10.事件後
事件後の雰囲気とタルバの様子になります。
翌日の王都では蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。多くの重大事件が発生したため、各新聞社は号外を配り、王都を各騎士団が巡回するという緊急体制が敷かれた。
「号外ッ号外ッ!前代未聞の大事件が起きたよー!読まなきゃ損だよー!」
王都のあらゆる通りで号外を配る声がする。王都に来た初日とは異質の喧騒が街を取り巻いていた。道行く人たちは新聞を見ては昨日の夜に起きた魔法学院の事件や古の勇者の剣が汚されたという話でもちきりだった。
「奥さん、新聞見ましたか?魔法学院の件、なんでも校舎が一部消失して敷地内には地獄にも通じてそうな大穴が開いているみたいよ」
「恐ろしいわ。王都でこんな凶悪な事件が起きるなんていつぶりかしら。剣の祭壇でも何かあったそうよ?」
「新聞には古の勇者の剣が安置される剣の祭壇にて剣に異臭を放つ液体がかけられていたと書かれているわ。液体が何であったかは不明であるけれど剣が大層お怒りになっているようね」
「そんな王国を敵に回す行為ができるなんて同じ人だと思えないわ。」
「記事の続きには剣にお話を聞いたところ、魔人がやってきたとおっしゃっていたみたいよ」
「魔人って伝説でしか聞かないあの魔人?王都に魔人がいるなんて家で安心して眠れないわ」
「そうよね。はやく騎士団がなんとかしてほしいものね」
どこもかしこも井戸端会議を行う主婦ばかりだ。剣呑とした雰囲気を漂わせる騎士団に商売のチャンスが転がっていないかと目を光らせる商人、タイミングが悪かったと後悔している旅人もいる。
肌がひりつくような空気感が今の王都だった。今もなお暗躍しているだろう顔もわからぬ魔人は何を考えてこんなことを引き起こしたのか。剣の祭壇の件と魔法学院の件は同一の魔人によって起こされたとも考えられていた。
人類の救世主たる古の勇者、彼の伝説の一つである剣《海誓山盟》。神が作りし剣は信仰の対象にすらなっており、汚そうとする人間はいない。どんな悪人であっても伝説の剣に悪事を働こうなんて考えない。
《海誓山盟》は意思を持っていることも相まって勝手に動けるのではないかとも言われている。このことに加えて剣本体による反撃か神からの天罰の可能性を鑑みると手を出そうとは思わない。
だが昨日起きた紛れもない真実は伝説の剣が汚され、魔法学院に侵入者が入り大暴れしたことだ。《海誓山盟》によって魔人が来たことが証明されたため、王国の歴史上類を見ないこの2つの事件は同一犯として捜索されることとなった。
犯人であるタルバにとって幸運なことは《海誓山盟》は屈辱が限界に達しており、魔人であることは伝えられたがそれ以外のタルバの特徴を教えることができない精神状態だった。また魔法学院の一件ではセキュリティには反応されたものの、実際にタルバのことを直接目撃した人間はいなかったため人相のわからない魔人捜索という事態に発展した。
おとぎ話として伝わる魔人とは無尽蔵の魔力を持ち、魔王に比肩する実力者の種族。漆黒の翼に褐色の肌、異形と評するほかない魔物の特徴を含有した生物。このような特徴で悪魔と同列視され、御伽噺では語られるが、実際は決まった姿かたちを持たない化け物を指す。
魔人になる方法は人類の歴史から抹消され、失伝してしまっている。《海誓山盟》が地上に下賜された時代であれば魔人の存在はごくありふれたものだった。多くの種族をベースにした魔人がおり、各国に数十人は魔人がいた時代もある。
言わば各種族の進化先という扱いだった。魔人以外にも他種族へ変化することは往々にしてあった。死んだ人間がアンデッドになったり、エルフが精霊になった例もある。魔族が魔物になることも進化の一種だった。
魔族と魔人は混同されがちだが、これも全く異なる種族である。魔人は全ての種族からなることが可能である共通の進化先のイメージだった。
それが今では魔王の仲間だった魔人がいたため、魔王と一緒くたに捉えられている。
畏怖の対象である魔人の襲来。それは王都を揺るがしかねない大事件であると同時に、魔人が引き起こしたにしては被害が軽微であることに疑問が抱かれている部分もある。
