第385話 アルナ村にて
「殿下は中に入れるんだよね?」
村の入り口で、レイナは幹太に聞いた。
「あぁ…うん。大丈夫」
「じゃあ、先に入ってて…」
「あ、もう魔法を解くの?」
「うん。そうしようと思って。だから殿下は先に村に入ってて…」
「わかった。あとで」
幹太は手を振り、ひとまずレイナと分かれた。
「えぇっと…アルナさんちはどこだっけ?」
幹太はもはや渡り慣れた木の上の橋の上で、辺りを見回した。
「あ、あっちか…」
そして目に入った一番大きな家に行き、ドアをノックする。
「はーい♪」
「えっ!」
幹太は、扉をノックすると同時に聞こえた声に驚いた。
「由紀?」
「うん♪おかえり、幹ちゃん♪」
なんと扉を開けて幹太を出迎えたのは、由紀だったのだ。
ウッドデッキを歩く足音を聞いた由紀は、それが幹太のものであるとわかり、その時点で玄関に向かっていた。
「殿下…」
そして笑顔の由紀の背後には、いつも通りの様子のアルナが立っている。
「あれ?レイ…あ、そっか、アルナさんか…」
幹太はアルナの髪色を見てそう言う。
「えぇっと…とりあえず、そっちも無事でなによりだ、由紀」
「うん♪幹ちゃんも♪」
由紀は満面の笑みでそう返事をして、幹太はをギュと抱きしめる。
「由紀はいつ、ここに着いたんだ?」
幹太は由紀の背中をポンポンと優しく叩きながらそう聞いた。
「私はついさっき。一時間経ってないと思う」
「そっか…」
とそこで、幹太はもう一人の妻の姿が見えないことに気がついた。
「由紀、ソフィアさんはどうしたんだ?」
「あ、それなんだけど…」
「あ、そうだ!おれも大事な話があったんだ!」
「殿下、由紀、その前にひとまず中に…」
アルナがそう声をかけ、三人はアルナの実家のリビングにやってきた。
「じゃあ、まずは幹ちゃんの話しから聞くよ」
「そうだな…ふぅ〜」
幹太は落ち着くために、一度大きく息をする。
「由紀、アンナとソフィアさんは無事だったぞ」
「えっ!本当に?」
「あぁ、二人とも怪我もなくて元気だ」
「良かった〜♪」
と、由紀は安堵のため息をつく。
「無事だろうとは聞いてたけど、ちゃんと聞くと安心するね。でも、アンナたちはどうして幹ちゃんと一緒にいないの?」
「なんか…遭難した先の村でラーメン屋をしててさ…」
幹太も自分で言っていてなんのこっちゃとは思うが、事実なので仕方ない。
「うんうん。それで?」
しかし由紀は、特に気にした様子もみせずそう聞く。
「開店したばかりで休むのもなんだし、それに安全そうな村だったから、そこで待ってるように言ってきたんだ」
「まぁ…アンナと幹ちゃんならそうなるだろうね」
「で、そっちはどうしたんだ?ソフィアさんは大丈夫なのか?」
「うん。大丈夫♪タキタ村って所に、ゾーイさんとクレア様と一緒いるの♪」
「えぇっ!それって一体どういうワケだ?」
「えぇっとね…」
そうして由紀は、自分がここに来るまでの状況を全て幹太に話した。
「なるほど…それで、クレア様もラーメン屋を始めるつもりなのか…」
由紀の話を聞いた幹太は、腕を組んで頷く。
「レイナさんが言うには、アンナのいる村ともこことも揉めてるって話だったな…」
幹太はそう言ってアルナの方を向いた。
「うん。その三つの村の真ん中にある土地を、ずっとみんなで奪い合ってる…」
「奪い合ってるって…どうやったら自分たちの村の土地だってことになるの?」
そう聞いたのは由紀だ。
「土地っていうか、木がいい感じに育ったところで、村の男集が夜中にこっそり行って切り倒してくるだけ…」
「へっ?つまり早い者勝ちってこと?」
「そう」
「そ、そんな原始的な…」
「でも、そのやり方が一番誰も傷つけない」
「やっぱり、みんな直接争いたくないんだね」
由紀は少し前に聞いた、タキタ村長の話を思い出しながらそう言う。
「そう。やるとしても、こんな魔法の嫌がせぐらい…」
「まさか…そのたびにレイナさんが駆り出されてたんじゃ…?」
幹太は思わずそう呟く。
「…殿下、レイナ、知ってる?」
アルナはキョトンとした顔でそう聞いた。
「あ、あぁ…この村を出たところで偶然会ってさ。アルナさんに似ててビックリしたよ」
