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へっぽこ魔人生  作者: 岸辺濫瀟
第3章

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37/104

ex.魔人

「あーっおっもしれぇなぁ~あいつ。荒れた海に筏とオール使って船出ってばっかじゃねぇのぉ~」


 白く変色し固まった溶岩に腰かけ、イフィンティブはタルバを見つめていた。体育座りの体制で両肘を両ひざに置き、足の間に手をだらしなく脱力させている。

 長い藍色の髪が白い溶岩の上にとぐろを巻く。ボロい麻製の半袖長ズボンのセットアップの着てほくそ笑むイフィンティブがそこにいた。


 タルバと別れてから彼はまるで魔物が溶岩で島を覆うことがわかっていたように逆側に移動していた。そしてもう借金夫のふりをする必要がなくなったことから手錠を引きちぎった。イフィンティブはタルバに気づかれないように遠目で彼を見守りながら彼の行動を楽しんでいた。


「やっぱ面白いよなぁ~あいつ。あいつを魔人にしたのは誰なんだろぉなぁ~」


 1人でにやにやしながらタルバのことを魔人にした魔人の推測を始めた。


 イフィンティブは窮屈な人に化ける魔法を解き、悪魔の翼を広げた。頭部には竜巻のようにねじれた1対の角。手足を豊かな髪色同様の藍色の体毛が覆っていく。素足が馬の蹄へと変化し異形の姿が真っ白い溶岩の上に現れる。臙脂色(えんじいろ)の尻尾の先は短剣のごとく鋭く尖っていた。


「あいつ気に行っちゃったなぁ~数百年ぶりにお気に入りができちゃったよぉ~次は何をしてくれるんだろうなぁ~」


 何キロも離れているタルバが筏の支柱にしがみついている姿をオレンジ色の瞳が正確に捉える。彼に魔眼にとって数キロ先も手元も大した違いはない。

 タルバという男がこれからどんな魔人になるのか、魔人にした張本人に問いただしたいところだ。

 イフィンティブは悪魔の翼をはためかせ、大空へと飛び去った。


――――――――――――


 ゲルニーツァの遥か上空、イフィンティブはザクスとシリーMSの戦闘を見守っていた。タルバほどの面白さもなく、実力差から結果が分かり切っている茶番を見下ろす。


「あぁ~つっまんねぁなぁ~」


 イフィンティブは背中の大きな翼を広げ、眺めている。長年生きた魔人には他の魔人を知覚する能力があるため、タルバがゲルニーツァにいないことはわかりきっていた。


「いまごろ海に揺られてるんだろぉなぁ~」


 タルバの姿を想像するだけでイフィンティブは笑みがこぼれる。口角が上がり目が細められる。尻尾が抑えきれない喜びで左右にブンブン振られる。長い年月を生きた魔人の身体能力によって振られた尻尾の先から風属性初級魔法【ウィンドカッター】に似た風の刃が飛んでいく。


 タルバのことを思い出していたイフィンティブの元へ、高速飛行して接近してくる存在が一つ。イフィンティブは同じ魔人だということに気づくとその魔人の到着を待った。


「やぁ、イフィンティブ=ギャッジ。君に会うのは50年ぶりくらいかな?」


「あぁ~君だったのかぁ。ヘクター。君は何の用だいぃ?」


 享楽の魔人ヘクター。小柄な少年のような黒髪赤眼の男。サラサラの黒髪が目にかかってはうっとおしそうに払っている。耳をすっぽりと髪が隠し、後ろ髪をゴムで束ねている。ドリルに似た一本の角にぼろきれのような蝙蝠(こうもり)の羽。鋭く伸びた犬歯と人間にはない長い爪は吸血鬼と獣人を足して割ったような姿だ。


 上半身はローブで隠されており爪以外の胴体の構造が見かけからはよくわからない。その割には下半身は人間と同じシルエットをして高級な質感を醸し出すつややかな革のズボンと革靴を履いていた。


「わかりきってくることを聞いてくるなよ。不定の魔人さん。タルバだよ、タルバ」


「もしかして君がタルバを魔人化させたのかいぃ~?」


「そうそうっ!。どうだい、タルバは。面白いだろ?魔人するのに苦労したけどね」


 ヘクターがタルバを魔人にさせたのはザクスがスタンピードを終わらせた後の事後処理の時。

 冒険者に変装したヘクターはタルバがジグライトを発見するように差し向けた。さらに洗練された魔法によりタルバが視認不可能な音速の一撃でジグライトをたたき割った。

 彼が焦って近くの石ころとすり替えると予想して、彼の足元に魔人化の石、《デモニックウェリタス》を敷き詰めた。案の定焦っていた彼はヘクターの思惑通り、その場に落ちていた《デモニックウェリタス》を拾い上げたのだった。


