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へっぽこ魔人生  作者: 岸辺濫瀟
第3章

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2.刺身とカジノ

 一夜明けて俺たちはそそくさと身支度を済ませ、バルガンを旅立った。村長には昨日の件を話し、もしもの時は王都を頼ること、冒険者ギルドの調査が来るかもしれないことを伝えた。


 村長はおっかなびっくりしていたが昨日の一件なのかザクスに対してなのかは不明だ。俺はザクスが怖いに一票を投じたい。俺たちについてきていた人々は急いで俺たちの後を追いかけてきたがファンタズマとザクスの俊足には誰も追いつけなかった。


 俺はファンタズマの背に跨り、風になったかのような錯覚を覚えていた。馬に乗ったことは当然あるが、見ている景色が紙芝居のように変化していく様は現実感がない。


 街道を軽快に駆け抜け、豆粒のように見えていたゲルニーツァが徐々に見えてきた。日中ということもあり魔物に出会わずに進めたことも予定よりも早く到着できそうだ。てか馬型魔物のファンタズマよりも早いザクスってほんと化け物じみているな。ほんとに人間か疑いたくなる。


「いやーっ、こうもスムーズに移動できると爽快だな~」


「タルバも走るといい。丁度いい運動になるぞ」


「いやいや、真面目な顔で冗談言わないでよ。ファンタズマとザクスに追いつけるわけがないだろ?」


「冗談じゃないんだがな。走り込めばいくらでも足は速くなる。俺以外もある程度は早くなるはずだ」


「ある程度は速くなるけど馬や馬型魔物よりも早くなることはないんじゃないかな……」


 ザクスの能力である《上限破壊》によって身体能力も向上している。無属性初級魔法の【身体強化】を使えばそれに近いパフォーマンスを発揮できるが俺にとって燃費が悪すぎる。【身体強化】は適性がなくとも使用できる無属性魔法の一つではあるが、人によって魔力の使用効率が違うという特性がある。魔力が多いからと言って燃費がいいわけでもない。

 

 逆に魔力が少なくとも高効率であれば長時間使用することも可能だったりするピンキリ具合だ。俺は魔力効率が悪い方だ。


「他の1等級冒険者もできるやつはできるぞ。俺だけが特別じゃない。他のやつらも走ってたらできるようになったと言ってた」


「ザクス、1等級冒険者は普通の人間じゃないんだ。普通の人間っていうのは昨日キャンプしたバルガンの村人たちのような人たちのことを差すんだ」


「タルバ、その理論なら彼らよりも強いタルバもこっち側の人間だな。遠回しに自分も出来ることを伝えなくてもいいんだぞ?」


「ちげぇーよ、あほか。彼らは普通の人だが俺も人間の身体能力内にとどまっている時点で普通の範疇だろ」


「普通の人間は英雄なんて呼ばれないし異名もないぞ?」


「突然正論でぶん殴ってくんなっ。ずれてるのかまともなのかわかんねぇな~」


「冒険者やってるやつがまともなわけないだろ。今まで見てきた冒険者でもまともな人間はいなかった。人として欠陥を抱えている人間しかいなかったぞ」


「まぁそうかもな。生まれた故郷を捨て、見知らぬ土地に行き、魔物という化け物を討伐したりしているんだ。きっと普通の生き方っていうのは地元で親の仕事を継いで一生をその場所で終えるような人生なんだろうな」


「否定するわけではないが、俺はその人生は御免だ」


「飽き性なのかもな。見たことのない景色もやったことがない仕事も場所を転々とするのも新鮮な経験を得るために冒険者という職業を手段として使っているだけなのかもな」


「たしかに、冒険者は依頼書を見せればどこにでも行ける。行ったことがない場所に行ってもギルドに行けば仕事があり、生活には困らない」


「で、また飽きたり気分転換しに別の場所に向かうのさ。こればっかりはそういう性分としか言えないがな」


 いつの間にか冒険者とはどんな人間が行う職業かという議論になってしまった。1等級冒険者に偉そうに言っているが俺はまだ3等級なんだよな。年数は上だけどさ。見てきた経験の幅で言えばザクスのほうが修羅場はくぐり抜けて、多くの冒険者とも知り合っているだろうに。


 相変わらずザクスとの会話はどうでもいいことばかりだが、人との会話などそんなもんだ。友達との会話なんて腐るほどしてきたが、具体的な話の内容なんて覚えてない。ただ友達と楽しく笑いあって話していたことだけが記憶に残っている。大人になればなるほど失敗談か成功談しか覚えてないものだ。昔のことを振り返る人でない限り、過去なんて覚えてない。


