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へっぽこ魔人生  作者: 岸辺濫瀟
第2章

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8.下見

 人生とは複雑怪奇なものである。本人の意図とは関係ない何か超常的な力が作用し予想だにしない現実が起こる。10年前の自分に今の自分の現状を教えたところでなぜそんな人生になったかを説明することは難しいだろう。しいていうのであれば、「気づかぬうちにこうなっていた」が正しいのである。


 思い描いた未来を掴める人間は極一部だ。残りは夢を叶えることができなかった者か夢に挑戦する権利さえ与えられなかった敗残者だ。


 夢という言葉の響きは人々を魅了してやまない。人類の歴史において大成した人物とはたゆまぬ努力で夢を叶えた人物出ることは間違いない。

 だからこそ夢という言葉には目指した先に明るい未来が待っていると錯覚する。残念ながらイメージと現実のギャップは夢という言葉ほど落差が激しい。夢への道は一見まっすぐと伸びているようであるが、大多数の人間にはその道は最初から閉ざされている。


 かくいうこの俺も最初から道などなかった。夢という妄執に取り憑かれ、自分が崖際に佇んでいることなどわからなかった。

 冒険者の英雄譚や逸話によって華々しい人生がこの先待っていると思い、冒険者になった。冒険者になって気づいたことはあまりの才能のなさだった。


 依頼を受けても適切な依頼料か、自分に適した難易度かすら不明で知識が足りなかった。こつこつと依頼を積み重ねていき、知識をつけると同じくらいに冒険者になった同期との格差に愕然とした。始めるタイミングは同じでも要領の良さや賢さ、培った実力に差があったのだ。かつての同期たちが俺を嫌な目で見ていた。まだそんなところにいるのかと蔑むような眼差しが俺を貫く。


 王都に泊まった初日にかつての同期たちから受けたあの目で見られた悪夢を見てしまった。体中汗だくだ。昨日は結局近くの店で飯を食ったら食べ過ぎてしまった。気分が悪かったので銭湯にはいかずに宿屋で寝た。そしたらこんな悪夢を見てしまうなんて最悪だ。


 酷い寝汗で服がぐしょぐしょだ。敷布団に染み込んだ汗が湖のように模様を描いている。濡れた位置がもう少し下だったらおねしょを疑うレベルで湿っている。

 見れば見るほど先ほどの悪夢を思い出しては渋い顔になってしまう。部屋においてある姿見で自分を確認する。不揃いに伸びた無精髭に顔面の中心に各パーツが集まり、酸っぱいみかんを食べたような顔をしている。


 麻の服にも当然ながら汗が染みついているため、首回りや脇周辺が変色している。30にもなってあまりにもみっともない。壁際に置いてあった荷物から着替えを取り出し、手早く身なりを整える。


「はぁ、みっともねぇな。まったく」


 王都に来ただけで悪夢を見ていたら、かつての同期たちに出会ったらどうなってしまうのだろう。

昔は依頼を受けるだけでもみんなが俺を注視してきた。時折絡んできては「どうしてそんな依頼を受けているんだ?」なんて言ってくる。

 実力と手持ちの装備を加味したら安全な余裕をとった範囲の依頼しか受けられなかった。それに特別なにかに特化したわけでもない俺はパーティに参加することもできなかった。


 パーティには役割分担がある。大まかには前衛、後衛で果たす役割が違う。前衛にしては戦闘力が突出しているわけでも攻撃を受け持てるわけでもなく、後衛にしては魔法ができるわけでもヒーラーでもない。よく言えばバランスよくこなせる。悪く言えば器用貧乏の俺にはパーティという選択肢は最初からなかった。


 先を行く同期はパーティで着実に力をつけ、依頼をこなしていく一方で、俺は地味な採取依頼や軽い討伐依頼をこなすだけだった。強くなりたいと願い師匠に纏わりついたがそれで余計に悪目立ちしてしまった。


 年齢は変わらないけれど明確にランクの差が積みあがっていくという焦りは若い俺には厳しいものがあった。自分も上に行きたいと思えば思うほど下に沈んでいく。底なし沼にはまっていくように身動きが取れなくなっていった。

