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へっぽこ魔人生  作者: 岸辺濫瀟
第2章

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ex.ヴェラゴ=ジャラガ

 第一印象はしつこくプライドの欠片もない男だった。私はベゼル王国内でも名も顔も有名だったために、弟子に志願する人間が後を絶たなかった。だが私がわざわざ時間を割いてまで育てたいと思える者は出会えなかった。私は世界を見渡しても希少な全属性を使える魔法使いだ。加えて他国にいる全属性魔法使いの中で魔力や魔法の習熟度を鑑みても私が一番強いことはわかりきっていた。

 年を重ね、勉学に励み、魔法の真髄を探究した。他の魔法使いが協力してできる合成魔法でさえも一人でできてしまう私には肩を並べるライバルと言える存在は一人としていなかった。


 宮廷魔法使いの推薦を頂いたが、丁重に辞退した。表向きには魔法学院で研究していたいと答えたが、実際は宮廷魔法使いになったとしてもメリットが少ないと感じたからだ。魔法の研究は魔法学院でもできるため、王宮に勤めることで得られるメリットは金銭的なものだろう。だが、それも自分で魔物を狩れば容易に調達できる。逆に必要に応じて命令があれば研究を中断して職務を全うする必要がある。

 細々としたものを省いたとしてもなる必要性がない。そうやって私は孤独に生きてきた。両親は旅を好む人だったため、私の魔法の才があることを知ったとき私を王国の資産家の家に養子に出した。


 人身売買というわけではなく、私の両親には私を育てる金銭的な余裕も定住し働く気もなかっただけだ。私は両親の顔を知らない。資産家の家、ジャラガ家では結果が全てだった。勉学でも魔法でも結果を残した者が家では立場を強め、大した成果も得られない者はいつの間にかいなくなっていた。気づけば当主とその妻、そして私しか家にいなくなっていた。当主夫婦の間に子供が3人はいたはずだが、どうやら私と比べて能力が低かったということでどこかへ養子に出されたようだ。


 私が20歳のころに当主夫婦どちらも病に倒れ、私一人のジャラガ家が出来上がった。はた目から見れば家の乗っ取りが行われたとしか思えないだろう。養子に出された子供たちを呼び戻そうとしたが、全員が音信不通だった。一度足取りがわからなくなってしまえば二度と会えないようなものだ。

 私の実の両親でさえ一度も私に会いに来ることなどなかったため、人との出会いと別れというものに特別な意味を感じなくなった。


 それでも私は魔法だけに心血を注ぎ、誰も後ろに続くことができない道を作り上げていった。私が歩んできた足跡を辿ったところで、前提として全属性への適正と強力な魔力が必要だ。どちらが欠けても成り立たないものが私の研究している魔法だ。だからこそ、弟子を取ろうなんて考えたこともなかった。誰に教えても私のいる場所まで上がってくることはないのだ。

 

 どれだけ丁寧に教えたとしても最初から作られている適正という上限は越えられない。私は単一の属性を主に使う魔法使いではないのだ。残念ながら全属性への適正がない人間に教えたところで無意味な代物だ。


 須らく断っていたがあの男だけは違った。その男、タルバは自分のことを知らなかった。本人曰く、なんか滅茶苦茶魔法が得意な人って誰かって聞いたら師匠の名が挙がったから頼んだと言っていた。

私に師事することが目的ではなく、タルバにとっては私であろうとなかろうと正直誰でもよかったようだ。


 冒険者に魔法の手解きをする魔法使いというのはそこそこの数がいる。小銭稼ぎとしてはコストパフォーマンスのいい仕事だからだ。自分の魔力を相手に通して、魔法を一度相手から発動させると大体コツが掴め、あとは魔法を教えるだけだ。そこまで難しいことではなく、感覚に依存するもので言葉では説明が難しい。


 その誰でもいいことに私を割り当てたのだった。私の周囲の人間はタルバを責めた。幾度となく自分がどれだけ失礼なことを言っているか、他の者を当たれと言われても会うたびに土下座して懇願された。私は王都から出ることをしないため、どこからともなく私の居場所を聞きつけたタルバがやってきては土下座した。銭湯、自宅、魔法学院、雑貨屋、喫茶店で相席。私が懇意にしている店ばかりで土下座をするのだ。


 いつしか私に弟子入りするには素晴らしい土下座をありとあらゆる場所で外聞も気にせず行うことが試験だとまことしやかにささやかれた。そんな話が出てしまえば、タルバの模倣犯が出てくるのは時間の問題だった。


