1.拒絶と遭遇
イフィンティブに見知らぬ土地に飛ばされたタルバは右も左もわからぬまま、人工物がある大きな塔が建てられた街へと向かっていた。夜明け前にゲルニーツァを出たため、まだ朝方だ。
ファンタズマに乗って進むことも考えたが、砂漠でのセオリーを知らないため、ファンタズマを走らせていいのか判断に困る。本で得た知識程度しかないため、慎重に進むことにした。
歩くと言っても街までそれほど距離はない。歩いても問題なく到着できる。それにザクスには悪いが、ザクスの同行がなくなったことで気楽に居られる。無意識のうちに気を張っていたようだ。残念な結果を招いたが、だからといって気にせず行動していたわけじゃない。
ファンタズマを撫でながら手綱を引く。砂上を歩くのは降り積もった雪に似ているようで違う感覚だ。雪ならば踏み固まるけれど、砂は踏んでも滑る。本来は足先で地面を蹴るが、砂の上では足裏全体で地面を蹴る必要がある。
近づくにつれて塔の大きさが妙に目につく。どれだけ遠くてもこの塔を目印にすれば帰ってこれそうだ。ベゼル王国にある背の高い建物はせいぜい王都にある王城くらいのものだ。他に高層建築物はほとんどない。
作成が難しいこともそうだが、高度のある建物は空を飛ぶ魔物に襲撃されれば崩落の危険性がある。視界に映る塔の存在は空中を自在に飛び回る魔物を度外視しているとしか思えない。
国が違えば出現する魔物も警戒することも違う。土地ごとに風習や伝統が異なるように価値観が違うのだ。郷に入っては郷に従えというが、自分の今までの価値観を一度壊して再生しなければなるまい。
風に乗った砂が体中にこびりつく。ファンタズマは特殊な体の特徴をしているためか砂に対してあまり嫌悪感を示していない。一方、主である俺は髪が軋み、目の粘膜や鼻腔に砂が入って気持ち悪いことこの上ない。
街の目前まで砂漠が広がっているが、街の周辺には緑豊かで川や木々が立ち並ぶ景色もあり、奇妙な光景だった。黄土色の砂山が突如黒っぽい茶色の土壌に切り替わるのだ。木が一本もない干からびた砂漠と水資源に優れ、自然豊かな森が広がる街の周囲。人工的に環境を作ったのではないかなんて疑念まで浮かんでくる。
「やっと着いたか。人間の街だったら冒険者証でなんとかなるだろうし、今日は宿で休めそうだ。最近は事件が多すぎる。ゆっくりと体を休めたいもんだ」
鳴いて返事をするしかないファンタズマを人間に見立てて話しかける。賢いファンタズマは血の気の引いて疲れ切ったタルバの顔を見た後、体を近づけて擦りつける。
「気遣いはありがたいけど、《ディームコンシータ》がゴリゴリ当たるな」
タルバは苦笑しながらファンタズマの鎧の隙間から撫でる。ファンタズマの胴体は岩で出来ているため、ざらざらとした手触りとひんやりとした自然物由来の適度な温度が手先から伝わる。
「さて、さっさと門まで行きますか。腹減ったし」
朝から何も食べずに動き回ったせいでお腹の虫が騒ぎ始めた。異国の土地で未知のフィールドを歩いているがタルバは一度も魔物や生物を見かけなかった。
――――――――――――――
塔の街の目の前まで来たタルバは門番に声をかけた。
「こんにちは。旅をしている最中で、街に寄りたいと思ってます。入れますか?」
「身分証の呈示をしろ」
ぶっきらぼうで冷たさすら感じる門番の言葉。タンジバルと同じように職務に忠実なようだ。彼ら門番は不審者を入れないために存在する。相手が見るからに平民で信頼に足る人物かも定かではない。そんなタイミングで丁寧に接しろというのはおかしな話だからな。
「では冒険者証でお願いします。あとこちらの馬は馬型の魔物です」