 そして生き埋めになる前に俺は辺境へと逃げ出したのだった。あれから4年経過した。嫌な思い出はあれど、どうせ旅に出るのだから関係ない。


 そう思えば少しだけ気がまぎれた。二度と会わない人にどのように思われたところでどうでもいい。今更冒険者として大成する予定はないんだ。

 情けない姿を見られたとしても遠くへ行けば俺のことを知る人などいないんだ。誰も知らない土地で腰を落ち着けて生活してもいいし、今の目的通り古の勇者の聖地巡礼をしてもいいだろう。


 気分を切り替えて宿屋を出た。出店で軽食を買い、食べながら王都にある古の勇者の剣が置かれた祭壇へと向かう。魔法学院に潜入する前に一目見ておきたかった。

 大通りを歩いて王宮方面へと向かう。大きな十字路を左へ曲がると祭壇がある建物が見えてくる。教会のように厳かで壮大な大理石で作られた教会で明らかにお金がかかっていますというような建物だ。


 庶民的な感覚しか持ち合わせていない俺には建築物に施された装飾や様式が何かわからないため、幾ら使ったんだろうな~なんて下世話な考えしか思いつかない。


 建物に入ると手荷物や身体検査を受ける。古の勇者の剣は意志があるため、誰でも使うことはできず、持ち出すことができたものは一人としていないと言われている。

 だからといって、みすみす盗まれることを許容するわけがない。厳重な警備を敷いて、誰もが見ることができるようになっている。お金を払えば剣を握ることもできるらしい。

 どうせ王都に来ることなどないのだから一度くらいは握ってみるかなんて考えてみる。観光地に来たくせに何もせずに帰るなんてつまらないじゃないか。


 幾ばくかのお金を払い、剣を握る権利を買う。剣を握る人は別の入り口から入るみたいだ。俺は案内されるがままに古の勇者の剣が安置された祭壇へと歩く。

 赤い絨毯が敷かれ、壁には古の勇者の功績や歴史がずらーっと掲示されている。俺は古の勇者についてここに掲載されている情報よりも彼の人生について詳細を知ってしまっているため、一瞥して素通りする。


 いくつか扉を通るとぱっと開けた空間へと出る。祭壇の真後ろから祭壇がある部屋へ入ったようだ。目の前には一振りの剣が台座に垂直に突き刺さっている。


 噂に聞く古の勇者の剣。魔を祓い、悪を討つと言われた伝説の剣。台座には《海誓山盟》と書かれている。古の勇者の国では非常に固い誓いのことを指しているらしい。

 伝え聞く《海誓山盟》の能力では、宣誓したことを遵守する間能力を授けるというものだ。いわば自分に制約を課し、その制約が厳しければ厳しいほど強力な能力を手に入れられるというわけだ。この力によって古の勇者は純粋な自分自身の強さにプラスアルファで多種多様な戦い方をできたらしい。


 そんな伝説の剣の柄を握る。両手で引き抜いてみようとするがやはり抜けない。何度か引っ張っていると声が聞こえてきた。


(お前は……何者だ?奇妙な力を有しているようだが、、、何か混じっている。人間を辞め始めているな)


 なんだこの声は。しわがれた爺さんのような声が話しかけてきた。俺は思わずきょろきょろと周りを見回すが年老いたおじいさんなんていない。

 むしろ祭壇を見に来ている人がほとんどいない。明らかに近くで声をかけられているとしか思えない以上、幻聴としかいいようがなかった。


(幻聴などではない。お前が握っている剣こそ私だ。半端者よ)


 半端者ってなんだよ。俺は爺さんの代まで遡っても全員人間だぞ。冒険者として中途半端とか言いたいのか?それはそうなんだけどさ。血統的には亜人種や伝説でしか聞かない魔人の血なんて入っていない純粋な人間だ。というか俺の握っている剣ってことは俺は古の勇者の剣と会話できているってことか!?


