3.男たちの海
目が覚めたら俺は木製の船をオールで漕いでいた。俺以外にも十数人の男どもが息を揃えてオールを動かす。
「「「「しゃっきんっへんさいっ!しゃっきんっへんさいっ!」」」」
借金の掛け声でオールを握る両手が前に動き、返済で後ろに引く。昔使われていたというガレー船をどうやら漕がされているらしい。どこへ向かっているのかも不明だが、海の上にいることだけは確かだ。
ヨットのような形状でくすんだ白い帆が張られ、360度水に囲まれている。どこからともなく吹く潮風が自分が海上にいることを自覚させる。
自分の座る席は強く押せば壊せそうなほど老朽化した木の板でできていた。オンボロという言葉がこれ以上似合う船はないだろう。人が乗っていなければ幽霊船と言っても過言ではない。
ベゼル王国南海に揺蕩う朽ち果てた木造船。その乗組員たちは借金返済を掛け声にオールを漕ぐ。これが怪奇現象ではなく現実であることが恐ろしい。
「おいッ!新入りッ!手ェ止まってるぞ!」
横の席に座るベテランから俺へ檄が飛ぶ。その迫力にびっくりして自然と腕に力が入る。だが待ってほしい。俺はなぜこんなところでオールを漕いでいるのだろうか。俺は記憶の軌跡を辿った。
昨日カジノに行き、全額ベットした。ゲームはルーレットだったと思う。酔っぱらって適当に選んだ数字黒の13が見事に大当たり。一夜にして俺は大金持ちになった。換金しようと受付へ向かったのだが、受付近くにバーが併設されており、気をよくした俺は飲み足りなかったこともあり勢いで一番高い酒をくれと言ってしまった。
酒を飲んだ後、誰かに案内されて別室へ通されたことは覚えている。きっと何か説明を受けたのだろうが記憶にない。
そして現在に至るというわけだ。つまり状況から察するに俺は騙されたのだ。酔っていたこともあり抵抗することもなくあっさりと連れていかれたのだ。
よく見ると両手が手錠と鎖でつながれており、自由が阻害されている。その割に足には何もついてない。もしかして経費削減か?まぁ最近はコストカットが叫ばれているからな。非合法の犯罪企業だとしてもコストカットの荒波には逆らえないのだろう。
「「「「しゃっきんっへんさいっ!しゃっきんっへんさいっ!」」」」
掛け声だけが空しく海上に響き渡る。カジノ側の目的は不明だがどこかへひたすら向かわされている。1時間は漕いだだろうか。突如俺たち借金夫たちに声がかかる。
「お前ら手を止めろォォッ!これよりお前たちには釣りをしてもらう。ギーグの一本釣りだッ!」
船首に立つお腹がポッコリと出た目の細いおっさんが俺たちに趣旨を説明する。これが誘拐されてやらされたわけじゃなければいい経験なんだがな。ギーグはアグロの小さくした魚だと思えばわかるだろうか。魔物のため成長というより進化すると形容することが正しいだろう。ギーグが進化するとアグロになる。
「お前たちには専用の釣竿を渡す。目標数が釣れるまでお前たちここに取り残されるッ。きりきり働けッ」
彼は怒鳴るように言い渡すと幻のように消えてしまった。イリュージョニストだったのか。
「おい新入り、ぼさっとしてるとプロにはなれないぞ!さぁ竿を握ろう!」
後ろから若い声が聞こえ振り返ると藍色の長髪を束ねた目のきりっとした男が笑いながら竿を渡してきた。
「俺は…何をすればいいんだ?」
「そんなもんみたらわかるだろぉ、釣るんだよぉさかなをぉ~」
「なんのために?」
「質問が多い奴だなぁ~。密漁に決まってんだろっ!み・つ・りょ・うぅ。そうじゃなきゃこんなに港から離れねぇってぇ~」
密漁…だ…と?。密漁する意味はなんだ。ゲルニーツァが不漁とは聞いてないぞ。それに何だこの間延びした話し方。珍妙だ。
「君の言いたいこともわかるぜ新入りぃ。最近強力な水の魔石が発見されたんだってよぉ。そいつを強化するための魔道具が水棲魔物を大量に使うんだぁ~」
「ほぉ~強化してなにするんだろうな。お、くいついたぁっと」
話しながらも手は動かす。また怒鳴られるのは面倒だからな。後ろに飛んでいくギーグが物理法則を無視した軌道で船の収納へと流れていく。このオンボロ船、細工がされている。
「さぁ~なぁ~偉い人の考えるこっちゃわからんよっとぉ」