 誤算だったのは鋭い角で手を切らなかったことだ。《デモニックウェリタス》は血を吸収させる必要がある。《デモニックウェリタス》は非常に鋭く、少し触れるだけで皮膚など簡単に切れる。だが運悪くタルバは怪我しなかった。そのせいでヘクターはタルバの後を追いかけて彼が怪我をするように誘導する必要があった。


 冒険者ギルドで細工することは中々骨が折れた。そもそもの話、依頼人が依頼物を確認しないことが不自然なのだ。タルバはうまくいったと思ったようだが、それもこれもヘクターがタルバの話を信じてもらえるように軽い暗示をかけたのだった。


 暗示をかけたがザクス=ルードは本能的に反抗していたようで途中から言葉も発さずに抵抗を続けていた。それ以外の人間たちはすんなりと暗示をかけられたのだが、ザクスには驚かされた。タルバが手に持っている間に極小規模の風魔法【ウィンドカッター】で指を切ることに成功し、血を吸わせられたのだった。

 そんな話を丁寧にイフィンティブに伝える。


「久し振りに面白いやつに出会ったよぉ~、タルバなら大歓迎さぁ」


「そうかい。それはよかったよ。タルバは見てて飽きないからね。いずれは魔人の王にしたいところだよ」


「それは言い過ぎじゃない~?でもタルバなら王様になってもいいよねぇ~」


「だろ?長い時を生きた僕たちはいろんな王を見てきたけど、僕らを纏められる存在には出会わなかった。でもタルバなら纏めようとしないでいい感じにしてくれると思うんだよ」


「逆転の発想だねぇ。あえて纏めないのも魔人たちにはよく合ってると思うよぉ。みんな意見合わないし」


「そんな問題児たちを取りまとめなきゃいけないタルバが右往左往しているのを眺められたら面白そうじゃない?」


「それは面白いねぇ~タルバが王様かぁ~楽しみだなぁ~」


「タルバが本当に困ってたら流石に協力するだろうし、タルバがいれば問題が勝手にやってきそうだから楽しみに困らなさそうだ」


 イフィンティブとヘクターは眼下で戦うザクスなどすでに眼中になかった。海で絶賛漂っているタルバを想像しては今後のタルバと自分たちが楽しい将来に胸を膨らませる。

 喜色満面の二人の魔人は夜風に吹かれながら海を眺めた。


――――――――――――――


「ヘクター!タルバは最高だぁ!!」


「やっぱタルバで間違いはなかったよっ!ほんとおっもしろい!」


 彼らはザクスの戦いが終わっても空から見下ろしていた。大きな理由としてタルバがゲルニーツァに近づいてきたからだ。風魔法【伝聞】という魔法でゲルニーツァの音を空まで届くようにしている。人間に知られていない魔法でもある。


 タルバの一挙手一投足に二人の魔人は注目していた。というよりも、面白い物語を片時も見逃したくないという感情に近いだろうか。

 彼らは他の魔人たちが見ることが出来ない新たな魔人の王の原点を見ることができているのだ。


 タルバと知り合った魔人たちはきっと羨ましがるだろう。どこからともなく現れた魔人の王の行動を余すところなく楽しめたというのは一種のアドバンテージだ。


 例え聞かれてもヘクターもイフィンティブもわざわざ教えることはないだろう。タルバの古参ファンとしてにやにやしているほうが何よりも楽しいからだ。それに同格の魔人たちに対して優位に立てることもそれはそれで楽しそうだ。その辺は人間の想像する優越感以上に重要だ。


 魔人はその寿命が果てしなく長い。だからこそ一度優位に立たれれば数百年間は劣勢と言ってもいい。幾度となく昔のことを掘り返されては自分の優勢具合を前面に押し出すきらいがある。


 正直言って不愉快だ。あまり好ましくないこの習慣も自分たちが優位になれば問題ない。もっとも、享楽を司るヘクターは数百年間グチグチ言ってきたやつらがどんな顔をするか、想像するだけでゾクゾクしていた。


