9.大胆不敵
そろそろ王都でのお話も終わりが見えてきました。何話か番外編を投稿して、次章に入ろうと思います。
世紀の大泥棒はどのようにして盗みを成功させるのか。それは入念な下調べを行っているのかもしれないし、どんな状況を打破することができる道具や能力があるのかもしれない。
はたまた盗んだように見せかけて保管し、後日何食わぬ顔で回収するのかもしれない。結果としては等しく盗まれたということだけが残る。
盗みを行う前はどのような心境なのだろうか。世に名を馳せる世紀の大泥棒は強心臓だろうな。失敗すればよくて牢屋行き、悪くて死刑だ。そんなプレッシャーの中淡々と計画通りに進行することなんて俺にはできない。いつ誰に気取られるかびくびくしながら恐る恐る一歩一歩侵入していく気持ちは常人には理解できないことだろう。
俺は今、魔法学院に侵入している。侵入自体は実は容易だった。4年前まではよく来ていた場所で、師匠からの折檻から逃げるために俺は魔法学院内にこっそりと外へとつながるトンネルを作っていたのだ。
昼間に行った下見の帰り道で確認したところ、まだ使用可能な状態で残っていた。魔法学院近くにある大きな家、その裏手にある厩舎の端がまさか魔法学院に通じているとは誰も思わないだろう。
暗闇に浮かぶ明かりが忍び足で近寄る俺の影を長く伸ばす。反響する微かな足音が妙に耳に残る。慎重な足取りで階段を上がりながら魔法学院のセキュリティを搔い潜っていることに口角が上がる。
魔法学院は学院内に独自のネットワークで監視体制を敷いている。禁書や危険な研究資料が点在するため、ベゼル王国内でも重要な施設の一つであるからだ。
魔法学院のセキュリティは魔法による感知網によって侵入者を検知し、検知すると即座に重要な部屋に入ることができなくなる。ドアが開かず、魔法によって侵入を拒否されると師匠が言っていた。侵入者には禁止魔法の一種である人間の感覚や五感を奪う魔法がかけられ、逃げることができなくなる。気づいたときには意識を失い、目が覚めればもう捕まっている。
師匠が魔法学院のセキュリティの動作確認をするために俺を実験台にして試したのだから俺はこの恐ろしさをよく知っている。当時実験台にされたことで涙ながらに何が起きたのか教えを請うた。成人男性が泣きじゃくって教えてくださいと懇願する様は師匠にどのように映ったのかは考えたくはない。だが情けない姿のおかげでこのセキュリティ網について詳細を教えてもらうことができた。
師匠にとって俺がそのことを知ったからといって高度な魔法陣の組み合わせで作られた無人で動作する魔法陣をどうすることもできないと判断したのだろう。事実、魔法学院に埋め込まれている魔法陣にはそれぞれ個別に防衛用の魔法陣もセットで組まれているためセキュリティを破壊することは骨が折れる。
要所に描かれた魔法陣を一つ壊したところでカバーできる範囲に他の魔法陣があるため、魔法学院そのものを消し飛ばさない限り、魔法陣をなくすことは困難だ。
そんなところへ俺が侵入しているにも拘らず、今もこうして意識を保っていられるの秘密がある。無差別に魔法陣は起動してしまうため、もし何か用があって魔法学院に残っていた場合、禁止魔法が発動してしまうなんて事故が起きてしまう。
その事故を回避するために、特定のアイテムを持っている人間はセキュリティの対象から外すことができるのだ。俺がどこでそんなものを手に入れたのか疑問に思うかもしれないが、今日師匠の研究室から退室する際に盗んでおいた。
師匠は部屋を綺麗にしておくことができない質のため、よく使うものは部屋の入り口にある棚に置いておくのだ。薄い金属製の板で、表面は幾何学的な紋様が刻み込まれている。この紋様が魔法陣に識別され、禁止魔法の対象から外される仕様だ。この金属板はマジックパスという名前が一応ついている。
大変貴重なもので、王国内最強の魔法使いである師匠が目の前で盗まれるなんてありえない。しかし師匠は用がないときは研究室に置きっぱなしにしておく癖がある。師匠がレイや俺よりも先に退室しそれに続く形で俺たちも退室したのだが、俺が最後だったため、レイの陰に隠れて懐にしまい込んだのだ。先に部屋を出た師匠が持ち歩かなかったため、取られても気づかないと咄嗟に判断したのだ。
