6頁 神耶氏の妻
店が少し忙しくなってきたので神耶氏は『妻(麗人)』を呼んだ。
神耶氏の妻は弁財天の様な美人で羽衣の様な白衣をまとい、カミヤ人の血を引く長い頭には、髪をまるで演歌歌手の「大月みや子」の様にソフトクリーム状に渦高く盛っている。
声は艶ぽく、歌う様な鼻声で客の応対をする。
主に人の悩みの相談、『昆虫・微生物の脳の販売』を受け持つ。
・・・その日は雨が降っていた。
店の自動ドアが開き、サラリーマン風の中年の男が入って来た。
男は舌打ちをして独り言を喋っている。
男 「チッ、また忘ちまった。何でこう忘れっぽいのだろう」
麗人「いらっしゃいませ〜〜〜」
男 「あ、相談事があって来ました」
麗人「はい、何なりと・・・」
男 「それがドアが開いた途端、忘れてしまったんです」
麗人「あら、ウフフ。アタシを見たら忘れてしまったんじゃないのかしら?」
男 「え?・・・う、まあ、ソレもあるかも知れません?」
麗人「ウッソ〜、オホホホ・・・。で?」
男 「あの〜、忘れっぽくて困るんです。忘れた事も忘れてしまう。だから、何でここに居るかも分からないのです」
麗人「良いですね〜」
男 「良くないッ! 自分は忘れたく無い! むしろ思い出したいのです!」
麗人「何を思い出したいのですか?」
男 「ソレを忘れたからここに相談に来たのです」
麗人「あ〜あ、そのご相談に? それならアタシがアナタの相談のテーマを出しましょう」
男 「相談のテーマを出す?」
麗人「そう。奥の別室(例の小部屋)にご案内しましょう。どうぞ〜・・・」
男は黙って天女の様な麗人の言葉に従う。
別室のドアを開け、例の小部屋の椅子に男を座らせる。
テーブルの上のヘルメットを頭に被せ、天井から下がった数本のコードをヘルメットのソケットに繋ぐ。
麗人は男の顔を見てニッコリと笑い小部屋を出て行く。
男は不安そうに小部屋の中を見回して居る。
麗人は応接室の壁のモニターを見てスイッチをオンにした。
画面には男の脳が映し出される。
麗人は壁に掛かる受話器を取って、別室の小部屋に繋がった小型スピーカーで男と会話する。
麗人「はい。じゃあ始めましょう。深く呼吸をして血圧を下げましょう」
男 「え!・・・あッ、はい」
男は一回、深く深呼吸をした。
壁のモニターに映る脳の中に一気に血液が流れる。
麗人はマウスのポインター(矢印)を脳下部の海馬に当てた。
そこをクローズアップして軽く電流を上げ始める。
男は小部屋の中で何か独り言を喋り始めた。
男 「そうですか。あの商談は纏まりましたか。良かった。じゃ、改めてお礼に行きます。ありがとうございます。・・・あ〜あ、良かった。よしッ、帰るぞ! これで社長に良い返事が出来る。ハハハハ」
すると小部屋内のスピーカーから麗人の声が。
麗人「じゃ、コレからアナタに質問をします。よく聞いてください。『アナタは何故、ここに来たのですか?』」
男 「え?? ここは何処ですか?」
麗人「はい、治りました。アナタの脳の中から混線した部分をクリーンアップしましたよ」
麗人は小部屋のドアを開けてニッコリと笑い、男の頭に被せてあるヘルメットを取る。
麗人「ど〜お? カラダが軽く成ったでしょう」
男は暫く麗人を見詰めて、
男 「・・・アナタは? あッ、アケミさんだ!」
麗人「あら、アナタ。ここは個室マッサージ店じゃないわよ。・・・シナップスの電流が強過ぎたのかしら。会社に戻る途中の事まで思い出したみたい」
つづく