 ある日の会話なんて些細なこと過ぎる。だがその小さな出来事をよく覚えている人は重宝されたりもする。記憶力がいいとかわざわざ覚えてくれていたと好印象を与えるためだ。


「おっと、まだ正午だがゲルニーツァに到着できそうだな。港町がぼんやりと見えてきた」


 海に反射する光がちかちかと目に飛び込んでくる。眩しい朝日を反射する海は綺麗な景色として人々の心を楽しませる。魔物はいるんだがな。船が襲撃されたなんて話もよくあることだ。最近の船事情は技術進化が目覚ましく、金属の塊のような船がスタンダードのようだ。

 ゲルニーツァに行けば見れるだろうか?。今じゃ木製の船は見かけなくなったとも話を聞く。


「まだ昼前ぐらいだろう。到着したら飯でも行くか」


「いいねぇ~!俺行ってみたい店があるんだよ。そこいってもいいか?」


「タルバの旅だからな。構わない」


「よしっ!刺身を食うぞ~」


 次第に近づいてくるゲルニーツァに思いをはせ、古の勇者が食べたという刺身を腹いっぱい食べようという食欲だけが人一倍膨れ上がっていた。


――――――――――――――


 港町ゲルニーツァ。古の勇者がこちらに転移してきて最初に訪れた町。当時は魚や魚型魔物を生で食べるという食文化がなかったため、古の勇者の奇行は世界の終わりかと思われていた。

 

 それもそのはず。当時の魚関連の食文化は干物にするか焼くかなど熱を通して安全性を確保するものだけだった。生で食べるということは未知の病原菌に感染すると考えられた。また当時の価値観として食用可能と信じられたもの以外を食べるものは人間を辞めるとまで言われていた。


 今でこそ受け入れられているが、古の勇者への風当たりは激しかった。彼はまだ異世界転移してきたばかりで実績があったわけじゃなかった。

 彼の世界では食用可能であってもこちらでは違うことなどよくあることだ。迂闊な行動によって彼の転移当初の生活は惨憺たる始まりだった。


 当初彼の評価は過去最(・)低(・)最(・)悪(・)の悪食勇者として悪名が広がった。魚を生で食べたことであらゆる食事を生で食べると勘違いされたのだ。彼はこの誤解を丁寧に解いていくのだが、彼の手記には世界を救った後にようやくこの悪評が払拭されたという。


 そんな古の勇者の悪(・)名(・)の始まり地にしてこの世界での生食の原点、それがゲルニーツァなのだ。


「やっときたな~、ゲルニーツァ。楽しみでしょうがなかった」


「そんなに来たかったのか?」


「ザクスも流石に知ってるだろ?古の勇者のある意味原点の町なんだから。それに刺身が食いてえ」


「誰でも知ってはいる。世界の常識だ。それにしても刺身を食ったことなかったのか?意外だな」


「人生の楽しみは取っておく主義というのは建前でこっちまでくることなかったからな。旅をするにしても理由がいるし」


「冒険者歴が長いのだから、国内を巡ったことがあるのかと思っていた」


 ゲルニーツァの検問を潜り抜けて辿り着いたゲルニーツァのメインストリートを歩く。ザクスがくれた《ディームコンシータ》のおかげでファンタズマが悪目立ちせずに済んでいる。

 王都に出入りしたときのようにファンタズマの容貌で不都合が起こらなくなったことで気が楽になった。


「ひとまず昼飯を食おう。町人に刺身の店を聞けばうまい飯にありつけるだろ」


 俺たちは手当たり次第に声をかけ、刺身がうまいと評判の店探しを始めた。ついでにファンタズマを預けられる場所探しも並行して聞く。いかつい男と全身鎧馬に年のいったおっさんの一行は食欲の赴くままにゲルニーツァの散策をするのだった。


――――――――――――――


 ゲルニーツァの中でも港に近い飲食店、『魔魚』。魔の魚とかいてまうおと読むらしい。暖簾という垂れ幕のような布が入り口にかかっており、ガラスのような木製のドアを横に引き摺るようにずらすと入れる不思議なドアだ。

 普通のドアはノブを捻って奥に押すか手前に引くかという動作のため、俺とザクスはドアを開けることにも手間取ってしまった。


 ガラガラと音を立て俺とザクスは入店した。カウンターと4人掛けできるテーブル席がいくつかある。艶のある木製のテーブルは窓から差し込む日光で白い線が入っているように見える。イスには海の波をモチーフとしたクッションが底面に固定され、港町らしさを演出している。俺たちはテーブル席に通され、メニュー表を受け取る。


