ex.ウィンティ=ロード
今回は短めのウィンティの回想になります。
タルバさんと出会いはヒルドからタットルンへと続く街道に私が倒れていたところを助けていただいたことから始まります。
彼に揺すって起こされて目を覚ました私はぼんやりとする視界で彼を見つめながら靄がかかったような感覚でいた。それも数秒で回復し、なんとかタルバさんに聞かれたことには答えました。今にして思えば不用心に受け答えしてしまったと思いますが、タルバさんがいい人だったので結果オーライでしょう。
私はロード公爵家の長女として魔法学院に入学し、研鑽を積んできました。魔法学院は3つの学年があり、最短で3年で魔法使いとしての称号を手にすることができます。魔法を使えれば魔法使いではありますが、魔法学院卒の魔法使いはまた別の評価を受ける。
実技や研究論文の提出が必要な場合もあり、ストレートで卒業するためには手を抜いてはいられませんでした。幸い、私は幼少期から自己研鑽の重要性を説かれていたため、無事に卒業できる見込みがある程度には優秀でした。
私は3年になると先生方の元に弟子のような形で新たにグループが作られます。学院生たちからはゼミと呼ばれています。元々は王国内最強の魔法使いであるヴェラゴ=ジャラガ先生の下で学びたいと考えておりましたが、ヴェラゴ=ジャラガ先生がゼミ生を取らなかったため、その願いはかないませんでした。
他の先生方の中で興味を惹かれた研究をされていたジャルガ=ファフカ先生の下に師事し、今に至ります。私は先生の都合が合わずに王都を離れられないということをお聞きし、先生の代わりに貴重な研究材料の受け取りを任されました。
先生の気遣いとロード公爵家からの支援で護衛が雇われ、ヒルドに近い場所で受け渡すことが決定しておりました。先方が途中まで運搬し、こちらに引き渡すという形式で街中での取引は人目につくため避けると連絡を受けていました。
往路は順調そのもので、受け渡しが済み、私たちのみになったときに問題が発生しました。私は気づけば意識を失い、魔法鞄に仕舞っていたジグライトを失っていました。
道中を共に進んだ護衛が一人も見当たらないこと、私自身も周囲を警戒していたことから彼らが襲撃者だったのではないかと安直に推理しました。自分たちが雇ったものが敵だったとは滑稽な話です。
私は特殊で希少性の高い能力を持っているため、生かされたのでしょう。もしくは私の家を恐れたのかもしれません。なんにせよ私だけが五体満足で放置され、ここに置かれていたのでした。
タルバさんはよく言えば奇天烈、悪く言えば化け物としか思えない馬型の魔物を連れていました。タルバさんの目的はこの見たこともない魔物を魔法学院の知り合いに見てもらうために王都へ向かっていたそうです。
王都を目指すことも魔法学院に用があることも偶然の一致でしたが、私は同行者を獲得することができました。もちろん、これがタルバさんの優しさだったのでしょう。
タルバさんとはタットルンに向かう道中にお話をしましたが、自分のことは全くといっていいほど話してはくださらない方でした。私も家のことについてはあまり話せないため、今王都では何が流行っているとか魔法学院の生徒はどんな授業を受けているとかありふれた話だけをしました。
タルバさんは不思議な方でした。私が貴族であることをお伝えすると即座に言葉遣いを訂正し、威儀を正しました。ですが、魔法学院の生徒として扱うように申し上げるとすぐにラフな言葉遣いに治りました。
普通の冒険者や民であれば私が気にしないでほしいと伝えても、元の言葉遣いで接することは難しいのです。即座に修正できる人は貴族と関りが深い方か、貴族を貴族とも思っていない方のどちらかでしょう。どちらかといえばタルバさんは前者に当たるのでしょう。3等級冒険者に似つかわしくない礼儀作法の切り替えに何者か気になってしまいます。
タットルンに到着してからは嵐のように出来事が過ぎていきました。タットルンに入ろうとすれば兵士に止められ、冒険者ギルドでは馬鹿者に天誅を下し、1等級冒険者のスタンピード殲滅を遠目で見ておりました。
目まぐるしく状況は変化し、王都へと即座に向かうことになりました。タルバさんの豪運によってなくしたはずのジグライトが見つかったそうです。なんでもザクスさんが殲滅していたら跡地で見つかったそうで、魔物と一緒に賊も消し炭になってしまったのだと思われます。私は小躍りしそうなほど喜びました。
即座に王都に行くための準備を進め、ダメもとで1等級冒険者、『怪物』ザクス=ルードさんに依頼を出しましたが、なぜか受注していただけました。正直何故という疑問符がつきまといましたが、ここでもタルバさんが影響していました。
『怪物』ザクス=ルードさんについては王都でも有名な冒険者の方ですから、当然私もどのような方かは既知のことです。誰の指図も受けず、気が向いたときにのみ依頼を受ける自由かつ最強の冒険者。一部では王都の守りの要として王都にとどめ置かれているとまで噂されるほど彼は王都を離れない方です。加えて、ただの貴族の護衛依頼など本来ならば一笑に付すところです。
お会いしたところザクスさんは私よりもタルバさんを注視していました。本来の依頼者であり貴族でもある私ではなく、ただの同行者でしかない3等級冒険者のタルバさんばかりをです。タルバさんは気づいておられませんでしたが、誰がどう見てもタルバさんに何かあることは明白でした。少なくともザクスさんの中でのタルバさん優先順位は貴族や冒険者ギルドよりも上ということです。
