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へっぽこ魔人生  作者: 岸辺濫瀟
第2章

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ex.ヴェルフ帝国

今回は第一章でのヴェルフ帝国側からの視点になります。

 話はタルバがミッド大山脈の頂上を吹き飛ばした数日後に遡る。


 ヴェルフ帝国、帝城。ヴェルフ帝国の帝都中心部に存在する皇帝が住む尖塔が幾つも建つ奇妙な城。青と黒を基調とした色味で300年前に作られた比較的年の若い建物である。外観もさることながら、内観はどれだけ教養のない者でも豪華絢爛さがわかる精緻な装飾が見渡す限り一面に施されている。帝国の富を全面に押し出した帝城では緊急会議が開かれていた。


「これより、ベゼル王国侵攻作戦について緊急対策会議を開く。まず初めに侵攻作戦の現状を報告せよ」


 帝国軍上層部が集められたこの緊急会議では帝国軍元帥の言葉により会議が開始された。帝国は軍部の頂点に元帥がおり、その直下に4つの軍団長、師団長、旅団長と続く。今回の緊急会議には元帥と4人の軍団長が出席していた。

 最初に口を開いたのはベゼル王国侵攻作戦の先遣隊を率いた第2軍団長である私だった。


「報告させていただきます。現在、ドーガまで占領が完了しております。ドーガにて王国将軍ラペル殿を討ち取り、ベゼル王国第一王子レイベル殿が手勢を率いて逃走。ヒルド方面へと向かいました。その後、こちらも追撃部隊を送りましたが王子他数名を取り逃しました。以上です」


「わかった。だがなぜ部隊を再編制してヒルド方面に追っ手を送らなかった?即日には無理でも4日もあれば隠密に長けた部隊を送ることができると思うが?」


 元帥から発せられた当然の疑問に第2軍団長である私は息つく間もなく疑問に対する答えを提示した。


「それに関しましてはドーガからヒルド方面に向けてミッド大山脈を越える最中にミッド大山脈の頂上が崩壊。崩れ落ちた雪や岩によって雪崩が発生し、ヒルド方面に侵攻する部隊が全滅いたしました」


「なにっ!?それはどういうことだ!そのような報告は聞いていないぞ!?」


 私が率いていた第2軍団は6万人程度の兵員を擁する。今回の軍団には特殊部隊も含まれていたため、どの部隊が全滅したかによって帝国が受けた被害が甚大だ。

 今回同行した特殊部隊は貴重な能力持ちも大勢いたため、失った人員の穴埋めには時間がかかる。だからこそ元帥の焦燥は他の軍団長達にも理解できた。また他の軍団長たちも事態の深刻さに焦りを感じ始めた。元帥や他の軍団長とは対照的に私は冷静に報告を続けた。


「はい。私も先ほどこの報告を受けまして、原因は不明ですが雪崩が発生し部隊が全滅したことは確認が取れました」


「部隊が全滅したことも問題だが、その部隊に特殊部隊の彼らは含まれていたのかが最重要だ。そこはどうなっている?」


「はい。特殊部隊につきましてはドーガに残っていたため、無事です。今回全滅したの部隊は第2軍団の第1、第2師団になります。合計2万弱の部隊でした」


「2万人が全滅……。王国側の作戦ではないのか?タイミングが良すぎて疑わざるを得ない」


 第2軍団は第1~第4師団で構成されており、各1万人程度の兵員がいる。各師団によって特徴が異なり、今回全滅した第1師団は攻撃に特化した能力持ちで固められた師団でベゼル王国侵攻作戦では主軸として考えられていた。

 第2師団は支援寄りの師団で攻撃、防御、支援とどの役割も満遍なくこなせる万能な師団だった。その師団が両方壊滅したことでベゼル王国侵攻作戦は一時中断を選ぶしかなかった。タイミングが王国側に有利すぎる雪崩が起きたことに王国の作為的な罠にしか見えない。王国の陰謀を信じたいと思うほど、一瞬で失うには大きな損失だった。


「それに関しては現在特殊部隊の能力を用いて情報収集を行っております。現状で判明している事実としては王国側の陰謀ではないようです。あくまで一個人によって引き起こされた惨状であると報告が上がっております」


「あの特殊部隊には『過去視』がいるからその報告は真実なのだろう。だが個人で起こせる事象ではない。それは第2軍団長である貴殿にもわかることだろう」


「『過去視』からの報告では帝国が送り込んだメルバリオンと『扇動者』を王国で暗躍させ、準備していた人工的なスタンピードが露見し、冒険者によって討伐が行われていたそうです。その討伐に参加していた冒険者が『扇動者』に放った攻撃の余波でミッド大山脈が抉れたことがわかっております」


