消費税 悪の歴史①
日本の法人率は実は低い。
そして、法人率が引き下げられてきた代償に、消費税が、「国の借金が!」、「社会保障のために痛みを!」という大号令のもと、どんどん引き上げられてきた....
まずは、消費税が導入された歴史を俯瞰していこう!
なんと覚えやすいことに、平成元年は消費税導入の元年でもあるのだ。
ゆえに、平成の歴史は消費税引き上げの歴史とも言えるかもしれない。
〈消費税の年表〉
◇1937年
世界大恐慌の深刻な不況、高橋是清が積極的な財政出動により、日本は世界のいずれの国よりも早く景気回復を実現..しかし、2.26事件で是清は青年将校の凶弾で死す。
その後、広田弘毅内閣の馬場蔵相が取引高税を考案したが導入には至らず。
◇1948年
取引高税が再度導入されようとする。しかし、大蔵省の実務の準備が不十分で、追徴課税が続出し現場は大混乱、やむなく14カ月で廃止に追い込まれる。
◇1979年
大平正芳首相が一般消費税を提案する。
石油ショックで日本経済は低迷し、はじめて赤字国債が発行された。財政再建のため、消費税の導入が提案されたのだ。
しかし、国民の猛反発にあい、選挙で自民党は大敗した。このとき、大企業の経団連は消費税導入に賛成したが、富岡先生から意見を聞いた中小企業団体の日本商工会議所は反対表明した。
ここから、消費税は選挙のタブーとして長らく封印される。
◇1987年
しかし、消費税は悪霊の如く彷徨い、再び姿を現す。
時の首相は中曽根首相。
法人税と所得税を減税を唱え選挙で大勝した。国民も本当に税金を減らしてくれると期待したのだったが....
しかし、選挙では大型間接税はやらないと公約していたのに、売上税の導入を唱え出したのだ。
当然、国民は猛反発。
売上税は審議されないまま、中曽根内閣は退陣となった。
◇1988年 平成元年
ここではじめて、消費税という名称となる。
平成の始まりとともに、消費税という悪魔が誕生したのだ。
時は、竹下内閣の頃。
彼は用意周到に準備を重ね、強行採決で消費税案を通してしまった!
この最大の問題点は、ここで消費税導入に賛成した議員は、選挙では消費税に反対して当選したことだ。それは、嘘の公約であり、国民への背信行為であった。
竹下内閣の支持率は一桁代まで低下したが、3%の消費税が導入されたのだ。
それは、当時の大蔵省、いまの財務省の悲願であったのだろう。
この歴史を考えると、消費税の導入は民意の支持がないまま成立しているということ。これは、明らかに民主政治の否定である。
その消費税がいまや法人税や所得税を抜いて、国の基幹税として機能していることだ。
次稿はその後の歴史を追っていこう。




