3―3 脱出
ビクビクと痙攣していた中年男が静かになり、そして突如として起き上がった。
「おい?大丈夫か?」
周りにいた客の1人が恐る恐る声をかけた。
嫌な予感がした俺はすぐさま二階にいる、ガラーンド夫妻が商談をしている部屋に向かおうとする。
そして、そのタイミングで嫌な予感が現実となった。
「ガアアアアアアッ!」
先ほど起き上がった中年男が叫びを上げながら自身の顔面をかきむしったのだ。
キャアァァァァァ!と周りから悲鳴が上がり、中年男を取り押さえようと数名の男達が動き出す。
「おい!何をしている、止めるんだ」
「落ち着け」
ここまで見ると俺は二階に上がり、ガラーンド夫妻の部屋に行った。
どうやら二階でも下で何かが起こっているのが伝わっているらしく、途中でガラーンド夫妻と合流出来た。
「レイオット、下で何があった?」
「実は――」
俺がグレン・ガラーンドの問に答えようとした時に、
ギャァァァァァァァァァ!
悲鳴が聞こえた。
何事かと思い振り返ると階段の方から人が飛んで、グシャァァァッ!と壁にぶつかり潰れた。
「なっ!」
突然の出来事に固まってしまう。鼻がよいガラーンド夫妻は鼻を押さえ、血の臭いを嗅がないようにしている。
ギシィ、ギシィ、と軋みを上げながら何者かが階段を上がって来た。
そして……その姿が顕わになる。
「「「…………………」」」
それを見て俺たちは絶句した。
何故なら、青白くなった顔には赤く光る複数の目、口は頬まで広がり、歯はギザギザに尖ったのが口の端まで揃っており、腕は片方が人の形、もう片方は肩から先が細く五つに分かれている。
そして何よりも服が下で自らの顔をかきむしった中年男が着ていたのと同じなのだ。
「何なんだ、アレは?」
「あなた、早く逃げましょう」
グレン・ガラーンドが小さく呟き、それに妻であるレティ・ガラーンドが逃げるように服を引っ張り言った。
「ァ……■■■■ッ〜〜жФЭЖュ…ォ…」
理解不能な言葉を発しながら、中年男だった何かが俺たちに向かって走り出してきた。
「こっちに……早く!」
後方から声が聞こえた。声がした方を見ると一番奥の部屋より一つ手前の部屋から男性が俺たちに手を振っている。
ガラーンド夫妻と俺はお互いに顔を見合わせ、すぐにその部屋に向かって走り出す。
「う£∃ξψ■■б」
そして俺は、背後から理解不能な奇声を上げる、中年男だった何かに向かって魔法を使う。
「エアハンマー」
ゴウッと音を立てて、空気の塊が背後から来る、中年男だった何かを端まで吹き飛ばす。
俺は奴が吹き飛んで行ったのを確認するとガラーンド夫妻の後から部屋に入り、扉を閉める。
「ふぅ……」
一息つけたので小さく溜め息が零れる。
「あの……どうぞ」
少年から水の入ってコップを渡される。
「ありがとう」
俺は礼を言ってコップを受け取ると、一気に中に入っている水を飲み干した。
「助かった、礼を言う」
グレンが部屋に招いてくれた男性に頭を垂れた。
「お気になさらず、とっさに体が動いただけですから」
男性は苦笑混じりに言うと、俺に水の入ったコップを渡してくれた少年を膝の上に抱える。
「遅れましたが、私はケビン・ランスタークと言います。こっちが――」
「ヴィンセント・ランスタークです」
「種族は息子共々人間と魔族のハーフです」
「俺はグレン・ガラーンド、でこっちが――」
「妻のレティ・ガラーンドです」
「種族は妻と同じで狼の獣人だ」
「俺はレイオット。種族はハイ・エルフ」
お互いに簡単な自己紹介を終えて、この後の事について話し合う。
「私はとりあえずこの町から脱出した方がいいと思います。窓から外を見てください」
ケビンに促され、ガラーンド夫妻と窓から外を覗く。
「ギャアアアア!」
「■■£κλЫ」
「死ねえぇぇぇぇぇっ!」
外は阿鼻叫喚の地獄絵図と言って良いほどの惨状だ。
爛々と光る複数の赤き瞳、逃げまどう人々、立ち向かう人々に、"何か"になってしまった中年男と同じ様に変化する人々が視界に映った。
「何なんだこれは?」
レティはグレンに支えられながら口元を両手で押さえている。
「外もご覧の有様で此処に引き籠もっていても安全とは言えません。なので私は脱出した方が良いと思います」
「確かに……だが、廊下にいる奴はどうする?奴をどうにかしても下はアレが沢山いる可能性があるぞ」
グレンの言うことも分かる。アレが沢山いる可能性が高い。
「ええ、だから下には降りません」
まさか……。
ふとした予感がし、思わずケビンを見る。
「家の屋根の上を移動します」
やはり、屋根か……これしかないよな、下に降りないで済むのは…。
それに、そろそろ時間が無いみたいだしね。
ガン!ガン!バキィ!
部屋の扉が破砕音を立てて、壊れていく。
ケビンを先頭に窓から屋根に出て行き、俺が窓から出ようとしたタイミングで扉が壊された。
「にчнЖょБ■*」
奇声を上げ飛びかかって来る。
「エアハンマー」
魔法で迎撃して、奴が廊下に叩き出され体制を整えている、その間に俺は窓から出る。
「皆さん、揃いましたね。行きましょう、こっちです」
ケビンの後に続いて家々の屋根から屋根を移動する。
俺たちは夜の闇を町の至る所で燃える炎の明かりを頼りに駆けていく。
そして、町の一番外側にある家の屋根まで着て、一旦立ち止まると周りの安全を確かめる。
先ず、最初にケビンが地面に降りて、左右を見渡し、奴らがいないのを確認すると合図を出す。
それを見たら、続いてグレンが降りて左右を警戒する。
そして、ヴィンセント、レティと順に降りていき、最後に俺が屋根から降りる。
全員で前後左右を警戒しながら町の外に脱出する。
無事に町から脱出した俺たちは、そのまま町から離れる為に進んでいく。
しばらく進んでいくと、大きな岩がある平原にたどり着いた。
「とりあえず、此処で一旦休憩しましょう。町からもだいぶ離れられましたし」
「そうだな、俺も賛成だ」
ケビンの意見にグレンが賛成する。
「……疲れた」
そう小さく呟く、ヴィンセント。
それはそうだろう、大人であるケビンやグレンも疲れているのだから子供であるヴィンセントが疲れていないはずがない。
「さて、これからどうしましょうか?」
「そうね……適当に此処まで逃げて来たのだから、場所が分からないのよね」
「だよなぁ〜〜」
グレンが頭をガシガシと掻きながらレティの言葉に頷く。
「なら、夜明けまで交代で見張りをしながら此処で休みませんか?」
「じゃあ誰から見張りをする?」
「なら、俺からで良いですよ」
俺は見張り役に立候補した。理由はこの状況下で寝るのが怖いからだ。もし、寝ている間に奴らがこっちに接近していたら、寝起きのぼやけた思考で逃げるのは不味い。下手したら何もないところで躓いてそれが原因で、ってこともあり得る。
だから、こそ俺は見張り役を立候補したのだ。
そして、俺は夜が明けるまで見張り役を続け、眠ることはなかった。