 タルバのように人前で土下座をする人間はいなかったが、部屋に数人しかいない状況で土下座をする魔法学院の生徒や地方貴族の子息、王宮に勤める兵士に王国最大の宗教ハラベル教の司教までに影響が波及してしまった。

 そのほかにも多くの人が虎視眈々とタイミングを計っていると思うと気分が悪くなった。自分よりも地位的に偉い人間や私を尊敬してくれている若者たちに地に頭を付けさせることは不気味に映った。


 よく考えてみてほしい。自分と親しくしている年上の方が土下座をしている場面はどれだけ言葉を尽くしても名状しがたい気持ちになる。自分が嫌っている人間であってもいきなり土下座されることは弟子になりたいのではなく、私を貶めるための行動なのではないかと邪推してしまう。

 土下座をする人との人間関係に軋轢が生じ、私は社会から孤立していく。私はこの風説のせいでどれだけの人と縁が切れてしまったことだろう。


 そんな流言の元凶に弟子になることを認めるとタルバはなんて言ったと思う?他の人が師匠になってくれるらしいのでお断りしますと言い放った。きっとタルバのことだから忘れていそうだが本当にそう言った。その師匠候補は私と魔法学院の同僚で私に気を使って師匠になることを買って出てくれたようだが、私はタルバの師匠になることを断ってもらうように頼んだ。

 

 そして私はタルバという男の師匠になった。師匠になってから私はふざけたことを抜かすタルバの舐めた態度を矯正することにした。


 魔法の手解きを軽くしてから国中の魔物狩りを行わせた。1等級冒険者がこなす討伐依頼を私が対応すると伝えて依頼を取り下げてもらい、タルバと二人で討伐に出かけた。私は冒険者ではないが、1等級冒険者の手が常に空いているわけではない。冒険者ギルド側でも背に腹は代えられないということで特例で冒険者でもない私が行ったことになっている。


 しかし、私は本業で冒険者をやっているわけではなかったため、確実に討伐するにはタルバに近距離を受け持たせ、私が必要に応じて魔法でとどめを刺す形式にした。最初タルバは「死んでしまう!師匠考え直してください」とわめいていたが、私は「師匠としてお前に世界の厳しさを教えねばならない」ともっともらしいことを言って無理矢理やらせた。

 本心ではちょっとプライドが傷ついたので意地悪してやろう程度だ。本当に危なければ割ってい入るが、そこは冒険者なんだけから対処できるだろうな。


 始まりは捻くれたものだが、タルバと過ごした4年間は中々楽しいものだった。タルバに大した魔法の才能も魔力もなかったが、タルバには知恵がある。機転が利くともいえる。タルバが戦っていた魔物はタルバの攻撃なんてまともに当てても傷一つつかないような化け物たちばかりだ。タルバには荷が重いが、タルバは死ななかった。


 むしろ致命傷といえる怪我すらしなかった。能力『圧縮』で剣や軽装の鎧に細工をしていたようだが絡繰りがわからない。攻撃を受けてもダメージがないところを見てからは私はタルバを人間だとは思わなくなった。


 本人曰く、衝撃を吸収する面白い石がありそれを使っていると弁明していたが、それで何とかなるなら1等級冒険者に依頼などしなくて良くなる。王都に戻ってからそのような効果の鉱石を探したが見つからなかった。


 当時はまだ4等級冒険者だったが、1等級冒険者の依頼をこなしている低級冒険者に将来性を見出すのは仕方のないことだろう。いつしか私はタルバが今後どうなるのか気になりだした。

 タルバは魔法の才能に関しては私を海だとすればタルバは水たまりくらいに才能がないが、弱い振りをして弟子入りする人外の男が何をするつもりなのか知的好奇心がくすぐられてしまった。


 人外の存在が人間社会に溶け込もうとして突飛なことをしていたと考えれば全てに説明がついてしまう。彼がベゼル王国内で顔や名前を知らないということが田舎から出てきたのではなく人外の里から来たのであれば知らないのも無理はないだろう。


 私がどのような立場の人間か知っていながら弟子入りを志願することは、多くの人間が私に弟子入りを志願しているから。それが人間の普通だと学習してしまったのだ。そうでなければ自分で言うのもなんだが王国内最強の魔法使いが師匠になることを他に師匠候補ができたからと断る馬鹿はいない。


 タルバの目指す最強とは人類最強というわけではなく、彼の種族最強であれば私に大して舐めた態度を取ることも、危険度の高い魔物から生き残ることができることにも説明がつく。彼は私以上に強い存在と出会っており、その敵と戦ったことがあるのだ。だから彼は私をその存在以下として扱い、最強の存在より格下の魔物たちからの攻撃にも傷つかないのだ。