(半端者は文字通りの意味だ。お前は人間を辞め始めている。割と最近な。何れ完全に人間でなくなる日が来る)


 おいおい、物騒なことを言わないでくれよ。俺は旅をしてどこか俺のことを誰も知らない土地でのんびりと暮らしたいだけなんだ。それに人間じゃなくなるって何になるっていうんだよ。


(魔人。お前は遅くとも数年以内に魔人になるだろう。****の生きた時代にはそこそこ魔人もいたものだ。全てが魔王の味方になったわけでもなかったしな。損得勘定では動かない魔人も多かった。今は息をひそめている者も多い。その一員というわけだ)


 魔人!?人間種でしかない俺が魔人?もう意味が解らないよ。そもそも魔人になれるものなのか?。種族が変化することなんてあるとは思えなかった。


(魔人は生まれながらの魔人もいるが、大概は別の種族から魔人になるパターンが多い。お前もそうなる)


 いやいや、魔人になって何も得がないじゃないか。普通に街で生活することもできない。翼なんて生えようもんならもう人間としての文化的な生活からもお別れをすることになる。


(魔人になったからといって容姿が劇的に変化するものでもない。やろうと思えば翼も生やせるだろうがな。寿命も伸び、全体的に強化される。膨大な魔力と悠久の時を生きる。人間は永遠の命が夢なんだろう?よく来る偉そうな人間が私に永遠の命を願ってくるぞ)


 そうかそれならいいか。ってならんわ!永遠の命なんて欲しいのは権力者だけだよ。俺は普通に人生を平穏無事に人並みの幸せで終わらせたいんだよ。


(といってももう変化は始まってる。本来は一瞬で魔人になるところをお前さんの場合はゆっくりと進行している。人間として悔いのないように生きることだな)


 伝説の剣でも解決できないのかよ。その口ぶりからして元に戻すとかはできないのだろうな。


(そうだな。それに魔人になるには資質が必要だ。誰でもなれるわけじゃない。魔人が人類の敵だと思われているが、実際は中立だ。人間の味方をする魔人もいる。お前もそちら側になればよいだけのはなしだ)


 唐突すぎるだろ。いきなりお前人間じゃなくなるなんて言われて、はいそうですかなんて言えるわけないだろう。俺、まだ人間でいたいんだけど。むしろ人間がいいまであるんだけど。


(それは無理な相談だな。お前は魔人化が始まっている。誰が仕向けたのはわからないがな。幸か不幸か資質があったのだろう。それに魔人になればいいことも多い。なって損はないと思うぞ。頑張れ)


 なんだよ、がんばれって。無責任だな。昔は古の勇者が振るった剣かもしれないけど、今じゃおっきな石にぶっ刺さっている誰も使えない剣じゃないか。使えない武器なんて鑑賞用以外に価値ないじゃん。魔人になったら叩き折ってやろうか。


(やれるもんならやってみるといい。私は神によって作られた剣だ。一介の魔人ごときに折ることなんてできないだろうな。悪態つく前に私に感謝してほしいくらいだ。お前は自分に起きている変化にすら気づけない凡人なのだからな。優しい私が教えてあげただけだ。結果は変わらない。突然知ることになるか、今知るかの差だ)


 たしかに。だがなんか納得いかない。数年後人間辞めるなんて宣告嬉しくないけれど、知らないよりはましだったかもしれない。もやもやとした気持ち行き場をなくして彷徨う。結果としてよかったのかもしれないが、この《海誓山盟が気に食わないと思ってしまう。

 俺はあたりを見回してこの空間に俺しかいないことを確認する。


(何かよからぬことを考えているな?だが私にどれだけ攻撃してもお前が傷づくだけだぞ?)


 偉そうにわかりきったことを講釈垂れてくる。傷つけることができないなんて百も承知だ。神に作られた伝説の剣を壊せるなんて思っちゃいない。しかし俺には30年という歳月を舐めてもらっちゃ困る。こんなときにとる手段なんて一つしかない。


 誰もいなくなった祭壇の部屋で俺は《海誓山盟》に向かって立ちションした。きちんと剣にシャーっとかけてやった。伝説の剣がなんぼのもんじゃい。こちとら人間辞める予定の30歳独身家無し金なし生き甲斐なしのアラサーやぞ。

 さらに鉱石を盗んだ罪で明日には牢屋に入っているかもしれないんだ。今更立ちションの一つや二つしたところで罪は大して変わらない。それに誰も見ていないんだから俺が立ちションしたことを立証する目撃者がいない。


