1.バルガンへの寄り道
本日12/7から12/15まで毎日20時に更新し、第三章全てを投稿します。
お時間のあるときに読んでいただけると幸いです。
騒動の渦中である王都から逃げる人々と共に、俺とザクスは港町ゲルニーツァへの旅が始まった。王国最強のごつい男がおまけのように付いてくるという想定外の事態ではあるが、旅の安全性はこれ以上になく高まっている。
それに王国最強と謳われた冒険者がいることによって他の商人や近隣の村や街に帰還するものも同行している。俺たちの後方に人々が続いて歩いている。
俺はファンタズマに乗り、ザクスは徒歩ではあるがゆったりとした足取りで歩を進めている。正直俺とザクスが全力で移動すればすぐに振り切ることは可能だ。だがそんなことをする意味はない。メリット・デメリットで考えればデメリットしかない。そんなことよりも一定の距離間で動き、恩を売っておけばもし冒険者ギルドのないような村で一泊することになったとしても快く泊めてくれるだろう。
1等級冒険者は別だろうが、俺の場合そうやってそこに住む人々の力を借りて生き延びたこともある。過去の経験から少しでも力になれるならなんて思ってしまうのは仕方ないことだろう。
「おい、ザクス。お前はどこまで旅についてくるきだ?」
「どこまでもついていくぞ。気が済むまでだ」
「それはどうなんだ?一緒にいてくれることは心強いけどさ」
「何か不満か?」
「いや~、ね。やっぱ人生の先輩としては自分のやりたいように旅をしてほしいなと思ってね」
「依頼を受けずにどこかへ行くなんて今までなかった。だから何をしていいのかわからん」
「それもそうか。面白そうなことがあれば挑戦してみるといい。それが人生を楽しむ秘訣だ」
「ゲルニーツァに向かう道中に村があるが、立ち寄るか?」
ザクスの言葉に後ろに続く人々が先ほど以上にざわめく。今歩いている街道をそのまま南下した場合、村に寄ることはない。むしろ東側に逸れるほどだ。
だが彼がこの提案をしているというのは後方に続く人々を気にかけてだろう。背負い籠を抱えた老人や行商人が人の群れの中にいることを見抜いていたからだろう。
王都に近いとはいえ、魔物は出現する。その危険を乗り越えて王都に人々は来るのだ。ザクスは傲岸不遜と評判ではあるが、平民に対しては意外と優しいのかもしれない。
「立ち寄ってもかまわないぞ。王都で出たっていう魔人がいるかもしれないからな。魔物も活発になっていれば問題だし。何があるかはわからない以上、こまめに休息を取るとしよう」
「では立ち寄るか。村で一泊して近くの魔物で肩慣らしでもするとしよう」
これまた意外なことに近くの魔物を狩るようだ。ザクスの相手になるような魔物などいないと思うが、どのような心境の変化があったのだろう。
依頼を受けていればわざわざそんなことしないだろうに。さっき言った挑戦ってこれのことか?にしてはそこらへんに落ちている石ころを蹴とばすような簡単さだが。
俺たちの会話を遠巻きに聞いていた人たちがまた口々に話し合っている。1等級冒険者が立ち寄るというのであれば自分たちも立ち寄るか、それとも先を急ぐのかという相談だろう。
村と言ってもそこまで大きい場所ではない。今の後方に連なる人々が大挙して押し寄せた場合、野宿になることが必定だろう。王都の近くであり、そこまで距離もあいてない。
そんな場所で一泊したとして1等級冒険者とその連れはやることが済んだら自分たちを置いて先に向かってしまうのではないか。その場合ついていく必要はあるのだろうか。
推察するにそのような会話をしているのだろう。よくあることだ。
とはいえ俺たちが配慮するものでもない。親切にしたところで冒険者として依頼を受けているわけではないのだ。彼らを庇護する義務もない。見捨てたとしても守り抜くことが不可能だと判断したのであれば責められるいわれはない。冒険者は慈善事業じゃないんだ。
「大した魔物もいないだろうがな。まぁ気分転換にはなるか。やりすぎるなよ?」
「そんなこと、言われなくともわかっている。1等級冒険者をなめないでくれ」
「さてさて、どうかな?金銭感覚が狂っていることはさっきわかってしまったんだ。今更なにかおかしくても大丈夫だ」