彼も負けじとギーグを釣り上げる。男たちは密漁している割に目が死んでない。まさかこいつら俺とは別口だな?。布の服一枚しかない俺は帰るためにも密漁に精を出すことにした。一杯釣ったら帰してくれるんじゃないか?。
流れ星に祈る願いのように一抹の希望を胸に、密漁に勤しむのだった。
――――――――――――――
一方その頃ゲルニーツァではザクスがタルバを探しに町を歩き回っていた。
「タルバはどこへいったんだろうか……」
ザクスは朝からタルバ探しの旅をしていた。冒険者ギルドでファンタズマが預けられていたことからまだ町中にいるはずだ。
ギルドで調査について話をしたいなどと言われたが、そんなことに付き合うほど暇じゃない。王都のギルドではこのような対応はないのだが、他所だと図々しいと感じる。
昨日行った『魔魚』にも行ってみたがやはりきてなかった。そうなると最後にいったカジノが怪しいのだが、夕暮れから営業のためまだ調べに行けていない。カジノで何かあったのだろうか。まさか拉致監禁なんてありえないが、カジノ内で誰にも見つからずに寝てることはあり得る。
タルバが帰ってきたときに案内できるように町を散策しよう。ザクスはゲルニーツァの雑踏に紛れていった。
彼はゲルニーツァに来るまでの間、密かに考えていたことがある。それはタルバの名声を高めることだ。巨人討伐の功績を結果的に剥奪されたことは先日のヒルドの一件程度では挽回できないほど痛手だ。タルバはもっと多くの人間に認められるべきだ。
彼にはミッド大山脈の山頂を吹き飛ばすほどの力がある。危険なことにも先陣切って抗う勇気がある。その割に驕らず、必要に応じて礼節を重んじる場面もある。
王都を出るとき、彼は衣服を脱がされそうになってた。どのような経緯があったのかはわからないが、それを許せる懐の深さを持つ人間が一体どれだけこの国にいるのだろう。
王族や貴族にはいないだろうし、プライドや面子、力を重視する冒険者にもいないだろう。実力を兼ね備えた強者でありながら鷹揚な親しみやすい人柄の人物はタルバだけだ。
タルバが認められるためには一緒に旅をして活躍を吹聴することがベストだ。そう考えて彼が名声を手にする時まで同行したいと考えている。
途中でやりたいことでも見つかればいいんだがな。俺の目的のために俺が目立ってはいけない。だから以前の自分の態度を改めている。俺の悪評が彼の名誉を傷つけることは本意でない。
あてもなくふらふらと散策していると後ろから俺を呼び止める声が聞こえる。
「ザクスさ~ん、ちょっといいですか~~~」
振り向いてみるとギルドの受付をしていた男だった。俺に図々しくも調査について話がしたいと言ってきた男だ。
「なんだ」
「はぁ、はぁ。あぁ~やっと追いついた。ずっと追いかけてたんですよ!俺。なのに歩くの早すぎですって」
「要件を早く言え。何が言いたいんだ」
「ザクスさんに指名で依頼をしなければならないことが起きそうなので、その話をと思いまして……」
「先の調査ならばギルドで勝手にやればいいだろう。俺を呼ぶことはない」
視界からギルドの男を外し、カジノへと消えていった尊敬する男が通らないか目を光らせる。
「それが別件なんですよ。別件」
「なに?」
逸らしていた視線を男へと戻す。額から汗をかいた男の顔を見下ろす。いきなり視線を戻したことにぎょっとしたのか男が一歩後ずさる。
「そっ、それがですね、最近輸送された強力な水の魔石の件で問題が起きそうなのです」
「起きそう?まだ起きていないならいいのではないか」
顔から汗が止まらない男はそれでも食い下がらない。
「不確定な情報が多いのですが、怪しげな行動がここ数週間目立って起きています。一度ギルドでお話だけでもお願いします」
どこか浮ついていた態度の男が最後には真剣な面持ちで腰を折って頼んできた。1等級冒険者は不確定な情報で簡単に動くものではない。他の冒険者の手に負えない依頼を遂行するために存在すると俺は思っている。だからこそ初手で俺に話が来ることは違和感がある。
しかしながらタルバも見当たらない現状やることはこれといってない。第一印象は悪かったが、最後の真摯な頼み方に免じて一度話だけは聞いておこう。
「わかった」