「ザクスは何食べるんだ?俺はもう決めたぞ」


「せっかくゲルニーツァまで来ているんだ、ゆっくり決めてもいいだろう」


「それもそうか。俺は食べたいものが決まっていたからな。じっくり決めるといい」


「ちなみにタルバは何にしたんだ?」


「俺はマグロの刺身定食だ。古の勇者も好きだったらしいからな」


「古の勇者はマグロが好きだったのか?」


「そうらしい。彼の故郷ではマグロってやつが大人気の刺身だったらしいぞ。それに寿司でもマグロが人気らしい」


「それは知らなかった。ついでに聞くのだが、このマグロというのはなんの魚なんだ?聞いたことがない」


「それは魚型魔物のアグロのことみたいだぞ。それが古の勇者の故郷のマグロって魚に似ているからマグロって名前になっているらしい」


「アグロだったのか。それなら見たことあるが、生で食べるのは初めてだな」


「そうだろう、そうだろう。王都にいたとしても新鮮な刺身は食べることは難しい。王都での貴族なんかは特に生食文化を忌避しているからな。高級店に行っても刺身は早々出てこないだろうと思っていた」


 俺はメニュー表をぱたんと閉じて指先をいじりながら誰に披露するのかわからなかった知識をここぞとばかりにひけらかす。ペダンティックなんて言わないでくれよ?。


「貴族はいかに調理法が凝ったもので手間暇がかかったかどうか、そして材料の良し悪しで判断するからな。生で食べるとなると素材の良さでしか勝負できない分避けたいところなのだろう」


「それに不慣れな生食はパーティや会食には向きづらいだろうからな。見栄を張るよりも旨いものを振る舞うほうがいい気がするんだがね」


「パーティや会食は食事よりも会話や裏に隠された意図を理解し、不利にならないように立ち回ることがメインだからな。そんなややこしいことにつきあってはられん」


「それによりも決まったか?注文するメニュー」


「悩んだがタルバと同じ奴にするとしよう」


「わかった。すいませーん、マグロの刺身定食二人前お願いしまーす」


 近くにいた女性店員がすぐさま注文を記載し、元気な返事と共に紙を厨房にもっていった。港町だからか一人一人の活気の質が王都とは異なる。

 王都はお洒落な街で見て飽きず、文化が混在しているところからくる新鮮さがある活気、一方ゲルニーツァは生命力を強くイメージできる元気溌剌といった感じだ。インドアとアウトドアのような毛色の違うエネルギーとでも言えばいいのだろうか。


 15分ほど待っただろうか。マグロの刺身定食が運ばれてくる。お盆に乗った刺身定食がテーブルに置かれると俺は感無量だった。憧れの古の勇者が愛した食事をついに食べることが出来るのかと思うと胸がいっぱいになる。


 お盆には湯気が立つ炊き立ての米にアグロのあらが際立つあら汁、小皿に分けられたしんなりしたお新香にど真ん中に鎮座するマグロの三種盛。刺身は綺麗に斜めに切られ、部位が違うのか少しだけ刺身の赤色がグラデーションのように色が違う。

 緑色のクリームはわさびというらしい。運んできた店員さんが食べ方を説明してくれた。辛いらしく刺身に少しだけつけるように注意された。


 本来は醤油という名の調味料に溶き、刺身をつけて食べるようだが今回は醤油を切らしているみたいだ。なんでも貿易船が襲撃に遭ったらしい。

 ゲルニーツァ全体で醬油をはじめ、物資の不足が起きているようだ。完璧な状態で食べられないことは残念だが、脂ののった刺身は調味料がなくとも絶品だろう。


「いただきます」


 俺はまずあら汁に手を伸ばす。汁を一すすり。丁寧な下処理のおかげなのか魚の生臭さが一切なく、汁に溶け込んだ魚の旨味が体を温める。もう冬の中旬だが今年の冬は暖冬のようだ。肌寒い程度で済んでいる。肌寒い程度とはいえ、冷えた体に染み渡り、内側からじわじわと体温が上昇する。


 わさびをちょびっとだけ付け、刺身を口に運ぶ。どれがどれかわからんが、噛むと刺身の弾力に驚かされる。食べ応えもあり、マグロの旨味がしっかりと味わいながらもわさびの鼻に抜けるような辛みが良いアクセントとして味覚を支配する。