 人類の歴史上で人外を弟子に取ったのは私が最初で最後かもしれないなんて思いながら、彼を強くしていった。正直タルバの攻撃力は元々限界値に近かったのかそこまで変化はなかったが、変幻自在の戦闘スタイルはあらゆる環境に適合した。

 環境や状況に左右されない戦いというのは誰もができることではない。私がタルバに与えられた数少ないもののうちの一つだ。


 そんなタルバは4年前に突如失踪した。私が大好きなショートケーキを魔法学院の研究室で食べていると彼が伝言だけ残して王都を去ったと連絡がきた。伝言には「現実を思い知りました。私は田舎へと戻ります」とだけ書かれていた。私はタルバがついに最強の存在に戦いを挑んだのか、或いは本当にあきらめてしまったかのどちらかだと思った。


 しかし、すでに広大な世界でどの方角へ去っていったのかもわからない弟子を探すことは無理だ。どれだけ伝手を頼ったとしても人外のタルバが人の住む街にいるわけがない。彼の故郷は人外の里なのだから私が何をしようとも彼に届くことはない。私は人の手が届かない秘境へと帰ってしまったタルバの無事を祈った。


 そうして4年後の今、タルバは王都へと帰ってきた。そして私の居る魔法学院にわざわざ挨拶をしてきた。4年前には書き置きのみだった男が律儀に会いに来たのだ。ちょうどレイベル様とお話をしていた時だった。タルバの口からは簡略化して語られた事実は予想外だった。


「話せば長くなりますが、ヒルドのほうで生活しておりました。状況が変わりまして旅に出ることにいたしました。偶然王都に立ち寄る機会がございましたので、会わせる顔がないことはわかっておりましたが、勝手ながら最後くらいはしっかりと別れをお話しするべきだと思いました」


 タルバの言葉に私は息を吞んだ。再開した途端別れを切り出されたのだ。それにヒルドにいたという。なぜヒルドに赴いたのかも不明だが私のところに寄ったこともわからなかった。昔から奇妙奇天烈という言葉がよく似合う男だったので旅の目的を聞きたい気持ちをぐっとこらえて話を進めた。


「お前には大した魔法の才能などなかった。だからいなくなろうとも大して迷惑とは思わなかった。それはお前が気にすることではない。それに旅か。どこに向かうかはもう決めているのか?」


 私は失踪したことを気に病んでいないことを伝えながらも当たり障りのない質問をした。レイベル様に向かって軽口を叩いた時には叱責したがそれ以外は静かに見守ることにした。


 そうして4年越しに会った最初で最後の弟子と別れた。弟子の門出を祝してズボンのチャックが全開だったことはあえて口に出さないでおいた。新しい道をせっかく切り開いた弟子に閉めろとは言えない。せいぜい笑われると良いと思った。


 私は予定通りに用事を片づけに向かった。この国の第一王子相手にズボンのチャックを開けながら別れの挨拶を行い、挙句に他国に行きますと堂々と宣言する羞恥心のない弟子に内心ほくそ笑むのだった。


 翌日。私は怒髪天を衝いていた。我が生涯で一番感情的になっていると言っても過言ではない。自宅でぐっすり寝ていたが魔法学院の方角から耳を劈(つんざ)くような轟音で心臓がキュッと縮こまった。年齢を重ねると些細な物音で起きてしまうものだが、人を起こすには暴力的と言って差し支えない衝撃を王都で聞くことになるとは微塵も思っていなかった。


 レイベル様から直接ヴェルフ帝国が侵攻してきた場合、戦争に協力してほしいと頼まれたため、私は音の方角へと向かった。王国内最強の魔法使いとしての責務というものがある。私は決して善人ではないが、さりとて攻撃を受けていながら無抵抗でやられるほど甘くはない。私が到着したころには魔法学院は無残な姿を晒していた。


 魔法学院の校舎のど真ん中に3階から斜めに縦穴が空き、そこかしこに罅が入っている。私が何十年も通ったあの学び舎は廃墟同然の様相を呈している。


「誰がこんなことを……」


 突いて出た言葉はその一言だけだった。魔法学院の警備員たちが瓦礫の撤去作業を行っているようだ。校舎にばかり目がいっていたが、魔法学院の校舎裏の敷地には大きな穴が開いていた。

 どこまでも続いているかのように暗く深い地層まで到達している穴は私が操る合成魔法の最大火力に近い威力だったことが痕跡からありありとわかる。警備員から話を聞き、負傷者が出なかったことだけが不幸中の幸いだった。


 私も調査兼警戒を受け持ち日が昇った。時間が経つにつれて判明した事実がある。賊は私のマジックパスを盗んで侵入していたこと。魔法学院に通じるトンネルを掘っていたこと。ジャルガ=ファフカ氏の保管していた貴重品が盗まれたことの3点だ。