冒険者証を呈示すると同時にファンタズマのことも軽く触れておく。ファンタズマの姿は鎧で《ディームコンシータ》で隠れているとはいえ、よく見れば見たこともない魔物だ。こんな時は先に触れておくことで後の手続きでスムーズに進められることもある。
門番は門の裏に引っ込み、確認作業をしているようだ。その間俺とファンタズマは街の外で暇を持て余していた。砂漠に絵を書いては消して、服や靴に入った砂を落としていた。ついでに水魔法で水を出して砂にまいてみた。ファンタズマはその砂を踏み固めていた。俺たちは初めての砂漠で試したいことをして待っていた。
10分ほど経過したがうんともすんとも反応がない。本来の確認は門番が身分証を確認して、偽造されたものではないかチェックするだけだ。2分もかからない。しかしこの街ではじっくりと作業を行っている。もしかしたら門番が新人なのかもしれない。ファンタズマも暇なのか、水をかけた砂を踏み固めて遊んでいる。
さらに5分ほど経った時、街の門に多くの人影が立ち並び始めた。弓を持ち、俺とファンタズマを狙い始める。階級が一番高そうな兵士が大声でこちらに通告を始める。
「貴様、この冒険者証、盗品だなァッ!騙そうとしたってそうはいかんぞ!」
偉そうな兵士は理解できない言いがかりをつけてきた。兵士たちが弓を引き絞り、一斉射出のタイミングを待っている。敵意しか感じられない。俺の冒険者証は本物だ。昔から現在に至るまで取り替えたことなんてなかった。
「言いがかりだ!何を根拠に盗品だと断定したっ!その冒険者証は本物だ!」
命の危険から声を荒げて弁明を行う。どんな時でもクレバーでいなければ問題は解決できない。絶体絶命の窮地であっても冷静な選択が命を救うことはいくらでもある。肌に表れた冷や汗に砂がひっつき、気持ち悪さが加わる。
「ふんっ。貴様は馬鹿か?これは本物の冒険者証だ。偽造はできない。そしてその冒険者証の記録にはベゼル王国、ゲルニーツァに入った記録が最後に残されている。この意味がわかるか?盗賊。この国ベルルム王国に入国した履歴が残されていない!」
タルバは失念していた。タルバはイフィンティブに飛ばされて異国の地まで来た。他国に飛ばされた衝撃で極々当たり前のことを忘れていた。
本来冒険者に限らず国を出るときに出国履歴が王族・貴族問わず付けられる。この記録がないということは亡命か密入国か、あるいは盗品か。それ以外の考えられる余地はない。
「ちっ違う!俺はまっ魔物に攫われたんだ!」
タルバは咄嗟に嘘をついた。そもそも空間魔法は希少だ。その中でも国を跨いで転移させられるなど荒唐無稽な話だ。またそんなことをしたのであれば、当然何かしらの意図がある。正直に話したところでイフィンティブのことが信じられるわけがない。魔人という存在は知る人ぞ知る御伽噺の存在なのだから。
「ほぉ~まだしらを切るか。そのよく回る舌でこの冒険者から冒険者証を奪ったのか?大したものだ。他国で異名を持つ男の冒険者証を手に入れて舞い上がったか?ベゼル王国で国を守ったとされる英雄の名を語ることは楽しかったか?だがそれもここで打ち止めだ!総員射撃用意」
捲し立てる偉い兵士は門上の兵士に狙いを定めさせる。タルバは慌ててファンタズマに跨り駆けだす。対話による説得は今この瞬間に放棄された。タルバはザクスと同じ速度で走れるファンタズマに全開で走らせる。砂漠をものともしない初速にタルバは驚いた。
実はファンタズマはタルバよりも賢いため、この状況に違和感を最初から感じていた。タンジバルともタットルンとも違う対応からくる違和感に。
だからこそ、ここぞという時に逃げられるよう、タルバがふざけて水をかけた砂で足場を踏み固め、最初の一歩を生み出す足場を作っていたのだった。ちなみに呑気に遊んでいたタルバはこのことにいつまでも気づいてなかった。
