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へっぽこ魔人生  作者: 岸辺濫瀟
第4章

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3.脱獄と休憩

 牢屋に戻った俺はいつでも体を動かせるようにウォーミングアップをしていた。不審な行動でしかないが、イリムが気を利かせたのか看守はいなくなっていた。

 牢屋に戻るとき、木々の合間から見えた太陽光が作り出す影から大まかな日の沈み具合を把握した。どうやらそろそろ夜になるくらいだ。


 エルフたちの魔法でどれだけ意識を奪われていたのか、時間間隔が狂わされていたが意外と時間が経っていなかった。体のストレッチをしながらイリムの準備が終わることを待つ。取り調べの後、イリムには準備が終わったら牢屋の柵を解除するように伝えた。


 そうすれば後は装備を持ってとんずらをこくだけだ。イフィンティブには感謝しているが、こんな事態になってるのもあいつのせいだ。


(あいつが今の俺を見たら楽しそうだねぇ~なんて間延びした声で言いそうだな)


 しっかりと手足の筋を伸ばし、冷えた体を動かして温めていく。左手に嵌めた《ウォラキアの指輪》を眺めてはいつ返そうか思い悩む。


(この指輪があると俺の正体の裏付けが取られるからな。奪ったけど……エルフの秘宝らしいからどっかで返してあげたいなぁ。脅迫と窃盗って人道に反している。もう人じゃないけどさ)


 魔道具として優秀で手放したくない気持ちはあるが、入手方法に罪悪感がある。今のところエルフたちに手荒なこともされていない。むしろ対話という平和的な方法を最初から取ってくれている分、好印象だった。


 考えてもまだ準備が整わないようなので、タルバはイリムから聞いた肉体変化ができるという話を試してみることにした。蝙蝠みたいな翼が生えないかな~と肩甲骨付近を意識して念じてみたら、翼が実際に生えてきた。生えた時には変な声が出た。翼を動かしてみるが飛ぶのはまだ難しそうだ。ひっこめ~と念じたらなんか翼は引っ込んだ。便利な体になったもんだ。


 そうこうしている内に牢屋の柵であった蔦が壁に向かって動き出す。手足に付けられた拘束用の蔦もシュルシュルと紐のように床に落ちる。晴れて自由の身になったタルバは牢屋の外へと踏み出す。


――――――――――――――


 外はすっかり真っ暗だった。植物製のカンテラがいたるところに配置され、人間の街の街灯のように立ち並ぶ。人間の街の街灯と違うところは不規則に立ち並んでいるところだ。木が生えている場所は避けて設置しているためか自然物を避ける形で歪に設置されている。


 真夜中であっても警備をしているエルフがちらほら見える。日中は木々で太陽光が遮られ、カンテラの明かりもつけていなかったため、このエルフの里の全体像がわからなかった。


 しかし、今は明かりも多く灯っており、遥かに見やすい。タルバがいるツリーハウスは里の中でも奥にあり、真反対にある木製の門がこの里の出入り口のようだ。それに里全体を木の壁が覆っている。牢屋のこのツリーハウスの真裏にも壁が隣接していた。


 取調室や牢屋があるこのツリーハウス周りには特に家も施設もない。里の中でも隔離された場所のようだ。近くには警備も見当たらないあたり、イリムが本当に俺を逃がそうとする配慮を感じる。恐ろしい魔人が友好的に接しているだけありがたいことなのだろう。問答無用で暴れられたら里のエルフは全滅だ。

 

 俺の場合はそんな力ないのだが、《ウォラキアの指輪》を奪われたイリムは知る由もない。彼女は今、同胞の、里の存続のために必死で脱獄幇助しているのだ。


(脅した俺が言うのも変だけど、健気だなぁ~)


 タルバはツリーハウスの梯子を降りて、木陰に隠された自分の装備とファンタズマを見つける。


「おぉ~無事でよかった。ほんとに。昼間はありがとな、ファンタズマ。おかげで逃げれた」


 装備を流れるように身に着けながらファンタズマの首元にポンッと手を置く。金属鎧と兜で覆われたファンタズマはどんな表情をしているのかよくわからない。それでも手に頭を擦りつけているのは可愛らしさがある。見た目怖いけどな。


