っていた。でも今は違う。俺は魔人になり、魔力量も魔力の制御力も上がった。翼を生やし、成長すらも感じる。過去に諦めたことが出来るようになっている今があるにも関わらず、今まで通りでいいのか。


 俺は魔人になった。肉体が進化し出来ることが増えた。それでも人目を避け、ずっと1人で生きていく選択でいいのか。心はそのまま据え置きでいいのか。自分では対応できないから、他の誰かがやってくれると他人任せにしてきた。実際に強力な冒険者たちが人々を助けていた。だが今はどうだ。自分で助けられる力があるのにこのままなのか。


(どうしたいかはまだわからないが、今までみたいに押し付けて逃げるだけの人生は変えたい――)


 タルバはまだ曖昧な感情だが新しい一歩目を踏み出す気でいた。そしてその一歩は自分のできることをやる。ただそれだけだった。誰かに任せるのではなく、自分が助けるのだ。


「フォスター、井戸を見てもいいか?」


「おいおいバット、水が飲みたいかもしれんが大人は2日に1回しか飲めない決まりだ。見るのはいいが、飲めないぞ」


 フォスターはタルバに注意を促す。俺は頷いて井戸に歩いて行った。魔力は十分にある。自分が避けてきた人助け。なんのメリットもないけれど、何かを変えたくてタルバは行動に出た。


「水魔法【水球】」


 タルバは大きな水の玉を出す。魔法は魔力を注げば大きく、威力を増す。空中に浮かべたまま意図的に【水球】の真下を制御しない。制御を外れた箇所から水が滝のように漏れだす。真下の井戸が水で潤っていく。


「ちょっちょっと待て、お前そんなに魔法使って大丈夫なのか!?」


 フォスターが慌てて制止しようと俺の肩を掴む。


「大丈夫だ。俺は変わっているんだ。魔法が結構使える」


 タルバは顔色を変えず、井戸が満杯になるまで水を注いだ。その場しのぎの偽善。それでも見殺しにはしたくなかった。それは子供たちの姿を見て、この集落の獣人たちには生きてほしいと思ったからかもしれない。


「ふぅ……終わったぞフォスター」


「あっありがとう、本当に。ありがとう」


 フォスターは涙を流して泣いていた。2日に1回しか飲めなかった水が満杯にあるんだ。井戸の残りからして数日後には水はなくなっていた。フォスターはじわじわと迫る脱水の恐怖がなくなり、まだ生きていけることへの感謝で感極まっていた。


「おいおい泣くなよ。水がもったいないぞ。ここでは貴重だろ?」


 俺は冗談めかしてフォスターを揶揄ってみた。フォスターは拭っても拭っても止まらない涙を止めようと腕で目をゴシゴシと拭く。


「さて、俺はテントがあるからどっか場所貸してくれ。後まだ空をうまく飛べないから飛び方を教えてくれ」


 タルバは交換条件と言わんばかりになんでにない要求をした。フォスターなら簡単に出来ることを対価として集落の獣人たちが生きられる水を出してくれた。


 フォスターは心からこの巡り合わせをくれた神様に感謝することになるのだった。


――――――――――――――


 集落のはずれで俺はフォスターから翼の使い方を伝授してもらっていた。コツは肩甲骨付近を意識して動かすこと、飛び立つ最初はバサバサと力強く動かす必要があるが、一定の高度になればそこまで動かさなくても飛んでいられるということだった。


 実際に試してみると30分ほどで飛ぶことはできた。フォスター同伴で空の旅を楽しんだ後、地上へと帰還した。空を飛ぶことの爽快さや自分が見ていた景色が小さく豆粒のように変わり、地上の明かりがきらきらとした宝石のように見える景色は空を飛ぶ者の特権ともいえる素晴らしい景色だった。