ザクスさんに依頼を受けてもらう前、ちょっと冒険者ギルドでお話を伺いました。タルバさんは異名持ちの冒険者ということしかわかりませんでした。タルバさんに直接聞いてもはぐらかされてしまいました。この黒髪黒目で無精髭を生やした不思議なおじさんの正体が気になるところです。
そこからは3人で王都へと向かい、道中でザクスさんの人生相談にタルバさんが乗っているという面白い光景を見ることができました。私は会話を遮らないようにしながら、お話を聞いていましたがタルバさんには変な説得力があります。人徳というものでしょうか。1等級冒険者にアドバイスをする3等級冒険者なんてみたことがありませんでした。
タルバさんのおかげで少しザクスさんと打ち解けることができたため、チャンスだと思い積極的に話しかけてみることにしました。意外にもザクスさんは貴族である私を無下に扱うこともなく、話してくださりました。友達とは行かなくとも知り合い程度にはなれたのではないかなと思います。
王都でザクスさん、タルバさんと別れ、布でくるまれたジグライトを魔法学院へと運びました。魔法鞄に入れていましたが、また襲われるのではないかと気が気ではなかったです。
ジャルガ=ファフカ先生は所用で今週は学院に来られないと伺いましたので、保管用の箱に入れておきました。セキュリティに直結した特殊な魔法陣で組まれた最強の保管箱です。これを盗むことはまず無理です。魔法学院のセキュリティ上、関係者しかセキュリティの魔法を回避できませんし、今はシャッターが降りる仕様ですので賊もここまでは来れないでしょう。そう思いながらその日は魔法学院を後にしました。
後日。王都は未曽有の大事件が立て続けに2件発生し、どこもかしこもその話題でもちきりでした。王都は活気のある都市ですが、今日は一味違った喧騒が街に蔓延しています。
私も新聞を見て目を剝きました。一つは古の勇者が残した伝説の剣、《海誓山盟》に異臭を放つ液体がかけられていたことです。意思のある剣としても有名な《海誓山盟》は怒りのあまり意思疎通が難しい状態に陥っていると書かれています。
《海誓山盟》が一言絞り出すように出した言葉は魔人が襲来したとのことです。伝承や逸話にしか登場しないような御伽噺レベルの存在がやってきたとはにわかに信じがたいです。
前代未聞の珍事ですが、こちらの1件はまだ私の精神に波風を立てるほどではありませんでした。
問題は2件目の魔法学院襲撃事件。魔法学院に賊が侵入し、魔法学院の校舎を一部損壊させ、敷地内に大穴を開けて去ったとのことです。新聞には先の魔人の件との関連性を指摘する一文もありました。
思わず私は立ち上がり、手に持っていた新聞を強く握りしめて食い入るように全文を読みました。賊が侵入した研究室はジャルガ=ファフカ先生の研究室だったとのことです。
私は魂が抜け落ちたかのようにその場にへたり込んでしまいました。はしたないと思いますが、体に思うように力が入らなくなってしまったのです。
少し休憩してから魔法学院に向かい、新聞ではなく直接この目で惨状を確かめました。新聞では多少魔法学院が損壊した程度に書かれていましたが、3階から1階にかけて斜めに風穴が開いており、外へと繋がっております。
まるでドラゴンでも通ったかのような跡地に恐ろしさを禁じえませんでした。1等級冒険者でもこの魔法学院のセキュリティの突破は容易ではありません。魔法耐性が高くとも禁止魔法を使用しているのですから、対策はできません。であれば、内部犯を疑うほかありません。先生方にお話を聞いたところ、ヴェラゴ=ジャラガ先生のマジックパスが紛失していることが判明しました。
賊はヴェラゴ先生からマジックパスを盗み、セキュリティを回避してこの惨状を作り出したようです。王国内最強の魔法使いから盗む敵は強力な存在でしょう。それこそ魔人と言われた方が納得します。
当のヴェラゴ=ジャラガ先生は魔人からの宣戦布告に怒り心頭といったご様子で、近寄りがたいオーラを漂わせておりました。ヴェラゴ先生はしきりに「タルバめ……。問題を持ち込みおって……。」とタルバさんに関して独り言を繰り返されているようです。
ヴェラゴ先生はタルバさんのお知り合いのようでしたので、恐怖で身がすくみそうですが、お声をかけさせていただきました。
「ヴェラゴ先生、わたくしジャルガ=ファフカ先生のゼミ生でウィンティ=ロードと申します。先ほどからタルバさんのお名前を出されているので、気になって声をかけさせてもらいました」
「……。君はタルバのやつを知っているのか?」
怒気をなんとか押し殺した声でヴェラゴ先生は私に質問をしました。私は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしましまいしたが、口だけは必死に動かしました。
「はっはい。王都に来るまでに大変お世話になった冒険者の方であり、命の恩人です」
そういうとヴェラゴ先生は消え入るような声でくすくすと笑いだした。
「くっくっく、、、タルバが、、、命の恩人、、?また変なことしてたんだな、どんなときであっても変わらない」
「それはどういうことでしょうか。タルバさんはご自身のことはあまり教えてくれませんでしたので、気になります!」
私は恐怖よりも知的好奇心が勝り、ヴェラゴ先生にタルバさんについて教わりたくなりました。ヴェラゴ先生は笑いながら踵を返して校舎に向かっていった。
「気になるならばついて来なさい。私の研究室は無事だからな。そこで話そう」
私はジグライトの一件を少しでも忘れるためにヴェラゴ先生の後ろをついていった。思わぬところで憧れの先生からお話を伺う機会得られ、タルバさんに改めて感謝の言葉を祈った。
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