この混乱に乗じて事件を起こし、全て魔人のせいにしようなんて魂胆の人間も少ないながら出てきてしまっている。王族たちの会議では魔人の意図が不明なため、何を重点的に対策するかでも意見が割れていた。
よく言う【会議は踊る、されど進まず】とはこのことかと王宮にいるレイは辟易としていたりする。
――――――――――――――
俺は極度の緊張から解放されたため、昼過ぎまで寝てしまった。両耳から入ってくる音が遠く聞こえる。昨日の水刃の爆発音を間近で聞いてしまったため、鼓膜が破れてしまったのだろう。
耳を抑えていないと痛すぎる。耳を抑えれば一時的に収まるものの、力を抜いた瞬間にはもう痛みがやってくる。鋭い針で刺されているかのような痛みと耳鳴り、音が聞こえにくいという三重苦に襲われている。
手持ちの中級ポーションを耳に流して治せないか試してみる。ポーションに限らず、薬や道具には等級がつけられているものがある。初級、中級、上級と魔法と同じような区分で区別されている。階級が上であればあるほど高価で効能も強い。上級の上には特級という区分も存在していたりする。俺の手持ちにあった中では中級ポーションが最高であとはあまり治癒が望めないものばかりだ。
怪我であれば体の動かし方次第で痛みを和らげることができるが、内側に近い場所が破損してしまった以上、耐えきれない刺激が常に届いてくる。背に腹は代えられないという断腸の思い出中級ポーションを両耳に流した。
次第に痛みが引いていき、鼓膜がある程度治ったことを実感する。先ほどよりも音がクリアに聞こえ、痛みや耳鳴りから解放された。人間の鼓膜というものは不思議なもので穴が開いた程度であれば清潔に保つことでまた再生する。
不潔にしてしまうと鼓膜が再生するものの鼓膜内で炎症を起こすと言われている。そうなるともう一度鼓膜に穴を開けてポーションを流したり、人体に詳しく浄化魔法の使い手に浄化してもらうほかない。冒険者という職業柄ポーションを持ち歩いていることが功を奏した。
実は俺の持っているポーチの一つが魔法鞄になっているため、小物を少ししか入れられないが薬類を収納している。魔法鞄の中ではザクスが持っているような大層なものではないが、師匠から昔もらった大切な品物だ。
治療も済んだことで昨日の出来事を思い返していた。
(俺の水刃ってあんなに破壊力あったっけ?でっけぇ穴まで開いていたし、俺が覚えている範囲では攻城兵器と同等の威力程度は出せるが、魔法学院の強靭な魔法壁を砕くことがやっとだと想定していた。思い当たる節は一つ、ジグライトしかない)
ジグライトは魔法を強化する鉱石だ。本来の効果では初級魔法が上級魔法に増幅されることがわかっているとウィンティは言っていた。水刃に込めた魔力も俺が出せる全力を込めた。だがそれにしたって穴が開くほどの威力には達しないだろう。そこで思い出したのは《海誓山盟》の言葉だった。
(お前は……何者だ?奇妙な力を有しているようだが、、、何か混じっている。人間を辞め始めているな。)
そう言い、俺が魔人になりつつあると語りかけてきた。魔人に近づいているからこそ、人間だった時よりも魔力の総量が上がり、威力が桁違いに跳ね上がったと考えれば全て納得がいく。
魔力が上がったのであれば俺が最強の存在になったといっても過言ではないのでは?魔法学院でさえも吹き飛ばす一撃があれば誰にだって勝てる。そんな気がしてきた。
不思議な高揚感が俺を支配する。魔法学院に潜入した際に着けていたポーチが光り輝いている。
「光るものなんて入れた覚えはないぞ……」
俺はポーチから光り輝く偽新鉱石を取り出す。最後に見たときは赤く染まり、真ん中に黒い線がある鉱石だった。今じゃ赤色の部分が綺麗に発光している。数秒ほどすると徐々に光が消えていった。持っていた偽新鉱石は塵に変わってさらさらと風に乗っていった。
「なんだったんだろう、あれは……」
気を取り直して身支度をする。起きてから鼓膜が破れていたため外がどれだけ騒がしいかわからなかった。外では新聞の号外が配られているらしい。