そうザクスに言うとばつの悪そうな顔をして黙った。一般的な金銭感覚がないことはファンタズマが装備している魔道具でわかっている。実力も桁違い。身長も高いし、なんなら足もでかい。ザクスに俺が勝てるのは懐の深さくらいではなかろうか。いや、それも負けている気がする。
取り留めのない雑念が頭を反芻する。俺たちの旅はまだ始まったばかりだ。そこそこ旅をしたらザクスと別れたいところではあるがな。目立つし。
――――――――――――――
ゆったりとしたペースで進んだものの、日が落ちる前には村に到着した。村の名前はバルガンというらしい。この村には宿や飲食店はなく、畑と村人がいるのみのようだ。村という規模であるからして薄々そうではないかと思っていた。王都にも近く、行商人が寄る程度の村だ。
「ザクス。今日はキャンプだな、テント張って」
「それしかなさそうだな。俺たちが連れてきてしまった後ろのやつらが迷惑をかけそうだが……」
「そこは村長にでも言っておくしかないだろう。それこそザクスが言って抑止力にでもならんとな」
「わかった。もしもの時は呼ぶように言っておこう。面倒事を作ってしまったようだな」
「でもそれで助かった人間も少なからずいるんじゃないか?」
「ほんとうか?」
「いや、確約はしないけど」
村から少しだけ外れた場所を借りてテントを張る。さすがに後ろからついてきた人間たちは少なくなっていた。俺たちは魔法鞄に必要なものが入っているため、一、二週間は街に寄らずとも旅ができる。だが俺たちは一般的ではない。
一般的な人たちというのはどの街まで行くのか、どこで宿泊するのかという計画を事前に建てている。その予定に従ってお金を使うのだ。
冒険者のように好き勝手にどこか行こうとしているわけじゃない。俺たちについてきた人たちはもしかしたらゲルニーツァまでついて来ようとでも思っているのだろうが、徒歩や馬車では丸一日かかるだろう。
まぁ俺たちは午前中には到着できそうだと思っていたりもする。ファンタズマと1等級冒険者の移動速度を考慮すれば当然だ。
後ろで横たわるファンタズマを避けながらテントを建て、晩飯の準備をする。ザクスは村長のところへ向かった。俺たちの周囲には俺たちについてきた人たちが同じように夜を超すための準備をしている。俺たちと圧倒的に違うことは最低限の備えしかしていないところだ。本来はゲルニーツァに今頃到着している算段だったのだろうか。
俺たちの気にすることでもないのだが、目に付く。だからといって自分たちで俺たちについてくることを決めたのだからしょうがない。
5分ほどするとザクスが戻ってきた。ザクスが魔法鞄からテキパキと食材を取り出していく。牛肉に野菜、ジュースまである。調味料は言わずもがなだ。贅沢すぎる晩飯に面食らう。
1等級冒険者の世界は飯からスケールが違う。ザクスはフライパンに油を敷いてシンプルに塩胡椒で味付けをした。鉄板焼きのようにメインの牛肉から溢れる肉汁と匂いが食欲をそそる。寒い外気の中で男性の手のひらくらい大きいステーキを食べるなんて贅沢だ。
魔法鞄から取り出された何の変哲もない皿に盛りつけられていく。付け合わせの野菜もほどよく火が通っており、アスパラガスやにんじんが程よくメインディッシュを引き立てる。
俺はフォークでにんじんを口に放り込んだ。好きなものは最後に取っておく主義なのでな。
「このにんじん、ただ焼いただけじゃないだろ?」
「それはグラッセという調理方法で作ったものだ」
「聞いたことがないな」
「転生者が伝えたものらしいからな。バターや砂糖を使って甘く煮たものだ。そういえば鉄板焼きも転生者たちが作った飲食店が元になっているらしいぞ」
「それは聞いたことがなかった。知らないことをよく知っているな。意外と博識なのか?」
俺は言い切るとにんじんをほおばる。改めて食べてみるとバターの風味とほどよい甘さをにんじんから感じる。好みは分かれそうだが、単体で食べる分には物足りなさを感じそうだ。付け合わせとしては完璧だ。忘れないうちにファンタズマの分を深めの皿に取り分けて置いておく。
「博識というほどではない。ただ王都で暇を潰すのも簡単じゃない。気になったことは調べるようにしていただけだ」
ザクスも食べながら俺の質問に答えた。好奇心が強いのだろうか。ザクスというよりも1等級冒険者の生活に興味が出てきた。後ろで食べ進めるファンタズマは食欲が出てきたようだ。