 周りのお客がしていたようにすかさず米をかきこむ。これはこれでうまいのだが冷たい刺身と温かい米の組み合わせはちぐはぐな気がする。苦手な人もいそうだな。どのように食べ進めることがセオリーか謎だが周囲の客の真似をすればよさそうだ。


 均等に全ての皿に手を付け、同じタイミングで食べ終わるように進めるらしい。三角形を描くように順々に食べていく。時折お新香をつまんで食べる。お新香は見た目に反して意外とシャキシャキとした食感が味以外にも食事を楽しませる。


 向かいに座るザクスも無心で食べているようだ。一口一口を味わっているようで、精神統一を済ませた戦士のごとき雰囲気を纏い始めている。対面に座っているからか、余計に圧を感じる。俺たちはただただ旨い飯を胃に収めることだけに傾注した。感動するほど旨い飯とは人に言葉を忘れさせるものなのかもしれない。


「もしよろしければこちらのお酒もいかがですか?」


 不意に店員さんに声をかけられる。先ほど定食を運んできてくれた女性だった。彼女の手には一升瓶と二つの御猪口が用意されている。


「おすすめかなにかですか?」


 置物のようなザクスは置いといて、俺は店員さんに問い返す。


「ええ、『魚渦(うおうず)』というお酒になります。古の勇者様の故郷で作られていたものをこちらで再現したお酒になります」


「そりゃーいい。ぜひください」


 俺はザクスと自分の分の御猪口にトクトクと『魚渦』を注いでいく。注ぎ終わるとクイッと一気に飲み干す。酒精の強い酒のようだ。古の勇者の故郷は技術が発達していたと手記には書いてあったが、一口で頭に一発殴られたような衝撃があった。


 しかし不思議と嫌いではない。普段なら決して飲まない強烈な酒も最近の精神的疲労と旅のテンションも相まってがばがば飲んでしまった。

――――――――――――――


 『魔魚』を出た俺たちはこの後どうするか話していた。ザクスは素面のようだが俺は足元がふらふらだった。ザクスの顔が三つに見える。ケルベロスって二足歩行できたんだな。すごい。自分の手足が増えているしついに魔人として目覚めちゃったりなんかして。


「ザクス~おまえは~冒険者ギルドに顔出さなきゃ~。バルガンで出たぁ~ニードルボアの死体をぉ~調査してもらわないといっけねぇからな~」


 酒臭い吐息を吐きながらタルバはザクスに話しかける。間延びしたのような声からザクスはタルバが酔っぱらっていることを察した。


「そのつもりだ。タルバはどうする、依頼でも受けるか?」


「いやぁ~今から行ったところで大したものはないんだな、これが。それよりもカジノだよ、カ(・)・ジ(・)・ノ(・)」


 俺はこの道中あえて一度も口にしなかった目的を告げた。そう、俺は金が全然ないのだ。家も潰れたし、全財産の状況から言って4日後には尽きる。依頼を受けるにしてもヒルドでの一件で消耗した道具の補充をしたらすっからかんだ。男タルバ、命がけの大博打に挑む所存。


「あんなところに行っても金は増えないぞ」


「そりゃーザクスは依頼の報酬額が桁違いなんだし~依頼のほうが効率良いだろうけどさぁ~普通はカジノで一発当てようと思うもんなんだよ、普通は」


「当たり前のことだがカジノで儲かるなら運営している人間は常に損をし続けるだろう。タルバはいい鴨でしかないぞ」


「わかってないな~、ザクス。増える増えないとかじゃないんだよ。増やすんだよ。わかる?」


「全くわからん。ひとまず俺はギルドに調査依頼をする。宿もメインストリート沿いの宿をどこか抑えておくか」


「俺はぶらぶら散策するから気にしないで~。困ったらギルドに行くし~」


「わかった」


 こうして俺たちはそれぞれの目的の場所へと向かった。男が勝負すると決めたのならちびちび賭けるなんてみみっちいことはしない。もちろん、どのようなゲームがあるかは見て回るが、勝てるゲームに全額ベットだ。それに景品で貴重な品があるみたいだからな。

 

 勝って増やして景品売って、俺は小金持ちになるぞ。一分の隙もない完璧な段階を踏む計画に小躍りする。


 30を過ぎた成人男性が赤ら顔で右手に小袋に詰まった金を握りしめ、おぼつかない足取りでふらふらとカジノへ繰り出したのだった。




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