シンプルな一言で返事を済ませ、男を連れ立って冒険者ギルドへと向かう。ちんたら歩くギルドの男を摘まみ上げ、引き摺りながら。
――――――――――――――
「や……やっとおわった……」
俺は疲れを滲ませた声を出し、数時間にわたる釣りを終えた腕を力なく降ろす。
釣り始めの時はあれだけ元気だった男たちも石のように黙っている。俺と違い息は上がってないが疲れていることには変わりない。
「おつかれ~でもへばるのはやくないぃ~?」
軽薄ともいえる口ぶりで俺に話しかけてくる長髪の男。何時間も釣りをして元気なのはこいつくらいだ。一本釣りの最中も間断なく永遠に話しかけてきた。話しかけるというよりも独り言を呟いては俺に同意を求めてきていただけなのだが。
後ろを見る気もないため、背中越しで返答する。
「数時間竿を振ってたら疲れるだろ……。むしろお前がおかしい」
「えぇ~それはないでしょ~。君も僕も同じだよ。変わらないんだから疲れるわけがないぃ」
「いやいや、同じ生物でも筋力で疲労具合は変わるだろ……何言ってんだお前」
「そうかなぁ?僕はそうは思わないけどぉ」
「てか、俺以外のやつに話しかけろよ。なんで俺なんだよ……」
俺は瞑目しため息を押し殺す。俺は黙って休憩したいのに会話していたら余計疲れる。手っ取り早く他の生贄を差し出したいところだ。
「君が新入りで興味があるだけさぁ。それに今の状況が全く分かっていないから親切心で話しかけてあげているんだよぉ?」
「状況?どこの海の上かもわからんところで密漁しているだけだろ。それ以外に何がある?」
「ちっちっちぃ~わかってないなぁ~きみぃ~」
緩い口調の男に苛立ちを覚え、つい振り返る。長髪の男はメトロノームのように体を左右揺らしながらにやにやと俺を見つめている。
だが彼の口調のたるみ具合とは乖離した鋭利なナイフのような眼光が俺を貫く。
「ここはゲルニーツァからさらに南に行った場所にある島々が点在する場所。故に助けが来ることはない。来ても襲撃されて帰れないからだ。それに俺たちは借金を抱えている。助けるやつはいない」
ここで男は猫背だった背筋を垂直にピンッと正し、口調が変わった。彼はボロ椅子の上で胡坐をかく。
「さらに俺たちに着けられたこの手錠は魔法の使用を阻害する。使えるのは己の身体能力のみ。となれば普通に脱出は困難だ。わかるぅ?」
流暢になったかと思えばまたかったるそうな話し方に戻った。なんなんだこいつ。しかし、こいつの言う通りであれば希望はない。ゲルニーツァの近くに離島なんて存在しないことからかなり距離がある。
さらに魔法まで使えないとなるともう万策尽きたといえる。
「なぜそんなことを知っている?脱出しようとしたのか?」
「い~やぁ~?出たいとは思ってないよ、いまのところ。それに知るのは簡単さ。やつらの仲間が勝手に話しているのをぉ盗み聞きしただけぇ~」
「あっそ。なんでもいいか。この後どうするんだ俺たちは」
「島に戻ってお休みだよぉ。意外にも労働環境は悪くないんだよぉここぉ~」
「それはお優しいこって」
これ以上話すこともないかと思い、前を向くとイリュージョニストの男がいつの間にかまた船首に立っていた。
「おめぇらぁ!よくやった!ずらかるぞっ!!」
彼の号令の下、船は旋回を始める。彼の指示する方向へと進行方向を転換し、進み始める。方向転換を終え、前に進み始めたとき、海からせり上げる影が真横に出現する。
屈強な借金夫たちがオールを漕ぐ手をついつい止めてしまう。突如現れた巨大な魔物に狼狽える。
「おめぇらぁ!よく聞けっ!こいつは敵じゃねぇ、俺たちが作った魔物だっ!気にせずオールをうごかせ!!」
イリュージョニストの怒声で我に返った借金夫たち。俺たちには魔物に対抗する手段がないため、彼の言葉を鵜吞みにするしかない。彼の言った通りなのか、魔物は俺たちを襲ってはこなかった。むしろどこかへ向かうようにまた海に潜っていった。
「な、なんだったんだっ?あいつは」
背筋を凍らせる魔物の恐怖からでた言葉はオールを漕ぐ男たちの借金返済コールでかき消される。真後ろの男を除いては。
「最近やつらがご執心なぁ改造魔物だよぉ~あいつぅ」
後ろの長髪の男からの予想外の返答に驚かされる。魔物を――改造?。そんなこと、、、できるのか、、?