「それにしても俺からしたら不思議なもんだよ。1等級冒険者の生活って聞いたことがないからな」
「特別なことはしてない。本を読んだり、ギルドに頼んで情報集めをしてもらっていただけだ」
「ギルドの情報集めってなにしてもらってるんだ?」
「魔物の情報から人の調査とかだな」
「へぇ~仕事熱心なのかな。ワーカーホリックってやつでは?」
「そんな立派なものじゃない。ただ暇つぶしに読み物として情報を読んでいるだけだ」
読み物としてギルドが集めた情報を読むなんてまともな時間の使い方じゃないのでは?まぁいいか。俺はこれ以上深堀したところで闇が深そうな気がして二の句が継げなくなった。
晩飯を食べ終わり、肩慣らしの時間がやってきた。近隣にいる魔物といってもゴブリンやファングウルフくらいだ。せいぜい数匹単位の集まりでしかない以上、3等級の俺でも十分対処が可能だ。
「そろそろ肩慣らしに狩りにいくか?」
「そうだな、夜だが魔物は活発に動いている頃だろう。夜目は使えるか?」
「当たり前だ。使えなければ厳しいがな」
無属性初級魔法【夜目】。目元に魔力を集中させることで使用可能な無属性魔法だ。基本的に魔法は適性がなければ使用できないが、【夜目】のような無属性初級魔法の一部は適性がなくとも使用できる。
夜にも活動をする冒険者という職業上欠かせない能力の一つであったりする。ヒルドの一件で使用しなかったのは魔力に余裕を持たせたかったからだ。
「貴重品は置いてないだろうし、ファンタズマが荷物の番はできるだろう。ファンタズマ、俺たちの荷物に手を出すやつがいたら蹴り殺していいからな」
ファンタズマは静かに顔をこちらに向けて鳴くとまた横たわった。お前食っちゃ寝してたら太るぞ。
肝が据わっているのかわからんが、ファンタズマに話しかけることで周囲に圧をかけておく。こうすることで荷物に手を出そうなどという不埒な輩を減らすことが目的だ。
本当に蹴り殺してもザクスがなんとかしてくれるだろう。1等級冒険者様様だ。持つべきものは最強の仲間だ。
――――――――――――――
俺たちは近くの魔物を狩りに来ていた。理由はボランティアに近い。ザクスがバルガンに寄りたいと言った時から損得ではないのかと思っていたが、概ねその通りだった。利害ではなく、ただやりたい気持ちになった。ただそれだけなのだろう。冒険者というものは誰でも共通してやりたいことしかしない気質がある。ザクスもその気質を持っていたというだけのことだ。
先ほどから俺も食後の運動がてらゴブリンや牙が異様に鋭く発達した狼であるファングウルフの相手をしている。以前盗賊討伐の一件でゴブリンの大群と戦った時とは違い、今は数匹単位であるため問題なく狩れている。ファングウルフは牙や爪は脅威ではある物の攻撃のリーチは短い。
落ち着いて対処すれば一人でも4匹程度なら受け持てる。魔人になった恩恵なのかは定かではないが、肉体の耐久度が向上しているように感じる。
ザクスのほうは運動にすらなっていない。腕を振ったらミンチが出来上がる。足を上げたら肉塊が空から降り注ぐ。血の雨ってああやって作るんだな。俺知らなかったわ。
「ザクス、気は済んだか?」
「大した魔物はいないのだな。もしかしたら面白い魔物でもいるかと思ったのだがな」
そういいながらもどこか満足げな表情のザクスは腕についた返り血を振り払って落としていた。王都で魔人が出現したからそう思ったのかもしれないが、そもそも王都の近郊で強力な魔物などいないことは王都に長く住んでいたザクスのほうが知っているだろう。
俺はザクスの下手な言い訳をそのまま受け入れることにした。時にはあえて言わずともよいことがある。
「そうだな。魔人が出たから何かいるかと思ったんだけど、取り越し苦労かもな」
「ん?あの茂みの方角から何か来るぞ?そこそこ大きい魔物みたいだが」
「え?この辺に大きい魔物が出ることなんてそうそうないぞ?もしかしたらあたりかな?」
「そうかもしれない。これは戦うしかないな」
ザクスは先ほどの表情から一変して好戦的に口角を上げ、指さした方角を見ながら楽しそうに見つめている。忘れていたけどこいつバトルジャンキーだった。さっきから背の低い敵ばかりで腰が疲れてきていた俺はため息をフーッと吐いて彼についていくことにした。
