第386話 紅姫クッキング
そしてその情報は、すぐに二つの村にいる二人の王女の耳にも届いた。
「フフッ♪予想通りね…」
アルナ村から戻った女性衛士からこの話を聞いたクレアは、ニヤリと笑う。
「予想通り…って、旦那様がお店をやるってわかってたんですか?」
頭に三角巾を巻いて掃除していたゾーイは、クレアにそう聞いた。
「そうね。わかってたわ♪」
クレアはそう答えて、近隣の村の情報が書かれた報告書をゾーイに渡す。
「ん〜と…アルナ村の結界も無くなったたみたいですね。あとは…あっ!マーカスという男性がカリナ村にいるって書いてありますよ、クレア様!」
「そう。お兄様、やっぱりいなくなった近くの村にいたのね…」
「ここもそう離れてませんけど、行きます?」
「今はいいわ。ひとまず、どこにいようとお兄様が無事ならいいの」
クレアはそう言って、掃除を再開する。
「どうしてか急に情報が集まってきましたね〜」
そう言ったのは、こちらも三角巾を頭に巻いてハタキをかけていたソフィアである。
「…ですね。結界がなくなった影響でしょうか…」
ゾーイは報告書を読みながらそう答える。
「あぁっ!やっぱりアンナ様とシャノン様もカリナ村にいるみたいです!」
「えっ!そこ書いてあるんですか〜?」
ソフィアはハタキをかける手を止めて、ゾーイが読んでいる報告書を覗き込んだ。
「はい。ここに二人のお名前と…」
「あ!本当に名前があります〜♪」
「あと、何かお店を始めたって書いてありますね…」
「お、お店…?お店ですか〜?」
そう聞いてはみたが、すでにソフィアはアンナが何の店を始めたのか予想がついていた。
「アンナ様のお店…つまりラーメン屋さんですよね?」
「えぇ…アンナさんですから、間違いなくそうですね〜」
ソフィアはハタキを置き、近くにあったイスに座る。
「でもそれだけ元気でしたら、お二人は本当に無事なんですね〜」
そして誰に言うとでもなくそう言って、安堵のため息をつく。
「…はい」
ゾーイはそんなソフィアを、後ろから優しく抱きしめた。
「お二人が本当によかったです…」
「はい〜」
「つまりみんな無事ってワケね♪」
ホッとする二人の前に立ったクレアは、満面の笑みでそう言う。
「これで気兼ねなくラーメンを作れるわ♪」
そしてほうきをテーブルに立てかけ、片手で三角巾を外して奥のキッチンに入った。
「ちょっとー!二人も来てちょうだい」
呼ばれた二人がキッチンに入ると、クレアは腰に手を当てて寸胴鍋の前に立っていた。
「ん〜と、幹太のやり方だとまずはスープよね?」
「クレア様、本当に旦那様抜きでやるつもりですか?」
「そうよ」
ゾーイの問いに、クレアは即答する。
「ほ、本当にできますかね〜?」
「大丈夫よ、ソフィア。昨日も言ったけど、あなただってずっと幹太とお店をやっていたでしょ♪」
「それは、そうですけど〜」
「クレア様、旦那様とお店をしないのは、何か理由があるんじゃないですか?」
そう聞かれたクレアは、ニヤリと笑ってゾーイを見た。
「やっぱり、ゾーイにはわかるのね♪」
「えぇ、まぁ…」
「どうしてなんですか〜?」
「それを説明するより、私たちのラーメンを作る方が先よ♪」
クレアはそう言って、二人にウィンクする。
「それじゃあさっそく始めましょ♪」
「クレア様、でしたら、まずはお買い物が先じゃないんですか?」
「ですです。仕入れが先です〜」
「それなら大丈夫よ♪ほら、見てみなさい」
クレアは二人を魔力冷蔵庫の前に連れてゆき、四つある扉を全て開けた。
「わっ!すごい!」
「食材がいっぱいです〜♪」
二人が言うように、冷蔵庫の中は肉や野菜、魚などの食材でいっぱいだった。
「…クレア様、これ、どうしたんですか?」
ゾーイの記憶では、自分は昨日からクレアと片時も離れずにいたはずである。
「タキタに買って来させたの♪」
そう言いながら、クレアはスープ用の食材を冷蔵庫から取り出し、調理台に置いていく。
「あ!ガラと豚骨もある♪」
そして最後に、その二つを取り出して冷蔵庫を閉めた。
