2.尋問
意識が徐々に戻ってきても現実を直視したくない気持ちが瞼を開かせまいと妨害をする。横になっていることから吊るされているといった酷い状態でもないのだろう。冷たい風が吹き抜けると、即座に目が開く。冬の寒さに身を晒すと命の危険を感じるためだろうか。
(ここはどこだ?牢屋か?)
タルバは木と蔦、魔法陣が描かれた牢屋のベッドで目を覚ました。ベッドとトイレしかない狭い牢獄。ベッドの向かい側には格子状に編みこまれ、魔法陣で強化された柵が牢屋の中を丸見えにする。
タルバが起き上がったことに気づいた看守のエルフがどこかへと去っていった。タルバは麻製の上下だけを来た状態だ。当然のことながら装備やファンタズマはここにはいない。手足には伸び縮みする蔦が俺を拘束している。どうやら手錠代わりに蔦を使うらしい。魔法を出そうとしても出しづらく、込めた魔力の10分の1程度の威力にしかならない。体の力も抜けるようになっている。
魔法・身体能力での脱出は不可能なことがわかった。看守の目がないことをこれ幸いと牢屋内を調べて回る。太い樹の幹のような蔦で組まれたベッド、仕組みがわからない水洗便器、格子代わりの蔦は両手で掴んで引っ張っても欠片も伸びず、金属のように固定されている。爪で削れないかと試したが爪が剥がれそうになってやめた。
ばれないようにこっそりとベッドの一部を『圧縮』してみたところ、うまく凹んだ。この牢屋では能力以外は有効打にならないようだ。
15分ほど試行錯誤を繰り返し、脱出できないか調べた。そんなとき看守のエルフが帰ってきた。
「囚人、イリム様がお呼びだ」
「誰だ?そのイリムって人は」
「無礼者ッ!イリム様は貴様を拘束した方だ。森であっただろう。それに様をつけろッ!」
「はいはい。あのエルフの人か。で、そのイリム様はなんのようだい?」
「それは取調室で聞くんだな。それと口の利き方には気をつけろ。貴様などいつでも殺せるのだからなっ」
そう吐き捨てて看守は蔦の格子を解除した。蔦は壁に向かって縮み、俺は一時的に牢屋から解放される。自分の手錠の蔦が伸びていき、看守に握られる。エルフの牢屋って面白い構造しているんだなぁなどと感心しながら、看守に手錠代わりの蔦を引っ張られ、先導されるように別室へと向かった。
――――――――――――――
ここはエルフの里のようで、木の上に家が建てられている。もちろん、地面にも家が立ち並んでいるが、全て木製の家だ。俺がいた牢屋は木の上にあり、木と木の間にかけられた橋を渡って別の場所へと移動している。
看守の雑な案内によって連れてこられた場所は入り口が一つしかない正方形の部屋だった。窓もなく外部から取調室で行われた内容が知られることのない完全なブラックボックス。異様に分厚い木材を使用した部屋のようだ。案内されている時に遠くから聞こえてきた声すら遮断されている。足元を見れば大きな魔法陣が刻まれており、さらっと見た感じマジックワードの構成から、恐らく音声を消す無属性魔法【遮音】が掛けられているのだろう。
部屋の中央に木製のテーブルと椅子が置かれ、一席すでに座っている人物がいる。彼女こそがイリム様その人だろう。テーブルに置かれた木と蔦で再現されたカンテラがエルフらしいと思わせる。
「ご苦労様。もういっていい」
彼女は看守に告げて退室を促す。そして俺は蔦を引かれてイリム様の体面に座ることになった。さっきから蔦が勝手に動き出して引っ張るのはどうやってるのだろうか。エルフの秘技かもしれないな。
「さて、あなたが呼ばれた理由は当然理解しているでしょう?」
「さぁ、とーんとわかりませんな」
どうやら同族たちの前では毅然とした態度を心がけているみたいだ。命令口調ではないあたり、そうゆうキャラなのかもな。
「あなたねぇ……自分の置かれた立場がわかっていないの?」
「そういわれてもな。さっき目が覚めたばかりだからわからないのは本当だよ」
「あの娘、なんの説明もしていないのね。私はイリム=ビリャール。あなたを結界魔法で捕え、ここまで連れてきた。そしてあなたの魔物について聞くためよ」
それくらいはわかっているつもりだが、何故襲われることになるのかは理解不能だ。
「と、言われましても。ある街で購入しただけだ。本当にそれだけ」
ここは正直に話してみることにした。最近嘘で現実を隠すことが多かったから、誠実に対応してみることにした。