(装備も戻った。後は脱出だがこの里、里の周囲を木の壁が取り囲んでいる。脱出するにはこの壁をどうにかする必要があるな)


 タルバはおもむろに目の前の木製の壁に近づく。触ると外気に晒された木のざらつく触感が手に伝わる。物は試しと剣で斬りつけてみる。鈍い音がした後、剣はいともたやすく弾かれてしまった。


(どうやらこの壁には魔法が刻まれている。それも強度を上げる系統の魔法だ。俺の使える魔法では音が出てしまう。壁の破壊はできそうにないな…)


 壁を破壊して通るという選択肢はなくなった。そんな時、ふとタルバは思い出した。あの銀エビから逃げる時、トンネルを掘ったことを。この門がどれだけ地中深くに建てられているか次第で、トンネルで抜けれると思った。


(イリムがごまかしているだろうが、時間は有限だ。試せることは試すしかないな)


 タルバは壁の近くの地面を真下に『圧縮』して地面を押し下げていく。1メートルくらいで木の下限に到達した。トンネル作戦で脱出できることを確信する。


(これなら5分足らずでトンネルは掘れる。あとはファンタズマが通れるようにするだけだな)


 タルバはトンネル堀に精を出した。地上の門がトンネルに落ちてきては困るので、木に触れていた土を『圧縮』してアーチ状にした。あとはスロープをイメージして均すことでトンネルは完成した。


 なんなくファンタズマも通ることが出来、地味な脱獄は即席の協力者の尽力も相まってあっさりと終わったのだった。


――――――――――――――


 タルバはファンタズマの背に乗って森を突っ切っていた。日が出れば流石のエルフたちもタルバが脱獄したことくらい気づくだろう。イリムが他のエルフに詰め寄られる姿が思い浮かぶ。


 脅した女の子を想像しながら、タルバは《ディームコンシータ》に備え付けられた魔法鞄から保存食を取り出す。よく考えなくとも丸一日飯を食っていない。目の前のことに精一杯で空腹すらも感じなくなっていたが、一息つくとご飯が食べたいと思うあたり、まだ人間らしさが残っていると感じる。


 本日の保存食はビーフジャーキーとお手製クッキーだ。お手製クッキーは以前レイにも食べさせた能力を贅沢に使用して無駄に固く、食べづらく、最低限の味がついた、俺が唯一自作できる保存食だ。ビーフジャーキーはザクスが買っていたものをバルガンにいたときに拝借した。あくまでも貰ったんだ。これに関しては盗んでいない。ちゃんと了承も得ていた。


 固くてぼそぼそした口触りで、砕けたクッキーの欠片が口内から水分を奪う。魔法で水を少量出しながら食事を進める。


(なんだこのビーフジャーキー。うますぎないか?めっちゃ高かったんじゃなかろうか)


 タルバはザクスから貰った保存食とは思えない美味しさのビーフジャーキーに舌鼓を打つ。だが食べ物の匂いがしたためかファンタズマが激しく上下に揺らしながら走り始めた。


「わっ。どうしたんだファンタズマ。急に暴れて……あ、そうか。お前も飯食ってないよな」


 タルバがご飯を食べていないということは一緒に動いているファンタズマも食事をしていないということだ。実はエルフの里で水と食料をファンタズマは与えられていたのだが、主が食べてないことから自分が食べるわけにはいかないと固辞していたのだった。


「ごめん、ごめん。結構離れたしいったん休憩しようか」


 タルバはそうファンタズマに話しかける。飢えることは苦しいことだ。食事というのは食べられるときに食べておかなければならない。今はエルフも近くにいない。それにこの森にいる魔物はファンタズマを避けて近寄ってこない。エルフが管理しているからかそこまで驚異的な魔物もいない。


 タルバは木陰に座って改めて休憩を摂ることにした。

 地上に這い出ている木の根に座り、《ディームコンシータ》から取り出したファンタズマ用の食料を与える。ファンタズマ用の食料と言っても王都で魔法学院の帰りによった店で買った食料や鉱石だ。ファンタズマは今わかっている範囲では草、肉、魚、岩などの鉱物、魔物を食べることができる。買った時は《ディームコンシータ》がなかったために収納できず、そこまでの量はない。