新聞の号外に何が書かれているか薄々感づいていたが、素知らぬ顔で外の新聞を受け取って戻ってきた。部屋で腰を据えて読んでいく。王国の歴史上類を見ない大事件が起きた、《海誓山盟》に怪しげな液体がかけられ激怒しているという記事と魔法学院に襲撃者が来たという件だ。
どちらも心当たりしかない。今朝はホッとして安堵しか感じなかったが事件が白日のもとに晒されると冷静に考えて詰んだのではないかと思ってしまう。
最近は嘘をつく、貴重品を盗むなどの悪事に手を染めていたため、自分がどれだけのことをしてしまったのか感覚が麻痺していた。
心根までも腐りきっているのか全く悪気というものを感じない。罪を犯さずに善人で居続けることは難しいが悪人には一瞬でなれるものだな。
善行も悪行もベクトルが真逆なだけでどちらも行動の積み重ねだ。善行を詰むことは難しく、悪行は善行を帳消しにしてしまうが、善行は悪行を帳消しにはしてくれない。悪行に手を出してしまうと善行をどれだけ積んだところで過去の悪行が必ず邪魔をする。善行と悪行の性質は異質で同一ベクトル上にあるにもかかわらず特性がただの逆ではないのだ。
今更引き返すことはできない。早急に王都を去ろう。俺は冒険者ギルドでファンタズマを返してもらうために歩き出した。
宿屋を出て歩けば騎士団を10秒に1回は見かけるし、緊急依頼を受けたのであろう冒険者たちも警戒をしている。冒険者ギルドまでさほど距離がないが、もう3回は声をかけられた。
俺は今頃になって致命的なミスを悟る。今は《海誓山盟》が俺の特徴を伝えていないため捕まっていないが、直に《海誓山盟》によって俺の特徴なんかが広まるだろう。そうなればすぐさま捕まってしまう。すぐに王都を出たいと思うが、王都の検問はより厳しいものに変わっているだろう。《海誓山盟》を握っただけで魔人だとばれているのだから、人間かを判定するような魔道具で一発でアウトだ。
俺の能力は隠密には向いていない。また多くの人間を欺けるほどの技量もない。もう命運が尽きたも同然だ。
こうなれば浴びるほどの酒を飲んでしまおう。冷たい刑務所には酒なんてないだろうからな。どこで道を間違えたのだろうか。
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バー『酔いどれ』。王都の入り組んだ裏路地を行くとひっそりと佇む隠れ家のような店。バーテンダーは老齢の男性でここ何年かは一人で切り盛りしている。
元料理人が取り仕切るバーということもあってメニュー表に書かれている料理はどれも絶品で、酒がよく進む。王都にいたころはわいわいする仲間もいない俺は依頼達成すると必ずこの店に来ていた。
思い出の店を最後の晩餐に選んだ理由は特にない。うまくて酒が飲める、明日にはどうなるとも知れない俺には少しでも長く、ゆっくりとご飯を食べたいと思ったのかもしれない。人が多いところではもし今にも俺のことが周知され、捜索されれば満足に飯も酒も飲み食いできない。数週間前まではまったりと生活する幸せがあったが、今は追われる身だ。
幸せというものは儚く脆いものだと再認識させられる。残りの有り金も全てパーッと使い切ってしまおう。自分の死期がわかる人間はきっと俺と同じような最後を迎えるのだろう。
死ねば現世でのどれだけ金があっても無意味だからな。俺は捕まった先のことはできる限り考えないようにしているが、ふとした瞬間に脳裏にちらつく断頭台は俺の体をこわばらせる。
「マスター、豪華な飯を食いたい。今日店で出せる最高の飯を食わせてほしい。あと酒はよさそうなものを出してくれ。」
カウンター席に座る俺の注文は曖昧で酷く抽象的だ。実質マスターにお任せしているようなものだ。30年生きたところで高価な食事とは無縁だった。冒険者という職業では携帯食だけで何日も過ごすことだってあるため、グルメであることはデメリットになることが多い。
こだわりがないだけで美味しいものは好きだ。けれど昔食べた料理の名前なんて覚えていない。自分で料理するにしてもれしレシピというものは料理人の命だ。有名な料理は誰もが知るところであるけれど、オリジナルのレシピは一子相伝である場合が基本だ。