「王国側が1等級冒険者でも派遣したのか?『怪物』ならばそのような結果でも納得がいく」


 元帥や他の軍団長たちですらも『怪物』の勇名は委細承知だ。詳細を聞かずとも『怪物』の人間離れした実力を知らないものはいない。過去に帝国が魔物を合体させて作り出したキメラを王国に放ったことがある。

 王国側は早急に『怪物』を派遣し、周囲一帯丸ごと消し飛ばした。近くにあった山もなくなっていたという報告があったときには信じられず、部下に3回も再調査を命じるほどだった。後に王国内の新聞にて大々的に『怪物』の活躍が取りざたされ、最初に受け取った報告が真実であったことを理解したのだった。


「それが――王国内でも無名の冒険者でして……」


「無名の冒険者が『怪物』に匹敵する戦闘力を持っているのか?そんな馬鹿な!」


「元帥のおっしゃる通りだ。そのような冒険者が無数にいるのであれば侵攻作戦は不可能だ!」


「王国内の事前調査ではそのような存在は見つからなかったではないか!」


「他国からの介入ではないのか?王国内にそのような名もなき英雄がいるとは思えん」


 私の言葉に驚きを隠せない元帥と王国侵攻作戦を共同で進めていた各軍団長からさらに疑う声が上がる。他国からの介入であればどれだけよかったかと第2軍団長は心の中で思った。私自身も報告を信じられず、『過去視』に直接連絡を取った。このためだけに貴重な遠距離連絡用の魔道具を用いて直接問題の渦中の冒険者について話を聞いた。


「私も『過去視』から直接報告を受けるまでは報告書に細工がされたと疑っておりました。ですが『過去視』はこの男はどの国に居ても恐らく無名のままだっただろうと言っておりました。私も調査結果を確認したため、この男の異質さに驚きました」


「誰なんだ?その無名の英雄は」


 私は一呼吸おいて、瞑想するかのように目を瞑る。そしてまっすぐな瞳で元帥を見つめながら重い口を開く。


「タルバ。『不死』のタルバ。それが彼の異名と名前です。ミッド大山脈に居を構えていた無名の英雄。我々はミッド大山脈から侵攻したため、彼のテリトリーを荒らしたと判断され威嚇攻撃をされたものだと思われます」


「『不死』……。そんな異名の冒険者聞いたことがないぞ」


「知らなくとも無理はありません。彼は意図的に自分の名や顔が売れることを避けられてきたのですから」


「1等級冒険者に匹敵する実力がありながらなぜ身を隠すような真似をしたのだ。私には理解ができない。そのタルバという男の詳細な情報はあるのか?」


 元帥は未知の生物にでも遭遇したかのように目を白黒させ、そう問い返した。


「ベゼル王国内にいた間者を使用し、情報を集めました。ヒルド周辺を拠点に活動する3等級冒険者で、ヒルドでは有名な冒険者のようです。2等級冒険者『紅』のメリギュラや『鋼鉄』のレルバと親交があり、高い依頼達成度と豊富な経験、知識。戦闘力という点は不明ですが、総合力の高い冒険者のようです」


「聞いたこともない異名の由来については何か情報はあるか?」


「はい。彼はどうやら絶望的な状況下であっても致命傷を受けず、依頼で同行した他の冒険者に一人も死傷者が出なかったことが表向きの由来のようです」


 私はこの場で誰も知らないタルバの異名の由来を説明した。他の軍団長達にも目を配りながら落ち着いたペースで話していく。


「表向き……?では裏向きではどのような意味があるのだ?」


「裏向きの意味では4年前に我々がドーガを治めるシャベック伯爵とヒルドを治めるガナーシュ辺境伯の関係悪化を目的とした巨人召喚が関係しております」


「4年前にそのような事件が王国内で起きていたのか?そのような報告を聞いた覚えはない。その事件に便乗して攻めることもできたのではないか?」


「私も『過去視』に聞くまでは詳細を知りませんでした。一部の帝国の間者が独断で行ったようです。世の中では『不死身の英雄』という物語として知られている内容こそ、この事件の内容になります」


 私が紹介しなくとも『不死身の英雄』は帝国のみならず、各国で親しまれている物語だ。冒険者の物語というものは大体が古の勇者に纏わる物語が多く、一般の冒険者の話はほとんどなかった。