 彼らが見下ろす先ではタルバが茶色い雨を降らせていた。下痢の雨事件を引き起こしている最中だった。茶色い異臭を放つ水はヘクターたちは魔法の水だとわかっているが、ゲルニーツァの人々にとっては下痢にしか見え無さそうだった。


 さらに《エアシッターF》のせいでブパッという汚い音が鳴り響いては下痢の雨を拡散するところが2人のツボに入った。タルバが拡散した下痢の雨はゲルニーツァを茶色く染め、上空から見るといちょうの葉を綺麗に並べて矢印にした形になっていた。


「アハハハハハハなんだよあれぇ!見たことも聞いたこともないよぉ空飛ぶ下痢男なんてぇ~!」


「プッハハハハハ凄いよタルバ!予想以上だよ!!どうやったらそんなことができるんだ!?」


 2人は腹を抱えて笑っていた。こらえきれずに空中で姿勢を崩して落っこちそうになりながら息も絶え絶えにタルバを眺めた。笑いすぎて目から涙が出ていた2人は顔を見合わせ、お互いが数百年ぶりに最高の笑みを浮かべていることに気づいた。


「やっぱりタルバしかいないね!魔人の王はタルバで決まりだ!」


「そうだねぇ~彼が一番王様に向いてるよぉ~」


「そもそもの話、茶色い水を空から噴射してるのに町の上空を横切るって馬鹿なんじゃないの?ほんとさ、うまく制御すればこんな被害起きないのにね」


「でもさぁ、さっきの津波を避けるために必死でそこまで頭が回らなかったんじゃない?タルバって賢くないしさぁ~」


「あーそうだね、彼はまだ人間の感覚だから自分の力がよくわかっていないんだろうね。でもそれにしたって下痢の雨はないでしょ~。あぁ~おっかしい」


「そうだねぇ~。この前聞いてみたけどまだ魔人って存在が出来ることをぜーんぜん知らないみたいだったよぉ~。誰も教えてなかったら仕方ないんじゃないぃ~?」


「それもそうか。でも今のままのほうが面白そうだからこのままでいいんじゃない?」


「たしかにぃ~いつかはわかるんだしいっかぁ~」


「そうだよ。危なくなったら僕らが介入すればいいさっ」


「そうだねぇ~僕たちに勝てるそうなのはあんまりいないからねぇ~」


「じゃ、それで決まりっと」


 2人の魔人はタルバをさらに悪戯することを決め込み、タルバのストーカーになった。タルバは幸か不幸か2人の魔人によるストーキング兼護衛対象になってしまった。タルバの平穏な生活への願望は本人の知らぬところで崩壊の一途を辿っていたのだった。


 さらに功名心など持ち合わせていないタルバが面白そうだからという理由だけで魔人の王に推挙されている事実は魔人の世界ではゲルニーツァの一件以降瞬く間に広まってしまうのだった。


――――――――――――――


 下痢の雨事件の翌日の夜。タルバが町を走り回る姿を2人の魔人は監視していた。

 人間たちには失伝してしまった、風属性中級魔法【伝聞】でタルバが聞いていたゲルニーツァの人々の会話を盗み聞きしていた。そして彼ら2人の魔人はさっそく手助けする必要がでたことにびっくりした。


「僕らが介入するって決めてから実際に手を貸すまで1日も経ってないんだけど、タルバってほんとうに運が悪いんだな」


「そうだねぇ~まさかこんなに早く窮地に立たされるとはねぇ~」


 ゲルニーツァの人々の中に空を飛ぶ下痢男の顔を見た人間がいるらしい。人々の間で魔族襲撃事件よりも奇妙な下痢男に注目が行ってしまったようだ。直接見ていない魔族よりも自分たちが自分の目で見た存在のほうが気になることは至極当然のことだった。