「うん。レイナは遠い親戚…って、お母さんが言ってた」
「な、なるほど、た、たしかに遠いは遠いな…」
どうやらアルナは、レイナがどの辺りの親戚なのか詳しくは知らないようだった。
「じゃあ幹ちゃん、とりあえずこの先はどうしょっか?」
「ん〜?ここに来るまでは由紀とソフィアさんを連れて、アンナたちのとこに行こうと思ってたんだけど…」
「そっか…まだバラバラなんだよね…」
「ここに三人…カリナ村にも三人…で、タキタ村にも三人…?」
と、アルナは幹太と由紀に確認しながら、テーブルの上にあったグラスを三つずつ三箇所に置いた。
「本当にまだバラバラなんだよな…」
アルナが並べたグラスを見て、幹太がそう言う。
「それに、アンナとクレア様が別々でラーメン屋をやっちゃうなんてね」
「ハハッ、だよな」
これまで二人の王女に振り回され続けてきた幹太と由紀は、ただでは新婚旅行に戻れないことを悟る。
「しかし…そっか、つまり土地を争ってた三つのうち、二つの村にラーメン屋ができるわけだ…」
幹太は指先でグラスのふちを触りながら考える。
「そうだね。クレア様のところも居抜きだったし、すぐに開店するかも…」
「あ、そうなんだ」
「うん。けっこう立派なキッチンだったよ」
「アンナのとこも居抜きだったんだよな…」
「殿下、イヌキってなに…?」
と、そこで二人の会話を聞いていたアルナがそう聞いた。
「居抜きって言うのは、もともと飲食店だったところで、同じように飲食店を開いたりすることだよ」
「そのまま使える商売をするってこと?」
「うん。それだと色々と準備に手間がかからないし、お金も節約できるでしょ」
「そっか…」
幹太の説明を聞いたアルナは、天井を見上げながら何やら考えはじめた。
「アルナさん?どうしたの?」
幹太はアルナに聞く。
「ん〜と、殿下、ちょっと来て…」
アルナは立ち上がって幹太の手を取り、そのまま外に連れていく。
「アルナさん、どこいくの?」
そう聞いたのは、二人の後についてきた由紀だ。
「そういうこところ、うちの村にもある…」
「えっ!居抜きの飲食店?」
「そう」
そして着いたのは、大きくせり出した大木の根っこの部分にある、立派な扉の前だった。
「ここ…」
アルナは幹太から手を離し、扉を開けた。
「…二人とも入って」
そして、幹太と由紀を中に招き入れる。
「わっ!すごいホコリ!」
中に入った由紀は、片手で口を押さえ、もう片手で目の前を払った。
「こりゃ、使わなくなってずいぶん経ってそうだな…」
由紀に続いて中に入った幹太も、うず高くテーブルに積もったホコリを見てそう言う。
「ここは、レストランだったのかな…?」
幹太はここに入ってから、片側の窓を開けているアルナに聞いた。
「そう。私が小さな頃は営業していた…」
「誰のお店だったの?」
由紀は、アルナとは反対側の窓を開けながらそう聞く。
「誰のお店でもなくて、村のお店。だから今、管理はうちがしてる」
アルナはそう言いながら奥へと歩き、扉を開いた。
「こっちがキッチンだけど、見る?」
そう聞かれた幹太は、瞬時に頷く。
「「もちろん!」」
そうして三人はキッチンに入った。
「わっ!ここもすごいホコリ!」
由紀は、目の前に重ねられた皿の惨状を見てそう言う。
「殿下、どう?ここならラーメン屋さんはできる?」
「あ、あぁ…できると思うけど…」
「じゃあ良かった♪」
アルナは正面に立って幹太の手を握る。
「けど、これからどうするかも決めてないし、俺、まだラーメンをやるとは言ってないから…」
「かーんちゃん♪」
とそこで、由紀が背後から幹太の首に巻きつくように抱きついた。
「フフッ♪言ってはないけど、やりたいとは思ってたでしょ♪」
「思ったでしょ?」
由紀に続いてアルナも、握った両手をブンブン振りながらそう聞く。
「う…ま、まぁ、やりたいとは思ったけど…」
そもそも二人の王女がラーメン店をやると聞いて、幹太がやらないワケない。
「じゃあ殿下、うちの村にもラーメン屋さんを作って♪」
「うん、わかった。そんじゃあやってみっか!」
そうして幹太も、ここ、セ・ベッラ・アルナでラーメン屋をやることになったのだ。