 『不死身の英雄』はある時を境に爆発的に広まり、主人公である二人の冒険者のうち、権力に靡かない自由な男の冒険者に憧れるものも多い。ここ数年で冒険者になった者の大半はこの物語のファンである。昨今の冒険者や読書が好きな人間とっては必読書であり、持っていないものがいないほど流通している。老若男女問わず、最後まであきらめずに戦い続ける男冒険者は高い人気を誇る。


 『不死身の英雄』は架空の話を元に作成されたと言われていた。物語の内容としても巨人に何度攻撃されても致命傷にならず、生き延びるなんて現実的ではない。しかし、タルバの情報を調査するにつれて実在した事件を元に作成されていたことが判明した。誰もが知っている英雄譚の冒険者が辺境の地に押し込められていた。


 誰がそんなこと想像できるだろうか。本来ならばタルバという男は貴族から褒章をもらい、3等級以上の階級を得られるはずだ。だが現実は彼の功績は評価されず、貴族によって空想の物語として片づけられている。この事実が公表された場合、王国では冒険者を正当に評価しないと冒険者に思われかねないことをしている。冒険者が与えられるはずの栄誉をかすめ取っているのだから。


「その物語ならば私も知っているが、あれは架空の話だったはずだ」


 第1軍団長が世に喧伝された嘘を口に出す。私は口の渇きも気にせず、説明を続ける。


「あれは実際の事件だったのです。そしてこのタルバこそ『不死身の英雄』の主人公である男冒険者になります。女冒険者は2等級の『紅』です。物語にもある通り、タルバによって巨人は討伐されました」


 私は巨人討伐の顛末を説明した。王国貴族が行った冒険者の功績に対する剥奪行為は信賞必罰を良しとする帝国軍人である彼らに苛立ちを与えた。


「それではあまりにもこのタルバという男は不憫ではないか!命がけで民を救った冒険者が名誉も報酬も固辞させられ、田舎に押しとどめられていたということか!帝国であればそのような不当行為など到底許せる話ではないぞっ!」


 元帥は唾をまき散らすことも厭わず、今回の雪崩を起こした首謀者であることも忘れて王国貴族に対する怒りが湧き出てしまった。他の軍団長たちも王国に対する心象がただの敵国から英雄を貶めた卑劣な者が治める国に変わった。


 例え敵国であっても武人として強者には敬意を払うよう教育されてきた根っからの帝国軍人にとって捨て身の戦いを挑んだ男に対する悪辣極まりない仕打ちは目に余るものがあった。

 元帥のように口には出さなかったものの、他の軍団長たちも気持ちの上では同じだった。


「このような経緯で他所では誰も知らないが救われたヒルドという地では情報統制を行った貴族に反抗して、表向きの由来を添えて無名の英雄にささやかながら異名を送ったとのことです」


「田舎に幽閉された無名の英雄……。王国を恨んでいてもおかしくない彼がなぜ帝国の侵攻を防いだのだろうか」


 私も気になっているタルバという男の行動理由。英雄とは凡人とは異なる行動規範を持っていると考えても、理解も推測も難しい。王国が行った彼への振る舞いを考慮すると王国を守ろうとはならないだろう。

 もしも古の勇者のように人類のためという大義を心から信奉しているのであれば話は別だ。恩を仇で返されようとも自分が生まれた国を守るという滅私奉公の気概があるのかもしれない。


「彼がどのような人となりであるか不明ですが、今回の1件で『光芒』という異名が新しくつけられたようです。さらに『不死身の英雄』で巨人を一刀両断したと思われる技も『扇動者』に対して放っている映像が残っているそうです」


「『扇動者』というたった一人の人間相手に巨人を一撃で屠った切り札を使うとは―-彼は激怒していたのかもしれんな」


「またヒルドに潜伏させている者共からの追加の通信報告をさせたところ、彼はヒルドの一部の町民からは『せ(・)ん(・)と(・)う(・)お(・)う(・)』と呼ばれているようです」


「『戦(・)闘(・)王(・)』か……。ヒルドは魔物も強靭で並大抵の冒険者では歯が立たないと言われている。その街で『戦(・)闘(・)王(・)』という異名すら密かにつけられているとは、彼は1等級冒険者を凌ぐ実力者かもしれんな」


 タルバに関する情報を可及的速やかに収集するために、通信用魔道具の使用を許可し口頭で報告を受けたが、また新しい異名が見つかってしまうという奇妙なことが発生していた。