 きったねぇ液体が伝説の剣を光らせる。ランチのスープを溢したみたいに大理石に水溜まりができている。俺はチャックを上げ、満足げに《海誓山盟》に告げた。


「ご忠告どうも。我慢の限界だったんだ、いろんな意味でな。人間として悔いのないように生きることだなって言ったじゃないか。だから人間のうちにやりたいことをやらせてもらったよ」


 《海誓山盟》は触っていないと脳に言葉を届けられないらしい。きっと激昂しているだろう。だがこいつが悔いのないように生きろって言ったんだから自業自得だろう。窮鼠猫を嚙むともいうからな。伝説の剣にはもうちょつと想像力が必要だった。それだけのことだ。


 さて、変なことを知ってしまったが小便したらすっきりした。伝説の剣に小便ひっかけたのは後にも先にも俺だけだろう。神様ですらそんなことはしないだろうからな。どうせ人間辞めるなら人間の法律で裁かれるようなこともやってもいいじゃないか。


 俺にはもう何も残されていないんだ。化け物になるまでのモラトリアムで行くところまで行ってしまおう。この後は魔法学院に顔を出して下見をしよう。神すらも恐れぬ行動はなんて背徳感を感じさせるのだろう。口角があがってしょうがない。


――――――――――――――


 伝説の剣が置かれた建物を足速に立ち去り、俺は魔法学院に来ていた。8年前くらいには師匠に連れられて初めてこの学院に来た。それからはよくこの学院に立ち入っていたものだ。

 師匠が魔法学院にいないことを願って、校門にいる守衛に話しかける。


「今も在職しているかわからないが、ヴェラゴ=ジャラガ殿に会いに来ました。いらっしゃるだろうか?」


「あなたは何者でしょうか?」


「私は3等級冒険者をしているタルバと申します。ヴェラゴ=ジャラガ殿は魔法の師匠に当たります。久しぶりに王都まで来たので会いに来ました」


「確認致しますので少々お待ちください」


 そう言うと守衛は校門横にある守衛室で連絡を取り始めた。守衛は複数いるため、1人外したところで警備は万全のようだ。ものの数分で先ほどの守衛が帰ってきた。


「ヴェラゴ=ジャラガ殿は現在ご自身の研究室にいらっしゃるようです。タルバ様のお名前をお伝えしたところ、お会いになるようです。ご案内が必要でしょうか?」


「いえ、大丈夫です。昔来たことがありますので。確認ですが、師匠の研究室は3階で間違いありませんか?」


「はい、そうです。10年程変わっていないとお聞きしています」


「なら自分一人でも行けそうです。ありがとうございます」


 お礼をして俺は堂々と魔法学院に侵入した。持つべきものは偉大な師だと思いながらも、居なければよかったとも思う。


 師匠の名前を出せばほぼ確実に魔法学院に入ることはできる。その目算はあった。師匠が不在であれば最高だったが、そう都合よくはいかない。逃げるように去った俺にどのような感情を抱いているのだろうか。人との再会がこんなにも息苦しさに満ち溢れた閉塞感を感じさせるなんて思いもしなかった。


 降って湧いた再会の機会に背筋が凍るような思いだ。もしあの時ジグライトをすり替えなければという慚愧に堪えない。


 懐かしい師匠との思い出は酷烈と評することが適切だろう。あるいは思い出したくない記憶。臭いものには蓋をする。蓋を開ければ嫌な物が噴き出ることは必定だった。

 鬱陶しく付き纏ったことによる根負けで弟子にしてもらったが、その育成方針は憂さ晴らしをするかのように痛みを伴うものだった。

 強力な魔物の囮になったり、危険度の高い植物の採取だったり、崖から突き落とされたなど思い返せばキリがない。魔法の訓練は師匠の仕事に付随して行われ、結果として中級程度までは収めることができた。


 魔法の訓練と称した命懸けの戦いに何度繰り出されたことか……。命がいくつあっても足りないと思うきっかけであり、俺が田舎で落ち着きたいと思い始める要因でもあった。

 強者には強者の世界がある。見ている目線が天と地ほど差がある。凡人の俺が強者の世界を覗いてわかったことはどれだけ行っても俺は強者になれないというつまらない程わかりきっていた現実だった。