このような事情があり、料理人の中でもうまい料理のレシピを多く知っている熟練の料理人は貴重なのだ。
「わかりました。それでは豪勢なコース料理をお出ししましょうか。」
しわがれた声で注文を受けたマスターはそういうや否や調理に取り掛かった。調理道具の準備をしながらお酒とフルーツも用意してくれた。
「アルコール度数の高い《確殺》というお酒になります。嫌なことでもあったご様子でしたので強いお酒をご用意させていただきました。」
グラスに並々と注がれた《確殺》の原液。水やジュースなどで割ることもしないストレートで飲むもののようだ。透明なグラスに入っている《確殺》は深紅というべき色をした酒だった。
血のように真っ赤で匂いを嗅ぐとフルーツ風の香りがした直後に鼻をつまようじで突かれたような強い刺激を感じる。一思いにぐいっと一気飲みすると喉を焼かれたと錯覚する痛みで顔をしかめる。
体内のどこを通過しているのか知覚できるほど通った場所に痛みを残していく。食道を通り、胃に入ると内側にマグマでも入ったのではないかと思うほど熱い。
お酒と同時に提供された凍ったぶどうを口に入れてどうにか刺激を緩和させようとする。ぶどうの表面は水色に凍ったものがブルームのように付着し、ただのぶどうでないことは明白だ。
口に入れると痛みがさわやかさに置き換わる。ゴリゴリと凍っている部分をかみ砕きながら食べていくと、食道や胃に広がる痛みが爽快感に変わる。日が落ちて涼しくなった真夏の夜に吹くそよ風のような清涼感は人生で新たな味覚が残されていたことを気づかせる。
マスターの用意した《確殺》は明らかにおいしいとは思えないものであったが、酔うという目的にはこれ以上ないほど合致した酒だ。さらにマスターが作ったであろうフローズンぶどうは《確殺》の刺激を緩和し新たな味の世界に誘った。
単体ではおいしくいただくことが難しいお酒でもマスターの手にかかればなんでもおいしくなるとしか思えない。マスターはどこで修行をしていたのだろうと妄想すらしてしまう。さぞ名のあるお店か王宮か貴族の家か。少なくともただのお店ではないことは確実だ。
味が変わったとはいえ、恐ろしいほどの度数のお酒を一気飲みしたため、徐々にアルコールが回ってくる。ふわふわしたような感覚でマスターの料理している姿を見つめる。
俺はぼーっとしていただけなのだが、マスターはお酒がなくなっていることに気づくと他のお酒を出してくれた。
「こちら、《廃忘怪顛》になります。こちらはゆっくりとお飲みになると面白い味に変わりますので、ゆっくりとお飲みになることをお勧めしますよ。つまみにビーフジャーキーをお付けいたしますね。」
「マスター、《廃忘怪顛》とはどういう意味だ?聞いたことがないのだが」
「《廃忘怪顛》とは驚いて狼狽えることをいうそうですよ。私もこのお酒についてお話を伺うまでは知りませんでしたから無理もありません。」
「驚いて狼狽える、ね。どんな味なのか楽しみだ」
俺はマスターの言いつけ通りゆっくりと飲み始めた。舌に酒が触れた途端に雷に打たれたかのような衝撃が走る。びっくりしている間に味が次々と変わる。フルーツのような甘さを感じたかと思えば、苦味が台頭してくる。
甘味や酸味、辛味が入れ代わり立ち代わり主張をしてくる。味覚の欲張りセットといえばいいだろうか。飽きない味ではあるが、お酒としてはどうなんだろうか。驚くという意味では名前の通りで驚くし味が変わるから舌がおかしくなったのかと思いかねない。
アルコールが回ってきたことで気分がよくなってきた。酒には強いほうだが度数が高いものばかりでもう酔ってきた。まだかまだかと料理を待ち遠しく感じていると、背後でドアの開く音がする。
酒が入っていること、店にいることから自分を捕まえに来た人間ではなく、新しい客だと思った。
「マスター、この店で一番強い酒をくれ。もうおしまいなんだ。最後に死ぬほど飲みたい気分なんだ。」
よれよれの服に泥のついた革靴、疲労が色濃く残る顔でぼさぼさの髪をした中年の男性が来店した。無駄な脂肪なく、シュッとした輪郭の御仁で俺の真右に一つ席を挟んで座った。
「わかりました。《確殺》をお出ししますね。」