我が脳の冴えわたり具合が信じられない。最近自分の保身のために悪事を行う時、尋常じゃないくらい最適な行動への判断が早いと思いはじめてきた。俺はもしかしたら天性の悪人になれる素質でもあるのかもしれない。
馬鹿なことを考えながら周囲を確認しながら廊下の角を曲がる。魔法陣のセキュリティ網がある以上、人が学院内を歩き回って警備することなんてほとんどない。何か異常が発生しなければ魔法陣が何とかしてくれるからだ。
万が一のことを考えて昼間に上った階段の前まで辿り着く。魔法学院に侵入する直前に顔を隠し、服装も闇にまぎれられるように真っ黒の上下に装備を纏い、さらにその上から黒いローブを身に着けている。顔を隠しているマスクは銭湯の前にある露店で売られていた呪いのマスク(笑)だ。ずっと売れ残っていたため半額になっていた。
この呪いのマスク(笑)は線のような目に三角形の鼻、正方形の口という20秒ほどあれば誰でも作れそうなデザインだ。懐が寂しい俺には捕まらないための変装用の仮面を買うお金も節約しなければならない。
リーズナブルな変装だともいえる。なんでも金をかければいいというわけではない。時には貧相にすることも他者の目を欺く要因になりえるのだ。
珍妙な恰好をした俺はローブを引き摺りながら階段を一段ずつ上っていく。自分の体格に合うようなローブを買ってしまえば、もし誰かに見つかったときにばれる可能性がでてしまう。
お金もない俺は仕方なく宿屋のカーテンを拝借してきた。夜にカーテンがなくとも明かりがつかなければばれることはないだろう。こっそり戻せばばれないさ。部屋につければカーテン、身に着ければローブになる便利アイテムだ。
ここまでは順調だ。過去の俺がやってきたことが無駄じゃなかったことを最大級に実感している。無用の用とはということもあるのだな。
「にしてもちゃっちゃと済ませて心置きなく旅に出たいなぁ」
無意識に心の声が漏れ出る。最近は俺の心労が絶えない。異名と偶然の産物が映像として伝播したこと、ジグライトの窃盗、自宅の倒壊、金銭的困窮。
どれをとっても俺の心を蝕んでいる。数週間前までは田舎でゆったりと生活できていたが今では放浪の身だ。むしろ予想以上にヴェルフ帝国が関与していた丘での戦闘の映像が出回ってしまっている。この王都まで来ることも時間の問題だろう。実体のない偶像が独り歩きして雪だるまのように大きくなってしまえば、もう俺はこの国にはいられない。
3階に到着し、師匠以外の研究室へと入っていく。師匠の研究室は3階の最奥にある部屋だがそこまでに4部屋ほど並んでいる。研究室の向かいには職員室があるが、今は無人のようで明かりすらついていない。
俺は気を抜かずに一番手前にある『ザカン=イヴリル』の部屋に入る。全ての研究室にはドア横に研究室の主のネームプレートが吊り下がっているため、誰の部屋かはすぐにわかるようになっている。生徒からすればどの部屋がどの先生の部屋かなんてわからないからな。いい試みだと思うし、俺にも恩恵を齎してくれている。
ドアノブを捻り、『ザカン=イヴリル』の研究室へと入る。正直ウィンティに関与している先生について聞いておくべきだったと後悔する。
どこのだれか知らない先生の研究室は師匠の研究室と違って床に書類が落ちていることも本が積み重なっていることもない。壁際にある本棚は師匠の研究室と同様に本がぎっしりと並べられている。中央にローテーブルとソファが向かい合うように配置されているのも同じだ。
見通しが言い分探す手間はさほどかからないだろう。俺はデスク周りに近づくと、引き出しを片っ端から開けていく。ジグライトは両手に収まる程度の鉱石だ。白と赤の偽新鉱石であっても大きさは変わらない。
木製のデスクは引き出しを引くたびに木の擦れる音を鳴らす。引き出しに入っているものは研究資料ばかりだ。《反魂の代償による個人差について》、≪魂の可視化、物体化実験報告書》、≪アンデットの魂の浄化実験について》。どれも魂や死者にまつわる実験報告のようだ。
『ザカン=イヴリル』は闇魔法に属する危険な死霊魔法の研究を行っているようだ。他の引き出しには札が張られた骨、小瓶に詰められた赤い液体が入っていた。『ザカン=イヴリル』の研究室にはデスク周り以外に物を保管できそうな場所はなさそうだ。この研究室ではなかったようだ。