 とはいえ、食料に関してはそこまで心配ではない。バルガンでザクスが狩ったファングウルフを譲ってもらいザクスの魔法鞄で途中まで持ち帰っていたのだ。個人的に無益な殺生は好きではないので、放置したくなかったという理由だったが、過去の自分のファインプレーが今の自分に活きている。無駄なことは何もなかったのだ。


 度重なる事件で気づかぬうちに神経をすり減らしていたタルバは疲れていた。そもそもゲルニーツァの離島で銀エビと遭遇してから一睡もしてないのだ。2日連続の徹夜は若い時期を過ぎ、中年に差し掛かっているタルバには厳しいものがあった。


 ファンタズマが食事をしている姿を眺めながら重くなってきた瞼を静かに降ろした。木の根に沿うようにタルバは眠気に身を任せてしまうのだった。


(人間社会で生きられない俺の生きる意味ってなんだろうな……)


 弱った気持ちから来る答えのない悩みが頭から離れなかった。



――――――――――――――


 胸元に重さを感じ、徐々に息苦しさを感じる。息苦しくなってたまらず瞼を開ける。目の前にはファンタズマが片足で体重をかけている姿だった。最後の記憶は眠気に負けてしまい、無防備にも眠ってしまったようだ。


 上半身を起こすと、先ほどまで横たわっていた木の根によだれが垂れ、輝きを放っている。まだ太陽が空に昇っていることから既に日中に突入していることがわかる。だいぶ寝てしまったようだ。


「あぁ~やっちまったな。これは。寝過ぎた」


 長いこと寝続けた俺を気にかけてファンタズマは起こしてくれたようだ。何て賢い馬なんだ。前世は人間だったんじゃないか?


「ごめんなファンタズマ。また森を走ってエルフたちから逃げよう」


 改めてファンタズマの背に跨り、森を駆ける。寝ていた俺を遠くから狙っていたファングウルフたちがいたくらい軽い危機だった。ファンタズマに感謝だ。


 ファンタズマがまた走り始めてから30分ほどで森を抜け、昨日見た砂漠と塔がある街が見える。人間の街にはいけない以上、砂漠に向かうのがよさそうだ。昨日ファンタズマが走っている様子から問題なくファンタズマは走れる。食糧事情も悪くないし、水は魔法で出せる。

 今は人間からもエルフからも逃げることが先決だ。


 軽く流すようにファンタズマに走ってもらう。砂漠に対して俺は無知だ。どのように動くことがセオリーなんだろうか。少なくとも水と直射日光ぐらいしか気を付ける要素が見当たらない。


 砂漠特有の魔物もいるだろう。砂漠に潜む魔物はどんな姿をしてどんな生態をしているのか想像する。必要に応じて戦闘になることは気にかけなければならない。それは冒険者として当然の覚悟だ。未知の生物と出会うことが多い冒険者はその場所の特徴を把握して、魔物の特徴を想定する。


 今回で言えば砂漠ならではの特徴を有している魔物の想定だ。サンドスコーピオンなどの砂を攻撃に使用する魔物やサンドワームのように砂に隠れる魔物、蜃気楼が起きると聞いたことがあるため幻覚や大気操るタイプもいそうだな。


 目視できる範囲では魔物はいなさそうだ。そう思った次の瞬間、俺たちの真横から勢いよく飛び出してくる魔物がいた。昔他の場所で戦ったことのあるサンドワームだった。サンドワームは俺たちに並走する形で追ってくる。


 トビウオのように砂から出てはまた潜り、アーチ状に進む。砂が空中に舞い上がり、視界が悪くなる。戦闘は避けられそうにないが、地の利はサンドワームにある。移動速度が早いことからファンタズマから降りることは悪手。騎乗したまま戦闘することを瞬時に決める。


(砂漠にいるんだから流石に土魔法くらいは使うよな。使える砂が一杯あるわけだし)


 戦闘の意思を固めた直後、サンドワームがとびかかってきた。ファンタズマが一歩だけ全力で地を蹴り、余裕を持って回避する。俺はファンタズマの手綱をしっかり握りながら剣を抜く。