マスターは慣れた対応で流れるようにお酒を出しては調理に戻る。この店は入り組んだ裏路地にあることや知る人ぞ知る名店であることも相まって一般人が来ることは稀だ。
貴族なんかはまず来ないし冒険者は大金を稼いだ後には人目に付くような場所で飲み会を開いている。ついでに誰かに酒を奢り成功している様をアピールするような風習がある。そのためこの店には俺のような鼻つまみ者かアンダーグラウンドで生活しているダーティーな人間しか来ない。
口ぶりから俺と同じように何か追い詰められているように感じてつい話しかけてしまう。
「あんた、どうしたんだ。俺も最後の晩餐にここを選んだ口だ。お互い最後になりそうならちょっと話さないか?」
急に話しかけられたおっちゃんは死んだ目でこちらを見つめる。《確殺》をグイっと飲んでげっぷをした後、口元をぬぐって口を開いた。
「どうしたもこうしたもないよ。全部終わってしまうんだ。国家権力には私たちは無力なのだよ。」
「あんた国を相手に喧嘩吹っ掛けたのか?なぜそんな血迷ったことを……」
「そんなことはしてない!私たちは断じてやっていないんだ!冤罪なんだよ……誰がやったかもわからない犯罪のスケープゴートにされたんだ……」
「なんの罪の濡れ衣を着せられたんだ?」
「新聞にも書いてある剣の祭壇での事件と魔法学院の襲撃だよ。現実的に考えてただの人間ができるわけがないというのに国は生贄を見繕ったんだ」
「ヴぇっ!?なんでそれで捕まるんだ?犯人は魔人だろ?明らかに違う人間を捕まえて何をしたいんだ……」
「簡単な話だ。これを機に犯罪組織の一掃を図り始めただけだ。事件はきっかけにすぎない。魔人を匿っていたとか協力したとか難癖はいくらでもつけられる。真っ当な商売をしているわけじゃないからな。叩けばどこからでも埃が出るのがこの辺の人間だからな。」
「あんたなにやってたんだ?大した影響力がなければ見逃してもらえるんじゃないのか?」
「私の組織は情報を取り扱うからね。捕まえてため込んだ情報を吐き出させればメリットのほうが大きい。それにどさくさにまぎれて行えば糾弾されることもない。」
「たしかにそうだけど、助かる道はないのか?王宮に伝手や知り合いはいないのか?」
「ないよ。情報は時に貴族や王族すらも強請ることができる諸刃の剣。自分達に不利な情報を流していた組織を見逃すほどこの国は甘くない。明日には王宮で裁かれるさ。その令状もさっき届いた。」
「王宮で……裁判。打つ手はないということか。」
「そうだ。だから俺はここに最後に来たんだ。それよりもあんたは?最後なんだろ?」
「俺も似たようなものだよ。明日には豚箱行きだ。牢屋でくさい飯を食う羽目になるだろうな。処刑されなければマシって程度の終わり具合だ。」
「あんたもつらいな。どうせ死ぬならと覚悟を決めて自害したくなるだろうに。とはいえ俺も処刑されることになるだろうがな。国家反逆罪あたりで。」
「お互い修正できないほど道を外れてしまったようだな。」
「そうみたいだ。潰れるまで飲もうか。明日には無い命だ。」
俺は中年のおっさんと一緒に開き直って明るく酒を飲み始めた。マスターの料理に舌鼓をうちながら二人でふざけあった。俺の来歴なんかも話したし、先日のレイの話もした。おっさんも自分の身の上話をして年齢が割と近いこともあって古くからの親友のように仲良くなった。
俺たちはこの先に待っている未来から目をそらし、今目の前の現実だけを受け入れ楽しんだ。マスターは俺とおっさんの話を聞かなかったことにしてくれた。
この対応がこの裏路地の世界で生き残るコツなんだろうな。店に来るまではこんなことになるとは思っていなかったが、人を騙さずに正直に話せるというのはいいものだと実感した。
時間が深夜になり、帰路に就く前、俺は仲良くなったおっさんに近づいて思い出したかのようにある言葉を教えた。俺もいつ使えばいいのか不明だが、俺が原因でとばっちりを受けてしまったのだから、せめてもの償いだ。
冷えた風が駆け抜ける裏路地には賑やかな声がこだました。声の中心だけは暖かな空気が流れていた。
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