 校舎に入り初めて来た8年前と同じように師匠の研究室へと向かう。階段を上がる太ももにいつも以上に重力を感じる。足の裏に伝わる階段の感触、校舎内の空気、窓から差し込む日光。


 俺はここの学生ではなかった。それでも4年間師匠の元に訪れた記憶とダブって若く貪欲だった自分がだいぶ変わったと思わせた。

 王都に着いてから何度目かもわからないノスタルジーを味わいながら師匠の研究室に辿り着く。部屋の中から外にまで聞こえる声がする。どうやら先客がいるようだった。かといって自分が来ることを守衛が伝えているため、先客のことを無視してノックする。


「すみません、4年前まで手解きを受けていたタルバです」


「入れ」


 返事は一言。先程の声とは全く違う冷たく刺すような声色。ドアノブを捻り、俺は王国内最強と謳われる師匠がいる研究室に入った。


 4年ぶりに入った師匠の研究室はあいも変わらずとっ散らかっていた。壁を本棚が埋め尽くし、魔法や魔物にまつわる学術書、論文が所狭しと押し込められている。紙束が無理矢理棚に突っ込まれている様相は師匠が整理整頓ができない性格を象徴的に表していた。


 扉の逆側に師匠のデスクがあり、何に使ってるか不明なフラスコやビーカー、大きな丸型フラスコには紫色の液体が泡立って置かれている。それ以外の隙間という隙間に書類が挟まっている。


 師匠と先客は部屋の中央にあるテーブルを挟むようにしてソファに腰掛けていた。4年前よりも顔に皺が増え、頭(かしら)に霜(しも)を置きながらもオールバックにした壮年の男性。40代前半にしては他者を圧倒するオーラを纏っているようにも見える。

 背筋が定規のようにまっすぐでテーブルに置かれている白い湯気が立つ紅茶のカップを優雅に口元に運んでいる。師匠とは真反対に座っている人物は見覚えがあった。それもつい最近あったばかりのレイだった。金色の髪を後ろで束ね、整った顔立ちが驚きで目を見張っている。


「お久しぶりです。師匠。不肖タルバただいま戻りました」


 恐ろしい師匠から夜逃げした俺は絞り出すようにあいさつした。


「久しぶりだな。お前が4年前突然いなくなったときは驚いたが、戻ってきたということは何か心境の変化でもあったのか?」


 師匠は俺に対して怒らずに静かにそう尋ねてきた。


「話せば長くなりますが、ヒルドのほうで生活しておりました。状況が変わりまして旅に出ることにいたしました。偶然王都に立ち寄る機会がございましたので、会わせる顔がないことはわかっておりましたが、勝手ながら最後くらいはしっかりと別れをお話しするべきだと思いました」


 師匠は目を瞑り、レイは空気を読んで黙っていた。


「ヒルドにいたのか。それに今度は旅に出る、か。昔からやることが突飛なのは変わらんな」


 懐かしがるように師匠が話す。紅茶を一口飲んでからまた口を開いた。


「お前には大した魔法の才能などなかった。だからいなくなろうとも大して迷惑とは思わなかった。それはお前が気にすることではない。それに旅か。どこに向かうかはもう決めているのか?」


「ゲルニーツァのほうに行こうかと思っております。また他国へと渡る予定です」


 俺の発言に今まで黙っていたレイが慌てるように話に割って入ってきた。


「タルバ、お前、他国に行ってしまうのか?なぜだ?」


「レイ、俺にも事情があるんだ。ヒルドで色々とやってしまってな。良くも悪くも有名になってしまったんだよ。だから他国へ行くんだ。俺のことを誰も知らないどこかへ」


「有名になることは冒険者にとって悪いことではないとおもうが、冒険者を無理に止める権利は私にはない。残念でならない。お前には借りを返そうと思っていたところだったんだがな」