「ありがとうな、フォスター。翼の使い方を教えてくれて」


「いや、お礼を言うのはこちらのほうだ。お前の出した水で俺たちはまだ生きられる。いわば命の恩人だ。出来ることがあれば何でも言ってほしい。力になる」


 恩義を感じているフォスターならイリムの話で気になっていたことを聞いても教えてくれそうだ。そう感じたタルバは率直に質問してみることにした。


「フォスター、エルフと獣人はどんな関係性なんだ?どうやら過去になにかあったと聞いているんだが」


「何かあったなんて生易しいものではない。奴らは我らが獣人の代表を殺害した。もう何十年も前の話だ。エルフの代表が獣人にコンタクトをとってきて――」


 フォスターはエルフと獣人の間に起きた事件を教えてくれた。10年ほど前、エルフの代表者ピステヴォ=ビリャールが我ら獣人に会いに来た。拡大する砂漠化を止める方法があると。そしてその方法を伝えに来たと話していた。


 このピステヴォに対応したのが当時のこの集落の族長オニロ=フスクム。チーターの獣人だった。ピステヴォはオニロに砂漠化の原因が獣人たちの計画性のない木の伐採行為にあると考えていた。もしそれを計画的に行えるならば、後はエルフたちで雨を降らせることで徐々にではあるが自然を取り戻せると語った。


 オニロも半信半疑だったがピステヴォと協力して小規模の実験を行い、効果があることがわかった。オニロもピステヴォを信頼して全面的な協力をし、砂漠化を止め、将来的な豊かさのために対策を講じようとしていた。


 事態が急変したのはオニロとピステヴォが重大な話し合いがあるとしてある場所に集まって食事をしながら会議をした時だった。参加者はオニロ、ピステヴォとそれぞれの護衛が1人ずつの計4名だった。

 そこでピステヴォとその護衛はオニロを殺害した。護衛の獣人も殺されかけるが、命からがら逃げることに成功した。身体能力に優れ、【身体強化】を全力でかけた獣人にエルフが追いつけるわけもなく、集落まで辿り着くことに成功する。


 護衛から語られた話は信じがたい内容だったが、後日会議となった場所にオニロの死体があり、エルフの死体はなかったことからエルフによる犯行だと断定された。

 当時の生き残った護衛は目の前で護衛対象を殺害され、慕っていた人物を失った怒りからエルフの里へ単身向かい、その後消息を絶った。


 こうしてエルフと獣人との間に深い溝が出来た。フォスターなどの世代は当事者ではないが、年配の世代はオニロと共に生きた世代でまだ根強く憎しみの禍根が残されているとも話している。年配世代はエルフから水資源を奪うとともに過去の報復を行うために徹底抗戦を掲げているようだ。その槍玉としてオニロの孫であるアウローラ=フスクムがいるらしい。


 アウローラが徹底抗戦派の象徴としている間はこの主張が消えることはないみたいだ。年配の世代も減っているが、集落の状況からして戦って奪う以外に選択肢もなく、同調している者も多いらしい。


 フォスターも選択肢がないために同調していると話していた。ひとしきり話し終えてフォスターは戻っていった。集落の外れなんかにいないでもいいとは言ってくれたが、ここを立ち去るには誰もいない外れの場所が都合がいい。


(それにしても不可解だな。エルフから最初に接触してきているし、何よりエルフ側にメリットが少なくないか?むしろ自然を愛している彼らは獣人の行いに怒って戦いを挑んできそうなものだが)


 しかし、事件が起きたことは間違いないのだろう。会議場所にはオニロの死体だけだった。獣人側からしたらエルフの代表者ピステヴォは死んでいないのだから。


(いや、待てよ……イリムの話ではピステヴォは死んだと言っていた。しかも何が起きたのかわからないままとも言っていた。それはエルフ側にとっても想定外の事だったんじゃないか?それならなぜエルフも獣人も代表者が殺害されたんだ?)


 なんとなくイリムに聞いていた話とフォスターから聞いた話には不可解な食い違いがある。どちらにもここで代表者を失って益はない。むしろ遺恨が残るという関係性の悪化しかない。


(エルフか獣人どちらかに代表者たちを消したい者がいたのか。それ以外に考えられる最も利益がある存在。それは――人間。もしそうなら辻褄は合う)


 タルバはこれから起きる戦争が何者かの意図で引き起こされようとしているとしか思えなかった。それぞれに憎しみ、戦う理由と追い詰められている現状がある。真実を見つけられる立場にいる者はいない。ただ一人、タルバを除いては。


いいね、高評価、ブックマーク登録をしていただけると励みになります。


よければよろしくお願いいたします。

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