「こ、これを全部タキタ様が?けっこうな量ですよ…」
山のように食材が積み上がった調理台を見て、ゾーイはちょっぴり引いていた。
「え〜と、まずは…何系のスープにするかよね?」
そんなことは一切気にせず、クレアは隣りに立っていたソフィアに聞く。
「ガラと豚…あとはお魚ですね〜♪」
ソフィアは積み重なった食材の中から、その三つを引っ張り出して並べた。
「…旦那様がラーメンを作る時は、味のほかにも、キチンと流通しているかも気にしています」
そしてその三つの食材を見ながら、ゾーイがそう呟いた。
「そうね。仕入れが安定してないものは抜きましょ♪」
「ですね」
「ですね〜♪」
「じゃあ、タキタ!」
「はい。ここに…」
「「キャッ!」」
と、クレアが呼ぶのと同時にどこからともなく現れたオッサンに二人は驚く。
「この鶏ガラと豚骨と魚介類は安定して仕入れられるのかしら?」
「そうですね…どれも問題ないと思いますが、強いて言えば、豚骨が一番安定していません」
タキタは驚くソフィアとゾーイを気にすることなく、少しだけ考えてそう答えた。
「そう…」
他の村に嫌がらせをするような村長ではあるが、タキタは意外と仕事ができるタイプなのだ。
「わかったわ、じゃあ下がってよし!」
「はっ!」
そう返事をした途端、タキタは再びいずこへと消えた。
「あ、あのクレア様…タキタ様はどこから来たんです?」
ゾーイは辺りを見回しながらそう聞いた。
「しらないわ。けど、とりあえず、豚骨は候補から外すとして…」
クレアは豚骨を冷蔵庫に戻す。
「魚のスープなら紅姫屋のラーメンでさんざん作ってるから、そっちにしようかしら…」
幹太がリーズで作った紅姫屋のラーメンは、魚介系の味噌スープにオストーラというこちらの世界の牡蠣をバター焼きにして具にしたものだ。
「ねぇ、ソフィア…」
「はい〜」
「幹太って、リーズ以外でも魚介のスープを作ってたわよね?」
「えぇ、何度か試作してましたけど〜」
「だとすると、もしかしてカブったりする?」
「かもしれないですね〜。幹太さん、普段から魚介の乾物をよく使いますし〜」
「そうよね…」
「はい〜」
クレアとソフィアは、食材を前に腕を組み、首を傾げて考える。
「うん、考えてもしかたないわ。とりあえず私も少しわかる魚介系でいってみましょう!」
クレアは腕まくりをし、一番手前にあったこちらの世界ではパルゴと呼ばれる金目鯛のような赤い魚を手に取る。
「ほぇ?クレア様、ご自分で捌くんですか?」
「そうよ。どうせなら、自分でやってみようと思って♪」
クレアは調理台の上にあった包丁を手に取る。
「気をつけてくださいね、クレア様〜。まずはエラからですよ〜」
ソフィアは、以前、ジャクソンケイブ村から港町まで野菜を卸し行くついでに海産物の買い付けもしていたため、色々な魚の捌き方を知っていた。
「だ、大丈夫よ…エラ…エラってここよね…」
クレアは声と手を震わせながら、恐る恐る魚のエラに包丁を差し込む。
魚介系のスープを仕込んだことはあるものの、クレアは自分で魚を捌いたことがなかったのだ。
「ね、ねぇゾーイ、差し込んだ後はどうするの?」
「わ、私も魚を捌くのはちょっと…」
「ひっ!」
とそこで、まだ生きていたパルゴがクレアの手の下でビクンッと大きく跳ねた。
「ちょ!ゾーイ!この魚、まだ生きてるわ!」
クレアは暴れる魚を包丁の側面で押さえながらそう叫ぶ。
「クレア様!や、やるならひとおもいにやってあげてください!」
「で、でもでも、生きてるって!生きてるってどうするの…って、ソフィア!?」
ダンッ!
と、そこでソフィアがクレアの手から包丁を奪いとり、パルゴの頭を一気に切り落とした。
「フフフッ♪こうですよ〜♪」
「えっ、あ…はい」
クレアは呆気にとられながら、ソフィアの顔を見上げる。
「あとクレア様、包丁を持って暴れちゃダメです〜♪」
「は、はい。わかりました…」
そうしてソフィアに手ほどきしてもらいながらクレアが魚や貝の下ごしらえをし、ひとまずスープに使うだいたいの食材の準備が整った。