「もうそれは気にしなくていい。俺はもういないと思ってくれて構わない。戻ってくることもないだろう」


「昔から自分が決めたことに妙に強いこだわりがある性格も健在だったか。レイベル様、大変申し訳ございませんが馬鹿な弟子のことは気になさらないでください」


 師匠がレイに敬語を使ってる。レイって実は偉かったのか?でも貴族ではないと言ってたし、商人とかだったりしてな。師匠とレイの関係は不明だがどうせこの国ともおさらばする俺には関係ないか。気にしないでおこう。


「ヴェラゴ、それよりもタルバがお前の弟子だったことに驚いた。お前に弟子なんていたのか?」


「4年前まではおりました。魔法の弟子というよりも付き人に近いもでしたが、魔法の手ほどきはいたしました。魔法学院の生徒ではなく、冒険者ではありましたが忍耐力と強さへの飽くなき探究心は誰よりもありましたので」


「4年前か。それなら私が知らなくとも仕方ないか」


「俺からすればレイと師匠が知り合いってことに驚いでいるけどな」


「タルバ!口を慎め!この方をどなたと心得る!」


「ヴェラゴ、いいんだ。タルバには自然体で接してもらうように頼んだのは私だ。気にしなくともいい」


「それならばよいのですが。馬鹿な弟子がついに人の区別もつかなくなったのではないかと先ほどからひやひやしておりました」


「馬鹿な弟子であることは否定できませんが、私の目は曇っておりませんので敬う相手にはきちんと敬語を使えますよ」


 師匠に4年ぶりに辛辣な言葉をかけられたが、反論できるところは反論した。


「そろそろ用事があって出向かなければならない。レイベル様、タルバ、また今度」


「もうそんな時間か。お時間を取っていただき感謝する。それではまた」


「多分自分はこの国に来ることはないと思いますが、師匠もお元気で」


 師匠はそう言ってどこかへ行ってしまった。レイを先に部屋から出るように促しながらドア近くに置いてある薄い板をこっそりと拝借する。俺とレイは魔法学院の校門へと向かった。


「レイがまさか師匠と知り合いとは思わなかったよ。あの人に親しい人なんて全然いないからな」


「それはこっちのセリフだ。ヴェラゴに弟子がいたなんて聞いたことなかった。彼に弟子を取らないのかと聞いたことがあるが、才能以外にも必要な資質があるとか言って志願者を全員叩き潰したこともある。タルバが弟子だったことが意外だ」


「才能なくても根性で弟子にしてもらったようなもんだからな」


「タルバ、私もそろそろ仕事に戻らねばならない。王宮関連の仕事でな、何かあれば【天上の鷲、精巧の鍵】という符丁を伝えるといい。私に連絡が来る」


「お前がどんな立場か知らんが、覚えておくよ。何かあれば頼らせてもらう」


俺はレイへの合言葉を手に入れた。これを使うときはきっとジグライトの件で恩赦を期待するときだろう。意外とすぐ使うことになりそうな合言葉をしっかりと記憶して俺たちは魔法学院の校門で別れた。


 下見のつもりだったが、昔と魔法学院のレイアウトが同じなら大体保管できる場所は絞れた。というのもジグライトという国家ぐるみの貴重な鉱石を侵入しやすい1階や2階に置くわけがない。学生の往来が激しい1階、2階以外で保管できる場所は先生や教授の研究室がある3階だ。


 ひょんなことから師匠と会うことになったが、3階のレイアウトもさほどかわっておらず、部屋数も少ない。師匠の部屋を抜けば4部屋しかないのだから盗むことはそう難しいことじゃないだろう。他には大きい職員室があるのみだ。生徒が先生を訪ねて入ることがよくある職員室にジグライトを置くわけがない。だから残りの研究室4部屋にしかないと推察するわけだ。


 特に連絡が来ていないということは偽新鉱石のことがまだばれていないということだ。今夜忍び込めば十分間に合う。それで明日には王都を発つ。計画に穴がありすぎて心配にしかならないが、足りない部分は経験で補うとしよう。


 今日こそは銭湯に行ってさっぱりするとしよう。王都の銭湯は広くていいからな。魔法学院から宿屋への帰路についた俺は鼻歌を歌いながら軽快な足取りで銭湯へと向かうのだった。




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