「それにしてもタルバ、どうする気なんだろ。あの馬で逃げてもザクスに追いつかれちゃうよ」


「また下痢ジェットで加速するんじゃないぃ?もういっかい見てみたいなぁ下痢ジェットぉ」


「下痢ジェットってあの空を飛ぶ技のことだよね、変な名前だけどぴったりだね!」


「もしかして僕って命名センスがあるのかもしれないねぇ~」


「イフィンティブがセンスあるんじゃなくて、タルバがイフィンティブでもいい名前を付けられることをしてるんだよっ」


「それもそうかぁ~で、どうしよっか、タルバ」


「うーん、僕が手を貸してもいいけど、タルバと直接の面識はないんだよね~。だからイフィンティブが行ってきてよ。僕がザクスに感知できないように邪魔しとくから」


「おっけぇ~」


 抜けた声のイフィンティブが返事を返したかと思うと消えた。彼の魔人としての能力による移動方法はいつみても一瞬で消えてしまう。

 肉眼では捉えられず、時間を停止でもしない限り彼の瞬間移動を遮ることはできない。


「相変わらず、喋り方はおっそいのに動きは速いなぁ~」


 1人になったヘクターはイフィンティブの力と喋る速度のギャップを再認識しながら大規模な感知阻害の無属性魔法を展開する。


「無属性上級魔法【ジャミングドーム】」


 ザクスを中心にタルバに向かえば向かうほど感知がしづらくなるという使いどころ皆無の魔法。

 ちなみに以前使用されたときは激昂した他の魔人を中心に発動し、自分が見つからないように使った。鬼ごっこで無類の強さを誇る魔法だが戦闘でいつ使うんだという面白半分の魔法だ。


「さてさて、イフィンティブはうまくやってくれるといいんだけどね」


――――――――――――――


 自信の作り上げた空間にタルバとファンタズマを招待し、ベゼル王国から見て別の大陸に存在する町へと飛ばしたイフィンティブは満足そうにタルバの姿を見送った。


「ヘクターもうまくやったねぇ~これでタルバはザクスの横やりもなくもっと面白いことをしてくれるよぉ~」


 イフィンティブにとってザクス=ルードという男は邪魔だった。彼はタルバを有名にしようと画策していた。

 これからタルバには同じ魔人として自分と遊んでもらおうと思っていたイフィンティブは他の人間たちにタルバを取られるのではないかと考えた。


 そもそもタルバはまだ魔人になったばかりだ。人間の世界で今まで通り生活したいと思っても不思議じゃない。魔人になったからと言って人間生活ができないわけじゃないが、魔人の力というのは規格外の代物。

 彼を魔人だと知らずに人間が頼る未来も十分あり得る話だ。だからこそタルバにはこのまま出来る限り無名のままでいてもらう必要があった。


 冒険者として表舞台からパッと消えても問題がない、注目も捜索もされない状態。それがイフィンティブにとっての理想であり、恐らくヘクターも似たように考えたことだった。


 他の魔人には入られたことがない自分だけの亜空間。初めて他の存在を迎えてみたが案外気分がよかった。これはタルバだったからなのか、他の生物でも同じように感じるのかは謎だ。

 タルバは混乱してそうだったが、彼のいろんな姿を見れるだけで楽しい。恋愛感情でも親愛の情でもない、絶滅危惧種を観察する好奇心。


 新たな生態がわかれば喜ばしいように、タルバという存在を少しでも理解できることが楽しみに変わっていた。


「でもねぇ~タルバがカナンに見つかったら厄介だなぁ~あいつ絶対タルバに惚れちゃうぅ~」


 魔人の中でも別格の女。それがカナン。原初の魔人ともいわれている存在。イフィンティブもヘクターもカナンに一度ボコボコにされた苦い思い出がある。人間に化ければ傾国の姫として国が混沌と化す美貌と魔人の中でも強大な力を持つ彼女はきっとタルバに興味を抱く。それはイフィンティブやヘクターがタルバから目を離せない以上、似たり寄ったりのカナンも気になってしまうことは必然だった。

 

 タルバの存在は道化師に近い。誰も見たことがない面白い姿で面白い事件を起こす。人間の中でもそこまで強くなく、魔人に変わったとしても下の上くらいの実力しかないだろう。


 しかし彼には神が味方しているとしか思えないほど良くも悪くも運がいい。偶然気づいたことがきっかけで護国の英雄とすら一部では持て囃されていることもそうだが、そもそも彼は師匠が最強の魔法使いと呼ばれるヴェラゴ=ジャラガだ。


 魔人から見てもヴェラゴが周囲を顧みずに攻撃した場合、命の危険がある。彼の全属性を合成した魔法は数少ない魔人が絶命する可能性を秘めた攻撃なのだ。そんな存在の弟子で、自国の王族と親密になり、公爵家の令嬢の命を助け、国内最強の冒険者を傘下に置く。

 極めつけは魔人たちから興味を持たれ、魔人に成り、他の魔人たちから守られるなんて世界に愛されているとしか思えない。世界は彼を中心に回っているのかもしれない。


「タルバも罪な男だねぇ~君を最も愛しているのは世界かもしれないねぇ~」


 イフィンティブしかいない亜空間で見送った罪作りな男を思い浮かべるのだった。




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