『ザカン=イヴリル』の研究室から一つ隣の『ジャルガ=ファフカ』の研究室に入る。研究室はどの研究室も同じレイアウトのようだ。本棚、ローテーブルにソファ。この辺は最初から置かれているようだ。
『ジャルガ=ファフカ』の研究室には先の『ザカン=イヴリル』の研究室とは異なる点が1点あった。入り口から左手に実験機材と思われる道具が山積みされている。半分ほど布がかけられているため最近は使われていないように感じる。
ひとまず『ザカン=イヴリル』の研究室と同じようにデスクの引き出しを開けていく。『ザカン=イヴリル』と比べると資料が少ないものの、《魔法増幅実験報告書》、《魔法威力に影響する物質とこの効果》、《魔法の相互干渉による威力減衰と階級差による減衰量の報告》の3種類の資料が入っている。
出てきた研究資料はジグライトに関係のありそうなものばかりだ。魔法の威力に関する研究を行っているようだ。ジグライトを保管している可能性が高い人が早い段階で見つかったな。
デスク周りにはジグライトはなさそうだが、実験機材のある場所には保管できる入れ物が置いてあるのかもしれない。俺はデスク漁りから離れて実験機材にかけられた布を引きはがす。銀色の物干し竿のような棒、金属の板で作られた正方形の物体、泡立つ液体入りのビーカー、魔法陣が書かれた紙。今のところ偽新鉱石はない。あるとしたら正方形の物体だが、全ての面に魔法陣が書かれている。
魔法陣の色は白であまり大きくない。魔法陣は効果の強力さによって陣自体が大きくなると言われている。魔法学院のセキュリティはこれに当てはまらないものの、この正方形の物体にはこの通説が適用できると思われる。
魔法陣には魔法を規定するための特殊な文字、マジックワードでどのような魔法を込めるか書かれている。簡単なものやよくあるものは俺も見覚えがあるが、特殊な魔法であったり人に知られていない魔法の魔法陣に関しては専門家でないとわからない。
白色ということは無属性で魔法陣が小さめということは大した魔法陣ではないことがわかる。ある一面の中央に描かれている魔法陣に顔を近づけてマジックワードをみてみる。マジックワードの構成は魔法の名前、効果、対象、魔力の供給方法だ。大体この構成を魔法陣の中に書いていく。細かく指定するには魔法陣が必然的に大きくなってしまうというわけだ。魔法陣が小さいということは大雑把にしか内容を指定できず、指定するマジックワードも文章ではなく単語だろう。
よく見ていくと俺でも見たことがある簡単な魔法陣だった。魔法陣の中身は【頑丈】。単純に魔法陣が刻まれた物体の強度を向上させるものだ。長距離の輸送を行う際に荷物の入れ物によく施される魔法陣だ。主に貿易時の輸出・輸入や高価な品物の運搬などで使われる。もちろん、安価なものであっても傷つかないように目の前の正方形のように大きな入れ物に刻むこともある。
魔法陣の中身がわかってしまえば気にすることはない。腰に携えた剣を面と面の隙間に差し込む。あとはてこの原理で無理矢理押し開ける。
金属が歪曲するような音が鈍く鳴る。蓋面を開けてみると中には小さめの金庫のような入れ物が姿を表す。マトリョーシカのように箱に箱が入っていたようだ。箱の中から金庫擬きを取り出して床に置く。この金庫擬きにとくに魔法陣が刻まれているわけでも、鍵がかかっているわけでもなかった。扉を開けて中身を取り出す。
布をめくって中身を確認する。中身は予想通り、俺が冒険者ギルドで確認した偽新鉱石だった。布はいらないため、部屋に投げ捨てる。偽新鉱石を素手で掴むとまた指を切ってしまった。
まだ赤くなっていなかった白い部分が赤く染まっていく。どうやらこの鉱石は液体を吸収し、その液体の色に変色するような性質でもあるようだ。盗み出すのだから今更性質なんてどうでもいいか。
俺は腰につけているポーチに偽新鉱石を収納する。ホッと一息ついていると警告音が鳴り響いた。
「ケイコク、ケイコク。シンニュウシャアリ。シンニュウシャアリ。マホウジンキドウ」
無機質な音声が魔法学院内に鳴り響く。
(なぜだ!?師匠のマジックパスもあるしセキュリティに引っかかるようなことはなにひとつだって……。待てよ、もしかしたらこの箱か!?)