「ふーん、買ったねぇ。あんな魔物、売る人間がいるの?あの子が全力で戦うだけで人間なんて木端微塵になるわよ。もう一度聞くわね。本当に売られていたの?」
「売られていたよ。あの外見のせいで誰も買わなかった。人間ってのはな、知っているものは受け入れるが知らない対象への拒絶はピカイチだ。どれだけ優れていても外聞というものを気にする。それにしてもあんたファンタズマに関して詳しく知っているような素振りだな。なんでだ?」
タルバは素朴な疑問を投げかけてみる。尋問にしては優しい問いかけに態度が軟化していく。これが彼女の尋問方法なのかもしれない。
「わかるわよ。エルフにはね、神様が使っていた神具に近いものが下賜されているの。対象の本質を見抜く魔道具よ。だからわかるの」
「おいおい、俺みたいなどこの誰とも知らない人間なんかに話していいのか?」
「平気よ。だって手足を拘束されて、魔法も大して使えない。能力が強力であれば既に脱獄しているでしょうから逃げる力もないのでしょう。そんな人間に私たちエルフが負けるはずがないでしょう」
正論過ぎて反論が見つからない。二の句が継げぬとはこのことか。
「まったく、正論過ぎるな。でもまぁそう思っといてくれ」
「何その余裕の態度。むかつくわね」
ここでのタルバの心境は諦念だった。例えここを脱獄でき、装備を回収したとして冒険者証はあの名も知らぬ街にあるのだ。そして出国履歴がないこともあって盗品として扱われることは確実。馬鹿正直にベゼル王国まで戻って誰かに本人と証明したところでゲルニーツァから逃げ出したときのことを考えると本末転倒だ。
冒険者としてはもう再開はできない。冒険者証もなくなった。そうなればタルバは身分証を持たないため街に入ることもできない。人間としての営みに参加できなくなったのだ。もう一度冒険者証を作成することは出来るが、お尋ね者として捜索されるのは時間の問題だ。
「その態度、いつまで続けられるか見物ね。あなたには特別にこの《ウォラキアの指輪》を使ってあげるわ。さっき言ってたエルフ最大の秘宝。あなたの全てを暴いた時、あなたは何ていうのでしょうね」
イリムは小悪魔のような可愛らしい笑みを浮かべて、指輪を起動した。右手人差し指に嵌められた指輪から出現した白い光が一直線にタルバに届く。タルバに触れたかと思うと、赤い光に変わり、指輪へと戻っていった。
(何が行われたんだ?)
「ふんふん。名前聞いてなかったけど、タルバっていうのね。短い間だけどよろしくねタルバ。種族は魔人――まじん!?どうゆうこと、魔人がなぜこんなところに!?」
イリムはタルバの情報を見て慌てふためく。《ウォラキアの指輪》に映し出された光のディスプレイを瞬時に消す。先ほどまでの愛らしい表情から一変してこの世の終わりを感じさせる血の気がなくなった青白い顔。指輪を付けている手が小刻みに震え、恐ろしいものを見るかのようにタルバを見ていた。
(?どうやらイリムは魔人が怖いみたいだ。この劇的変化はチャンスかもしれない。イフィンティブみたいな魔人の力はないけど、はったりでいけるかもしれない)
「どうした?さっきまでと態度が違うじゃないか。いいんだぞ、さっきまでと同じで」
狭い取調室で形勢は逆転した。拘束され脱獄もできないはずのタルバが優勢に立ち、ただタルバのことを知っただけのイリムは恐怖で体がいうことを効かなくなっていた。
「た、大変申し訳ございませんでした!魔人の方とは露知らず。このような無礼な対応を……」
態度が180度変わったイリムは即座に立ち上がると、テーブルに頭を打ち付けかねないほど素早く頭を90度に下げた。美しい金髪が曲線を描き、テーブルにかかる。
「いいんだよ、別に。不愉快だが」
ここは最近メキメキ力をつけたその場しのぎの嘘とそれっぽい態度で偉そうにしてみる。最近まで1等級冒険者で偉そうなやつが隣にいたから参考先には困らない。短く尊大な物言いが偉そうに見えることはよく知っている。
「この度の無礼は私1人の責任故、同胞たちだけはなにとぞ……」
体中を震わせながら絞り出すように出した言葉は助命嘆願。イリムの態度からして彼女は魔人がどのような存在かを知っているようだ。そしてこれは俺にとって千載一遇のチャンスだった。エルフという長い時を生きる存在から聞く魔人の話は人間の持つ魔人の情報よりも価値がある。