「できるのさ。彼らのバックには人外がいるからねぇ~」
まだ何も言っていないのに長髪の男は俺に返答をする。気味が悪いが今は目の前のことで頭がいっぱいだ。船はひたすら島を目指して前に進む。オールを漕ぐごとに泡立つ海水の軌跡が浮かんでは立ち消えながら。
――――――――――――――
長髪の男が言っていた島に辿り着いた俺たちは自由時間を貰えた。俺は誰もいないベストプレイスを探し、島の中でも森林ではなく、岩々に囲まれた場所で寝床を作っていた。
靴まで奪われいたことで足に小石や砂利が食い込む。痛みをこらえながら道中拾った草や蔦で靴を編む。
不格好だがないよりはましだ。岩を背に作業を進める。
「おっとぉ~こんなところにいたぁ~」
嫌な声が真上からする。見上げればしゃがみこんで俺を覗く長髪の男がいる。薄暗くなった背景に溶け込むような藍色の髪を風に靡かせながら飛び降りた。
「やぁっと見つけたよぉ~なんでどっかいっちゃうんだいぃ?」
「他のやつと距離を取りたかっただけだ。他意はない」
「正直じゃないなぁ~まぁいいけどぉ~」
俺の真正面に片膝をたてて座る長髪の男。膝に顎を乗せながら口を開く。
「で、どうするんだいぃ?君はぁ~」
「どうするって、いづれ脱出するさ。いつまでもここにはいられない。それだけの話だよ」
「脱出ねぇ~この状況じゃぁ無理だよぉ~?普通ぅ~」
「かもな。でも失うものは命だけってことは好都合だろ。選択肢がない分迷いがない」
「そんな性格なのぉ?きみぃ~虚勢張ってないぃ?」
「そうでも思わないと脱出なんてできないだろ。俺だって他に選択肢があれば命を大事にするさ」
「あっそぉ~、変なのぉ、僕と同じなのに変なのぉ~」
「ちぐはぐな感じはおんなじかもな、お前と」
ふざけていた男は急に黙り、正面から見つめてくる。何を考えているんだ。
「そうか。君はまだわかっていないんだね。なら仕方ないか」
彼は唐突に口調を変えながら、うんうんと頷いて何かに納得をしている。やはり理解できないタイプだ。
「それはそうとぉ、自己紹介してなかったねぇ~、僕はイフィンティブ。イフィンティブ=ギャッジ。よろしく新入りぃ~」
「俺はタルバ。新入り呼びはいやだからやめてくれ。イフィンティブ」
「わかったよぉ~しかたないなぁ~」
不気味な奴だが悪い感じはしない。ひとまず話だけでもしてみよう。自家製の靴を『圧縮』でほつれを無理矢理固めて完成させる。正直なところ、彼の掴みどころのないひょうひょうとした口調から明かされた情報は信じられないことばかりだった。
彼はカジノ運営は魔王軍の残党が行っているようだ。巻き上げた金で兵器開発し着々と人類との戦争に向けて土台固めをしていた。ゲルニーツァにカジノができたのは500年ほど前。古の勇者が魔王を討ったのが約千年前。古の勇者やその縁者が死亡してから密かに人の社会にまぎれたのだ。
500年間で出来上がった兵器こそ改造魔物だ。通常の知性のない魔物を弄り、強力な人類以外太刀打ちできないほど強力な魔物を量産している。
まだ4体ほどだが、それでもベースとなった魔物を災害級の魔物へと昇華させれば対応できる人間は限られる。これ以上量産されれば人類は崩壊の一途を辿る。魔王軍の残党である魔族は水に関連した魔族であるため海の魔物の改造を行っているらしい。さらに自分自身を強化するために強力な水の魔石を儀式で増幅し、吸収しようとしているみたいだ。
イフィンティブの口から語られる内容は密漁の借金夫では得られないような情報ばかりで本当に何者なんだと疑問符しか湧いてこない。
イフィンティブの一方的なマシンガントークによる解説に俺は質問を挟むタイミングを見失わせた。一通り言いたいことを言ったのか、話が途切れた瞬間を見計らい、俺は根本的な質問を投げかける。
「お前は一体――何者なんだ?」
虚を突かれたように鋭い眼を大きく開いたイフィンティブは相好を崩した。そしてひとしきり笑った後、ただ一言こう言った。
「僕は君と同じだよ。おんなじ」
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