ファンタズマによって全力で蹴られた砂は高さ15メートルはある門にいた兵士たちに降りかかる。兵士たちは砂で攪乱された。負けじと弓を放つも弓の速度よりもファンタズマの進む速度が早いため、タルバたちの後方に力なく落下するのだった。
「ちっ、取り逃がしたか……だが冒険者ギルドに報告だ。冒険者証の盗難と不審者の襲撃だ。当面は警戒を解かずに臨戦態勢で警備に当たれ」
「追撃はどうしましょう、隊長」
「あの速度には追いつけまい。ほっておけ」
「了解しました」
門上では隊長と兵士のやり取りが続く。隊長は足早に立ち去る。周囲に誰もいなくなったタイミングで隊長はぶつぶつと独り言を呟く。
「くそが、エルフに獣人、毒。悩みの種ばかりが寄ってくる――。ムーソル様になんと報告すれば良いのだ……」
凶事ばかり起きては良い報告を一つもできていない隊長は胃のあたりをさすりながら大きな塔を目指した。
――――――――――――――
(くそっそうだよ、そうだった。冒険者証には出国履歴が着く。だから正規の手段で出国してない俺はお尋ね者じゃないか……!なんでここまで気づかなかったんだ。馬鹿なのか?)
タルバはファンタズマに跨りながら森を目指した。砂漠では今日を生き延びることは明白だ。森ならば木を使って焚火するにしても食料調達をするうえでも重宝する。名も知らない街に入れなかった以上、森に向かう以外の選択肢はない。
砂煙を撒き散らしながら一直線に森をめがけてひた走る。まだ正午だ。持っているキャンプ道具も使えば余裕で凌げる。しかし不確定要素として森の魔物の存在だ。バルガンで出会ったニードルボアのように変異した魔物がいるかもしれない。
ザクスだったからこそあっさり倒していたが、もし強力な魔物が変異していたらと考えると寒気がする。森にはオーガやゴブリン、ファングウルフなどのオーソドックスな魔物から地域によってはゾンビ、レイスなどの死霊系の魔物もいる。
物理攻撃が通じる相手ならば勝算は残されている。けれどレイスなどの物理攻撃が効かず、魔法の中でも浄化魔法やハラベル教などの宗教組織が販売している聖水などでしか倒すことの出来ない魔物も一定数居る。
そんな魔物が来たら逃げるしかない。ベッドが恋しくなる。
(今は切り替えろ。虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言う。好きじゃないが危険に飛び込まなくては今を生きられない)
タルバにとって森は危険な場所であるが、出現する魔物はヴェラゴに連れていかれた危険地帯と比べれば大したことがない。問題は変異魔物だけだ。
砂漠を抜け、森に突入すると木々の生い茂る隙間から何者かの視線を感じる。それも複数。
タルバは生物の視線に敏感だった。それは目立ちたくない、冒険者として成り上がることを諦めようと考えた時から人の視線を避け、ひっそりとするようになってから特に洗練された。
夢を掲げ、栄達を望んで故郷を捨てた俺は道半ばで諦めたのだ。誰に顔向けできようか。故郷を捨てた俺を故郷の人々は迎え入れるのか?否。自分たちを捨てたような人物に優しくするほど田舎は甘くない。
掲げた夢も満足に叶えられずおめおめと逃げ帰ることは情けないとしか思えない。現実を見て無理だと悟り、方向転換をすることは良いことだ。だが、やりきれなかった中途半端な自分が残る。やりきる力は大切だ。それは立場や環境に関係ない。
それに自分が諦めるに至った現実を知るのは自分自身だけだ。他人にどれだけ言葉を尽くして説明しても、ふーんそれで?くらいの反応だ。共感は得られない。そんな考えから来る臆病な気持ちがタルバに視線を敏感に感じ取る力を与えた。そして魔人になってからその力はより強力なものとなっていた。