「まぁ、座るといい。俺も鬼じゃない。話をしよう。そのためのこの部屋だろ?」
「はっはい……」
消え入りそうな声で返事をしたイリムは改めて椅子に座る。この怖がり様なら多少強引なことを言っても答えてくれそうだ。タルバは足の間にだらりと下げていた両腕をテーブルの上にあげ、両肘をついてイリムを見つめる。
「じゃあ話をしよう。まず君はどこまで魔人のことを知っている?」
「はい。魔人が全ての種族の進化先であること、全ての魔人が古の勇者が討伐した魔王に比肩しうる存在であること、悠久の時を生き、無尽蔵の魔力を持つ存在。大まかにはこのようなことがエルフに伝わっております」
「そうか。じゃあ次だ。君の知る魔人の話を全部話していって」
「ぜ、全部ですか?わ、わかりました」
イリムは口ごもりながらも話始めた。その必死な表情はエルフの美貌と相まって見とれてしまうほど綺麗だった。
「魔人の方は古の勇者が使用した《海誓山盟》が地上に下賜された時代にはごくありふれた存在でした。様々な国に多くの種族をベースとした魔人がおり、一つの国で数十人も魔人の方々がいらっしゃった時期もあったと伝えられております。各種族に共通した進化先でした。エルフが精霊になることや魔族が魔物になること、人間がアンデッドになることなどと似たような状態変化の一種でした」
イリムは必死に頭の中に残る魔人の情報を余すことなく失礼なく伝えることに注力している。必死だからなのか、恐怖からかテーブルの一点を見つめて話しているのは狂人みたいだ。
「しかし時代が流れ、魔人の抗争が起きると一斉に数がお減りになりました。魔人同士の抗争は激しさを増し、セントラム大陸から獣人やエルフ、人間などの多数の異種族が殲滅される事態になりました」
(セントラム大陸はベゼル王国やヴェルフ帝国がある大陸のことだ。この言い方から察するにここはセントラム大陸ではないことが確定か)
「各種族の魔人の方々と心中する覚悟でエルフや獣人などは戦い、セントラム大陸から姿を消しました。魔人の方々も数がお減りになりましたが、強力な魔人の介入により、抗争は終結したと記録されております。その抗争の最中に海を渡ってきた人間こそが、現在この島唯一の国であるベルルム王国です。私たちや獣人たちはこの国には所属しておりません」
(なにやら魔人の話から脱線してきたな。話を戻してもらうか)
「この国に関しては後にしてくれ。それで君の知る魔人の情報はこれが全てか?」
「すっすみません!他にはそれぞれが固有の権能を持ち、自分の意思で翼を生やすなどの肉体変化が可能であることくらいになります!」
(ん~魔人は謎が多そうだな。イフィンティブに聞いた方が早い気がしてきた)
「そうか。ならいい。じゃあこのベルルム王国や君たちエルフ、獣人について話してくれ」
「わかりました。私たちと獣人、そしてベルルム王国は現在相互不可侵のような関係性です。現在に至るまで魔人の抗争に話は遡ります――」
イリムはベルルム王国とエルフ、獣人との間に起きた歴史を話した。ベルルム王国という国は魔人の抗争でセントラム大陸から流れ着いた人間たちが作成した国で、抗争以前はエルフと獣人が互いに距離を取って暮らしていた。
魔人の抗争が起きたことで人間たちがセントラム大陸から見て南東に位置するこの島にやってきた。彼らは当初100人にも満たない人数だったそうだ。彼らは能力や魔法を用いて生活していた。村程度の規模感でエルフや獣人たちは警戒心もあったが、差別や迫害をするというよりは距離を置いて関わらないでおこうというものだった。
人間たちの中で馬鹿正直で信頼に足る男がリーダーとなり、その男の熱心で誠実な交渉でエルフも獣人も人間との対話という選択肢が出来上がる。そこからは人間もエルフも獣人も協力し合った。価値観の相違でぶつかることもあったが、それも乗り越えていった。
転機はリーダーの男が死んだことだった。その頃には人間の数が増加し、リーダーだけでは取りまとめられなくなってきた。そんな折にリーダーは突然の病で病死。仲良くしていたエルフや獣人たちも人間の葬儀に参加した。
その後、リーダーの死亡に乗じて台頭してきた人間は国という制度を持ち込んだ。この男は野心家で、自分が成り上がることを目的に頭角を現した。後世で判明したことではこの男がリーダーの男を殺害した。理由は自分の野望の障害だったから。