 異名というのは本来1つしか持てない。名は体を現すというように最も適した異名が与えられることが多い。戦い方であったり特徴であったりと千差万別ではあるが、複数持つことはない。どの国の1等級冒険者であっても1つしか持っていないだろう。話題のタルバは3つも異名を持つ。恐らく異名があることを知られていないため、つけられたのだろう。


「これ以上彼の逆鱗に触れることはできない。彼の動向を監視しながら王国侵攻作戦を適宜進めるしかないだろう」


 元帥の決定により、今回の緊急会議は幕を閉じた。帝国軍上層部ではタルバについての情報共有が綿密に行われ、敵対しないことが厳命されたのだった。またドーガにいる『過去視』を含めた特殊部隊を引き上げさせ、特殊部隊を使用したタルバの情報収集は打ち切られたのだった。


ー-------------


 そのまた数日後。第2軍団長は恐ろしい報告を受けることとなった。噂のタルバがタットルンでロード公爵家の長女、ウィンティ=ロードと1等級冒険者『怪物』のザクス=ルードを引き連れて王都を目指したという内容だった。


 続く報告にはザクス=ルードがスタンピードを殲滅したこともおまけ程度に書かれている。ロード公爵家は王国内の中立派貴族筆頭にあたる。貴族内でのバランスを取り、王家の政を補佐する王国内でも影響力の強い貴族家だ。


 そこに1人で軍にまで匹敵する最強の『怪物』ザクス=ルードが同行しているとなると、導き出される答えは一つ。タルバによる王国への復讐だ。辺境の地に監禁され、与えられるはずだった全ての誉を収奪されたことに対する復讐。


 どうしてロード公爵家の長女がいるかは不明だが、会いたいと思って会えるほど安い地位に居る貴族ではない。彼らの邂逅に偶然や運はないだろう。とすればタルバが渡りをつけたのだ。それしかない。他の報告にはこのウィンティ=ロードは貴重な物品を受け取りに向かっていたとあるが、それはフェイクだ。

タルバと会うためにカモフラージュしたに過ぎない。


 ザクス=ルードがタルバに協力する理由の推測も報告書の下部に書かれている。メルバリオンや『扇動者』がことを起こす前にザクス=ルードはタルバについての情報をギルドに集めさせたようだ。その後、誰も見たことがないような楽しそうな顔つきでタットルンのスタンピード殲滅依頼を受け、ヒルド方面に向かったと書かれている。さらにザクス=ルードの経歴に関する項目では冒険者になった理由に『不死身の英雄』を読んだからと答えたことがあると書かれている。

 

 彼は遂に見つけたのだ。辺境の地に追いやられた物語の真の英雄を。そして会って知ってしまったのだろう。王国が行った英雄への行いを。


 ザクス=ルードが強者との戦いを好むことは冒険者界隈ではよく知られていることだ。また正々堂々とした一対一の決闘も好んで行うと言われている。そのことから武人肌の冒険者と推測できる。そのような気質の男がタルバの功績を貴族に掠奪されていることを許容できるのだろうか。


 これからタルバが具体的に何をするか皆目見当がつかない。だがベゼル王国では尋常じゃない事件が起きる予感がする。


 第2軍団長の予想通り、彼らが王都に到着後に事件は起こった。ベゼル王国王都タンジバルでは魔人が現れ、古の勇者の剣が穢され魔法学院の校舎が破損し、大穴が開いたと報告を受けた。第2軍団長はタルバを王国内での最重要人物として登録し、警戒度を引き上げた。

 

 またザクス=ルードとタルバが連れ立って王都を出立したことで彼が王国を滅ぼすのではなく、何か別の目的で動いていることに不気味さを感じたのであった。加えてザクス=ルードが長年拠点としていた王都を捨てたことで、ヴェルフ帝国ではタルバがザクス=ルードを従えていると捉えるのだった。


「堕ちた英雄の報復はいかほどまでになるのやら……。帝国が侵攻せずとも身から出た錆で滅びるのではないだろうか」


 第2軍団長は誰もいない執務室で弾圧された英雄の行く末を憐れみながら、腐りきった貴族の治めるベゼル王国に未来はないと思った。すぐに思考を切り替えて、事務作業を行いながら、上層部に情報の共有を行うことにしたのだった。


 タルバが密かに呼ばれていた『銭湯王』というただの銭湯好きの称号は『戦闘王』として伝わり、ヴェルフ帝国から大いに警戒される最強にして無名の英雄として扱われるのだった。彼がこの事実に気づく日はいつになるのであろうか。


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