俺は唯一怪しいと思える金属の正方形の外した蓋面の内側を見た。そこには外面とは違う魔法陣が刻まれていた。
(これだ!正規の手段で取り出されなかった場合、セキュリティと連動するように魔法陣が刻まれていたとしか考えられない。くそっ。しくじった。)
階下から何人もの警備者が走って近づいてくる音がする。この状況に追い打ちをかけるようにドアが開かなくなっていた。
(どうやら俺が知っているセキュリティからさらに強化されているらしい。禁止魔法が効かなかった時のために魔法の壁で壁をコーティングして出られないようにしているみたいだ)
4年前までは禁止魔法による拘束だけだった魔法学院のセキュリティは日進月歩しているようだ。壁には無属性魔法で作られた魔法壁がいつの間にかできており、床でさえも壁と同じようにコーティングされている。
魔法学院には無尽蔵で魔力を供給できるような施設がどこかにあり、その魔力によってセキュリティを動かしているという噂があったが、真実のようだ。少なくともこれを人力で常に稼働させることは不可能だ。
窮地に立たされたタルバは起死回生の一手が思いつかないでいた。
(魔法壁は恐らく無尽蔵の魔力で時間が経てば経つほど強度が増していく。作成に使われた魔力の分だけ強度が増すというわかりやすい魔法だ。ということは時間経過は俺の生還を阻む敵だ。どうするっ!どうすればいいっ!)
焦燥という感情は人に冷静な判断を下すことを阻害する。ましてやタルバは特別な力を持たない偶然の産物が独り歩きして勘違いされている英雄だ。追い詰められれば何か特殊な力に覚醒することもなければ、感情に比例して強くなるわけでもない。
禁止魔法の対象にはならないが、魔法壁によって閉じ込められ、刻一刻と警備者が近づいてくる逮捕へのカウントダウンはタルバの心を大いに刺激した。崖っぷちに立たされたタルバが選択したことは何の変哲もないシンプルな行動だった。
「水魔法、【水刃】」
彼が持てる最大火力をぶつけて魔法壁を突破できないかということだった。元々制御できない魔法だが誰もいないこの場所は好都合だった。全力で魔力を込めて水刃を強化していく。
体を微動だにせず、ただ魔力を込めているため、水刃の暴走がまだ始まっていない。この間にも魔法壁が強化されていると思うと、急いで魔力を込めざるをえなかった。なんか前よりも魔力を込めることに時間がかかると思う。
足音がどんどん近くなって階段を上り始めていた。水刃はいつしか白い線のように剣に纏わりついている。水ではないように錯覚するほど鮮やかな白い線。気づけば今持てる魔力を全て込め終わった。『圧縮』し、解放の準備を終える。
(この一撃に――すべてを賭けるッ!)
「【水刃】、解放!」
俺は水刃を『圧縮』から解放しながらトンネルがある方向に向かってなんとか剣を振った。水刃から発する霧のような水しぶきが目にかかり魔法壁とぶつかる瞬間は目をつぶってしまった。
それは落雷が発生したかと錯覚するような轟音だった。魔法壁が窓ガラスのように砕け散り、割れた音が聞こえたと思えば隕石が落ちた時の衝撃波のように『ジャルガ=ファフカ』の研究室から空気が押し出される。
剣を持っていたタルバでさえ、その突如発生した予想外の力に壁まで吹き飛ばされていた。タルバが目を開けると、水刃を射出した方角にまっすぐ何かが通った跡があった。
魔法学院の壁は壊れ、床には罅が入り、俺が通ってきたトンネルに向かって斜めに抉り取られたように何もなくなっていた。最後に直撃したと思われる魔法学院の土地にはぽっかりと大地に大穴が開いている。
俺は夢のように感じ、一瞬呆けてしまったが、逃げないとならないことを思い出し、俺が明けた研究室の穴から下の階へと飛び降りていく。音が全て水を挟んだように遠く聞こえるのは先の轟音で鼓膜を潰してしまったのだろう。
徐々に街に明かりが灯っていくのは人々が俺の魔法で目を覚ましてしまったとすぐにわかった。誰だって近くで爆発音が響けば起きてしまうだろう。
どうでもいいことが頭を過っては思考の端へと追いやる。大穴を避けて侵入した経路と同じトンネルを通り、魔法学院から脱出した。幸い、トンネルは崩落することもなく綺麗な状態で残っていた。
運命の女神はどうやら俺に味方をしたようだ。厩舎から出て手近な家の屋根に登る。王都の道を怪しげな恰好でうろつけばすぐに犯人だと思われてしまうためだ。建物の屋上を飛び超えていき、宿屋へと帰った。もちろん、自分の部屋の窓から戻った。
白みだした空を眺めながら俺は一世一代の大勝負を終えたのだった。水刃が凄まじい火力になっていたことに疑問を残しながら倒れるようにベッドに横たわった。度重なる心労によって俺は少しだけ夢の世界に旅立った。