頭角を現した男によって国が誕生し、彼は王になった。自分を初代国王として他に協力してきた有力な人間を貴族とした。これがこの島での身分社会の始まりだった。始まった当初は今まで通りの生活で身分というものはただの肩書でしかなかった。しかし、貴族とされた者たちの子や孫の代なってくると特権回遊としての意識が強まり、平民との意識に乖離が出始めた。
さらに初代国王と取り巻きの貴族はエルフの自然を尊重する生活や獣人の狩猟を主とした生活を原始的なものだと捉えていた。その考えに起因して彼らの伝統や価値観が人間よりも劣っていると判断。いつの間にか人間至上主義の思想が始まる。人間至上主義の思想がベルルム王国の上流階級に浸透したことでエルフや獣人は関係を絶った。
人間たちは貿易を開始し、手に入れた技術や魔法と能力を組み合わせて獣人たちをじわじわと追い詰めた。純粋な戦闘力では獣人に敵わないが、外堀を埋めるがごとく、ゆっくりと苦しむように仕向けた。また人間たちはエルフとも戦ったが、あっさり返り討ちに遭った。
ベルルム王国の人間たちも次第にエルフや獣人に戦闘で勝てないことを戦う内に気づく。下層階級に誕生した人間至上主義思想への疑念。その火種が燃え広がり、クーデターが発生し、宥和政策を取る王が誕生。当時主だった人間至上主義思想の貴族を処刑したことで人間たちはまたエルフと獣人と手を取ることが出来るようになった。
そこから時は流れて現在では三種族はまた互いに関りを断っている。むしろ近いうちに三竦みの戦争が起きる可能性が高い。理由は水。昔の砂漠は現在ほど広くはなかった。しかし、獣人たちが考えなしに木を切り、干ばつも相まって砂漠化が進行した。エルフや人間は木の切りすぎによる植物の減少が起こす事態を把握していたため、伐採するペースを管理していた。
過去にエルフの代表者である叔父が獣人の代表者にアドバイスをしようとしたが、そのエルフの代表者は殺害された。獣人の代表者も死亡したことで、何が起きたのかわからぬままエルフと獣人は袂を分かつことになった。残されたのは獣人への憎しみのみ。
このような過去があり、獣人とエルフは対立。さらに人間側では井戸や川に毒が仕込まれ、酷い水質汚染が進んでいる。満足な量の水はエルフしか持っておらず、人間も獣人も水を求めて戦争が始まろうとしている。
「大まかに説明させていただくとこのような流れになっております。砂漠化と毒による水資源の逼迫が今の事態を引き起こした原因になります」
「ボリューム多いな……まぁ大体わかった」
「あっあの……私はどうしたらいいでしょうか」
「なにが?」
「いっいえ、どうしたら同胞を救っていただけるのでしょうか?」
(あー、そういえば魔人を恐れてたな。話が長くて忘れてた)
タルバは顎先をさすりながらどうしたものかと思案する。不安そうなイリムがこちらをじーっと見つめては貧乏ゆすりしている。
「まず、俺が魔人ということは誰にも言うな。次に脱獄を幇助しろ。そうすれば命は助けてやる」
「わかりました。この命に代えましても」
死地へ赴く戦士の顔つきで力強く言ったイリムの言葉は本心から出た固い決意を感じさせる。
「今夜、脱獄する。で、ファンタズマと俺の装備を集めておけ。あと、そのエルフの秘宝をいただく」
「え……!この《ウォラキアの指輪》ですか……?」
「あぁ、まぁ借りるだけだ。いづれ返すよ」
「承知いたしました。ではこれを」
イリムは右手の人差し指に嵌めていた《ウォラキアの指輪》を外してタルバに差し出す。受け取ったタルバは左手の親指に嵌めた。《ウォラキアの指輪》は指のサイズに合わせて自動調節機能がついてるようで、便利だ。
「今のところ、この戦争に介入する気はない。だから勝手にやっててくれ」
戦争という厄介事に巻き込まれるよりもさっさと立ち去ってしまおう。またどこかに家を建てて安穏とした生活を享受するしかない。
「わかりました。それでは牢に案内させていただきます」
看守を呼ぶことなく、イリムの先導で俺は牢屋に戻った。ファンタズマと装備をどこに奥か聞いた俺は、脱獄のタイミングを待つことにした。情報は得た。後は逃げるだけか。全く最近はついてないな。
いいね、高評価、ブックマーク登録をしていただけると励みになります。
よければよろしくお願いいたします。