「まずは小手調べだ。【ウォーターカッター】」


 タルバの手元から射出された水の刃がサンドワームに飛来する。サンドワームは自分と【ウォーターカッター】の間に砂の壁を作り上げて防御する。


「ちっ……流石にこの威力は効かないな。ならば【水刃】!」


 タルバの剣に茶色い水が纏わりつき不気味なオーラを醸し出す。ゲルニーツァで斬った呪われた魔石の効果は依然続いていた。鼻にツンとくる刺激臭が辺りに立ち込め、魔法を起動した直後はファンタズマも一瞬ふらついた。


 それでも立て直して走ってくれるファンタズマはなんて優秀なんだ。感謝の気持ちを抱きながら【水刃】をものともせずに接近してくるサンドワームを迎え撃つ。ファンタズマが力を絶妙に調整し、俺が紙一重で躱せる様に調整してくれた。すれ違いざまに一太刀入れる。


 痛覚がないのか緑色の血液を垂れ流しているにも拘らず、ギチギチと顎を鳴らして威嚇してくる。今まで並走していたサンドワームは一旦その場に留まり様子を伺っている。俺たちもサンドワームと距離を取りながら向かい合う。


 汚臭を放つ【水刃】をコントロールしながら剣を振り、一度も意識的に出せなかった【ウォーターカッター】を飛ばす。臭い匂いが染みついた汚水版ウォーターカッター。同じようにサンドワームは砂の壁を作り上げて防御しようとする。


 しかし残念なことに砂の壁を紙きれのように切り裂いてサンドワームの元へ到達する。タルバの剣にはジグライトが圧縮されている。効果は魔法威力の増加。先ほど手元から出した【ウォーターカッター】とは段違いの威力に変わる。


 さっきと同じように防げると高を括っていたサンドワームはタルバが飛ばした汚水版【ウォーターカッター】であっけなく首を切り落とされるのだった。


「ふぅ~勝てて良かった。滅茶苦茶強かったらどうしようかと思ったわ」


 タルバは胸を撫でおろし、深呼吸をする。ゲルニーツァで飛んできた変な石を斬ってから水魔法の制御能力が明らかに向上している。それは《変水の中敷き》の効果もあると思っていたが、今回は発動していなかった。


「あの気持ちわりぃ石、もしかしたら貴重なものだったのでは……?」


 自分の剣に纏っている【水刃】を見つめ、ゲルニーツァで斬った石を思い出す。


(触手が纏わりついた時から剣で魔法を出すと酷い匂いの水が出るようになったが、その代わりに水魔法のコントロールがよくなっている……そういう鉱石だったのかもしれない)


 タルバは考えてもわからない石の正体を頭から追い出し、【水刃】を解除しようとした。


「いや、待てよ。せっかくだから【水刃】で出来そうなことを試してみるか」


 タルバはサンドワームが思いのほか弱かったことから自分の威力の増加した【水刃】を試してみたくなった。出来なかったことが出来るようになったことで成長を実感していた。自分が生み出してから長らく封印していた技だが、なんの巡り合わせか制御できるまでになっている。そのことがスローライフという停滞を望んでいた自分からなくなりかけていた前進する気持ちだった。


 好奇心の赴くままに【水刃】で【ウォーターカッター】を飛ばしてみる。先ほどのサンドワームの死骸を狙うと、スパスパと斬ることが出来た。他にも砂に目掛けて振ると着弾点の砂がボフッと弾ける。ひとしきり楽しんだことで【水刃】を解放。勢いよく汚水が前方に射出され、散々【ウォーターカッター】を飛ばしていたことも相まって汚水の水溜りが出来上がった。


「あーやりすぎたな。まぁしゃーないか」


 悪臭を周囲に撒き散らす水溜りを後にしてファンタズマと砂漠を駆けるのだった。


――――――――――――――


 徐々に日が暮れて、夜が訪れようとする時間。タルバは人工的な建築物を発見する。人間の街にある建物というには簡素で、エルフのように自然由来の建物というわけでもない。土魔法で作成したような家々。木材もほとんど見当たらない家はカルチャーショックをタルバに与えた。


「なんだあの家、それに砂漠にポツンと佇む街なんて見たことない。規模的には集落って感じだ。行く宛もないし、行ってみるか。なぁファンタズマ」


 まだまだ元気なファンタズマの鳴き声を聞きながら、集落へと向かった。日が沈んだ砂漠は日中とは真逆に急激に冷え込み、寒さが肌を突き刺していると感じるほど体毛の薄い人間には厳しい環境だった。






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