第388話 始動
「さっそく作るの幹ちゃん?」
「と、思ったんだけど…う〜ん…」
「何かあるの?」
由紀は幹太の隣に立ち、顔を覗き込む。
「えっと…その、クレア様がさ…」
由紀の胸辺りを見た幹太は、動揺を隠しつつ答え始める。
「ふんふん、クレア様が?」
「なんか仕掛けてくる気がするような…しないような…?」
「あ、そういうことね♪」
「由紀はそう思わない?」
「思う…っていうか、実際、何かたくらんでる感じだったもん♪」
由紀はラーメン店をやると思いついた時に、クレアがニヤリとほくそ笑んだのを見ていた。
「アンナも、今いる村をなんとかしたいって感じだったし…」
「あ〜、ってことは、三つの村で三つのラーメンだから…」
と、指折り数える由紀の頭には、腰に手を当ててアンナを挑発するクレアの姿が浮かんでいた。
「フフッ♪クレア様、ぜったいなんかしそう♪」
「まぁ対決とかそんな感じになるよな…」
「うん。間違いないね」
二人は調理台の前で並んで頷く。
「じゃあ、幹ちゃんはそれ向けにラーメンを作るの?」
「まぁどちらにせよ、この村のためになるラーメンを作りたいかな」
「つまり今まで通り、ご当地ラーメンを作るってわけだ♪」
「そうだな。正にそれだ」
「殿下…」
とそこで、寝ぐせ頭のアルナがキッチンに入ってきた。
「あ、アルナさん、おはよう」
「うん。おはよう…殿下。これ…」
昼前だというのにまだ眠そうな顔をしたアルナは、幹太に封筒を差し出した。
「殿下にお手紙がきた…」
「お手紙…?」
幹太は封筒を受け取って裏返す。
「薔薇の封印だ…」
手紙は薔薇の刻印でロウ付けされていた。
「あ、これ、クレア様の封印だよ」
一時期、クレアと手紙のやり取りをしていた由紀は、クレアの封印、つまり、クレアのしている指輪の模様を知っていた。
「あ、じゃあこれって…」
幹太は開封し、中の手紙を読む。
「ん〜と…要約すると、三つの村合同でイベントをしましょうって書いてあるな…」
「フフッ♪やっぱりだね♪」
「あぁ…」
「殿下…イベントって、何をするの?」
「三つの村でそれぞれラーメンを作って、それをみんなで食べようってことかな…」
「あ、対決じゃないんだ?」
そう聞いたのは由紀だ。
「ひとまず、アルナ村にピッタリのご当地ラーメンを作りなさいってさ」
「フフッ♪で、対決するんだ♪」
「だろうな」
幹太は由紀に手紙を渡し、アルナの方に振り返る。
「アルナさん、この村で食料品の買い物ってどうすんの?」
「…お家の買い物なら村に商店があるけど、お店のお買い物は外の市場…」
「外の市場?」
「そう。けど、久しぶりだから、まだ道があるかわからない…」
異常に成長の早い大木に囲まれたこの辺りでは、ときどき道がなくなることがあるのだ。
「そりゃ困るな…」
「おばあちゃんに聞てくる」
アルナはそう言って店を出て、あっという間に戻ってきた。
「聞いてきた…」
「ありがとう。それで、道はわかった?」
「うん。ハルハナまでは私がいた頃と変わってないって…」
「ハルハナって、隣りの国だよな?」
「うん。でも、森を抜ければ、ラパルパの市場に行くよりも近い」
「なるほど…じゃあ、そこに行くか…」
「わかった。だったら私、準備してくる」
と言ってアルナの実家に向かった由紀は、この時点でタキタ村に戻る約束をすっかり忘れていた。
「殿下、私も行く」
「うん。ぜひよろしくお願いします」
幹太はアルナに向かって頭を下げる。
前回、カリナ村までの簡単な道のりを間違えた幹太としては、由紀との二人だけでここからハルハナまで行ける自信はなかった。
「そんじゃあ俺たちも準備するか…」
「うん」
そうして幹太たち三人は、ハルハナに向かった。
「しかし、帰りはどうするかな?」
歩き始めてしばらく経った頃、固く踏み締められた道を歩きながら、幹太がそう言った。
「どうするって何が?」
「いや、仕入れたものをどう運ぶかなって思って…」
幹太たちは今、荷車などを持たずにハルハナに向かっていた。
「あ、そういえば、二人が乗ってきたラクダさんはどうしたの?」
由紀はアルナに聞いた。