(視線――それも自分を取り囲むように全方位から伸びている。こんな回りくどい戦い方をする魔物は聞いたことがない。結論、人間に類する存在だ)
タルバの感覚を元にした消去法による結論は当たっていた。そしてタルバはファンタズマの速度を緩めて立ち止まる。囲まれている以上自分が不利なことに変わりはなく、魔人になったと言ってもイフィンティブのような力はない。さっきの街ではむりだったが、ここは対話で説得を試みることが一番成功率が高い。
「君たちは――誰だ?さっきから俺を取り囲んでいるだろう。木の上、茂みの奥から視線を感じる。何が目的だ?」
務めて冷静に聞く。失礼がないように丁寧に。悪気がなくとも言葉は時として人を傷つける。対話を求めるならば相手への敬意を持たねば紳士ではない。
「ほう。我らの視線に気づくか。これでも森は我々のテリトリーなんだがな」
木々の隙間から1人のエルフが出現する。金髪で髪からはみ出ている尖った耳。緑を基調とした服装で肌の露出を極力控えているが、スタイルの良さが逆に際立つ。森の緑よりも明るい肌を覆い隠すドレスに弓と矢筒を背負い、腰元に初めて見る道具をベルトに括りつけている。膝元まである革製のブーツを履く女性。エルフだ。
「これはこれはエルフとは。想像もしてなかった」
「しらを切るな。お前が人間ではないことくらい見当がついてる。何が目的だッ?」
本日2度目のしらを切るなと言われた。よく言われる言葉じゃないと思うんだがな。エルフの女性にはどうやら俺が魔人であることがわかるらしい。ザクスにも気づかれなかった正体を当てられて動揺する。
「さっ。さぁな~。なんのことやら~」
「とぼけるな!貴様の魔力……そしてその魔物。全てお見通しだ」
「ほぉ~凄いな。教えてくれよ、俺が何をしたっていうんだ?」
俺の問いかけに得意げな顔で答え始める。
「簡単な話だ。その魔物は人工的に作られた魔物だ。魔力があまりにも継ぎ接ぎだから誰がどう見ても明白。そんな魔物を操るなんてその製作者以外にいないだろう。これでわかったか?」
(え?ファンタズマって野生の魔物じゃないの?そりゃー最初見た時から見たことも聞いたこともない魔物だとは思ったさ。でも人工的に魔物を作れるなんて聞いたことがない)
「何を言っている。人工的に魔物が作れるわけがないだろう。馬鹿も休み休みいうんだな」
タルバは信じがたい話をさらっと流して挑発する。自分が無実の罪を着せられているのだから正義はこちらにあるわけだ。それに敵の話を鵜?みにするなど馬鹿のやることだ。戦場で嘘か本当かわからない話を信じる兵士はいないからな。
「そうか。あくまでも自白しないのだな。そちらがその気なら、こちらも力づくで捕えさせてもらおう。結界魔法用意っ!」
女性エルフの言葉で周囲から魔力の強いうねりを感じる。ザクスとまでは届かないが、四方から囲まれていては逃げ場がない。
「結界魔法【断絶する棺】発動」
タルバの周囲に光の線が繋がっていき、タルバを閉じ込める。青白い線で構成された結界は光の速さで他の線と交わり、タルバの逃げ場は光速でなくなった。
そしてタルバ自身は女性エルフの声が意識を失う前に聞いた最後の音だった。瞬きをした瞬間意識を手放す感覚。眠るかのように五感を奪われ、果てしない闇へと落ちていく。魔法学院の禁術を受けた時と同じようにあっという間に俺の意識はなくなった。
鬱蒼と生い茂る木々に差し込むわずかな太陽光。木の葉の擦れ、川の流れる音が木霊する森で、それすらも届かない場所へとタルバを誘った。
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