野獣の血族
一人の若い男が、武装した男達に追われていた。路地裏に逃げ込んだ男に、銃撃が浴びせられた。銃弾を浴びて倒れた男に、追撃者達が駆け寄る。低い唸り声が聴こえて、倒れた男の肉体に変化が現れ始めた。男を取り囲んでいた追撃者達が後退りする。次の瞬間、咆哮と共に追撃者達が黒い影に薙ぎ倒された。食い裂かれた腕から鮮血が迸る。黒い皮のバイクスーツが破れて、毛皮に覆われた四肢が見える。満月の光が男の全身を浮かび上がらせた。狼に酷似した容貌。
「糞っ!化け物め!!」
一斉射撃が男を襲う。しかし、一旦男の肉体に食い込んだ銃弾は、悉く弾き出される。
「WOOOOOOOH!!」
天空に向かって大きく咆哮すると、男は疾風の如く追撃者達を襲い、数分で殲滅した。
繁華街の一角に在るロック・バーに若い男が入って来た。大音量のロック・ミュージックが流れる店内で、来訪者に気付いた知己らしいマスターが声を掛ける。
「ロック!どうした、その格好は?ボロボロじゃないか。」
ロックと呼ばれた若者が首に掛けている銀製のチョーカー・トップからは、真紅の鮮血が滴り落ちている。
「・・・ちょっとな。掠り傷だ。心配は要らない。」
「奥で休め。その傷じゃあ、歩くのも大変だろう。」
「・・有難う。ジャン。少し休んだら治っちまうと思う。」
店の奥に有る部屋に入ると、簡易ベッドに倒れ込んだ。
どの位の時が流れただろう。気が付くと、ベッドの傍らに若い女が屈み込み、介抱してくれていた。
「有難う。キャサリン。もう大丈夫だ。」
「駄目よ。ロック。酷い怪我だったのよ。今晩は、家に泊まって行きなさい。」
キャサリンは、マスターのジャンの娘だ。何時もロックの事を気に掛けている。
ロックには身寄りが無い。幼い頃、気が付くと修道院の前に独りで立って泣いていた。
シスターに見付けられて、育てられる事に成った。その頃から週に一度、シスターの手伝いとして修道院を訪れていたキャサリンと仲良くなった。
以来、マスターも含めて十数年間に亘る付き合いになる。
ロックと言う名前の由来も、マスターがロック・ミュージック愛好者だった事に有る。
「おっ。気が付いたのか、ロック。丁度いい。夕飯が出来たところだ。」
ジャンが部屋に入って来た。キッチンからは、ビーフシチューの良い匂いが漂う。
「有難う、ジャン。何時も、世話を掛けて済まない。」
「気にするな。俺達は家族みたいなものだ。それに、本当の家族になるかもしれないしな。」
ジャンがにやにやと意味有りげな視線を送ると、キャサリンが頬を朱に染めた。
「もう、パパったら。知らない。」
ロックを意識して、恥じらいながら顔を背けた。
ロックは、この二人が好きだった。飾らない性格、人間的な温もり、身寄りの無いロックにとって、二人は本当の家族の様だった。
三人は食卓を囲んで、夕食を始めた。ジャンの料理は、御世辞抜きで旨い。キャサリンが料理する事も多いが、今夜はジャンが作った。
キャサリンは、ロックに付きっ切りで世話をしていたのだ。
今晩のメニューは、ジャン特製のビーフシチューに、シーフードサラダとパンだ。
厚く切ったビーフが、蕩ける様に旨い。元気が漲って来る様に感じられる。
大き目のシュリンプも、歯応えが新鮮さを証明している。
「本当に、ジャンの料理は旨いな。」
「そうか、まあ、それ程でもあるぜ。」
「あら、ロック。私の作る料理はどうなの?」
キャサリンが、少し不機嫌そうに訊く。
「勿論、キャサリンの作る料理も旨いさ。特に、パスタなんて最高だよ。」
「ふふふ。そうでしょうとも。」
機嫌を直したキャサリンが微笑む。彼女の笑顔は、天使の様だ、とロックは思う。
ささやかな幸福。ずっと護って生きたいと思う。その為なら、自分はどんな事でも出来る。
ロックは、固く決意していた。
「ロック、今日の怪我の事だが、誰にやられた?また、マッド・デーモンズの連中と揉め事を起こしたのか?もう、連中には関わるな。」
「ジャン、心配を掛けて済まない。だが、違う。俺を襲ってきたのは、今迄見た事も無い奴等だった。軍の連中の様に重武装していた。」
「そいつは、只事じゃあ無いな。物騒な世の中になったもんだ。キャサリン、お前も気をつけろよ。」
「解ったわ。・・でも、そんな事が在ったなんて、本当に怖いわ。ねえ、ロック。何か起こったら、私を護ってくれる?」
「当たり前だろ。キャサリンは、俺が絶対に護って遣る。・・俺の生命に換えても。」
「ロック・・・。私は、貴方と生きて行きたいの。貴方が死んだら、私も死ぬわ。」
「おい、御前達。俺にとっては、二人共大切な存在なんだ。だから、死ぬなんて言うな。」
「ジャン・・有難う。」
「そうね、パパ。解ったわ。私達は、これからもずっと、パパと一緒よ。」