「うちの村にいる…けど、一頭だったから…」
「あ、さすがに三人は無理だもんね」
「それに森の中の移動は、ラクダには厳しい」
「確かに森の中の移動って、馬のイメージだね」
「まぁ行けばなんとかなるだろ」
そうして休憩を挟みながら半日ほど歩き、幹太たちはハルハナの領内に入った。
「ま、また、すっごい砂漠なんだけど…」
と、由紀はこのところ慣れた景色を見て苦笑いをする。
「あ、でもこの匂いは…」
「だね♪これってぜったい…」
幹太と由紀は手を繋いで、目の前の砂丘のてっぺんまで登る。
「お、やっぱりそうだ」
「わぁ〜♪海〜♪」
由紀は歓声を上げながら、波打ち際に向けて走りだす。
「そういやハルハナは海の国って言ってたな…」
三人は砂漠ではなく、広大な砂浜の上に立っていたのだ。
「ここからは向こうに行く…」
「向こう…あ、なんかあるな…」
幹太がアルナが指差す先を見ると、うっすら建物のようなものが見える。
「幹ちゃーん!あっちに街があるよー!」
そして当然、由紀にはその街がはっきりと見えていた。
「で、今日は泊まり?」
砂塵を上げながらスキップする由紀の後ろを歩きながら、幹太はアルナにそう聞いた。
「…そう。今日はこのまま宿に泊まって、明日の朝に市場行く」
「あ、やっぱり朝行かなきゃダメなんだ?」
「うん。食べ物がいっぱいあるから朝が一番いい…」
「なるほど、この国でも市場は朝なんだな」
三人はそのまま海辺の街に到着し、アルナの案内で宿に入った。
「ここってなんて街なのかな?」
三人部屋の中を観察しながら、由紀はアルナにそう聞いた。
「タバニププ…」
「タバニププ♪なんか南国っぽいね〜♪」
由紀は鼻歌を歌いながら、窓を開ける。
「わぁ〜♪すっごいヤシの木!」
「海…海かぁ…」
はしゃぐ由紀を見ながら、幹太はそう呟いた。
「殿下、海…ダメ?」
「いいや。ダメじゃないんだけど…」
幹太とって、海辺の街は山側の街よりラーメンに使える食材が豊富なイメージがあった。
「ただ、ぜったいクレア様とカブりそうなんだよな…」
「そういえば、紅姫屋は海鮮ラーメンだっけ?」
「うん。まぁとりあえず、市場を見てから考えるか…」
そして翌日、三人は朝一番に市場にやって来た。
「おぉぅ!めちゃくちゃ新鮮そうだ!」
と、朝からテンション高めの幹太の前には、色とりどりの魚や貝が並んでいる。
「か、幹ちゃん!なんかでっかい蟹みたいのが売ってる!」
そして由紀は、おそらく甲殻類専門の店の前で、両手で蟹を掲げていた。
「幹ちゃん、蟹はつかえない?」
「いや、めっちゃ使えるけど…」
そう返事をしながら、幹太は値札を見た。
「見たことなさすぎて値段がわからん。アルナさん…」
幹太は隣にいたアルナの方を向く。
「ん?なに?」
「この三百ウェーブって値段は安いのかな?」
「ううん。私たちの感覚では、安い方だと思う。例えば…」
アルナは目の前の売店のメニューを指差す。
「ここのお茶一杯の値段がそれぐらい…」
「お、じゃあかなり安いな…」
「うん♪蟹がお茶と同じ値段ってすごいね♪」
「っていうか、この港ってめちゃくちゃ豊漁なんじゃないか?」
幹太は、活気に満ちた市場を見回しながらそう言う。
「アルナさん、この市場っていつもこんなに食材があるの?」
「そう。この市場はいつ来てもこんな感じ…」
「そっか、じゃあいつも豊漁なのかな?」
「ホウリョウ…?なにそれ、わからない…どういう意味?」
「えっ!俺の言葉が翻訳されてないってことは…」
幹太は由紀の方へと振り返った。
「う、うん。豊漁って意味の言葉がないってことになる…のかな?」
「…?だから、ホウリョウってなに?」
と、驚く二人の前で、アルナは不思議そうな顔をしてコテンと首を傾げる。
「あ、いや…俺たちの国の言葉で、いっぱい魚が獲れたって意味なんだ」
「…?殿下たちの国では、あんまり魚が獲れない日もあるってこと?」
そう聞きながら、アルナはさらに不思議そうな顔をする。
「もちろんあるけど…ここはないの?」
「うん。ここでは毎日お魚がいっぱい獲れてる」
つまり、タバニププはいつだって豊漁の港街だったのだ。