茂みをかき分け、木々の間を通り過ぎていく。相手に気取られないように慎重かつ迅速に動く。
夜風が吹くたびに木々を揺らし、冬であっても散らない木々が木の葉を揺らす。この辺には昔から季節を問わず葉がついた木々が多い。
どうゆう生態をしているのだろうかと昔は思ったものだが、もうそういうものだと受け入れている。
茂みを少し行ったところで気配の主とご対面をした。といっても俺はザクスの10メートル後方で見ているだけなんだが。気配の主はニードルボアだった。ニードルボアは背中に針状の体毛があり、それを飛ばすことができる猪型の魔物だ。
しかし通常のニードルボアと明確に違う点は体格の大きさだ。通常のニードルボアはせいぜい俺の腰丈程度の体高だ。だが目の前のニードルボアは俺の身長と同じくらい、つまり通常のサイズよりも約2倍大きいことになる。
「ザクス、気をつけろ。このニードルボアはおかしい。王都の近隣にこのサイズが育つ環境なんてあるはずがない」
「タルバのいう通りだな。このサイズになるまで見つからなかったことがおかしい。もしや魔人の手先か?」
ザクスの勘は正しかったということだ。ただ実物の出現で証明はしてほしくなかったが。王都で現れた魔人は俺だけど今回のニードルボアについては無実だ。とすると別の思惑に巻き込まれたか突然変異しかありえない。突然変異というには成熟しすぎているため、誰かが手を加えた線が濃厚だな。
「ザクス、ギルドに提出するために死体は手に入れておきたい。木端微塵にはしないでくれ」
「わかった。気配はほかと異なるが実力はそうでもなさそうだ」
ニードルボアはまだ距離があるザクスに向かって背中の針を飛ばしたことで戦いの火ぶたが切って落とされた。ザクスは危なげもなく横に飛んで回避。ザクスに向かってすかさず高速で突進してきたニードルボア。走るニードルボアの足跡で地面が軽く抉れている。
ザクスはニードルボアの上をジャンプして軽々ニードルボアを飛び越える。脚力どうなってるんだ。
ザクスは倒し方を苦慮しているようだ。それもそうだろう。ザクスは大抵の魔物は殴るだけで破裂してしまうのだ。魔法を使った場合でもその場に生物だった欠片しか残らない。綺麗な死体を残すにはザクスの攻撃力は殺傷性が高すぎる。
「風属性中級魔法、【風手】」
ザクスはそうつぶやくと右手の指を揃え、ピンと真っすぐ伸ばした。ザクスの右の手のひらに小さな竜巻が渦巻いている。ニードルボアが旋回を終え、またザクスに突進をする。ザクスは横に飛び退り、木の幹を蹴ってニードルボアに急接近する。
ニードルボアは急いで針を飛ばすがザクスが右手を振り、手にまとった風が風のごとく針を撃ち落とす。さらにザクスはニードルボアとのすれ違いざまの一瞬でニードルボアの頭を手刀で落とす。
高速で動く風が鋭利な刃物のように綺麗に切り落とした。首が草むらに落ちる音が戦いの終幕を伝える。ニードルボアの体がふらついたと思えば横たわるように倒れ伏した。
「さっすが1等級冒険者。危なげなく対処するもんだな」
「体格は異常なサイズだが、能力は通常のニードルボアと変わらなかった。姿からは特殊な力を持っているとは思えなかった。さらに魔法も使用しなかったからな」
当然の判断理由を丁寧に教えてくれる。たしかに体格以外で特別なところはなかった。攻撃方法も乏しかった。俺はザクスに近づきながらニードルボアの死体をじろじろと観察する。
「にしてもでっけぇな、こいつ」
「明らかにただの魔物ではないが、体格以外に異常が見当たらない。ギルドで調査してもらえれば何かわかるかもしれないがな」
「それもそうか。俺たちは冒険者であって魔物の専門家じゃないからな。こういうものは専門の研究者に託すに限る」
ザクスは腰の魔法鞄にニードルボアの死体を突っ込んでいく。頭も忘れずに放り込む。血が付かないように風魔法でコーティングしながら入れるさまは職人芸のように繊細な魔法制御だった。
「ひとまず明日ゲルニーツァで調べてもらうとするか。もうテントに戻ろう」
「わかった。他に魔物も見当たらない。戻ろう」
異常な魔物との邂逅はあっけないザクスの完勝で幕を閉じた。俺は終始腰がきついななんて思っていたりした。
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