 用意周到に準備したことも腹立たしいが、私のマジックパスを私が気づかぬうちに盗み出したことが何よりも神経を逆撫でされた。ジャルガ=ファフカ氏の保管していた物は丁度数日前にタルバのやつが『怪物』と学院生と共に輸送してきたようだ。さらに《海誓山盟》に異臭を放つ液体がかけららたという。


 そこで私に天啓が舞い降りた。賊の目的が魔法学院だけではなかったということだ。加えて《海誓山盟》の証言で魔人がやってきたことがわかっている。このことから導き出される結論は――タルバを追ってきた人外の存在が宣戦布告してきたということだ。《海誓山盟》を穢すことは魔王の侵略に怯えることのない世界を蔑ろにすることだ。

 もしベゼル王国がそのようなことをすれば他の人間の国から侵略される正当な事由になってしまうほどの重大事だ。また他国の人間が行った場合はその国が攻め入られる理由にすらなる。


 あまりに短絡的で挑発的な行いを人類側が行うわけがない。馬鹿な人外の弟子であってもそれくらいの分別はつくはずだ。つまり人類以外の存在かつ人類における《海誓山盟》の価値を知らないのだ。もしくは知っていてなお常軌を逸した行動に出たのだ。加えてタルバが持ってきた貴重品が盗まれていることからタルバが災いを運んできた推測は的中しているだろう。


 タルバは旅に出る詳細を告げなかったが、もし追っ手に追われてヒルドで隠れていられなくなったのであればタルバが来てから起きた出来事のすべてに説明がつく。


「タルバめ――問題を持ち込みおって……」


 怒りに打ち震えているが、わずかに保った理性でタルバへの呪詛のような恨み言をつぶやく。タルバの状況はどうやらすこぶる悪いようだ。それでも迷惑をかけないために定住ではなく放浪を選んだ弟子の責任感たるや感慨深いものがある。4年前の印象のままだった男が一段階立派な大人に近づいていることに誇らしさすら感じる。

 不意に後ろから女性に声をかけられて振り向くと、魔法学院の女子生徒が立っていた。


「ヴェラゴ先生、わたくしジャルガ=ファフカ先生のゼミ生でウィンティ=ロードと申します。先ほどからタルバさんのお名前を出されているので、気になって声をかけさせてもらいました」


「……。君はタルバのやつを知っているのか?」


 人と会話できるほど冷静ではないが、大人としての矜持で返事を返す。どうやらタルバの知り合いらしい。


「はっはい。王都に来るまでに大変お世話になった冒険者の方であり、命の恩人です」


 緊張で吃りながらも聞こえてきた言葉に私は不思議と笑みがこぼれた。どうやらタルバは自分が危険な状況であっても人助けをしていたようだ。自分が危ない状況下のくせに随分と胆力もついたようだ。むしろ弟子入り前の図々しさに近いのかもしれない。相変わらず変な事件に巻き込まれる凶星の元に生まれているのかもしれないな。


「くっくっく、、、タルバが、、、命の恩人、、?また変なことしてたんだな、どんなときであっても変わらない」


「それはどういうことでしょうか。タルバさんはご自身のことはあまり教えてくれませんでしたので、気になります!」


 どうやらこの娘にタルバは何も話していないらしい。だからこそ、立派になったタルバの話を私はしたくなってしまった。どうせ魔法学院で後処理があるのだから時間はある。私は校舎に向かって歩きながら後ろにいるウィンティ=ロードに返事をした。


「気になるならばついて来なさい。私の研究室は無事だからな。そこで話そう」


 研究室に移動してウィンティ=ロードにタルバのことを話してあげた。情けなくみっともないところは割愛して話したが、どうやらタルバは異名を持つ冒険者にまで成長していたらしい。

 ヒルドで起きた事件もすんでのところで防ぎ、新たな異名まで貰ったようだ。懐かしい思い出話をしながらタルバが話さなかった近況を聞くことができ、大満足していた。


 昔は下手な言い訳とその場しのぎの嘘であたふたする男だったが、今では英雄と呼ばれる程活躍している冒険者のようだ。そういえば、レイベル様もタルバのことを知っていたな。


 ウィンティから聞けた話も面白かったが、レイベル様に次に会うときは話を伺うとしよう。そしてもしタルバを追う人外がまた王都にやって来た時は馬鹿な弟子のためにも全力で叩き潰すとしよう。私のマジックパスまで使ったのだから塵一つ残すつもりはない。


未来の英雄、『不死』のタルバに栄光あれ。



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